第252話 南の森遠征―リザルト1
魔人を討伐した日から3日後。
手負いの『疾風』を引き連れた俺たちは無事に辺境都市まで帰り着いた。
「片腕をやられたときはどうなることかと思ったけど、おかげで帰って来れた。感謝する」
「気にするな。支払いのことを忘れてなきゃ、それで十分だ」
「やれやれ、早速催促か。忘れたら後が怖いから、明日にでも手続をしておくよ」
『疾風』は冒険者ギルドより先に寄りたい場所があるとのことで、南門の馬車乗り場でハンスたちと別れた。
帰途の道中、軽口を叩き合える程度に親睦を深めることができたのはこちらとしても収穫だ。
この辺境都市で数少ないC級パーティ同士、構築した協力関係が何かの折に役立つこともあるだろう。
もちろん護衛料はしっかり徴収する。
それはそれ、これはこれだ。
「僕たちはどうするんだい、アレン?」
「そうだなあ……」
南通りの雑踏に消えていく『疾風』の面々を見送っていると隣に並んだクリスにこの後の予定を尋ねられ、俺は顎に手を添えながら思案する。
このまま打ち上げといきたいところだが、指名依頼の対象を討伐したからには冒険者ギルドへの報告が優先だ。
即日報告しなければならないという決まりがあるわけではないものの、複数のパーティは受諾している依頼である以上、良からぬことを考えた奴が報酬の横取りを狙わないとも限らない。
偽の討伐証明を用意して報告したり、俺たちから討伐証明の魔石を奪取したり、あるいは虚偽の報告で追加報酬を得ようとすることも考えられる。
どんな状況であれ俺たちの報告が遅れるほど事態は悪化するだろうし、場合によっては不要な出費や手間を負担することになった冒険者ギルドから恨まれることになりかねない。
そうでなくても帰還の報告が遅れるとフィーネが怖い。
出発前のやり取りを思い出すと、これ以上彼女の視線の温度を下げるような行動は控えたかった。
「一応確認するが、移動の疲れはないか?」
火山の麓の街から辺境都市への移動は魔導馬車が捕まらなかったせいで安い乗り合い馬車を利用することになった。
往路よりも移動時間が余計に掛かってしまったので、疲労があるなら打ち上げを強行する必要もないと思ってのことだ。
「今日は移動だけですから、特に疲れはないです」
「あたしも大丈夫よ。打ち上げをやるなら一度家に帰りたいけど」
「ああ、それはそうですね。アレンさんのお屋敷にお邪魔するにしてもお店に行くにしても、このままだとちょっと……」
「僕も同感だ。清潔感は大事にしないとね」
ネルが打ち上げを提案したことに驚きつつも、全員の意見が一致したことを確認した俺は頭の中でこの後の予定を組み立てる。
「それじゃ、全員で冒険者ギルドに報告した後で一旦解散、夜に俺の屋敷で打ち上げでどうだ?昼は各自軽く済ませて、いい時間になったら屋敷に集合ってことで」
「ギルドへの報告って全員必要なの?」
「普通はいらないんだが今回は騎士団関係からの指名依頼だからな。念のためだ」
「そう。まあ、時間が掛からないならいいわ。さっさと済ませましょ」
言い終わらないうちにスタスタと歩き出すネルの後をクリスが追う。
溜息を吐きながら続いた俺の横で、ティアが楽しそうに微笑んだ。
「どうした?」
「いえ、ネルの態度が柔らかくなったと思いまして」
「うーん、そうか?まあ、言われてみれば……」
疑念混じりにネルの背に視線を向けると、たしかに横に並んだクリスから話しかけられても邪険にせず会話に応じていた。
以前ならまず見られなかった光景で、クリスがめげずに頑張った成果だと思えば僅かながら感動すら覚える。
クリスがネルを攻略する日など永遠に訪れないのではと思っていたが、この様子だと全くの脈無しというわけでもないのかもしれない。
「クリスはよく頑張ったな」
「……えっと、本当はいい子なんですよ?」
「いい子の部分をほとんど見せてくれないからなあ……」
