第307話 閑話:竜vs辺境都市3
side:辺境都市領主騎士団 ジークムント・トレーガー
「久しぶりであるな、ドミニク」
「ジークムントか」
決戦を前に少々気になる噂を聞いて冒険者ギルドの様子を見に来たが、噂に反して冒険者ギルドのロビーは熱狂に包まれていた。
士気の崩壊など、誰が言ったのか。
この光景を見てそう思う人間がいるなら、そいつの頭はおかしいに違いない。
「頭数はどれくらいであるか?」
「130人と言ったところだ。逃げ隠れしている奴も顔を出し始めているから、最終的に150人程度までは増えるだろう」
この期に及んで尻込みしている者など数合わせにしかならないことを承知で、ドミニクは白々しく胸を張った。
もっとも、これくらいでなければギルドマスターなど務まらないだろうが。
「下級冒険者ばかりとはいえ、中には骨がある冒険者もいるのである。む……?」
そう言いながらロビーを眺めていたが、探している人物が見つからない。
いや、正確にはパーティメンバーだけが見つかった。
ただし、4人パーティであるはずの彼らのうち、魔法使いの娘が一人だけだ。
「冒険者アレンのパーティはどうしたのであるか?魔法使い1人しかいないようであるが」
かの娘を人質に取ったときの怒りようを知る身であればこそ、彼女を置いて逃げるなどあり得ないと確信している。
何処にいるのだと尋ねる意味でドミニクに問うたのだが、返答は予想だにしないものだった。
「B級への昇級試験のため、竜の素材を求めて都市を離れている」
「おお、堅物のドミニクが冗談とは!冒険者ギルドの存在意義を知らしめる機会が、よほど嬉しいと見える」
「………………ッ」
「…………なんと」
ドミニクの表情が、見たことがないほど苦々しく歪んだ。
都市に竜が飛来するという200年に一度の機会に、わざわざ竜の素材を探しに遠征とは。
いったいどれほどの偶然を積み重ねれば、このようなすれ違いが起きるのか。
「誤算である。あやつとその仲間たちならば、竜の正面を任せられると思ったのであるが」
「心配無用だ。冒険者ギルドの誇りに懸けて時間稼ぎは完遂させる。残った魔法使いも火力の足しにはなるはずだ」
正直に言えば不安だったが、それを言ってもどうにもならない。
騎士団で2体の竜を抱えることはできないのだから、どうあっても片方は冒険者たちに受け持ってもらわねば戦線が破綻するのだ。
「そろそろ時間だ。貴様も準備をしなくていいのか?」
「おお、そうであるな!では、戦場で待っているのである!」
今回はドミニクも戦場に出るという。
もう引退した身であるゆえ戦えはしないが、冒険者たちを指揮するにあたってドミニク以上の適任はいない。
冒険者ギルドの名を上げるため、身を粉にして頑張ってくれるだろう。
冒険者ギルドを後にして、準備運動も兼ねて都市南門まで走る。
外出禁令が発令されているため一般市民の姿はない。
普段は多くの人々が行き交う南通りも静まり返り、都市は異様な雰囲気に包まれていた。
そして、それは門の外に出ても変わらない。
都市の外側に広がる小麦畑――――元小麦畑を見渡す。
竜と戦えば炎で焼き払われてしまうのはそれこそ火を見るより明らかであるため、戦場と定めた地点の周囲では収穫を目前に控えた小麦を処分してしまった。
炎にまかれてはまともに戦えず、延焼の被害も想像を絶する。
仕方ないと理解してはいるが、乱雑に積まれた小麦の残骸を見れば溜息のひとつも出るというものだ。
「ジークムント様、部隊の準備は整っております」
「……うむ。ご苦労である」
部下に呼ばれ、騎士たちの下へ。
戦場となる都市南側の草原に待機する騎士はその数200。
領内に散らばる騎士たちすべてを集める時間はなかったため、これが決戦で運用できる戦力の全てだ。
「100年前の帝国騎士団長は、100人余りの帝国騎士を率いて竜殺しを為したのであったか?まあ、倍もいれば楽に済むであろう!」
「我々も竜殺しの称号を得られるのですね。心が踊ります」
