第262話 模擬戦
本命プランを放棄した俺が向かった先は騎士団詰所だった。
主目的は別にあるが、昨日防具屋で騎士に言われた言葉が気になったというのも理由のひとつである。
「冒険者アレン!待っていたのである!」
幸運にも、あるいは不幸にも。
都市を守護する領主騎士団の副団長閣下は、訓練場で騎士たちを指導する最中だった。
忙しいだろうから訓練は辞退すると抵抗したが、自分からのこのこやってきて逃げ切れるものでもない。
俺は訓練用の剣を持たされ、あれよあれよという間に訓練場の中央に押しやられた。
「早速で悪いが、貴殿には騎士たちの稽古を付けてほしいのである!」
「はあ……?俺が指導する側なのか?」
それは話が違うだろうと眉を顰めるも、ジークムントは鷹揚に頷いた。
「貴殿への指導は吾輩がやるのである!それはそれとして、貴殿には騎士たちに実戦的な訓練を施してもらいたいのである!」
「実践的ねえ……」
ここに居並ぶのは実践的な剣術を修めた騎士たちだ。
そんな奴らを相手に俺が教えられることなどあるものか。
そんな内心が顔に出たのだろう、ジークムントは訓練の意図を告げた。
「何、簡単なことである。貴殿には<結界魔法>を使って騎士たちと模擬戦闘をしてほしいのである!」
「一応それ、伏せてるんだがなあ……」
「なに、他言はしないのである!」
周囲の騎士たちを眺めると、皆当然だと言わんばかりだ。
「まあ、騎士団には借りもあるし、やれと言うならやるが……。<結界魔法>なんぞ対人戦じゃ早々使えない。それは、あんたもよくわかってるだろ?」
何を隠そう、<結界魔法>を模範的な方法で無力化した人間が目の前にいる。
ジークムントとの勝負を引き分けに持ち込めたのは、偏にジークムントに油断があったからだ。
あれがなければジークムントの拳は俺の腹に突き刺さり、臓腑を破壊し尽くしていたことだろう。
呆れとともにジークムントを見上げると、なぜかジークムントも呆れたように俺を見下ろしていた。
「貴殿は存外、阿呆であるな……」
「はあ!?」
「まあ、黙って見ているのである」
そう言いながら手に取ったのは盾だった。
いつぞやは縦長のヒーターシールドを装備していたが、今日は手頃な大きさのラウンドシールドだ。
「この盾は、投擲武器としても使えるのである!」
そう言うが早いか、ジークムントは腰を落として腕を水平に振り切った。
金属製のラウンドシールドがまるでフリスビーのようにするすると宙を滑り、その先に立てられていた木製の杭を軽々と打ち砕く。
「さあ、やってみるのである!」
「できるか!!」
「そうであろう?口で言われただけでできるなら、訓練など要らないのである」
「…………」
完膚なきまでに言い負かされた俺は黙るしかなかった。
ふるふると肩を震わせる俺に、ジークムントは諭すように語る。
「そもそも、貴殿の認識は少々おかしいのである」
「今度はなんだ……」
剣ならともかく言葉で弄られるのは勘弁だ。
ジークムントがただの脳筋でないと知っているとはいえ、筋肉ダルマに舌戦で負けるというのは、なんだか心に来る。
何か、目には見えない追加ダメージが発生しているに違いない。
「本来<結界魔法>とは、そこまで使い勝手のいい魔法ではないのである!」
「そんなこと知ってるぞ」
「いや、わかっていないのである!瞬きする間に展開が完了する<結界魔法>など、吾輩は寡聞にして知らないのである!あれを適切なタイミングで潰せるのは吾輩くらいのものであるし、初回の立て直しも<結界魔法>を斬った経験があるからこそ間に合ったのである!あれが初見であれば、間違いなくバッサリやられていたのである!」
それはどうだろうか、と内心首をかしげる。
ジークムントは初見でも避けそうだ。
的は特大サイズなのだが、俺の剣がこの男を捉えるところがどうしても想像できない。
そんな考えをよそに、ジークムントはなおも力説する。
