第248話 魔人討滅戦
クリスを伴い魔人を目指して疾走する。
見晴らしが良くない森の中の戦場でも、近づくと『疾風』の一人がこちらに気づいた。
「C級パーティ『黎明』だ!加勢する!」
満身創痍で持ちこたえていた槍使いの男が、右側だけ太くなった魔人の腕で無造作になぎ払われた。
土を巻き込みながら転がった男は、大樹の根にその身を叩きつけられて呻き声を漏らす。
「クリス!」
「了解!」
魔人を一旦クリスに任せ、俺は吹き飛ばされた男へと駆け寄った。
すでに『疾風』の女剣士が痛みで顔を顰める男の傍らで声をかけていたが、手当をする様子がないのはすでに物資が尽きているからか。
よく見れば女剣士の方も無傷とは言い難い。
逡巡の末、腰のポーチから赤色の液体が入った瓶を一本だけ取り出し、女に差し出した。
「上等な回復薬だ。重傷の部分に使え」
「助かるわ」
「情報料代わりだ。気にするな」
女は薬液の3分の1ほどを少量ずつ傷口に垂らし、残りを男に飲ませた。
冒険者ギルドで販売している標準仕様の回復用ポーションでは焼け石に水のひどいケガにも、フロルの特製ポーションは効果を発揮する。
傷が丸ごと消えるような劇的な回復は見られなかったが流血は目に見えて少なくなり、男の表情が随分と和らいだ。
「即効性があるなんて、すごいポーションね」
「普通の店じゃ買えない特製品だからな」
今も続く戦闘を注視しながら女剣士との会話を続ける。
魔人はクリスを新しい遊び相手と見定めたようで、こちらには見向きもしない。
クリスも自分の役割を理解し、魔人の注意を引きながら十分に余裕を持って立ち回っていた。
「私は『疾風』のロッテ。まずはリーダーに代わって礼を言わせて。もちろん正式なお礼は本拠地に戻ったら必ず」
「『黎明』のアレンだ。礼の話は後でいい。まずは状況を聞きたい」
「わかったわ」
ロッテも俺たちの戦闘に自分たちの命が懸かっていることは重々承知しており、端的にここまでの状況を伝えてくれた。
彼女によれば『疾風』も指名依頼を受け、森の中を拠点予定地に向かって移動している最中に標的と遭遇したという。
しかし、弓使いと魔法使いが魔人から集中砲火を浴びて戦闘不能に陥り、離脱を余儀なくされた。
残る二人のうちロッテは剣士で先ほど吹き飛ばされた男は槍使い。
どちらも前衛で、宙を舞う魔人が相手では勝ち目がない。
それを魔人もわかっていて二人の抵抗を楽しんでいたようだ。
二人は自分たちが玩具にされていることを理解して、それでも離脱した二人を庇うために戦闘を継続した。
その理由が――――
「ギルドからの情報で、この近くにひとつだけパーティがいると知ってたの。だから、もしかしたらってね」
彼女たちは分の悪い賭けに見事勝利したというわけだ。
その幸運を踏みにじるようなことを考えた身としては少々罰が悪いのだが、わざわざそれを口に出すほど馬鹿正直ではない。
「魔人の攻撃は?」
「大きい右腕を叩きつける打撃、左手の長い爪で薙ぎ払う斬撃、魔法は多分<闇魔法>ね。どれも単純だけど威力は相当のものよ。でも、何よりも面倒なのは――――」
ロッテはクリスの方を見て言葉を濁す。
ちょうど魔人が宙を舞い、クリスの剣から逃れたところだった。
「空を飛ばれること、だな?」
「ええ。しかも外皮が堅くてほとんど攻撃が通らないわ。あなたたちは二人とも剣士みたいだけど、たしか『黎明』には――――」
「そこから先は念のため口に出さないでもらいたい。まあ、悪いようにはならないさ」
俺たちが無策で来たわけではないことを理解すると、ロッテは安堵して肩の力を抜いた。
「一応確認だが、討伐依頼は『黎明』が引き受ける。それで構わないな?」
リーダーはすでに退避したという弓使いだと記憶しているのでロッテが答えるのは難しいかとも思ったが、彼女は意外にも迷わず頷いた。
