第250話 黎明と疾風2
交渉を済ませた俺たちは、意気消沈した『疾風』の面々を引き連れて拠点へと向かった。
欲をかいて無駄な出費を積み上げた彼らにとって重傷だったカミラが会話ができる程度まで回復したことだけが不幸中の幸いだったのだが、当のカミラは意識が回復して事情を聞いた途端、ロッテを猛烈に詰り始めた。
「あり得ないあり得ないあり得ない……!バカだとは思ってたけどここまでとは知らなかったわ!頭の中身はどこに置いてきたのよこの考えなし!」
「だ、だって――――」
「だってじゃないの!言ったよね、私言ったよね!私がどんな思いをしたかあんたも聞いてたよね!?バカは死ななきゃ治らないって言うけど死んだらおしまいだってことくらい空っぽの頭でもわかるでしょう!?なんでよりにもよって……」
そこまで捲し立てると、カミラは急に黙りこくった。
どうしたのかと思い振り返ると、カイに背負われたカミラと視線が合う。
「ひぅ……」
変な声を漏らしたカミラが、カイの背にその身を隠した。
カイは自分は関係ないとばかりに視線を逸らし、ロッテも周囲を警戒するフリをして視線を泳がせている。
(なんだ……?)
初対面のはずだが何やら怖がられている。
カミラに対して何かした覚えはないから、ギルドで暴れたところでも見られたのだろうか。
そんなことを考えていると横から袖を引かれた。
「少し疲れてしまったので、手を繋いでもいいですか?」
魔人との戦闘後に『疾風』とのやり取りがあったため、ティアへの魔力供給が済んでいなかった。
高威力の<氷魔法>を使用した後だから少しでも回復しておいた方がいいし、そうでなくてもティアとのスキンシップを拒む理由はどこにもない。
返事の代わりにティアの右手に指を絡めると、優しく握り返された。
いつもより接触が控えめだから魔力が吸われる速度もゆっくりだ。
「帰り道の経路は大丈夫か?」
「はい。コツを掴んだので」
「それは頼もしい」
「最初は大変でしたけど、慣れてしまえばそう難しくありません」
言に違わず、ティアは方位磁針を手に迷う様子もなく森の中を進んで行く。
帰り道は頭の中に入っているらしく、地図は折り畳まれて肩に下げたカバンの中に放り込まれていた。
「試しにやってみますか?」
「いや、やめておく。永遠に森の中を彷徨うのは御免だからな」
何を隠そう、俺は方向音痴だ。
地図やナビゲーション機能が発達した前世でさえ時折道に迷った俺が、森の中で方位磁針と雑な地図だけを頼りに目的地にたどり着けるとは思えない。
魔獣で溢れかえる森で現在地を見失うなど、考えるだけで背筋が寒くなる。
「そうですか。でもそうなったら、ずっと手を繋いでいられますね?」
「おいおい……」
ティアは俺の手を握る力を強めたり緩めたりしながら楽しそうに笑っていた。
地図への記録や移動経路の選定を一手に担っている彼女は俺たちの命運を握っていると言っても過言ではない。
もしも彼女が望むのなら、俺たちは本当に広大な森を彷徨うことになってしまう。
ティアのことはもちろん信じているが、少しだけ不安になって彼女を見やる。
不安げな俺の様子に、ティアはますます笑みを深めた。
「ふふ、冗談ですよ?手を繋いで森の中を散策するのは素敵ですが……、ベッドでアレンさんの温もりに包まれて眠る時間には代えられません」
背後を歩く『疾風』に聞こえないように、少しだけ体を寄せたティアが小声で呟いた。
『黎明』の夜番は俺とティアの組、クリスとネルの組で固定されている。
必然的にティアと夜を過ごす機会は多くなり、この遠征の間に俺たちはついに一線を越えた――――というわけではない。
個室と共有スペースを隔てるのは布一枚で、その向こう側にはクリスとネルが夜番をしているのだから当然のことだ。
全く何もないかというと、そういうわけでもないのだが。
「あまり誤解を招くようなことは言わないでくれ。でないと、後ろからフォークが飛んで来る」
「そのときは、フロルさんの代わりに私が守りますから、安心してください」
俺が<結界魔法>を使うのを見て着想を得たというティアは、自分の周囲に氷の板を生成して疑似的な結界を張れるようになった。
生成速度や強度は<結界魔法>に劣るが、ティアが短時間であっても前衛なしで行動できる程度の防御力を確保したことで『黎明』の戦略の幅は大きく広がった。
