第282話 昇級試験3




 閑散を通り越してホラー感すらあった南方行き馬車寄せ場で、まさかの全便運休に絶句していたのが今から1時間ほど前。

 現在、俺たちは無事南方行きの馬車に揺られて目的の村へと向かっていた。


 都市間の交易路である大街道と比べると道の整備がかなり甘く、馬車も荷馬車であるためよく揺れる。

 しかし、俺たちは不満など欠片も見せず、むしろ馬車の主に感謝していた。


「本当に助かりました」

「いえいえ、良い小遣い稼ぎになるのでこちらも助かりますよ」


 困り果てていた俺たちに声を掛けてくれた男――――彼は村々の生産物を仕入れて宿場町に売り、帰りに宿場町で買ってきた商品を村々で売って生計を立てている行商人だという。

 帰りの仕入れが捗らないときは荷の代わりに人を乗せるのだそうで、今日も街を出るタイミングで俺たちを見かけたらしい。

 若干挙動不審に見えたのは、彼も馬車寄せ場の寂れ具合に困惑していたからだそうだ。


 需要と供給が合致していることに気づいてから交渉はとんとん拍子で進んだ。

 パーティメンバーに浪費家がいるせいで日頃からコスト意識を高く持つよう努めている俺だったが、今回ばかりは採算度外視で臨んでいる。

 銀貨の1枚や2枚の出費など、あってないようなものだ。


「しかし、竜退治とは。すごい冒険者の方を乗せてしまったかもしれませんね」

「どうでしょうか。退治できるといいですが……」


 昇級試験の対象は竜の爪。

 運よく爪だけ拾うことができればそれで足りるのだが、訂正する必要は感じないのでそのまま流す。


 俺と行商人の会話が途切れたところを見計らって、クリスが尋ねた。


「火山に竜が棲んでいるのは結構知られていると思ったけど、狩りに来る人はあまりいないのかな?」

「どうでしょうねえ……。竜を狙って火山に入る人は最近もいましたが、狩れたという話はとんと聞きません」

「なるほど、それもそうか」


 竜の素材は昇級試験の対象になるくらいに希少で、当然だが高く売れる。

 爪や魔石以外では牙、鱗、血肉まで捨てるところがなく、1体でも綺麗に狩ることができたら一生遊んで暮らせると言われるほどだ。

 

 素材が高値で売れるなら一攫千金狙いの者たちが殺到してもおかしくはない。

 それなのになぜ竜が絶滅しないのかと言えば、その答えは一攫千金狙いの間抜けの方が絶滅したからにほかならない。


 最強の魔獣――――その称号は伊達ではないということだ。


「話は変わりますが、普段から護衛は置かないのですか?荷物満載で定期往復なんて、賊に狙われそうなものですが……」


 クリスに代わり、お嬢様モードのネルが問う。

 先の質問に対する反応と対照的に、行商人は迷わず答えた。


「全くないとは言いませんが、ほとんど聞きませんね。ほら、この辺りは『鋼の檻』の縄張りですから。盗賊もわざわざ彼らの縄張りを荒らすことはしないのでしょう」

「なるほど、『鋼の檻』ですか」

「ご存知で?」

「同業者ですので、一応は」

 

 ネルは言葉を濁したが、知っているどころの話ではない。

 しかし、『鋼の檻』に好印象を持っている様子の行商人に迂闊なことを言わないのは正解だ。


 ここはすでに辺境都市領外。


 俺たちにとっては、アウェーなのだから。





 ◇ ◇ ◇





 昼食時、お礼にフロルの料理を振舞うと行商人は大層喜んでくれた。

 その後も順調に進み、途中で見かけたはぐれの魔獣と交戦することもなく馬車は目的地の村に到着。

 予想されたことだが村に宿はなかったので、行商人に頼んで村長に取り次いでもらい、少々の現金と引き換えに誰も住んでいない家を使わせてもらった。


 さらに行商人は、昼食のお礼にと薪まで分けてくれた。

 薪は現地調達のつもりで用意してなかったから探す手間が省けたし、おかげで休息に当てる時間を長くとることができた。


「彼には感謝してもしきれないよ」

「そうだな。警戒を怠るわけにはいかないが」

「一応、カンではシロなんでしょ?」

「今のところはね」


 借りた空き家を一晩過ごせる程度に軽く掃除しながら、外の様子を窺いつつ小声で話す。


 前触れもなく消えた馬車。

 ふらりと現れた行商人の男。

 俺たちからすれば怪しんでくれと言っているようなものだ。


 南方の村へ向かう振りをして違う場所に連れていかれるとか、途中で盗賊のふりをした『鋼の檻』が襲ってくるとか、考えられる妨害は多岐にわたる。

 今だって夜襲の警戒を怠るべきではないだろう。


「僕のカンは万能じゃない。過信は禁物だよ、アレン」

「当然だ」


 何度も何度も、自分で呆れてしまうほどにやらかした身だ。

 油断に足をすくわれるのは、そろそろ終わりにしたい。


「忘れるな。本拠地に帰るまでが遠征だ」


 クリスとネルが頷く。


 いまだ往路も道半ば。


 油断など、できようはずもなかった。




 

 

 フロルが用意してくれた料理で食事を済ませ、風呂の代わりに水を浴びる。

 

 昨夜と同様、見張りを立ながら交代で睡眠をとり――――何事もなく夜が明けた。


 昇級試験三日目。


 俺たちはついに、竜が棲む火山へと足を踏み入れた。



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