第303話 待ちに待った宴会2




 裁判と審問会、お通夜を経て、ようやく宴会は始まった。

 フィーネたちは邪魔になるからと言って早々に部屋に戻ってしまったので、フロルに頼んで部屋に料理を届けてもらい、俺たちは気を取り直して宴会を楽しんだ。

 流石に最初からいつものようにとはいかなかったが、幸い話したいことは山ほどある。

 酒を入れつつ話をするうちに、少しずつ普段の調子を取り戻していった。


「僕らの方も色々あったんだけど、アレンは流石だね」

「決闘はあたしも観戦したかった。次は見てるところでお願い」

「私も見たいです」

「お前らなあ……。大変だったんだぞ……」


 強行軍での帰還から、『鋼の檻』との決闘。

 ハイネたちの不意打ちと、ラウラの参戦まで。

 

 俺の話をおおよそ聞いた感想がこれである。


「でも『魔封じの護符』?それは厄介ね」

「はい。魔法が使えなくなるのは困ります……」

「安心しろ。使い捨てで供給も少ない高級品だから、そうそうお目に掛かるもんじゃないらしい」

「強力な魔道具や呪符というのは、往々にして作成が難しいものだからね。ところで、それが今回の戦果かい?」


 クリスの視線は俺がフォークで突き刺したカットステーキ――――ではなく、フォークを持つ俺の右手に注がれている。

 手首に装着した『セラスの鍵』は艶消しされた鈍色の腕輪。

 単体ではそこまで目立つデザインではないのだが、ラフな恰好との組み合わせではやはり違和感がある。

 外出するときは余計なトラブルを招かないよう服装を考える必要がありそうだ。


「ああ、『セラスの鍵』だ。クリスやネルが持ってるポーチと似たようなことができる」

「……え、それだけかい?」

「それだけって、お前……。すごい魔道具だぞ?」

「そうだろうけど、『鋼の檻』の総長から奪ったんだろう?もう少し違うものを選べばよかったのに」


 E級のときからポーチを持っていたクリスにとって、これは初期装備のようなものだ。

 反応が鈍くなるのは仕方がないのかもしれない。

 俺はさながら新しいお気に入りの玩具を貶された子どものような、悲しい気持ちになった。

 

「ま、まあ、保管はあくまで基本機能だからな。今は見せられないが、『セラスの鍵』の真価は――――」

「それはいいから、容量はどれくらいなの?お風呂がそのまま入るなら褒めてあげるんだけど」

「……多分、入る」

「本当!?すごいじゃない!」


 ネルは大喜びだ。

 『セラスの鍵』の真価は、お風呂が取り出せることにはないはずなのだが。

 なんだろうか、このもやもやした気持ちは。


「ねえ、ちょっと使ってみてよ!」


 俺の複雑な内心をよそに、ネルは興奮気味に席を立った。

 まるで新しい玩具をもらった子どものようだ。


「まだ保管庫の中は空だ。出す物がない」

「じゃあ、これ!これをしまってみて!」


 そう言ってネルが差し出したのはフィーネが座っていた椅子だ。

 なぜまた椅子――――と思いながら、俺は保管庫に椅子を入れたままにしていたことを思い出し、それを利用した余興を思いついた。


「どれ、貸してみろ」


 ネルから椅子を受け取る。

 それはソファのようにどっしりした造りではなく、化粧台の前にちょこんと置いてあるような片手で簡単に持ち上げられるサイズの椅子だ。

 

 それを――――


「あっ!」

「わあ……!」

「おお、消えたね」

 

 『セラスの鍵』を起動して保管庫に送る。

 位置関係から右手ごと無くなったように見えただろうネルが、驚きの声を上げた。


 そしてさらに――――


「えっ!?」

「あっ!?」

「あれ?」


 椅子を取り出す。

 その椅子はサイズ感こそ似ているものの、先ほど保管庫に送ったものとは明確に異なるデザインの椅子だ。

 つまり元々保管庫にあった椅子を呼び寄せて、なんちゃって入れ替えマジックをやったわけだ。


「アレン、保管庫は空なんて言って、最初から別の椅子を入れていたね?」

「ははっ、バレたか。正解だ」


 タネも仕掛けも簡単に暴かれてしまった。

 酔っ払いの余興なんてこんなものだ。


「それは大きなものでも取り出せるのかい?」

「まだ試してないが、ラウラに聞いた限りではいけると思う。もちろん、保管庫に入らないようなサイズは無理だが」

「ちなみに保管庫のサイズは?」

「屋敷の2階の部屋ひとつだ。これと対になる魔道具で保管庫にしてる」

「それは便利だね」


 俺は頷き、椅子を元の場所に戻した。

 クリスのポーチは大容量だが、出し入れする物のサイズはポーチの口幅によって制限されている。

 寝台にしても浴槽にしても、組み立てずにそのまま使えるなら手間いらずで非常に便利だった。

 

