第284話 昇級試験5
「ここはどう?」
「いいんじゃないかな。落石が怖いから、少しだけ離れたところにしよう」
「そうだな」
その後、背後を任せるのに適した地形を見つけた俺たちは日没前に野営地を構築すべく動き始めた。
俺とクリスはテント設営、ネルは焚火周りの整備。
何を指示するわけでもなく、もはやいつもどおりと言える分担で作業を進めていく。
「刺さるかい?」
作業開始から少ししてクリスが声をかけてきた。
クリスが言うのはペグ――――テントを支えるための金属製の杭のこと。
これまでは草原や森で活動していたから地面にペグが刺さらない状況は未経験だったのだが、ここは火山地帯で足元は硬質の岩だ。
普通に打ち付けてもペグは刺さらない。
だから俺の足元で、ちょっとやそっとでは抜けないほど深く地面に刺さったペグを見たクリスが目を丸くした。
「流石だねえ」
「まあ、これが取り柄だからなあ……」
何かコツや工夫があるわけではない。
ペグの頑丈さを頼みに金槌でぶっ叩いただけだ。
前提として相応の腕力が必要になるわけだが、単純な力ならジークムントにすら負けない自信がある。
もちろん<強化魔法>込みの話だ。
素の腕力では勝負にもならない。
「うん、大丈夫そうだ」
クリスが刺さり具合を確かめてみてもビクともしない。
これなら就寝中にテントがぺしゃんこになることもないだろう。
「石を重しにして、それに紐を括り付けようかと思ったんだけど」
「紐を痛めそうだな……。ペグは俺がやろう。クリスはこっちの続きを頼む」
「わかった」
紐の処理をクリスに任せて反対側に回り、再び金槌を振った。
本来硬い地面にテントを張る方法としてはクリスのやり方が正攻法なのだろうが、ペグが刺さるなら刺してしまった方が早い。
近くにある手頃な石はネルが焚火用に集めてしまっているから、今から探すのも面倒である。
「よし」
若干のトラブルに見舞われたものの、テントは無事に完成。
しかし、問題は別のところで起きていた。
「ごめん、薪がない……」
「え……?あー……」
テントから少し離れたところで焚火の準備をしていたネルが言う。
彼女が円形に置いた石の中央、枯れ木を組むはずの空間がポッカリと空いていた。
薪は嵩張るから現地調達が基本で、これを集めるのもネルの役割だった。
今まではそれで問題なかったから、俺の頭の中にある必要物資リストから抜け落ちていたのだが――――
「薪が、ないな……」
ここは火山地帯。
見晴らしを優先して木々を避けたせいで、周囲には枯れ木どころか生木すら見当たらない。
役割分担の話をするならネルが薪を持ち込むか事前に相談するかすべきだったのだろうが、今回は経緯が経緯なのでそれを求めるのは流石に酷だ。
当初はネル抜きでも決行するつもりだったのだから、むしろ俺の手落ちだろう。
これは遠くに見える森林地帯までマラソンかと覚悟を決めかけたとき――――
「はい、これを使ってね」
「お……?」
クリスがネルに手渡したのは使いやすいサイズの薪。
次々にポーチから吐き出されるそれらは形が整えられており、明らかに店で購入した物資だった。
「良く気付いたな……」
「今回のために用意したものじゃないよ。前から入ってたんだ」
ネルの足元に薪を積み上げながらヘラッと笑うクリスの表情から、その真偽を読み取ることはできなかった。
俺は小さく溜息を吐く。
何にせよ、本当に助かった。
「……ありがと」
自分が用意すべきだったと責任でも感じているのか、ネルは素直に感謝を述べた。
彼女はクリスの気遣いを当然のように扱うことが多いので今回も「当然ね!」なんて言って胸を張るかと思ったのだが。
珍しいこともあるものだ。
野営地構築後は三人そろって夕食の時間だ。
いよいよ明日は竜と対峙することになるだろうから、そのための作戦会議も兼ねている。
「それで、作戦はあるのかい?」
「いつもどおりやるだけだ」
「その場で考えるってわけね」
