第266話 歓楽街防衛戦―リザルト2
歓楽街の危機は去ったが、やるべきことは残っている。
俺は騒動の翌日から今回の後始末に向けて動き出した。
まず、冒険者ギルドに働きかけて衛士隊の怠慢を喧伝してもらった。
領主の力が増すことを快く思わない我らがギルドマスターが快く協力してくれたこともあり、南西区域では衛士たちが守ってくれないという噂は歓楽街だけでなく工業地帯まで瞬く間に広がった。
火消しに追われた南西区域の衛士詰所は他区域の詰所に借りを作って人員を出してもらい、巡回を大幅に増やすことになったらしい。
さらに騎士団から政庁に働きかけてもらい、政庁内でアバカロフ家に協力した者たちを糾弾した。
騒ぎを大きくしたのは俺たちだが歓楽街で二百人規模の乱闘が発生したのは事実であり、この規模の騒ぎを隠しきることは不可能だ。
協力者の一派としても事態がここまで大きくなることは想定外であったらしく、彼らの動きが治安維持に甚大な影響を与えたことが明らかになると、その中核となった者たちは更迭され閑職に追いやられた。
ついでにアバカロフ家絡みのあれこれも領主の耳に入り、実質的に都市を出禁にされるような扱いとなったため、歓楽街を巡るアバカロフ家との戦いはこれにて完全に終結となった。
少なくとも現領主が存命のうちに問題が再燃することはないだろう。
チンピラたちに関しては特にやることもなかった。
逃げ遅れて捕まった者たちによれば、彼らは主に南東区域の人間で構成されていたらしい。
今回のように金で釣られでもしなければ南東区域からから出てこない連中で、逃げ帰った後は以前のようにひっそりと暮らしているだろうという話なので人員を集めて狩り出すことまではしなかった。
ちなみに調査を含めて色々と協力してくれたのは、C級冒険者パーティ『陽炎』のアーベルだ。
彼の素晴らしい仕事に十分満足した俺は、指名依頼料にいくらか上乗せして支払いを行った。
自分たちが不得意な方面をカバーできる『陽炎』とは、今後も良好な関係を持っておきたいものだ。
こうして各方面の後始末を済ませ、食事がてら報告と情報交換を済ませてアーベルと別れたのが騒動から3日後の昼。
これで残すところは俺のプライベート絡みの話だけ――――具体的にはバルバラに報酬の履行を求めるだけとなった。
最重要事項であったローザの保護はすでに済んでいるので、ビアンカとロミルダの件をバルバラに尋ねたのだが――――
「事と次第によっては、覚悟はできてるだろうな?」
「誤解です!話を聞いてください!」
迎えに行ったとき、なんとビアンカとロミルダは『月花の籠』の手を離れていた。
なんでも、俺の要求の趣旨は二人に娼婦をさせたくないというものであったため、都市内で健全な事業を行う雇い主からの求めに応じる形で奉公に出したという。
「それが本当なら喜ばしい話だが、大丈夫なんだろうな?」
「西通りで服飾店や菓子店を経営する方です。私も現場まで出向いて状況を確認しています」
不安なら現地を案内すると言われ、俺はバルバラと共に二人の仕事場を訪ねた。
すると、案内された場所は俺が良く知る場所だった。
「ここは……」
「数年前までは孤児院だったそうです。今回、慈善事業で新たに孤児院を始めるということで孤児の世話をする人員を探していたところ、どうやってか当店に教育された元孤児がいると聞きつけたと……」
なるほど、孤児の世話をするために元孤児を使うというのは確かに合理的だ。
ビアンカとロミルダなら孤児の教育で最も重要な読み書きと計算は教えられるだろうし、それ以外の部分は時々講師を呼ぶ形で十分足りる。
慈善事業として孤児院を始めようと考えるほどに儲かっているなら、それくらいはやってくれるだろう。
(しかし、一体いつのまに……)
不思議な女を孤児院の裏庭で拾い、ちょっとした荒事に巻き込まれたのが先月のことだ。