「あはは……」
南門から冒険者ギルドまではさほど離れておらず、他愛もない話をしていればすぐに到着する。
3人を待合スペースで待機させ、俺はさほど混雑していないギルドのロビーを進んで受付に向かった。
(フィーネは……。お、今日はいるな)
歩きながら冒険者用の窓口に視線をやると、間もなくフィーネを発見した。
ほかの窓口は塞がっていてそのうち一つは待ちの冒険者もいるのに、フィーネの前に冒険者はいない。
冒険者たちはお気に入りの受付嬢がいる時間帯はその窓口に並ぶから、列の長さがばらけるのは珍しくないし、待たずに済む俺にとっては幸運なことだ。
「よう、戻ったぞ」
「あ、アレン……。おかえりなさい」
フィーネは俺の顔を見るなりほっとした様子で頬を緩めた。
よほど心配していたのか、営業スマイルとは一線を画す自然な笑顔が咲いている。
出発直前のやりとりが100%営業スマイルだったから、あまりの落差に戸惑うほどだ。
もちろん、それを自分から言い出すようなヘマはしない。
「大体予定通りの日程で帰って来たのに、そんなに心配かよ?」
「……それはそうよ。ただの遠征ならともかく、今回は指名依頼もあったわけだし」
「ああ……。まあ、そうか」
普通は「何もありませんでした。」と報告するだけで済むタイプの依頼でも、遠出の度に何かしらのトラブルに遭遇する俺が受ければ不安もあろう。
実際『疾風』の誘導があったとはいえ、あのバカみたいに広い森の中でしっかり魔人と遭遇したわけだからフィーネの心配もあながち的外れとは言えなかった。
「その様子だと指名依頼の方は空振りかしら?」
「元々そこまで熱心に探すつもりはなかったんだが、幸か不幸か帰り際にバッタリだ」
茶化しながら荷物袋から魔人の紫色の魔石を取り出し、フィーネの前に置く。
彼女は目を丸くしながらも慣れた手つきで魔石を手に取り検分を始めた。
魔石の見分け方なんて俺にはさっぱりだが、プロである彼女は何かしらの確証を得たのだろう。
用意した布の上に丁寧に置くと、にこやかに祝いの言葉を告げた。
「依頼達成おめでとう。よく見つけたわね」
「そっちは色々事情があってな。あとで報告するが、先に収獲を確認してくれ」
そう言って、俺は荷物袋から次々に魔石を取り出した。
親指の爪ほどの小さなもの――運悪く欠けてしまったものだ――から拳大のものまで、様々な大きさの魔石が受付台に積みあがる。
数が増えるにつれ、フィーネの表情が喜び、驚き、呆れと移り変わっていくのが何とも愉快だった。
「これでおしまい、と」
最後に残った小さめの魔石を魔石山の頂上に設置して荷物袋の口を閉じると、口を半開きにして呆けていたフィーネが大きく息を吐いた。
「すごい量ね……」
「行き帰りの日程を除いても7日間狩り続けたからな。お前の給金も少しはマシになるだろ?」
「ふふ、そうね」
和やかな会話の最中、背後で誰かが舌打ちをした。
フィーネがビクッと体を震わせたが、俺はわざわざ振り向いたりはしない。
稼ぎが良ければ嫉妬もされる。
それが俺たちのような若いパーティとなればなおさらだ。
もちろん直接吹っ掛けてくる奴なら相手をするが、この程度のことを気にしたって仕方がないのだ。
唯一、フィーネに嫌な思いをさせたことだけが申し訳ないがこれも仕事だと割り切ってもらうほかない――――と思ったところで、別室に移動してから魔石を出せば良かったことに思い至った。
「もしかして、別室で出した方が良かったか?」
「うーん、今回は騎士団に報告を入れてもらう必要があるから……。報酬の振り込みをここで待たないなら、むしろ別室から運ぶ手間が省けて良かったかな」
「そうか。ならいいんだが」
本心からの言葉か気を使われたのか、俺にはわからない。
どちらにしても次回のために覚えておいた方がいいだろう。
イルメラからも釘を刺されていることだし。