ネルの指摘に肩を竦める。
それで何とかなってきたのは個々の戦力が充実しているおかげだが、戦術の幅が狭いのは解決すべき課題だと思っている。
ただ、すぐにどうにかなる話でもないのだ。
「なら、罠を仕掛けるなんてどうだい?」
「悪くないが、竜を足止めできるような大掛かりなものとなると、なかなかなあ……」
落石を攻撃に利用するとか、身動きを制限するための落とし穴とか、アイディアはある。
しかし、大掛かりな罠を張るには準備に相応の人数と期間が必要で、スピーディな攻略が求められる今回は採用できない。
そもそも俺たちは3人しかいないのだ。
正面戦力すら不足しているのだから、後方支援に人を回すことなどできやしない。
「まあ、一当てして一回退くのもアリだ。竜の情報も攻略方法も、眉唾のものが多いからな」
出発前、俺たちは冒険者ギルドで竜の情報を収集してこなかった。
準備をサボったということではない。
竜の攻略に関してはまともな情報がないことを知っていたからだ。
まず、竜というのは個体数が少なく、さらには個体差が大きい魔獣だ。
幼竜なら少数精鋭でもなんとかなるが、成竜なら撃退するために大軍を動員する必要があるし、齢を重ねた古竜などもはや災害扱いされている。
竜に遭遇した者たちは基本的に全滅するので経験はほとんど蓄積されないし、幸運にも竜を討伐できたパーティはその情報を絶対に秘匿する。
竜を狩れるパーティなら攻略情報を売るより竜を狩った方が稼げるからこれは当然なのだが、そういったパーティですら次の竜を狩りに行ったまま帰らないことが多い。
前回の経験が次回も通用するとは限らないのだ。
「勝ち目はあるんでしょうね?」
「当然だ」
フィーネのためとはいえ大事な仲間を死なせるつもりはない。
俺はネルに向けて人差し指を立てた。
「そもそも、俺たちが竜を倒す必要はない。昇級条件はあくまで爪を持ち帰ること。なんなら巣に落ちてる爪を拾ってくるだけでも合格だ」
「そう簡単にいくものなの……?」
「なんとかなるさ。撤退戦になったら、殿は俺が務めるから任せておけ」
パンの最後のひとかけらを口の中に放り込み、スープで流し込む。
こんな山奥でも真っ当な食事にありつける幸せに感謝し、俺は席を立った。
「それじゃ、先に休む。時間になったら起こしてくれ」
「わかったよ。おやすみ、アレン」
今日も俺が深夜の見張を担当する。
最初の見張りを担当するクリスに声を掛け、早々にテントに引き上げた。
設営したテントの中、簡易寝台に腰掛けて濡らした布で体を拭く。
リボルバー式荷物袋のおかげで替えの下着には困らない。
一般的な冒険者と比べればこれだけでも十分に贅沢なのだが、屋敷の風呂を恋しく思う気持ちはどうしても湧いてくる。
(俺も順調に染まって来たな……)
ソロで活動していた頃はこれが標準、良くて水浴び、風呂に入った記憶などほとんどなかったというのに、今では数日風呂に入れないだけでこのざまだ。
今の生活が快適すぎることに原因があると思っているが、これではもうティアやネルを笑えない。
「…………」
屋敷を入手した直後、『スレイヤ』を手にしていなかった俺では屋敷を維持するための金を稼ぐことは絶対にできなかった。
屋敷を維持できなければフロルと離ればなれだ。
フロルが居なければ絶望に押しつぶされて引きこもることすらできず、失意のうちに都市を離れることになっただろう。
そうなれば『黎明』が結成されることもなかった。
だからこそ断言できる。
今の俺の生活は、全てフィーネが差し伸べた手の上に成り立っているのだと。
(絶対に、見捨てるものかよ……)
仲間を死なせるつもりはない。
だからこそ、自分の命を懸けることを躊躇うつもりはない。
昇級試験は絶対にクリアする。
固い決意を胸に、俺は目を閉じて眠りに落ちた。
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