「竜殺しの称号を得られるのは、竜に止めを刺した英雄だけだ。誰が称号を手にしても、恨みっこなしだぞ?」
部下たちは気丈に笑った。
彼らは冒険者たちほど能天気ではない。
これから起きる戦いの厳しさも、それによって命を落とす危険が大きいことも十分に理解してこの場に立っている。
彼らのうち一人でも多くが、この戦いを生き抜くことを心から願った。
だが――――
「竜殺しの称号は吾輩のものである!!称号が欲しくば、吾輩を超えてみせるのである!!」
それはそれ、これはこれだ。
竜殺しの称号を得る機会、みすみす逃すつもりはない。
英雄になるのはこの私、ジークムント・トレーガーだ。
それからわずかな時間で、草原は様相を変えた。
周辺に散っていた冒険者たちはドミニクの指揮によって曲がりなりにもひとつの集団となり、外壁付近には火力を担当する魔法使いが詰め、外壁上には魔導砲と巨大弓が並ぶ。
盾役となる前衛が騎士180人と冒険者約120人。
火力を担う後衛が騎士20人と冒険者約30人。
そして魔導砲と巨大弓が各10門と、それを運用する衛士が100人程度。
現在動員できる戦力の全てが都市南門外に集結する。
そして――――
「竜が来たぞおおおお!!」
魔道具によって増幅された声が響き渡り、上空には二つの影。
竜の咆哮が、決戦の火蓋を切った。
「報告通り数は2体、幼竜です!!二手に分かれて降下中!!」
「うむ!」
守るべき都市から竜たちの注意を引きはがし、こちらに引き付けることには成功した。
竜とは環境における絶対の強者だ。
戦いに際して自分が負ける可能性は露ほども考えておらず、目下に襲うべき集団が2つあるなら二手に分かれるのが道理。
ここまでは読み通り推移した。
「来るぞ!散開!」
指揮を任せた副官のアルノルトが声を張り上げた直後、騎士たちが構える陣地の中央を目掛けて竜の巨体が着弾する。
踏み潰されたものはいなかった。
しかし、大地が揺れて多くの者が体勢を崩したところで、長大な尾が騎士たちを薙ぎ払う。
「がっ!!?」
「ぐうっ!?」
巨体を回避するために体勢を崩した者のうち何人かが、竜の尾によって跳ね飛ばされた。
ある者は別の騎士を巻き込んで転がされ、ある者は放物線を描いて地面に叩きつけられる。
「起き上がれ、隊列を整えろ!!」
密集すれば被害が増大することはわかっていた。
竜の注意を確実に引く方法が、自分たちを囮にする以外に用意できなかったのだ。
歯を食いしばり、幼竜に突進する。
自分が前衛の要だ。
崩れれば、戦線が瓦解する。
「ふんっ!!!」
尾を振り抜いて動きが止まった竜の側面から斬りかかるが、剣は硬質な音を立てて弾かれた。
竜の視線が私を捉え、鋭い爪が頭上から振り下ろされる。
「遅いわっ!!」
最小限の動きでかわし、再び一閃。
しかし、結果は変わらない。
幼竜とはいえ、竜の鱗を貫くのは簡単ではない。
「団長の援護を!!」
私の動きを阻害しないよう反対側から騎士たちが攻め寄せた。
竜の気が逸れたところで一旦距離を取り、竜を観察する。
大きな翼を広げて咆哮する最強種。
その牙は鎧を容易く噛み砕き、その爪は盾を布のように引き裂き、鱗は鋭い剣撃をものともせず跳ね返す。
太く長い尾による薙ぎ払いも脅威であり、まだ見せていない口から吐き出される火炎やブレスは甚大な被害をもたらす。
だが――――
(小さい……!)
見上げるような巨体は、しかしそれでも想定より一回り以上小さかった。
戦い方に無駄が多く、私が後退しても騎士たちだけで十分に耐えている。
ほとんどダメージを与えていないはずの攻撃にいちいち反応を示して巨体を揺らす様子は、まるで遊び盛りの子どものようだった。
(これならば、守り切れる!)
自分と鍛え上げた騎士たちならば、竜の撃退という至難の命令を果たし得る。
あるいは、至高の誉れさえも。
剣の柄を握る手に力がこもる。
足元の土を踏みしめ、私は再び竜へと駆けた。
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