第309話 閑話:竜vs辺境都市5


side:辺境都市領主騎士団 ジークムント・トレーガー




「なんと、先を越されるとは!」


 地に墜ちた竜が滅多打ちにされるのを遠目に見ながら、時間稼ぎが精々と考えていた冒険者たちの予想外の奮闘に思わず顔がにやける。


 負けてはいられない。

 剣を振り抜き、またひとつ鱗に傷をつけた。


 しかし――――


「む!?」

「竜が!」


 竜の動きが変わった。

 我々と同様、竜も向こうの戦況が気になるらしい。

 劣勢の同胞を救援するため今にも飛び立たんと翼を広げた。


「させるな!」


 刺突、矢、魔法。

 全て竜の飛翔を妨害することに重きを置いた動きに切り替える。

 こうなった以上、役割は交代だ。

 あちらが竜を討伐するまで、こちらの竜を抑えきる。


 飛翔を試みる竜と、そうはさせじと群がる騎士たち。

 一進一退の攻防を繰り広げる戦闘は、しかし長くは続かなかった。


「ブレス!!」


 アルノルトが声を張り上げる。

 痺れを切らした竜は、己の持つ最高威力の攻撃で我々を蹴散らすことに決めたらしい。

 

「まだ!!」

「発動を見極めろ!!」


 竜のブレスを防ぐことは不可能。

 ゆえに発動直前に射線から外れることが、唯一にして最良の対処法だ。

 

 だが、我々は1つ読み違いをしていた。


「違う!!目標後衛!!」


 竜の首が遠く離れた後衛たちに向く。

 草原でのたうつ竜の片割れに向けて、一心不乱に攻撃を続ける冒険者たち。


 彼らはこちらに気づいていない。

 ブレスが直撃すればひとたまりもないだろう。


「来ます!!」


 竜の口内に魔力が集中し、ブレス発動の予兆が見えた。

 時間がない。


「させぬ!」


 回避を捨て、竜に駆け寄る。

 通常の斬撃では竜の体躯は揺らぎもしない。


 私は竜の体躯を蹴り、竜の首へと跳躍。

 竜がブレスを放つその一瞬を見極め、その顎を渾身の力で下から突き上げた。


「ぬんっ!!!!」


 我ながら惚れ惚れするような完璧な刺突は、竜の顎をわずかに逸らす。

 たったそれだけで着弾地点は冒険者たちから大きく逸れ、何もない虚空を薙ぎ払った。

 

「おお!」

「団長殿!」


 着地に失敗して草原を転がる私の援護のため、騎士たちが駆け寄る。

 

 しかし――――


「む、待たんか!!」


 ブレスを回避するため、騎士たちは竜から距離を取っていた。

 それを好機と見た竜は少しばかりの溜めの後で体を浮かせ、飛翔する。


「くっ、追え!!」


 ブレスは再発動までに長い時間がかかると聞いた。

 すぐに撃たれる危険は小さいだろうが、このまま放置はできない。


 竜は我々を振り切って弱った片割れの前に立ちはだかり、あらん限りの声で周囲を威嚇した。


 片割れはあれだけ撃たれたにもかかわらずまだ倒れていない。

 だが、その動きは鈍かった。

 空を飛んで逃げることはおろか移動すらままならない。


 つまり、今が好機だ。


「かかれぇ!!!」


 騎士たちが総がかりで押し包む。


 鋭い爪、尾による薙ぎ払い、灼熱の火炎。

 あらゆる方法で同胞を守ろうとする竜も、100を超える騎士に包囲されれば庇いきれるものではない。


 騎士団の前衛たちが緻密な連携を以て竜を翻弄し、魔力が尽きて火力が細った冒険者たちに代わり騎士団の後衛が火力と支援を提供した。


(いける……)


 竜という最強の魔獣を前に、騎士一人では塵芥に等しくとも。


 今このとき、統率された騎士たちは、領主騎士団という一個の生物として竜を圧倒していた。


(勝てる……!!)


