第300話 昇級試験ーリザルト2




 ラウラの視線と指示棒はまっすぐに俺を指している。

 それを見て、俺はまたラウラに揶揄われている――――とは思わなかった。


「<フォーシング>だな?」

「せいかーい」


 ラウラから、今日二度目の拍手が贈られた。

 正直に言うと、あまり嬉しくはない。


 俺が微妙な顔していると、ラウラはあっさりと拍手を切り上げた。


「<フォーシング>は使える人が少ないから、直接この目でスキルを見るのは初めてだったんだよねー。おかげで色々とわかったよー」

「そりゃ良かったな。それで?」

「結果が似てるから<威圧>系統のスキルだと思ったけど、違ったみたい。例えるなら、人を水死させるって目的ために、相手を水の中に放り込むのが<威圧>、相手の体の中に直接水を生成するのが<フォーシング>だねー」

「物騒な話はやめろ……」


 相手に怖いものを見せて恐怖の感情を誘発するのが<威圧>、相手の頭に直接恐怖の感情を生み出して恐慌を引き起こすのが<フォーシング>。

 つまり、多分こういうことだろう。


「だから、防御方法は竜のブレスと同じ。<フォーシング>に込められた魔力を超える魔力で抵抗するか、相手の魔力を回避するかのどちらかだねー」

「へえ……。ちなみに、魔力を回避ってどうやるんだ?」


 回避できなかった俺が言うのも変な話だが、竜のブレスは回避できる。


 竜のブレスは視認できたらしく、それが通り過ぎたところは木も岩も全て消し飛んだとクリスが言っていた。

 攻撃が視認できて効果範囲が存在するなら、実際に回避できるかどうかはさておき回避できる可能性は必ずある。


 一方、<フォーシング>は目に見えない。

 感知しやすい収束型はさておき、回避と言われたところで何を避ければいいのかもわからなかった。


「<フォーシング>は竜のブレスと違って触れたモノを破壊するわけじゃないから、隙間のない木箱でも被ったらー?」

「木箱ってお前……。え、本当にそんなんで回避できるのか?」

「アレンちゃん、知らないの?魔力は物を透過しないんだよー?」

「マジか……」

「うん。だから、ここからドミニクに向かって<フォーシング>を使っても、ドミニクには届かないよー」

「だから物騒な話はやめろ……。しかし、そうか……」


 全然知らなかった。

 草原に潜んでいた『鋼の檻』の構成員が布ではなく木箱を被っていたら、俺の<フォーシング>を回避できたということか。

 先日の決闘相手も、高価そうな鎧なんて脱ぎ捨てて木箱を用意しておけば、俺の<フォーシング>は通らなかったかもしれない。

 もっとも、後者の方は木箱ごと『スレイヤ』の餌食になるだけで何の解決にもならないだろうが。


「魔力に抵抗する方も、魔道具と付与効果がある防具を上手く使えばいいんだけど。アレンちゃん相手だと少し厳しいかもねー」

「うおっ!?」


 ラウラの話の途中、突如としてテーブルの上に黒い塊が出現し、俺は思わず仰け反った。

 サイズは両手に乗るくらいで魔道具にしてはあまりに不恰好。

 何かの欠片にも見えるが、近づきがたい不気味な雰囲気を纏っているので触って確認したいとは思えなかった。


「なんだこれ、気持ち悪い……」

「アレンちゃんの決闘相手が着てた鎧の欠片だよー?」

「はあ!?」

「付与効果は精神防御だろうねー。方向性は間違ってないけど、許容量を超えると壊れることが多いんだよねー」


 つまり、俺がこの不気味な物体を生み出したということか。

 なんだかショックだ。


 ところで――――


「なあ、どこから出した?」


 テーブルの上に乗せられた鎧の欠片を指差してラウラに問うた。

 指示棒とメガネに関しては俺の意識が逸れたときにでも取り出したのかもしれない。

 しかし、鎧の欠片に関しては完全に前触れなく目の前に出現したように見えた。

 色々な方法でラウラに驚かされてきた俺だったが、このような手品を見た記憶はない。


「いいでしょー。お馬鹿さんからもらった『セラスの鍵』、今回の収獲だよー」

「ああ、ハイネが使ってたやつか」


 ラウラは右手首に付けた腕輪を見せながら自慢げに語った。

 腕輪なのに“鍵”と名付けられている理由は不明だが、無手の状態から瞬時に武器を呼び出すことができる性能は冒険者にとって垂涎の逸品だ。

 正直に言って、非常に羨ましい。


「ちょうどいいから、報酬の分配も済ませようかー」

「分配?俺にもくれるのか?」

「アレンちゃんが呼び込んだ獲物だからね。独り占めはしないよー」


 俺が囮でラウラが罠ということか。

 まあ、くれるというならもらうとしよう。


 しかし――――


「うふふー」


 ラウラは楽しそうに腕輪を撫でながら

 俺が欲しがるものを理解していて、俺がどう交渉するか――――という顔だ。


(いいだろう、やってやる……!)