ネルとティアによる時間差挟撃も、これがあったからこそ決行できたのだ。
「反応速度が重要だから、十分習熟できたと思っても反復練習は欠かさないようにな」
「はい、頑張りますね」
ティアとの会話を楽しみながらも魔獣の襲撃に対する警戒は怠らない。
加えて今は後ろに続く『疾風』の動きにも気を配る必要があった。
クリスとネルは『疾風』の後ろについて彼らを挟む形で移動しているが、万が一彼らの気がふれて『黎明』に襲い掛かるとしたら最初に矛先が向けられるのは彼らに背を向けている俺とティアだ。
だから、念のため彼らの会話にも注意を向けているのだが――――
「ほら、やっぱり勘違いだよ」
「今は、まあ……。でも、あのときは違ったかもしれないだろ」
「そうだとしたらこうはならないでしょ。あれを見てもまだ言うの?」
「わかった、わかったよ。俺が悪かったって……」
本当によくわからない連中だ。
困惑が顔に出ないように気を付けながら、俺は拠点に戻るまで彼らの会話に注意を払い続けた。
魔獣と遭遇することも『疾風』がヤケを起こすこともなく、俺たちは無事に拠点へと帰り着いた。
『疾風』の面々を共有スペースに待たせ、俺たちはその間に彼らを受け入れるためのあれこれを整える。
「ここは使ったことがなかったけど、良い拠点ね」
「個室もあって入浴もできるのか。遠征時の滞在場所として、これ以上は望むべくもないね」
「特にお風呂は嬉しい」
「そうだな」
会話を聞いていると、彼らの目にもこの拠点は好ましく映ったようだ。
「部屋はそっちの2つを好きに使ってくれ。寝台はレンガだから、寝袋なり毛布なりを敷くことを勧める」
「ありがたいが、そちらの部屋は1つでいいのか?」
「夜番と交代で使うからな。1日くらいなら我慢するさ」
「感謝する」
『疾風』の4人は荷物を持って男女別で個室に引っこんだ。
「僕たちはどうする?」
「そうだな……。少し早いが、順番に入浴を済ませてしまうか」
クリスの問いに、少しだけ考えてから答えた。
共有スペースのテーブルは少し詰めれば全員で使えるが、風呂はそうもいかない。
一人30分でも8人いれば4時間はかかる計算だ。
「一番は譲らないわ」
「後ろが詰まってるから、長湯はしないでくれよ」
俺の言葉に適当に手を振って返し、ネルが脱衣所に入る。
本当にブレない奴だ。
「私たちも使わせてもらえるのかしら?」
個室に引っ込んだロッテが耳ざとく風呂の話題を聞きつけ、仕切り布から首だけ出して期待のこもった視線を向けてくる。
怪我をしているのに入浴なんて、と心配するのは余計なお世話だろうか。
もちろんダメとは言うつもりはないのだが――――
「全員となると水が足りなくなるかもしれない。使いたいなら日が出ているうちに近くの川から水を汲んできて、外の貯水タンクに補充してくれ。量は……クリス、どれくらい必要だ?」
「毎朝満杯になるまで補充してるし、明日にはここを出るから……外に置いてあるバケツで20杯くらいあれば十分じゃないかな。バケツは2個あるから10往復だね」
この拠点から川までの距離は50メートル程度だが高低差がある。
水汲みが楽な作業でないことは帰路で川の場所を確認したロッテも理解しているはずだ。
しかし、彼女は嫌な顔もせず満足気に頷いた。
「なるほどなるほど……。男ども、聞いてた!?」
「……聞いてない」
ロッテの首が生えている個室の隣から男の声が聞こえてきた。
返事がある時点で――――とは言うまい。
彼の気持ちはよくわかる。
そして、そんな返事をした場合にロッテがどんな反応をするのかも簡単に予想できるわけだが、ロッテは正に俺が予想したとおりの反応で男を詰った。
「あんたね、カミラがかわいそうだと思わないの!?死にそうなくらい酷い目に合った女にお湯も用意できないような奴に、カミラはやれないからね!!」
ロッテの罵倒に対する返事は男部屋からは聞こえてこない。
代わりにブスッとした顔のカイが姿を現し、それを見たロッテの首が満足そうに部屋へと引っ込んでいった。
(これ、誰がかわいそうなのかわかんねえな……)
わずかな時間でパーティ内の力関係が透けて見えるやり取りだった。
ため息を吐いて外へと出て行くカイを、俺は同情をこめた視線で見送った。
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