第261話 本命




 予告された決戦の日まで、あと3日。

 

 装備は新調した。

 消耗品は補充した。

 気持ちの整理も済ませた。

 

「さて、そろそろ行くか」


 遅めの朝食後、フロルに見送られて屋敷を出る。

 

 行き先は冒険者ギルド。

 目的はラウラとの話し合いだ。


 とはいえ、元々契約の話はラウラから言い出したことなので俺が諾と応えればそれで済む。

 むしろバルバラからの指名依頼の受諾手続を頼んだとき、フィーネの元気がなかったことの方が気に掛かったくらいだ。

 予定を変えるわけにもいかずフィーネも仕事があるというのでゆっくり話を聞くことはできなかったが、フィーネにはビアンカとロミルダの件で相談に乗ってもらった礼もしたい。

 報告も兼ねて歓楽街の件が片付いたらゆっくり話そうと約束だけ取り付け、俺はギルドの2階へと向かった。

 

 実際にラウラと向かい合うまで、俺は事態を楽観していたのだ。


 前回ラウラと会ったのはおよそ2週間前、南の森への遠征の直前。

 思えば、その前も間を置かずに会っている。

 普段は1月か2月置きにここを訪ねていた俺としては、ここ2、3回の面会はかなりハイペースだ。

 この頻度でラウラと会うのは俺が孤児だったとき以来だろう。


 にもかかわらず、その短い期間でラウラの様子は様変わりしていた。


 魔力を節約するためかふわふわと宙に浮かぶこともなく、行儀よくソファーに腰掛ける。

 俺が飲み物を警戒しておっかなびっくり口を付けても、笑いもしない。

 表情は硬く疲労感が滲んでいるのに、口調だけは普段と同じだからむしろ違和感を助長する始末。


 そして極めつけは――――


「で、受けないってのは、どういうことだ?」


 俺は機嫌の悪さを隠さず、グラスをテーブルに置いた。

 

「言葉のとおりだよー。今、アレンちゃんと契約するわけにはいかないの」


 あれだけ熱心に誘っていたというのに、このタイミングでまさかの手のひら返し。

 聞き間違いかと再度問うてもラウラの返事は変わらず、取り付く島もない。


 しかし、ここで話をまとめないと雲行きは非常に怪しくなる。

 苦いものを感じながらラウラの説得を続けた。


「歓楽街の件はバルバラから聞いている。『黎明』として正式に依頼も受けた。まさか用心棒の役目に干渉されて拗ねてるってわけでもないんだろ?一体、何が不満だ?」

「簡単なことだよ。人の心は移り変わるから、その良心に安全保障を任せるなんてできないんだよ。それが自分以外を巻き込むとなれば、なおさらだよー」

「貴族の代わりに、俺が歓楽街で好き勝手始めるかもしれないってことか?」

「……有体に言えば、そういうことだよー」


 人を信じることに臆病な俺だからこそラウラの言い分は理解できる。

 しかし、勝手な話だとわかってはいるが、その疑いが自分に向けられるというのはなかなか堪えた。

 それが親しいと思っていたラウラからとなればなおさらだ。


「だが、どうする気だ。相手さんはお前……というか、この地域の精霊やら妖精やらが置かれた状況にずいぶんと詳しいようだ。俺の助力無しに、どうやって乗り切る?」

「難しいことじゃないよ。わざわざ大規模な襲撃を予告してくれたんだから、そのときにまとめて叩いてしまえばいいんだよー」

「そうだな。それで、その後は?領主に助けでも求めてみるか?」

「…………」


 実のところ、決戦の日に勝利したところで大きな意味はないと俺は見ている。

 根本的な問題を解決しなければ、結局はジリ貧に陥るだけだ。


 貴族――――アバカロフとやらの兵力や資金も無限ではないだろうが、先に力尽きるのはどう見てもラウラなのだから。


「アレンちゃん、やけに契約にこだわるねー。私の体、そんなに楽しみにしてたのかな?もちろん、あれは冗談だよー」


 冗談ってのは真顔でいうもんじゃないぞ。

 そんな軽口を叩く気も失せるほど弱々しい彼女の姿を見ていられず、俺はソファーに背中を預けて天井を見上げた。


「はあ、お前が今までどおり歓楽街の敵を排除してくれるなら、俺は楽して依頼を達成できる。そう思ったんだがな……」

「それはアテが外れて残念だったねー」

「まあいいや。いつもどおり、スキルを見てくれ」

「……増えてない。前回から変わらないよー」

「そうか。代金は大銀貨がいいか?」

「…………」

 

 彼女は迷った末、おずおずとテーブルを迂回して俺の隣に座り、遠慮がちに腕にしがみ付いた。


 食事の間、静かな空間で互いの息遣いだけが聞こえる。


 消耗していても一度に吸収できる魔力には限界があるようで、彼女は結局わずか数分で俺の腕を放した。

 

「ありがとう」


 静かな声に押されるように、俺は部屋をあとにする。


 ギルドの階段を下りながら考えるのは先ほどのやり取りのこと。


(ラウラは、一体どこに行った……)


 しおらしく礼なんか言いやがったあいつは、一体誰なんだ。






 肩を落とし、溜息を吐きながら南通りに出る。

 そのまま立ち止まっていたが、出入りの邪魔になると気づいてギルドの外壁に寄り掛かり、しばらく行き交う人々を眺めていた。


 想定とは全く異なる展開となったせいで、俺の足は行き先を見失ってしまったのだ。


(失敗した……)


 それだけは間違いなく言える。


 ラウラの状態に気づくのが遅れたこと。

 この地域で精霊が受ける負荷というものを見誤っていたこと。

 ラウラと歓楽街にとって自分が部外者だという事実を過小評価していたこと。

 

(あとはラウラの性格についても……。いや、あれはラウラに限った話じゃないか)


 人は余裕がないときに他人を頼るが、実のところ他人を頼るためにもある程度の余裕が必要だ。

 今のラウラにはその程度の余裕すら残されていない。


 表面化したのは最近でも、彼女の弱りようからすると実際は水面下で戦いが続いていたのだろう。

 最低限の魔力は供給できたと思うが、消耗を考えれば焼け石に水だ。


(クリスの作戦、もっと強く協力を申し出れば良かったか……)


 後悔しても手遅れだ。

 いつだったかしつこく説得したにもかかわらず、クリスは未だに居場所を定めずホテルを転々としている。

 そのせいで、こちらから早急に連絡を取る術は存在しない。


 クリスのプランでも俺は完全に無関係というわけではないらしく協力する場面はあるとのことだが、それを聞くのは2日後――――決戦前日になってからだ。


(さて、どうなることやら……)


 俺が用意した本命は破綻した。

 保険に頼るしかない状況だと認めなければならない。


 残された時間はラウラの説得ではなくクリスの作戦の補助に費やすべきだろう。

 直接作戦にかかわるのではなく、クリスの作戦を前提としてそれを補強するように立ち回るのだ。


「できることから片付けていこう」


 自身を勇気づけるように小声で呟き、俺は南通りを北に向かって歩き出した。



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