 B級冒険者になったのだ。

 これから先、上級冒険者として難しい交渉は避けて通れない。


 俺は膝を叩いて気合を入れた。


「わかった。まずは魔道具を全部並べて確認させてくれ」

「それはいいけど。アレンちゃん、魔道具の価値がわかるのー?」

「…………」


 交渉終了。

 俺はラウラに尋ねなければ、魔道具の価値どころか用途すらわからないのだ。

 これで交渉になるはずがない。


「はあ、アレンちゃんとお話しするの、すごく楽しい……」


 恍惚とする鬼畜精霊を前に、俺はあまりにも無力だった。






 報酬分配は、当然ながらラウラ主導で行われた。

 俺の取り分は『セラスの鍵』のほかに魔道具がひとつと、回収した金銭の全て。

 ラウラの取り分は俺の取り分を除いた魔道具と宝飾品全部だ。


「金は本当にいいのか?」

「いいよー。お金なら困ってないし、お金に換算した価値なら私の方が多いからねー」


 ラウラの取り分が多いことに関して異論はない。

 ハイネたちを処理したのがラウラだからというのもあるが、ハイネの所有する魔道具には禁制品が多く含まれているため、俺では換金すらままならないのだ。

 今回の役割分担を考えても妥当な分配だろう。

 『セラスの鍵』の価値や100枚を超える金貨の量を考えれば、むしろ貰いすぎかもしれない。


「使い方はさっき教えたとおりだから、くれぐれも忘れないようにね。家妖精のフロルちゃんに説明するのもだよー?」

「わかった。もし困ったら、また相談させてくれ」


 『セラスの鍵』の使い方を教わり、分配品を回収して俺は席を立つ。

 金貨や銀貨は持ち運べる量ではなかったので、このまま預かってもらうように頼んだ。

 フィーネの仕事を増やしてしまうが、晴れて専属受付嬢となったのだから頑張ってもらうとしよう。


「またねー」


 ラウラに見送られて部屋を出ると、日が傾き始めていた。

 季節は初夏になってからずいぶん経つ。

 夏というにはまだ早いが、春と同じ感覚でいるとネルの罵声を浴びることになりそうだ。


「少し長居しすぎたな」


 懐中時計で時間を確認すると予定の時間より少々押している。

 俺は南通りの雑踏の隙間を縫い、駆け足でティアの家へと向かった。


「アレンさん、お待ちしてました!」


 ティアの家を訪ねると、彼女は俺の予想に反して準備万端で出迎えてくれた。

 俺のところにクリスの手紙が届いたように、ティアのところにもネルの手紙が届いたらしい。

 ティアには俺が二人を迎えに行く間に支度をしてもらい、直接屋敷に来てもらうつもりだったのだが、彼女の希望により一緒に二人を迎えに行くことになった。


「今回は参加できず、済みませんでした……」

「いや、気にするな。こちらこそ突然で悪かった」


 今回の件、ティアは出発前にクリスから話の大筋を聞いている。

 腕を組んで通りを歩きながらどうなったのかと詳細をせがまれたが、その話を歩きながらするのはもったいない。

 宴会まで、もう少し我慢してもらうことにした。


「では、楽しみにしておきますね。アレンさんたちが不在の間に色々なことがあったので、私も話したいことがたくさんあります」

「それは楽しみだ。危険なことはなかったんだろ?」

「それが……、実はとっても危険なことに巻き込まれまして」

「なっ!?」