ひとしきり反省したところで、フィーネの口から漏れた話について不本意ながら確認しなければならない。
「で、どこに報告が必要だって?」
「騎士団よ」
「そうか。聞き間違いじゃなかったか……」
受付台に両肘をつき、ガックリと項垂れる。
積み上げられた魔石山の中腹からピンポン玉サイズの魔石がコロコロと受付台を転がり、受付台から落ちそうになってフィーネの手に収まった。
「もう……、そんなに嫌なの?」
「嫌か嫌じゃないかと聞かれれば、すげえ嫌だな」
所定の報告を済ませなければ報酬は支払われないことくらい理解している。
会いたくない相手だからといって、討伐報酬750万デルをフイにするのは流石に躊躇われた。
(まあ、ジークムントが出てこないことを祈るか……)
名義上は副団長からの依頼となっていても、実際に処理するのは騎士団の事務方であるはず。
お世辞にも事務仕事が得意そうに見えないあの大男が報告の場に居合わせる可能性は低いだろう。
「それで、騎士団への報告はいつ行けばいいんだ?」
「なるべく早くと言われてるわ。疲れてるところ本当に悪いんだけど……」
「気にするな。打ち上げまで時間があるし、嫌なことは早めに済ませるさ」
報酬の振り込みに関してフィーネにいくつか注文し、俺はクリスたちのところへ戻る。
三人はテーブルのひとつを占領して雑談に興じていたが、こちら向きに座っていたティアが俺に気づいたのを皮切りにクリスとネルもこちらを振り向いた。
「どうだったの?」
「特に問題はなかった。この後の予定もさっき決めたとおりで大丈夫だ」
「そう、お疲れ様。行こ、ティア」
労いの言葉が出たことに内心驚く俺をよそに、ネルは立ち上がるとティアの手を取って立ち上がらせ、そのまま彼女の手を引いた。
「もう、ネルったら。では、またあとでお屋敷に伺いますね」
ネルに引きずられるようにしてギルドを出て行くティアを見送った。
その場に残るはあと一人。
当のクリスは、まだ待合スペースで椅子に座ったままこちらを見ている。
「クリス、お前は帰らないのか?」
「帰るけど、騎士団への報告はついて行かなくていいのかい?」
「……聞こえてたのか」
「いや、カマをかけただけさ」
「…………」
あまりにも簡単に引っかかった自分の迂闊さに閉口すると、相棒は控えめに笑った。
「まあ、アレンが必要ないと言うなら任せるよ。打ち上げ、何か買っていくものはあるかい?」
「料理は一通り用意するから、酒は好きなものを持ってきてくれ。あとは欲しいものがあればお好みで。要はいつもどおりだな」
「了解。それじゃ、またあとで」
そう言ったクリスは、しかし言葉に反して立ち上がることはなかった。
その視線が俺の背後――――ギルドの正面入口の方を向いていることに気づき遅まきながらそちらに視線をやると、つい先ほどギルドの正面から家に帰ったはずの少女たちがずんずんとこちらに向かってきていた。
険しい表情のネルと、困ったような表情のティア。
口を開いたのはネルだった。
「ケーキ、忘れてないでしょうね?」
「はあ……?」
険しい表情で何を言うかと思えば、ケーキとは。
間の抜けた声が漏れたのは仕方のないことだろう。
いきなり何を言い出すんだ、と口に出す直前。
遠征中の出来事が俺の脳裏によみがえった。
『どういたしまして。お礼はこの前のケーキでよろしく』
『……打ち上げのときにでも、用意させる』
たしか魔人討伐の後、ネルに治療をしてもらったときのことだ。
「……ああ、大丈夫だぞ」
「あんた、絶対忘れてたでしょう……」
先ほどからのネルの態度に合点がいって呆れる俺。
お礼を忘れられて不機嫌なネル。
ネルに手を引かれたまま苦笑するティア。
残念な雰囲気が立ち込める中、ただ一人クリスだけが満足気に頷いた。
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