そのときはただの廃墟だったことを考えると、相当なスピード感で話が進められているように思う。
孤児院は元の建物の面影を残しつつも十分な改修がされており、庭も手入れが行き届いていた。
ここまで金を掛けてしまったら、元孤児の少女二人を騙して身売りさせた程度では全く採算が合わない。
信用できるかはわからないが、すぐに売り飛ばされるようなことはなさそうだ。
「ちなみに、雇い主が経営してる店というのは……?」
「『妖精のお手製』のことですか?事業を始めたのは比較的最近のようですが、高級志向の衣類や装飾品、それと非常に美味しいと評判のお菓子が当店でも話題になっていますよ」
西通りでは1キロメートル以上に渡って、通りの両側に店舗が立ち並ぶ。
ずいぶん前に一通り見て回ったが、最近できた店なら知らなくても仕方がない。
「ああ、ちょうど雇い主の方がお見えになったようです」
バルバラの声に背後を振り返る。
修繕されて元の役目を取り戻した門扉が片方だけ開き、箒を手にした一人の少女を孤児院に迎え入れていた。
(雇い主?どうみても……)
落ち着いた雰囲気に騙されそうになるが、年齢は俺と同じか俺よりも下に見えた。
しかし、それよりも気になるのは薄桃色の髪を揺らす少女がメイド服を着ていることだ。
メイド服を着ているなら、その人はメイドだろう。
西通りに店を構える経営者がわざわざメイド服を着る理由とは一体何か。
もしや本人の趣味だろうか。
妖精お手製の品々を妖精のメイドさんが販売するというのは、発想としては面白いと思うのだが。
そんな失礼なことを考えている間に雇い主との挨拶を済ませたバルバラが、少女に俺を紹介してくれた。
「こちらは冒険者のアレン様です。今回紹介した二人と面識があり、様子を見たいとのことでしたので案内させていただきました」
「C級冒険者のアレンといいます。突然訪ねてしまって申し訳ない」
「初めまして。『妖精のお手製』を経営しております、家妖精のシエルと申します」
少女は俺に向き直り、深々とお辞儀をする。
俺のぶっきらぼうな話し方が少し恥ずかしくなる丁寧な挨拶だった。
いや、それよりも―――――
(家妖精、だと……?)
身に着けたメイド服や手にした箒など、たしかにフロルとの共通点を見つけることはできる。
しかし、彼女の流暢な話ぶりと家妖精が家の外にいるという事実は、俺に少なくない衝撃を与えた。
「家妖精が珍しいですか?」
「いや……。すまない、少し不躾だった」
髪色と同じく薄桃色をした瞳に見つめられ、罰が悪くなって目を逸らした。
家妖精だって年頃の少女であることに変わりはない。
会ったばかりの男にじろじろと見られたら気分は良くないだろう。
そのまま黙っているとただの怪しい奴になってしまう。
二人の雇い主であるシエルの心象を悪くするわけにはいかないと思い、俺は矢継ぎ早に言い訳を重ねた。
「実は俺の屋敷にも家妖精がいまして……。家事の能力は非常に高いんですが、シエルさんのように流暢に話すことはないので驚いてしまって……」
「そうでしたか。それは――――」
非礼を気にした様子もなく淡々と応じた彼女だったが、突然、まるで何か変な電波を受信したかのように言葉を切った。
わずかに視線を彷徨わせた後、再び俺に向けて言葉を紡ぐ。
「妖精は愛情を向けて育てれば、会話に限らず様々な能力を獲得します。外を歩けるようにもなりますし、相性によっては新たなスキルを習得することも可能です。どうか、大切に育ててあげてください」
「ええ、もちろん。助言に感謝します」
俺が笑顔で応じると、彼女も柔らかく微笑んだ。
どうやら非礼は許されたようだ。
「さて、二人の様子を見に来たのでしたか?」
メイドが主人から指示を受けるときにそうするように、彼女は姿勢を正した。