「そのスキルの性質上、<結界魔法>を使える者はそれを隠して切り札にすることが多いのである。まさか常に砂を握っておくわけにもいくまいし、騎士たちが相手にするならず者がいざ切り札を切ったとき、その経験の有無が生死を分けるのである」
そう言って、ジークムントは俺の肩に手を置いた。
「やってくれるであるな?」
嫌だと言っても逃げられないなら抵抗するだけ無駄である。
渋々ながら、俺は騎士たちへの指導を承諾した。
「先日振りですね。よろしくお願いします」
「こちらこそ、さっそく借りを返せるようで嬉しいよ」
こういうと何やら挑発的に聞こえるが、俺は本当に感謝している。
初戦の相手は、まさに俺が借りを作った相手である副官だった。
「では、参ります!」
宣言するなりこちら目掛けて駆け出した副官を、俺は逃げずに待ち構えた。
<結界魔法>の対処が訓練の目的であるからして、俺は<結界魔法>を多用すべきだろう。
元々クリスのように足でかき回すタイプでもない。
間合いを見極め、相手の攻撃を<結界魔法>で受ける前提でカウンターを狙う。
言ってみれば、いつもどおりの戦術だ。
副官の突進は勢い鋭く、俺の前で急停止はできそうにない。
おそらく相手が<結界魔法>を使えることを知らないという想定で戦っているのだろう。
それはたしかに実践的な訓練だと言えるのだが――――
「…………は?」
副官の刺突を<結界魔法>で受ける。
結界の破壊と引き換えに突進の勢いを完全に殺された副官は、体勢を立て直せずそのまま膝を着いた。
呆けたまま動かない副官に模擬剣を振り下ろすことは躊躇われ、俺はゆっくり腕を下ろす。
「死んだのである!」
ジークムントの声に我に返った副官は立ち上がると礼の姿勢を取って退場した。
自然と騎士たちの緊張が高まり、俺に向けられる視線は鋭さを増す。
「攻撃系統の魔法以外、あらゆる手段を許可するのである!次!!」
「お願いします!」
ジークムントの掛け声とともに二人目の騎士が駆け出した。
この訓練場に、一体何人の騎士がいるか。
数える暇などありはしなかった。
「次!!」
「行きます!」
どれほど時間が経っただろうか。
最近緩やかに上がってきた気温を横に置いても、これだけ動けば汗だくになるのは仕方がない。
体に貼りつく衣服は不快だが、俺は合間に腕で顔を拭うだけで休まずに戦い続けていた。
一対一で攻撃魔法禁止という有利な条件下での模擬戦とはいえ、クリスと張り合うような実力者たちとの連戦。
対人戦の経験を積むには望外の機会だ。
自らの継戦能力の限界を知っておくのも悪くない。
正直に言うと、俺は段々と楽しくなってきていた。
「次!!」
「参ります!」
副官の顔を見るのはこれで四度目。
一周目ではろくに戦えなかった騎士たちは二周目で早くも軌道修正を始め、三周目ではヒヤッとする場面も何度かあった。
「くっ……!」
「次!!」
何度もフェイントを重ね足でかき回して粘った副官だったが、やはり<結界魔法>を破砕したときの動きの鈍化に抵抗しきれず胸を突かれて退場した。
(<結界魔法>を回避して俺自身を狙うのが鉄板か……)
ジークムントに倣って砂を使う騎士も多かったが、意外なことに目つぶし以上の効果はなかった。
考えてみれば当然だが、戦闘状態においては自分も相手も常に動き続けている。
目まぐるしく移り変わる状況において<結界魔法>にとって致命的な空間を見極め、適切なタイミングで砂を撒く――――言うのは簡単だが、どうやら一朝一夕にできることではないようだ。
ジークムントの化け物ぶりが再認識される。
副官からさらに数人の騎士を相手取ると、また見知った顔が現れた。
「今度こそ、参る!」
昨日、西通りの店で話した正騎士だ。
彼も四度目の対戦だが、今回は何やら表情に自信が見える。
先ほどは足を止めて剣技で勝負してきた。
しかし、今回は勢いそのままに突撃を仕掛けるようだ。
「これで、どうだっ!!」
ただの刺突。
そう見ていた俺は、それに気づいて目を見開いた。
(――――ッ、投げナイフ!?)
