第269話 閑話:A_fairytale_13




「孤児院を復活させる」


 定例となった地下での会議。

 各班のリーダーから報告を聞いた後、私はそう宣言した。


「孤児院、ですか……?」


 メリルがおずおずと手を挙げて、意図を尋ねる。

 出席者の顔を見渡すとほぼ全員が困惑顔になっていた。

 もう少し説明を加えた方が良さそうだ。


「お店が予想外に好調だったから。売上金をどう活用するか考えてた」

「お店……『妖精のお手製』のことですか?」


 私は小さく頷く。

 この件は妖精たちが製作した衣類やお菓子を『妖精のお手製』と銘打って試しに売ってみるというところから始まった話だった。


 最初は西通りにある服飾店のスペースを借りて販売を始めたところ、好評を得てあっという間に客を獲得。

 服飾店が店主の事情で店を閉めるというので思い切って店ごと買い取ると、販売スペースが増えたことによって売上は右肩上がりで増え続けた。

 どこかの段階で製作の方が追い付かなくなると思ったけれど、今のところ店の商品が空っぽになるという事態にはなっていない。

 販売利益ランキングの景品である魔力の雫が、妖精たちの創作意欲を良い案配で加熱させているからだ。


 それぞれが思いつきで好きなように製作するため、特に衣類や装飾は同じ製品が二度と製作されないというデメリットが人間に評価されているという。

 シエルとシルフィーが言うところの特別感というものだ。

 私にはよくわからないけれど、買った人が喜ぶならそれでいいと思った。


 それはさておき、物を売ればお金が増える。

 貯まったお金は主に次の商品の製作費になり、一部は私のところに集まる。

 そうして私のところに集まったお金が、結構な額になっていたのだ。


 何もせずに置いておくのは良くない。

 私はマスターの家妖精なのだから、マスターの暮らしをより快適にするために、このお金を使おうと考えた。


 しかし、いざ検討してみると、お金を使うというのは難しいことだった。


 マスターの食事を作るのは私で、材料はすでに良い物を使っている。

 買い物を頼んでいるシルフィーに聞いてみても、これ以上良い材料を探すのは難しいという。

 お酒は高いものもあるというけれど、これはマスターが気分で好きなものを選ぶから私が用意するべきではない。


 マスターの服は最近作り始めた。

 生地の製作が得意な妖精に布を織ってもらい、それを材料にして防具の中に着込むシャツを作っている。

 これもほとんどお金は掛かっていない。


 家具は古くなったら買い替える必要があるけれど、今のところ必要ない。

 屋敷の設備も同様だ。


 そうやっていろいろと考えて、思いついたのが孤児院だった。


「マスターの話から、マスターの昔の住処を特定することができた。廃墟になっているというから、そこを綺麗にするためにお金を使う。ただ綺麗にしても仕方がないから、孤児院にする」


 経緯を含めて説明すると、みんな理解してくれたようだ。

 

「はい!ちなみに、なんで孤児院なんですか?元が孤児院だったから?」

「それもある」


 手を挙げて質問するココルに、私は答えた。

 しかし、それは理由の半分でしかない。


 本当の目的は別にある。


「一番の目的は、マスターの役に立つ人間を育てること」

「おお!」


 ココルの驚きとともに、会議室にどよめきが広がった。

 シルフィーに至っては頬が引きつっている。


(そんなに驚くような話ではなかったはずだけれど……?)


 そう思って首をかしげると、シエルが咳払いをひとつ。

 静かになった会議室で私は話を続けた。


「南東区域担当の班は幼い孤児を見繕っておいて。あなたたちは孤児院の修理をお願い」


 久しぶりの大仕事に、土妖精と火妖精は大きく頷いた。


「孤児院は『妖精のお手製』の慈善活動ということにするから。動き出したら、シエルは時々でいいから様子を見に行って」

「承知しました。ところで、孤児の面倒は我々が?」

「孤児のお世話は元孤児にやってもらう。私たちは裏方だけ」


 あてはある。

 マスターが娼館にいる見習いの孤児たちに娼婦以外の仕事をさせたがっていたから、丁度良いだろう。

 

「娼館との交渉もシエルに任せる。『妖精のお手製』の店主として、可能な限り穏便に」

「承知しました。交渉に資金や店の商品を使っても?」

「構わない。例の二人の確保を優先して」


 私の指示にシエルは小さく頷いた。

 これ以上の質問はなさそうなので、会議はこれで終了だ。


(孤児院が復活したら、マスターは気づいてくれるかな?)


