第292話 黎明vs鋼の檻




 冒険者ギルド裏の闘技場。

 キャパシティが千人程度しかない客席は満員に近い状態だった。


 石造りの舞台の上で客席を見回しながら、俺は相手の情報を思い出す。


(強い相手……というだけではないんだろうな……)


 ハイネは数多くの魔道具を操るB級冒険者として知られている。

 俺のスキルが割れている以上、<結界魔法>の対策は確実に用意してくるだろう。


 一方で、<フォーシング>の正確な情報はおそらくない。

 精神攻撃系統のスキルを持っていることくらいは掴んでいるだろうし、魔道具やエンチャント付きの高級装備の中から精神防護に役立つものを持ってくるだろうが。


 相手の登場を待っていると観客からどよめきが上がった。


 反対側から現れたのは神々しい鎧姿の剣士。

 どうやら、俺の決闘相手はハイネ本人ではないらしい。


「お前もついてないな」

「お互い様だろ?」


 俺と相手が軽口の応酬をする間に、メガホンのような形状の魔道具を持った司会者が大声で決闘のルールを説明する。


 決闘に複雑な決まりはない。

 予想どおり、なんでもアリのデスマッチだ。


「肝が据わってるな。少しは驚くと思ったが」

「負けたら死ぬのはいつものことだろ。今更何に驚けって?」

「……口の減らない餓鬼だ」


 両者開始位置に着き、剣を構える。

 騎士団の訓練場ほど広さがないため、ジークムントと戦ったときよりも少し近い。


「先に謝っておく」

「なんだ?<威圧>ならどうせ効かないから遠慮は不要だぞ」

「そうか。ならいいや」

「…………」


 用意がいいことに司会の手元にはゴングがあった。


 散々に観客を煽り、盛り上がりが最高潮に達したそのとき―――――それは勢いよく打ち鳴らされる。


「「――――」」


 相手の剣士は初手で突進を選んだ。


 俺はその場を動かず、『スレイヤ』を腰だめに構えてカウンターを狙う。


 直後、相手が装備する腕輪が光りを放ち――――俺の身体が少しだけ重くなる。


(まあ、そうくるよなあ……!)


 とはこういうことだ。


 きっと西通りの高級店に並ぶようなエンチャント付き装備や特殊効果のある魔道具で、相手の能力は盛りに盛られていることだろう。


 ただでさえ、こちらは気力も体力も限界ギリギリだ。


 まともに打ち合えば時間が経つにつれこちらが不利になるのは間違いない。


 もう数歩で互いの間合いに入る。


 そのとき、攻撃態勢に入った相手の剣が淡く光った。


「――――ッ!」


 それを皮切りに鎧が、首飾りが、兜が、籠手が――――次々に特殊効果を発揮し、相手の動きが加速する。


 スローになった視界の中で、相手の剣士が口の端を上げた。


 勝ちを確信した顔だ。


 たしかに、剣に<結界魔法>を貫通するための仕掛けがあるとしたら、すでに速度負けしている俺に勝ち目はない。


 全力で『スレイヤ』を振ったところで相討ちが精々。


 だから、俺の勝ち筋はひとつだけ。


(名誉を、か……)


 たしかにそのとおりだ。


 このに敗北すれば俺の名誉は地に落ちるだろう。


 ただし、俺の敗北とは目の前の剣士に敗れることを意味しない。


 迫る剣士は決闘相手に過ぎず、命運を決する勝負の相手は別にいる。


 その相手とは、俺自身。


 勝利条件は――――


(…………)


 口の端が上がる。


 これは、月だけが知っている実験の続き。


 光の下で、衆目に晒され、それでも俺の勝ち。

 

(さあ――――)