「これだけの大損害で報酬が参加報酬50万だけじゃ正直痛いけど……、この状況だもの、命が助かるだけで十分よ。代わりというワケではないけれど、帰り道に同行してもいいかしら?」
「一旦拠点に戻って出発は翌朝になると思うが、それでよければ」
「もちろんよ。それと、カミラ……離脱した魔法使いにも、ポーションを分けてもらえると助かるんだけど……」
「さっき使った特製品は出せない。市販品なら戦闘が終わった後、仲間に状況を確認してみる」
「ありがとう。健闘を祈るわ」
「ああ。あとは俺たちに任せて、少し離れたところで休んでくれ」
『疾風』との話し合いは済んだ。
魔人の情報は見ればわかる以上のものは得られなかったが、情報を補強できたことは無意味ではない。
まだ見せていない奥の手がある可能性は念頭に置く必要があるだろうが。
「…………」
幾分か回復した槍使いが何か言いたそうにこちらを見ているが、今は構っている暇などない。
俺がクリスと交代しなければ作戦が進まないのだ。
俺は『疾風』の二人を魔法で巻き込まないように少しだけ迂回して、魔人とクリスの戦闘に割り込んだ。
「クリス!」
「了解!」
俺が大振りに斬りかかると、魔人は予想どおり剣が届かない高さに退避した。
この隙にクリスは大きく後退し、俺と前衛を交代する。
「さあ、次の相手は俺だ!悪いが、一緒に遊んでもらうぜ!!」
今回の作戦――――というか魔人に決定打を与えるための流れを考えると、俺が魔人を受け持つのが最も成功率が高い。
だから大声で魔人の興味を惹くように振る舞う必要がある。
しかし、残念ながら魔人の反応は芳しくなかった。
俺の攻撃を回避して上空数メートルのところに滞空したまま、ただこちらを眺めるだけ。
俺を無視してクリスを追撃されるよりは幾分マシだが、これでは作戦が――――と思った次の瞬間。
「ア……、ガア゛ア゛ア゛アアッ!!!」
「――――ッ!」
突如、奇声を発した魔人がこちらに向かって急降下。
剣で受け止めるのは難しい。
知性を持つ魔人相手に<結界魔法>は多用したくない。
体勢が崩れるとわかっていても、大きく回避するほかなかった。
直後、勢いよく振り下ろされた鈍器の如き右腕が俺のいた場所を激しく叩き、俺の代わりに直撃を受けた地面から腐葉土が盛大にまき散らされた。
「ア゛、エ゛!グウ゛ウ゛ウウウッ!!!」
呪詛でも込められているのではと思うほど悍ましい音とともに、体が土に塗れることも厭わず突進を繰り出す魔人の爪を剣で受ける。
続けて振り下ろされた右腕は回避し、今度は小さく斬りつけた。
回避されることは織り込み済み。
今は時間を稼ぐことだけが重要だ。
しかし――――
「…………ッ!?」
魔人は俺の剣を左手の爪で受けた。
標準的な片手剣ほどに伸びた漆黒の爪と淡い青の光を纏う銀の刃が交差するのは一瞬。
『スレイヤ』は容赦なく魔人の爪を断ち、浅くはあるがその体をも傷つけた。
(まずいっ!!)
初めてまともにダメージが入った、と喜ぶことはできない。
飛行能力を持つ魔人に対して俺の攻撃は決定力に欠けるからこそ、今回の作戦は仲間を主力として立てられている。
俺は魔人を引き付けるだけではなく、適度な遊び相手であることが必要だったのだ。
(警戒されて空を飛び回られたら……!)
作戦の瓦解を予感して舌打ちする。
しかし、それは杞憂に過ぎなかった。
「ガアアアア゛ア゛ッ!!!」
体の傷も断ち切られた爪もみるみるうちに修復され、ますます激怒した魔人が俺へと襲い掛かる。
「くっ!?」
予想外の応酬が続き、俺はたまらず後方へと逃れた。
しかし、これは悪手だった。
距離を取れば魔人の選択肢に魔法が追加されてしまう。
次々と撃ち出されたそれらは背後の地面を抉り、そのうちいくつかは大樹の幹にぶち当たって、その幹を大きく揺さぶった。
(なんつう威力……!)