 俺は思わず大声を上げ、足を止めた。

 周囲から迷惑そうな視線を集めたが、それどころではない。


 しかし、俺の心配をよそに、ティアは俺の腕を抱いたまま笑った。


「大丈夫ですよ。私はこうしてアレンさんの前にいるじゃないですか」

「いや、それはそうだが……」

「ふふ、続きは宴会のときに、ということで」


 つい先ほどやったばかりのことをやり返され、俺は笑うしかなかった。




 西門に到着したのはクリスとネルが到着する予定の少し前だった。

 しばらくの間、ティアと他愛もない話をしながら馬車寄せ場で馬車の到着を待ったが、時間になってもそれらしき馬車はやってこない。

 やっと来たと思った馬車に駆け寄っても、降車する人々の中にクリスとネルの姿はなかった。


「…………」


 次第にティアとの会話も上の空になり、ついに途切れた。


 日は傾き、西通りの魔力灯が点灯する。

 雑踏も仕事帰りと思しき人が多くなり、俺の中で徐々に焦りが大きくなっていった。


「大丈夫ですよ」


 寄り添うティアは俺を勇気づけるように握った手に力を込めた。

 こちらを見上げる表情に焦りは見えない。

 いつもと変わらない優しい声音で、彼女は言う。


「私もネルもクリスさんも、みんな成長してるんです。もう、アレンさんに助けられてばかりじゃありません。少し、馬車が遅れているだけですよ」

「……ああ、そうだな」


 ティアの言う通りだ。

 俺は彼らの保護者ではない。

 俺たちは『黎明』に所属する対等な仲間なのだ。


 俺はあのとき、『黎明』のリーダーとして二人を信じると決めて、その場を任せた。

 その俺が二人を信じなくて、どうするのか。


「ありがとう、ティア」

「はい!」

 

 俺は再び西門に視線を戻した。

 今もまた、一台の馬車が入って来て馬車寄せ場に誘導されている。


 今度こそと思って足を踏み出すと、背後から声が掛かった。


「どうしたんだい、こんなところで?」

「…………約束の時間になっても到着しない仲間を待ってるんだが」


 足を止め、背後を振り返る。

 そして、声の主に問うた。


「お前こそ、なんでそこにいる?」

「いやあ、ちょっと通り過ぎちゃって」


 クリスが指差す先。

 乗合馬車よりも小さくて高級そうな馬車が、ここから少し離れたところに停車しているのが見えた。

 そこは利用に特別な許可が必要な貴人向けの停車場だ。

 馬車の近くではネルが何事か叫んでおり、こちらからはティアが彼女の名を呼びながら駆けていった。


「例の街で色々あって、謝罪の一環として貸切りで手配してくれたんだよね。手紙を書いたときは乗合馬車で戻るつもりだったんだけど、荷物も増えちゃって」

「そうか……」


 大きな大きな溜息を吐いた。

 結局、俺の取り越し苦労だったというわけだ。


「まあ、いい。その話は後でゆっくり聞かせてもらう」


 今は無事に帰還した仲間に対して、何よりも言うべき言葉がある。


 俺は右手を顔の高さに挙げ、信頼に応えてくれた相棒に労いの言葉をかけた。


「おかえり、クリス」

「ただいま、アレン」


 夕焼けに照らされた雑踏に、軽快な音が響いた。



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