「まだ準備が整ってないが、剣を一瞬で手元に召喚するようなこともできるはずだ。風呂じゃなくて、そっちが本命の機能だからな?」


 斜め向かいに座る風呂好きに釘を刺すと、彼女はポテトを口に押し込みながら鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


 俺の話が終わったので、続いてクリスとネルの話だ。


「それで、切り札とやらは上手くいったのか?」

「ああ、抜かりないよ」


 クリスは上機嫌にウインクを飛ばした。

 だいぶ酔いが回っているようだ。


「酔っぱらう前に詳細を聞きたいんだが」

「そんなこと気にする必要はないよ。僕は酒に強いからね」

「いや、それはもういいから……」


 俺も酒に強いわけではないがクリスは明らかに弱い部類だ。

 『黎明』のメンバーで飲み比べをしたら、ネル、俺、クリス、ティアの順になるだろう。

 あまり酒を飲まないティアほどではないにしろ、これに関して言えば俺とクリスの間に越えられない壁が存在すると思っている。

 酔い醒ましついでに入浴を勧めてみると、クリスは大人しくリビングを出て行った。


「それで、結局何なんだ?」


 酔っ払いを追い出した俺は、ネルに水を向ける。

 ネルはクリスが出ていった扉に視線を向けた後、こちらを向いて肩を竦めた。


「さあ?」

「さあ、ってお前……」

「伏せた切り札を、本人のいないところで聞き出すのはルール違反じゃない?」

「あー……。それを言われると辛いが……」

 

 思いもよらず正論で殴られてしまい、反論できずに押し黙る。

 とはいえ、クリスが戻って来てから話を蒸し返しても煙に巻かれるだけだろう。


(まあ、いいか……)


 無理に聞き出す必要があるわけでもなし。

 また機会があるだろうから、そのときにしておこう。


「それじゃ、差し支えない範囲で経緯を教えてくれ。一応『鋼の檻』の残党はまだ残ってるんだ。状況を把握しないと動くに動けない」

「それもそうね」


 ネルは食事を続けながら、別行動後の出来事をかいつまんで教えてくれた。


 かつての依頼主であるエクトル・リヴァロルが、やはり『鋼の檻』と繋がっていたこと。

 街の衛士隊がエクトル・リヴァロル個人の拠点や彼が所属するアンセルム商会を捜索し、その証拠を見つけ出したこと。

 追い詰められたエクトル・リヴァロルが自害したこと。

 アンセルム商会からは謝罪の手紙と贈り物が届いたこと。

 手紙には『鋼の檻』と縁切りしたことや迷惑料の支払いについて書かれていたこと。


 報告を聞きながらさり気なくネルの様子を観察していたが、彼女が珍しく慎重に言葉を選んでいたのが印象的だった。


「衛士隊は、今後は怪しい荷を積極的に調べると約束したから。しっかり約束を守ってくれるなら、もう人攫いは起きないんじゃない?」

「そりゃ結構なことだ。ちなみにギルドへの報告はどうする?」

「話せることは今ので全部だから、取捨選択はあんたに任せる」

「了解だ」

 

 現在、『鋼の檻』の壊滅は冒険者界隈を賑わせており、冒険者ギルドは関連情報の収集に躍起になっている。

 さして労力をかけずにギルドに恩を売れる機会を逃すべきではないだろう。


 どうせラウラに預けている金の処理のため、ギルドに顔を出す必要があるのだ。

 早速明日にでもフィーネを連れてギルドに出向くことにしよう。


 最後になったが、ティアからも俺たちが不在の間に起きた事件について報告を受けた。


「実は、私も竜と戦ったんですよ」

「「はあ!!?」」


 俺とネルの声が綺麗に重なった。

 ティアは俺とネルの反応に大満足で微笑んでいるが、こちらはそれどころではない。


「ティアも火山に来てたの!?」

「火山には行ってません。竜の群れが近づいていると緊急依頼の知らせが届きまして、もちろん私だけじゃなく冒険者の皆さんも騎士の方もたくさん参加されてました」

「竜の群れって……。勝ったんだよな?」

「はい、なんとか。領主様のところの強い魔法使いの方が決め手になったみたいですけど、私も『黎明』の名に恥じない働きができたと思いますよ?」


 酒が入って少し大胆になったティアは、自分の頑張りをアピールしながら両手を広げた。

 寝耳に水で聞きたいことは山ほどあるが、今はとにかくティアの望みどおり、彼女を優しく抱きしめる。

 

 そんな俺たちを見て怒るでも呆れるでもなく、いつになくしょんぼりしたネルがしみじみとこぼした。


「ねえ、あたしたち……」

「やめろ」

「火山に行かなくても良かったんじゃない……?」

「やめろって言ったのに……」


 腕の中でもぞもぞと動くティアを撫でながら、自分の運のなさを呪った。


 本当に世の中とはままならないものだ。

 大きな溜息がふたつ、リビングの絨毯に沈んだ。



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