第301話 保管庫


 クリスとネルがせしめてきた謝罪の品々を全員で手分けして抱え、俺たちは全員そろって屋敷に帰還を果たした。


「風呂も宴会も準備できてるが、どうする?」

「うーん……。お風呂」


 ネルはエントランスホールの隅に荷物を置くと、早速ティアを伴って風呂に向かった。

 クリスにも同じことを尋ねると、手荷物だけ持って一旦宿に戻りシャワーも済ませてくるという。

 なんでも、宿泊料を前払いしないとそろそろ追い出されるらしい。


「さて、準備は万端だな?」


 荷物が宙に浮いて応接室に吸い込まれるところを眺めながら、フロルに問う。

 我が屋敷の小さな支配人は、両手を胸の前で握って力強く頷いた。


 準備は完璧、のポーズ。

 家事に関して手抜かりなどあり得ないという自信が見える。


「よし、じゃあ宴会の支度の前に、少しだけ良いか?」


 首をかしげるフロルを連れ、向かったのは俺の寝室――――の隣の部屋だ。

 俺の寝室となっている二階の最も大きな部屋は本来執務室であり、俺たちが今いる部屋こそが本来の寝室である。

 俺が屋敷を購入したとき、この部屋にはベッドや鏡台など最低限の家具しかなかったが、それらは全て今の寝室に移動してあり、部屋の中には何も残っていない。

 屋敷の構造上、二階の廊下から直接この部屋には入れないようになっており、にするには都合が良いと思ったのだ。


「今日からこの部屋は保管庫にする」


 俺は部屋の中央でフロルと向かい合い、はっきりと宣言した。


 フロルは頷きながらも不思議そうにしている。

 勝手にすればいい、とまで思っているかどうかは知らないが、わざわざ自分を連れてきて宣言する意味を見出せないのだろう。

 困惑気味のフロルに事情を説明するため、俺はポーチから『セラスの鍵』のを取り出した。


「いいか、フロル。ここはただの保管庫じゃない。この腕輪とがひとつの魔道具になっていて、俺は屋敷の外からでもこの部屋の荷物を使えるようになるんだ。便利だろう?」


 俺はフロルに魔道具の片割れである羽の生えた女性の像を手渡した。

 一見して天使のように見えるそれは羽の造形が鳥の翼ではなくコウモリの羽に近いものになっており、胸の前で両手を組んで一心に祈りを捧げている。

 フロルが無理なく抱えられるサイズだが、材質は不明でそれなりに重量があった。


「さて、ここからが大事だ。この魔道具を適切に運用……ちゃんと使うには、いくつかの条件がある。フロルの協力も必要だから、しっかり覚えてほしい」


 俺はラウラから聞いた魔道具の使用条件を、わかりやすい言葉でフロルに伝えた。


 腕輪と像は、『セラスの鍵』という一対の魔道具である。

 像を設置した場所が保管庫となり、腕輪の使用者は遠くに居ても保管庫から物を出し入れすることができる。

 像を設置する場所は、屋内でなければならない。

 魔道具を使用するとき、保管庫で『セラスの鍵』以外の魔道具を使用してはならない。

 魔道具を使用するとき、保管庫は密室でなければならない。

 魔道具を使用するとき、保管庫に生物がいてはならない。


 伝えた内容はこんなところだが、特にフロルに関係するのは最後の2点だ。

 俺が旅先で『セラスの鍵』を起動しようとしてもフロルが保管庫にいると正常な効果が得られない。

 だから保管庫に入るのは決められた時間だけにしてもらい、『セラスの鍵』が正常に起動する状況を確保してもらう必要があるのだ。

 

「忘れちゃダメだぞ。起動に失敗すると、何が起こるかわからないからな」


 ラウラから聞いた話の中に恐ろしい話があった。


 『セラスの鍵』の使用者が、あるとき『セラスの鍵』の起動に失敗した。

 使用者は家人が保管庫に入ったのだろうと気に留めていなかったが、使用者が帰宅すると家には誰もいなかった。

 それ以降、家人を見た者は誰もいない――――そんなありきたりな怖い話だ。

 

 ラウラの作り話である可能性は否定できない。

 しかし、真偽不明である以上、注意するしかないのだ。

 フロルなら手抜かりはなかろうが、俺もその時間だけは『セラスの鍵』を起動しないように気を付ける必要がある。

 俺のミスのせいでフロルがいなくなったら、間違いなく特大のトラウマになるだろう。


「一回、試してみるか」


 『セラスの鍵』を通して物を出し入れするには、決まった手順が必要になる。

 俺はフロルから像を預かり、試しに寝室からひとつ椅子を持ってきて、一緒に保管庫に置いた。

 そして、フロルと一緒に寝室に戻り、保管庫の扉を閉める。

 

「さてと……」


 俺はフロルから少しだけ距離を取り、近くに物がない場所で『セラスの鍵』を起動した。

 

 すると――――


「おお!?」

 

 俺の右手がなくなった。

 一瞬だけそう見えたが、よく見ると腕輪を装着した辺りから空間が裂け、俺の右手は裂け目の向こう側に存在している。

 保管場所が別にあることと起動に微量の魔力が必要なことを除けば、使用感はクリスやネルのポーチと大差ない。


 椅子の感触を確かめて魔力を切る。

 空間の裂け目は消失し、手元には椅子が残った。


 再度起動すると、右手と一緒に椅子が消える。

 椅子から手を放して魔力を切ると、椅子は保管庫に戻った。


「これ、やっぱり俺の手首だけ浮いてるんだろうか……?」


 フロルと一緒に保管庫の扉を見つめる。

 起動中に開けてみたい気持ちはあるが、ラウラの話が真実なら俺は右手を失うことになる。

 流石に試してみることはできなかった。


「よし、とりあえずここまでだな」


 『セラスの鍵』を保管庫として使用するためのはこれで完了した。

 ハイネがやったように武器を瞬時に召喚するには、また別の準備が必要となるので今日はここまで。

 そっちは『セラスの鍵』の運用をもう少し考えてからでもいいだろう。

 色々と検証は必要だが、戦術の幅が大きく広がりそうで楽しみだ。


 保管庫の使用時間についてフロルと示し合わせ、一緒に階下へ向かう。


 階段を降り切ったとき、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。


「ちょっと、あんた!こっち来なさい!」

「うん?え、おい!?」


 視線の先にはバスタオルを体に巻いただけのネル。

 髪から水滴を滴らせながら走って来たかと思えば、俺の手を掴んで再び走り出した。

 わけもわからないまま引きずられ、脱衣所に到着。


 そして、俺はネルの奇行の理由を察した。


「「「「「…………」」」」」


 脱衣所には、屋敷にいる女性陣が勢揃いしていたのだ。


 ティアとネルだけではない。

 フィーネに、ローザとアンも一緒だ。

 

「これはどういうことなのか、説明してくれるんでしょうね!?」

 

 様々な感情が含まれた視線が交錯する中。


 ネルの怒声が脱衣所と浴室に反響した。



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