直撃は<結界魔法>で防ぐとしても、狙いが逸れたときの余波でもダメージが入りそうだ。
魔法を撃ち出しながらこちらに迫る魔人の腕をなんとか回避した俺は、一旦仕切り直しを図った。
「クリス!」
「了解!」
交わされる掛け声は先ほどと同じ。
だが、俺たちの役割は先ほどと真逆だった。
「はっ!」
クリスにしては大振りな剣閃が魔人に迫る。
魔人を牽制し、俺が態勢を整える時間を稼ぐことが目的の攻撃は――――魔人の回避行動を誘うことはできず、代わりにその外皮を少しばかり削り取った。
「なっ!?」
クリスの驚愕を意にも介さず、魔人は右腕で俺を薙ぎ払った。
回避は無理。
<結界魔法>の温存を選択し、剣の腹で魔人の攻撃を受ける。
『スレイヤ』は俺の信頼に応え、魔人の攻撃をしっかりと受け切った。
しかし――――衝撃を殺すことはできず足が地面から離れてしまう。
直後、振りぬかれた魔人の腕によって俺は真横に吹き飛ばされた。
「がっ……、ぐ……!」
身体は何度も地面を跳ねた末、土塗れになってようやく停止する。
大樹に叩きつけられずに済んだのは幸運だ。
すぐさま立ち上がり、顔に付いた土を雑に拭いながら魔人を視界に収める。
魔人はクリスを見ていなかった。
何が魔人を駆り立てるのか知らないが、その敵意が俺に向けられていることは明らかだ。
それを理解したクリスの表情が憤怒に染まる。
「舐めるなあああっ!!!」
怒声とともに繰り出された攻撃に、もはや牽制の意図はない。
それは、ただ自分を無視した愚かさを魔人に知らしめるための渾身の一撃だった。
「グア゛ッ!?」
背後から追いすがり右からすくい上げるように放たれた斬撃は、俺に向けて振り下ろされるはずだった右腕を肩口から斬り飛ばした。
体から離れた右腕は黒い煌めきとなって霧散し、同じ形の右腕が魔人の右肩に再生され始める。
だが、再生にかかるわずかな時間もクリスは魔人を攻め続けた。
渾身の一撃のように派手なダメージはなくとも、無視することを許さない激しさを持った連撃が魔人を襲う。
ついには左手の爪でクリスの剣を打ち払うため、魔人が俺に背を向けた。
(今……ッ!)
相棒がつくり出した隙を俺が見逃すわけにはいかない。
<強化魔法>全開で、このまま止めを刺すつもりで剣を振りぬく。
弧を描く長剣が魔人を滅ぼす――――その直前。
危険を察して宙に逃れようと地を蹴った魔人は、辛くも淡い青の光から逃げ延びた。
(浅い……!)
両断とはいかなかった。
腰から胸に近いところまでを深く斬り裂かれた魔人は、それでも致命傷を避けることに成功していた。
宙空で溺れるようにふらつきながらも、魔人は俺たちを見下ろして勝ち誇る。
クリスが斬り飛ばした右腕はすでに再生されており、俺が与えたダメージもすぐに再生する。
もう魔人は地面に下りてはこないだろう。
俺とクリスの剣が届かない位置から、俺たちがくたばるまで魔法を撃ち続けるつもりに違いない。
魔人の体が斬撃に傷つけられることは二度とない。
俺とクリスは宙に浮く魔人をただ見上げるだけだ。
だが、それでいい。
俺たちの役目はもう終わっているのだから。
「グ、ヴウ……!?」
魔人の首から何かが生えた。
それはネルの腕力で使うことができる最も強力な弓とセットになった特別製の矢だ。
機動力が落ちたとはいえ、魔人のウィークポイントを正確に射抜く技量は賞賛に値する。
首元に左手をやり、何が起きたか理解した魔人が遅まきながら射手を探してネルの姿を視認した。
宙に浮く自分への脅威を正確に認識した魔人は――――それゆえに、この場にいる最大の脅威に背を向ける。
「ア゛…………」
腰に一撃。
それだけで十分だった。
身の丈5メートルもあろうかという巨大な黒鬼の突進すら止めてみせた攻城兵器級の魔法は、魔人の硬い外皮を容易く貫き下半身を丸ごと消し飛ばす。
魔人は空に留まる力を失い、ゆっくりと地に墜ち行く。
それでもなお命を失わない生命力は驚嘆に値するが、その抵抗が意味を持つことはなかった。
「――――お願い」
ティアが放つ雪玉から生まれた透き通る花弁。
貫かれた漆黒の魔人は煌めきとなって虚空に散った。
しばらく周囲を警戒したが、魔人が再生する兆候は見られない。
「戦闘終了、だな」
魔人の墓標となった氷華を見ながら上機嫌で呟いた。
唯一の懸念はティアの強力な魔法が魔石を粉々に破壊していないかということ。
ただ、それだけだった。
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