 竜の動きに当初の余裕はない。

 絶え間ない猛攻は竜の体力を確実に削り、咆哮には苦悶が混じり始める。


 部下たちの顔に笑顔が見えた。

 絶望的と思われた勝利に手が届きつつあると、誰もが感じていた。


 それは私も同じことだ。

 勝利の時まで冷静であれと自身に言い聞かせても、高揚感は抑えきれない。


 このときを、夢にまで見たのだ。


 ついに、私は――――




「――――――――」




 ひと際大きな咆哮が、草原を薙いだ。


 直感に突き動かされ、とっさに大きく後退した直後、大地が震えた。


 多くの部下が私に倣ったゆえに、部隊としての被害は軽微に抑えられた。

 しかし、それを幸運と思うことなどできなかった。


「ばかな……」


 そう口にしたのは誰だったか。

 しかし、全員が同じ思いを抱いたはずだ。


 あと少しで手が届いたはず勝利が、指をすり抜けていく。

 その感覚を、全員が共有していた。


『許サヌ……許サヌゾ……』


 頭の中に響く恐ろしい声。

 背に庇う幼竜2体が完全に隠れるほど巨大な体躯。


 それは紛れもなく、成竜の証。


『一匹モ逃ガサヌ!全テ引キ裂キ、大地ノ染ミニシテクレル!!』


 物理的な圧力を感じるほどの膨大な魔力。

 <威圧>によく似た感覚が両肩を抑えつける。


(いかん……!)


 自身は跳ね除けた。

 しかし、周囲の部下たちはどうか。

 

 魅入られている。

 硬直している。

 誰もがこの場から動けない。


 竜は大きく息を吸い込んだ。


 火炎か、ブレスか。

 どちらでも結果は変わらない。

 あれが放たれたとき、部下たちは残らず灰となる。


 私にそれを止める手立てはない。


 苦渋の決断を迫られた、そのときだった。


『――――ッ!』


 大きな火球が竜の首に直撃して爆ぜた。

 これほどの<火魔法>、使える者はこの都市でただ一人だ。


「レーナ殿!」

「騎士団を下がらせなさい!」

「しかし……!」

「大丈夫」


 火精霊レーナの声に呼応するように、頭上にきらきらと輝く雨が降り注いだ。


「くっ……」


 アルノルトが自由を取り戻す。

 部下たちも次々と動き出した。


「今のうちに、さっさと下がってねー」


 レーナと敵対しているはずの水精霊ラウラが暢気な声で呼びかける。

 部下たちの正気を取り戻したのは彼女の魔法か。


(交渉が成立したのか……)


 両者が一触即発の関係であることは有名だ。

 協力を得るために停戦交渉から始めなければならないと聞いて頭痛がしたものだが、最悪の一歩手前で間に合ったのは幸いだった。


「対価は支払ったんだから、ちゃんと戦いなさいよ!」

「はいはい、後ろから支援してあげるねー」

「あんた、後ろから刺したら絶対に許さないから!」

「疑われるなんて心外。なんだか手元が狂っちゃいそう」

「あ、あんたねえ……!」


 言い合う両者に灼熱の火炎が吹き寄せた。


 暢気な口調と裏腹に流水のように滑らかな動きで回避したラウラ。

 それと対照的に、レーナは微動だにせず炎の中に飲み込まれた。


 しかし、炎の中から姿を現したレーナがダメージを負った様子はない。

 流石は火精霊といったところか。


『忌々シイ……。逃ゲ散レバ良イモノヲ』


 竜は精霊たちを睨みつけ、我々から注意が逸れた。

 この場を離脱するなら、これが最後の機会になるだろう。


「アルノルト」


 優秀な副官は名を呼んだだけで意を酌んだ。

 一瞬だけ見えた悔しげな表情を押し隠し、指揮を執る。


「総員、負傷者を援護しつつ、速やかに後退!!」


 都市を、そして市民たちを守るために腕を磨いてきた騎士たちだ。

 この局面で戦場を去ることに忸怩たる想いはあるだろう。


 しかし、ここから先は想いの強さだけでは戦えない。

 私はそれを、よく知っている。


(年月を経た成竜に匹敵する強さ、という評判であったか……)


 かつて自身のパーティを壊滅させた大妖魔の影が脳裏によぎる。

 つまり、目の前の成竜はあのときの妖魔と同等の強さであるということだ。


「感謝するぞ、竜よ……」


 血が滾り、感覚が研ぎ澄まされる。

 ユニークスキルによる極めて大きな強化と引き換えに、倒れるまで戦いを止められない狂気の呪縛を受け入れた。


 命を懸けることに迷いはない。

 勝利か死か。

 その二択を受け入れることを対価に、私は再び機会を得たのだ。


 あの日に潰えた夢の続きを。


 いつか仲間に語るべき物語を。


「――――!」


 狂気を纏い、言葉にもならぬ咆哮と共に。


 自身の存在を賭して、私は決戦の舞台に上がった。



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