手にした箒は彼女の横でふわふわと浮いている。
彼女の言葉を疑っていたわけではないが、フロルもよくやるそれを目の当たりにして、やはり彼女は家妖精なのだと再認識した。
「ええ、少し話したいこともあったので……。ただ、仕事の邪魔をしても申し訳ないので、また出直そうと思います」
「どうかお気になさらず。まだ孤児も集まっていませんので、二人とも手持ち無沙汰にしているはずですから」
彼女はどこからともなく取り出したベルを鳴らす。
涼やかな音色が鳴ると、少しして孤児院からメイド服姿の少女が飛び出してきた。
「お待たせしました!何か……あっ!?」
身体能力の都合か、先行したビアンカが先に俺に気づいて声を上げた。
顔には喜びの感情が広がり今にもこちらに駆け寄って来そうな雰囲気だったが、静かな声がそれを制止した。
「お客様の前です」
「ッ!失礼しました!」
ビアンカと遅れて現れたロミルダが孤児院の前で整列する。
ロミルダは俺がここにいることに対する疑問の方が勝っているようで、比較的落ち着いていた。
一方、ビアンカはお気に入りの玩具を前にして待てを指示された子犬のようだ。
真面目な顔を作ろうと頑張っているが緩んだ口元を見れば内心は明らかで、もし尻尾が生えていたら千切れんばかりに振られていたことだろう。
「二人にお客様です。今日の仕事は切り上げて構いませんから、お相手を」
「はい!」
「はい」
シエルは二人の返事に満足したように小さく頷き、俺に向き直った。
「では、私は様子を見に来ただけですので、これで失礼します」
「私もそろそろ店の準備がありますので」
それぞれ簡単な挨拶を交わし、シエルとバルバラが孤児院から去るのを見送った。
そして、二人の姿が見えなくなった瞬間――――
「アレン様!」
「おっと……」
ビアンカが勢いよく飛び込んできた。
ぐりぐりと顔を擦り付けてくるので、つい犬にするように髪を乱暴に撫でてしまった。
「きゃー!あははは!」
ビアンカは本当に嬉しそうで、こちらまで笑顔になる。
まるで距離感が数年前に戻ったように感じてしまうのはローザとのことがあったからだろうが。
「お久しぶりです、アレン様」
「ロミルダも元気だったか?」
「はい、おかげさまで」
一方のロミルダはビアンカのはしゃぎぶりに少し呆れたような反応を見せながら、落ち着いた様子で頭を下げた。
ビアンカのように飛びついてくることも不必要に近づくこともない。
もう娼婦見習いではないのだから、このくらいの距離感が適切だろう。
ビアンカの方が近すぎるのだ。
それから俺は孤児院の中を案内してもらい、食堂でお茶を飲みながら二人の近況を聞いた。
歓楽街の治安悪化、大規模な戦闘、そして娼婦見習いからメイド見習いへの転職。
『月花の籠』で二人に会った日からまだ1月と経っていないのに、ずいぶんと波乱万丈な報告だった。
「アレン様の方はどうでしたか?」
「ああ。それについて、二人に話したいことがある。ラルフ……という少年の事だ」
「えっ!?」
劇的な反応を示したのはロミルダだった。
テーブルに両手をついて立ち上がり、はしたないことをしたと照れながら椅子に座りなおした。
しかし、ここまで見せていた落ち着いた様子が嘘だったかのうように、その表情には喜びが広がっている。
ラルフの居場所がわかった。
俺の話がそう続くことを信じているのだろう。
本当に嬉しそうな彼女にこの話をするのは忍びなく、陰鬱な気持ちになる。
こちらの様子がおかしいことはロミルダも察したようで、表情から徐々に喜色が抜けて行った。
「あの、ラルフは……」
「…………」
言い淀んでも話の結末は変わらない。
彼女が望まぬ真実を聞かせるため、ゆっくりと口を開いた。
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