第283話 昇級試験4
南の火山。
そう呼ばれている地域であるが、その全域が固まった溶岩でできた岩肌というわけではない。
歴史書によると元々高い山々が連なる地域であったところ、噴火が発生して後から火山ができたらしく、火山本体の周辺には普通の山や森が広がっている。
もっとも、ここの生態系を前世の火山と同列に語ることができるかは大変疑わしい。
なにせ、この火山の中心部は“精霊の泉”と呼ばれる謎に満ちたパワースポットだ。
数年前に突如として消失したという話を聞くが、だからと言ってその影響が完全に消えてなくなったわけでもあるまい。
現在の火山周辺の環境は、自然以外の何らかの力が働いた結果と見るべきだろう。
ちなみにだが、木々がある地域の方が魔獣の生息数が多い――――ということは全くなく、森には森の、火山には火山の魔獣がそれぞれ生息している。
だから俺たちがわざわざ砂や岩肌の部分を選んで進んでいるのは、単純に見晴らしが良く索敵がしやすいという理由によるものだ。
だが、見晴らしが良いということは相手もこちらを見つけやすいということ。
こちらが積極的に戦闘を望まなくとも、向こうから寄ってくれば戦闘を避けることは難しかった。
「ふう、やっぱり硬い……。何を食べたらこうなるのよ、岩が主食なの?」
戦闘後、弓装備のネルが愚痴を漏らす。
目の前に転がる魔獣は体の表面が岩のようになっており、通常仕様の矢を難なく弾く堅牢さを誇っていた。
しかし、そんな魔獣の死因はネルが放った弓矢だ。
関節部分であっても矢が通らないと理解したネルが放った二の矢は、魔獣の急所である目に深々と突き刺さり、魔獣をあっけなく絶命させた。
それほど動きは機敏でない魔物だったが、相変わらずとんでもない技量である。
「まったく、こんなのばかりだと少し辛いものがあるよ」
そういうクリスも別の魔獣の目を刺突で貫いている。
俺はゴール前に転がったボールを押し込むが如く、目が潰れて暴れる魔獣を背後からバッサリやっただけだ。
「討伐証明部位は調べてこなかったからわからないし、ゆっくり解体する時間もない。回収は魔石だけにするか……」
辺境都市の冒険者ギルドに掲示された常設依頼は、当然ながら都市の冒険者たちが狩る頻度が高い魔獣――――つまりは辺境都市領内に生息する魔獣が選ばれている。
都市から遠い場所に生息する魔獣の情報は俺が日頃から目にする範囲にはなかったし、少々の報酬のために新たに情報を仕入れている時間の余裕などありはしなかった。
「休憩はいらないな?行くぞ」
クリスはもちろん、前衛として動けるネルも十分な体力を備えている。
道中も平坦ではなく戦闘回数も多いという厳しい状況だったが、二人とも途中でバテることなくついてきてくれていた。
しかし、それでも一日で進める距離には限度がある。
魔獣の生息地で夜を明かすため、野営場所も慎重に選ばなければならない。
順調に進んでいる行程も考慮し、俺は日が高いうちに行動目標を切り替えて野営地探しに取り掛かった。
「さて、丁度いい場所が見つかると良いが……」
行動人数の都合上、やはり見張りは一人になる。
できれば洞窟のような場所――――少なくとも岩肌が背後を守ってくれる崖のような場所で、背後からの襲撃を気にしなくていい状況が望ましい。
クリスとネルも場所の重要性は理解しており、真剣に探してくれていた。
ただし残念なことに、その作業は早々に中断することになる。
「少し臭うね?」
クリスの言葉に俺は眉をひそめた。
汗臭いとか血生臭いとか、そういう話ではない。
現在地は火山なのだから、まず警戒すべきはガスの類だ。
火山ガスは、濃度によっては即死すらあり得る非常に危険な自然の罠だ。
だから臭いがする場所に長居しないのは鉄則だと思うのだが――――
「温泉ね!」
ネルが心底嬉しそうな声を上げた。
「え、知ってるのか?」
「何言ってるの、当然でしょう!ほら、早く!」
「あ、おい!?」
止めるのも聞かず、ネルが駆け出した。
クリスも追随するので仕方なしに後を追う。
「なあ、温泉ってそんなに有名なのか?」
「それはそうだよ。国内でも温泉で有名な観光地はいくつもあるし、ネルちゃんも旅行の経験があるんじゃないかな?」
「そういうものか」
言わずもがな、一般人は観光旅行なんて簡単にはできないものだが、ネルは元お嬢様だしクリスも推定良家のお坊ちゃんだ。
富裕層にとっては温泉地観光の経験などあって当然ということなのだろうか。
孤児の俺にはちょっとわからない感覚だった。
(しかし、こんなときに温泉イベントか……)
クリスの少し後ろを歩きながら、俺はこっそりと溜息を吐いた。
フィーネが大変なときに、なんて堅いことを言うつもりはない。
俺が温泉嫌いというわけでもない。
休息するのも英気を養うのも、竜との大一番を前に必要なことだ。
俺が残念に思っているのは、この面子ではどう転がっても混浴という流れにはならないということだ。
(ティアがいてくれたら……)
タオルで体を隠しながら恥じらう彼女と一緒に温泉を堪能する――――そんな展開もあっただろうか。
思わず頬が緩んでしまい、誰に見られているわけでもないのに咳払いでごまかした。
ここは魔獣が跋扈する危険地帯なのだ。
安全を確保するまで不用意に気を抜くことは許されない。
何より口に出してネルに聞かれでもしたら、罵倒が波のように押し寄せるのは目に見えている。
願っても叶わないことは口にするだけ無駄というものだし、そういう機会はまた今度作ればいい。
戦争都市への旅に誘うとき、経由できる温泉地があれば寄ってみるのも一興だ。
今は山奥で温泉に浸かれるだけでも儲けもの。
そう思うことにしよう。
ところで、捕らぬ狸の皮算用という言葉がある。
今の俺たちのためにある言葉だ――――というのは流石に言い過ぎだろうが。
「くうううぅぅ……。ティアがいてくれたら……」
「そうだなあ……」
結論から言うと、温泉はダメだった。
あることにはあったが温度が高すぎて入浴には適さなかったのだ。
源泉かけ流しを謳っている温泉宿だって温度調節くらいはしている。
よく考えてみれば、源泉付近でそのまま入浴なんてできるわけがなかった。
「ティア……」
「仕方ないだろ。切り替えろ」
ティアがいてくれたら<氷魔法>で温度調節は容易い。
正直に言えば、俺も温泉に入れるならば入りたかった。
「わかってると思うが、この場所で水は貴重品だ」
「………………」
飲料水が入った水筒を片手に温泉を睨んでいたネルは、しばらくしてがっくりと項垂れた。
非常に不本意という表情だが、仮に飲料水の問題が解決したところで水筒一本ではどうにもなるまい。
残念ながら今回は縁がなかった。
そのうちティアも含めた全員で温泉旅行でも計画しよう。
そんなことを、心のメモ帳に書き込んだのだった。
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