 マスターが喜んでくれるところを想像して、少しだけ胸が温かくなった。





 ◇ ◇ ◇





 それから1月ほど経った。


 孤児院の改修は速やかに完了し、目を付けた元孤児を娼館から引き取る事にも成功した。

 孤児院で育てる予定の幼い孤児たちも餌付けが進んでおり、もう数日で数人を孤児院に呼び寄せることができるところまできた。


 進捗は順調で全てが予定通り。

 私の行動はマスターを喜ばせることができた。


 ただし、私の予想とは少し異なる方向で。


「出かけてくる。滅多なことはないはずだが、ここも孤児院も南東区域だってことは忘れるなよ」


 屋敷のエントランスホールで私の頭を撫でながら、マスターは私の背後に向かって声を掛けた。


「はーい」

「行ってらっしゃいませ、ご主人様!」


 孤児の世話のために引き取った元孤児の片方を、マスターは妾として囲うことにしたらしい。

 数日前に連れてきた別の少女も含めて二人目だけれど、マスターの稼ぎを考えればそれくらいは何の問題もない。


 マスターが出かけるのを見届けると、私は玄関に鍵を掛けて背後を振り返る。

 目の前にはメイド服を着ておしゃべりに興ずる少女が二人。

 扱いをどうしようかと私は頭を悩ませる。


 本格的に家事をさせるつもりはなさそうだった。

 孤児院の仕事を続けるようだし、夜の仕事に影響が出ないように手伝いは時々簡単なことだけお願いすればいいだろうか。


 かつてシルフィーが担っていた食材などの調達は、すでに他の妖精たちもできるようになっている。

 屋敷で暇を持て余すようなら、この子たちに頼んでもいいだろう。


(でも、指示が面倒……)


 私はまだ人間と話すことをマスターから許されていない。

 この二人に指示を出すには誰かに仲介を頼む必要があった。


 シエルには『妖精のお手製』の店主としての顔があるから、今の段階でシエルを介したやり取りはしたくない。

 私とシエルの関係がマスターにバレたとき説明がややこしくなるというのもあるし、どうせならもっと規模を拡大してから知らせてマスターを驚かせたい。


(当面はシルフィー経由で意思疎通を図ることにしよう……)


 二人の少女が孤児院の仕事に出掛けたことを確認し、私は地下への階段を下りた。

 都市の構造物を回避しながら拡張を続ける地下室は徐々に迷路の様相を帯びてきている。

 そのうち図面を用意した方がいいかもしれない。


 そんなことを考えながら、私は重厚な扉で閉ざされた部屋に入る。

 部屋の中は殺風景で、そこにあるのは最低限の灯りと大きな金属塊だけ。

 家具や調度品の類は一切置いていない。

 

 それもそのはず、ここは魔法の練習をするために用意した部屋だからだ。

 基本的にマスターが不在のときしか使わないけれど、大きな音を出してもマスターの平穏を侵さないように特別に頑丈に作ってある。

 

(さてと……)


 部屋に用意された大きな金属塊に意識を集中。

 土妖精と火妖精が加工してくれたもので、魔法に耐えるための工夫が凝らされている。

 魔法の練習のための標的として造られたモノだ。


「…………」


 自分を構成する魔力の一部を取り出し、練り上げ、手のひらに集中させた。

 極度に洗練されたマスターの魔力操作を間近で見てきたから、これくらいは造作もない。

 

 そして――――


「ッ!?」


 自分が放った<雷魔法>の轟音に驚いて肩が跳ねる。

 こればかりは何度やっても中々慣れないけれど、マスターの安全のために我慢して練習を続けた。

 

「ふう……」


 魔法の練習は、やり過ぎても良くない。

 あらかじめ決めておいた回数をこなして、私は部屋をあとにする。


 閉まっていく扉の隙間から、大きな金属塊だったバラバラの残骸がチラリと覗いた。



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