 正真正銘、全身全霊。


 舞台上で魔力が一瞬で収束する。


 漏らさぬように。


 散らさぬように。



 ただ一人に、



 ただ一点に、



 狙いをつけ、




 そして――――











 英雄に相応しくない呪詛の言霊は、大歓声によって掻き消された。

 しかし、それは誰の目にも明らかな事象となって現実に爪痕を残し、俺が望む結末を引き寄せる。


 剣と剣が交差する瞬間はいつまで待っても訪れず、神々しい光を纏った剣士は半歩下がった俺の横を滑るように転がると、そのまま動かなくなった。


 最高潮となった観客のボルテージは急速に萎んで戸惑いに変わる。

 悲鳴も非難も聞こえない。

 観客はただ、何が起きたか理解できずに困惑するばかり。


 しかし、そんな観客たちにも理解できることがある。


 立ち続ける者と横たわる者。

 剣は一度も交わらず、それでも勝敗は明らかだ。


「…………」


 振り返り見下ろす剣士の姿。

 鎧の一部が漆黒に染まって砕け散り、その顔は絶望に歪んだまま動かなかった。


 だから俺は決闘の――――そして賭けの勝者として要求する。


「決闘は終わった。さあ、勝者の名を――――ッ!?」


 矢、魔法、投槍。


 四方八方から降り注ぐ攻撃を回避しながら、回避できないものは<結界魔法>で防ぐ。


 しかし――――


「なっ!?」


 突然、<結界魔法>の発動に失敗し、同時に俺の体は決闘中の比ではないほどに重くなった。

 <結界魔法>だけでない。

 <強化魔法>までもが霧散している。


「くっ……!」


 『スレイヤ』の重量に耐えきれず、体勢が崩れたおかげで直撃コースの矢を回避した。


 だが、奇跡もそこまでだ。

 正面方向から飛んできた<火魔法>を避けることも防ぐこともできず直撃をもらい、吹き飛ばされた俺は無様に闘技場の石床を転がった。


「準備は万全だったはずなんだけどねえ。<闇魔法>系統の妨害はほとんど効果なし、<光魔法>系統の精神防護も貫通……。なんだこれは……呪い、か……?」


 ハイネは客席から場内に下りて決闘相手の状態を確認すると、魔法銃の銃口をこちらに向けた。

 他の幹部連中も、少し距離をあけて俺を包囲している。


「て、めえ……!」


 反射的に<フォーシング>を再発動する。


 しかし――――


「無駄だよ。『魔封じの護符』は魔力系統スキルを一時的だが完全に封印する…………はずなんだがねえ。なぜ使える……?」


 ハイネの目論見は外れ、俺は<フォーシング>を使えている。


 だが、スキルの発動だけでなく魔力の操作自体を妨害されているようで、その威力は見る影もなかった。

 十分な魔力が込められないせいでハイネの精神防護を貫けない。

 あるいは剣士に向けた魔力の何割かでも残しておけば違ったのだろうが、後悔しても手遅れだ。


「それに、ずいぶんとレジストしてくれた。お前のせいで大損だよ。ただまあ、これでお前は雑魚に成り下がった」

「――――ッ!」


 用済みとなった大量の護符をばら撒き、余裕の笑みを浮かべるハイネ。

 その手には先ほどまで司会が使っていた拡声器が握られている。


 そして――――


「突然だが、演目を変更しよう。今からここは、『鋼の檻』に噛みついた愚か者の処刑場。処刑人は『鋼の檻』の総長、ハイネが務める」


 観客が動揺するのも構わず、ハイネは拡声器を投げ捨てる。


「約束はどうした?」

「悪いがお前みたいな雑魚との約束をいちいち覚えているほど、暇じゃなくてね」


 本当にイラつく奴だ。

 まあ、こうなるだろうとは思っていたが。


「もうやめて!!」


 そのとき、悲痛な声が闘技場を切り裂いた。

 客席から飛び出したフィーネが『鋼の檻』の包囲をすり抜けて俺の腕に縋りつく。


「おいフィーネ!何して――――」

「うるさい!!」


 一喝して、フィーネはハイネを睨みつけた。


「私が必要なら言うことを聞くから!だから、もう――――」

「お前にもう、用はないよ。<アナリシス>の娘」

「…………ッ」


 フィーネの言葉をハイネが切り捨てる横で、俺は突然発せられた<アナリシス>という言葉に戸惑いを隠せない。

 俺の感情を目ざとく拾ったハイネは面白そうに笑った。


「知らなかったのかい?その娘は、元々<アナリシス>の保有者としてフェリクスに目を付けられていた。目的は売却益か、組織内の地位か……まあ、組織にとって利益になるならどっちでもよかったんだが」


 ハイネは大きく溜息を吐いた。


「でも、もうやめだ。フェリクスのことといい、そいつのことといい、お前はウチに不運をもたらし過ぎた。領主に突き出して無関係のところで処刑されてもらった方が、後腐れがない」

「――――ッ!」


 震えるフィーネを抱き寄せる。


 しかし――――


「…………」


 <フォーシング>はそよ風同然。

 <結界魔法>の成功率は半々。

 自由自在の<強化魔法>すら不安定。


 『魔封じの護符』とやら、完全に俺の戦闘能力を殺している。


 これではまともに戦えない。

 フィーネを守るだけの力が俺には残されていないのだ。


 俺に残された手は無様に助けを乞うことだけ。

 決闘の前、フィーネにあれだけ格好つけたというのに。


 本当に締まらない。


「話が見えないが、決闘はおしまいってことでいいんだな?」

「ああ、決闘はお前の勝ちだよ、おめでとう。祝勝会は地獄で好きなようにやっておくれ」


 無感情に銃口を向けるハイネ。

 最期の瞬間から目を背けるフィーネ。

 俺たちを嘲笑う『鋼の檻』の幹部たち。


 それらを視界に収め、それでも俺はハイネを睨み返した。


 フィーネを守る力を持たない俺には、それくらいのことしかできなかった。


 しかし――――


(締まらない……なんて、言ってられないか)


 この場を切り抜ける方法は、すでに用意されている。

 剣も魔法も、フィーネを守るためには必要ない。


 必要なのは無駄なプライドを捨てること。


 そして、を返してもらうこと。


 だから――――


「今ここで、

「なに……?な――――」


 次の瞬間、世界を圧し潰すような濁流が全てを飲み込んだ。


 俺は全方位から押し寄せる圧力に抗いながら、残された気力を振り絞ってフィーネを抱き締める。


「ぷはっ……ぐっ!?」


 前触れもなく水中から放り出され、フィーネを庇って背中を地面に打ち付ける。


 俺たちがいるのは客席だった。


 周囲には事態を飲み込めず呆然とする観客たち。


 そして――――




「司会者に代わって、観客の皆様に演目の変更をお伝えしまーす」




 楽しくて愉しくて仕方がない。


 そんな内心を隠す素振りもない女の姿。


「今からここは、アレンちゃんに逆らったお馬鹿さんの処刑場。そして、処刑人を務めるのはー……」


 嗜虐癖持ちの悪戯好き。


 ふわふわと宙に浮かぶ鬼畜精霊。


「わ・た・し、です☆」


 ラウラが、あらわれた。



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