ここまで騎士たちは形状の違いはあれ全員が一振りの武器を握って勝負を挑んできた。
その認識の隙間を射抜くように、鈍色の刃が俺に迫る。
「チッ!!」
実戦ならガントレットで弾くところだが今はルール違反だろう。
ナイフを避けることは叶わず、俺は<結界魔法>を使わされた。
「勝機!!」
正騎士は突進の勢いを殺さぬまま、<結界魔法>が砕けた空間を己の剣で貫いた。
そして――――
「な、あっ……!?」
2枚目の<結界魔法>に阻まれた剣が俺に届くことはなく、正騎士はバランスを崩して地面に転がった。
「残念だが、1枚だけだと言った覚えはない」
俺は正騎士の防具を剣先で軽く叩き、口の端を上げた。
「貴殿は疲れ知らずであるな!」
「いや、結構疲れてるぞ」
「その割には動きが軽いようであるが」
「どちらかと言えば集中力の方だ。判断力が鈍ったら、体が動いたって戦えない」
日が傾いてくると流石に集中力の低下が顕著になり、危ない場面が増えてきた。
一方の騎士たちも当初十分なインターバルを取って模擬戦に挑んでいたが、諦めて観戦に回る騎士が増えてくると徐々に休憩時間が短くなり、体力面でも相応の負荷が掛かるようになっている。
あれこれと相談しながら<結界魔法>対策を試していた騎士たちも万策尽きつつあるようで、諦観が漂い始めていた。
「ちなみに何枚まで出せるのであるか?」
「そこはノーコメントだが、まあそれなりだ」
そう言って、手を振る動作に合わせて3枚の結界を展開して見せた。
「再展開できる枚数の限度を聞いたのであるが、同時展開であるか……」
「なんだ、そっちか。再展開なら上限なんてないが」
「そうは言っても<結界魔法>は魔法であるからして、使う度に魔力を消耗するであろう?」
「魔力は休息中でなくてもある程度回復するだろ?これくらいのペースなら、消耗が回復を超えることはない」
「……全く、呆れたのである!」
俺とジークムントの会話を聞いていた騎士の一人が、地面に座り込んで大の字に転がった。
流石にそろそろ限界だろうか。
「いい時間だな。今日はこれでお暇しよう」
「うん?貴殿の指導は良いのであるか?」
「ああ、そう言えばそうだったな……」
途中からすっかり忘れていた。
連戦の中で俺にも相応の収獲はあったのだが、ここまでやってタダで帰るというのも癪な話だ。
しかし、疲労状態でジークムントとまともに戦えるとも思えず、茹だった頭でしばらく悩んでいたのだが――――
「そうだ、それなら指導の代わりにアンタの話をしてもらおうか」
「話、であるか?」
「『スレイヤ』にまつわる話、あるいは俺との勝負にこだわった理由について」
「ふむ……」
ジークムントは顎に手をやって何やら考えている。
黙考の末、ジークムントが出した答えは条件付きの了承と言えるものだった。
「その話は言わば吾輩の汚点、恥ずべき過去の話である!ゆえに――――」
ジークムントは剣を構え、口の端を上げた。
「聞かせてほしくば、吾輩を倒してみせるのである!!」
「…………」
俺は口をへの字に曲げて、渋々剣を構える。
ジークムントの恥ずかしい話を聞くのは、当分先のことになりそうだった。
そして3日後。
歓楽街は、ついに決戦の日を迎えた。
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