第246話 南の森遠征5




 遠征3日目の昼下がり。

 昼食後1回目の戦闘は、この辺りにしては比較的控えめなサイズの猿の魔獣の群れだった。


「次はどっちに行くんだっけ?」


 魔石や討伐証明部位を回収した後、魔獣の亡骸を焼くために油を撒いているネルの様子を見守りながらクリスが問う。

 俺は魔獣との戦闘で森の中を駆けずり回って完全に方向感覚を失っているので、クリスが答えを求めた相手は俺ではない。


「少しだけ待ってください……。こちらが北なので……次はあっちですね」


 ティアが示した方を見ると、相変わらずの薄暗い森が広がっている。

 

 クリスはティアが指す方向を見やると、足元に落ちている小枝――といっても結構な大きさだが――を組み合わせ、矢印のような形を作った。


「何をしてるんです?」

「なんとなく」


 おどけてみせるクリスに、ティアは笑みを浮かべた。

 当初は懸念されていた彼女の疲労は慣れない作業による精神的な負荷が原因だったらしく、この生活に馴染むにつれ徐々に改善している。

 今日も昼休憩を挟んで1時間以上経っているが目立ったパフォーマンスの低下は見られず、通常どおり活動できていたからもう大丈夫だろう。


「まったく、何やってんだ……」


 口ではそう言いながら、俺も釣られて口角を上げる。

 

 周囲360度に広がる深く薄暗い森。

 不安を誘う光景も、ずっと見ていれば自然と慣れてしまう。

 緊張感が無くなったと嘆くべきか順応したとを喜ぶべきか、悩ましいところだった。


「できた…………わあっ!?」


 ネルが放った火が、魔獣の亡骸で作られた小山の表面を舐め上げる。

 それはあっという間に広がってキャンプファイヤーのような勢いで燃え上がり、ネルは驚いて後ろに飛び退った。


「え、あれ……?」

「油が多すぎる。雨期の後じゃなければ大惨事だな」

「え……。だ、大丈夫……?」

「うーん……」


 足元の腐葉土はほどよく水気を含んでいる。

 乾燥した枯れ葉は残っておらず位置も木から十分に離れているから大丈夫だと思うが、俺もそこまで山火事に詳しいわけではない。

 火勢が十分なら生木も燃えるということを考えると、燃え盛る炎を前にして安易に断言することはできなかった。


「火の勢いが強いからなあ……。休憩がてら、少しだけ離れた場所で様子を見よう。やばそうなら、悪いがティアの出番だ」

「ご、ごめん、ティア……」

「大丈夫ですよ。あれくらい、私にかかれば簡単です」

「そうそう。次は上手くできるように気を付けよう」


 俺たちは手早く荷物をまとめて火元から離れ、ちょうど良い高さの木の根を見つけて、4人ならんで腰を下ろした。

 ティアとクリスに挟まれて励ましを受けるネルだったが、見えるところで自分の失敗が激しく自己主張を続けている状況では中々気持ちを切り替えられないようだ。


 パーティのリーダーとして、そんなネルに励ましの言葉をかけ――――たりはしない。

 珍しく消沈しているネルの様子をニヤニヤしながら眺めるだけだ。

 

「何よ……。言いたいことがあるなら言いなさいよ」


 もちろん、そんな俺の態度を黙って見ているネルではない。

 いつもより勢いが足りていないが、それでもしっかりと反抗の声を上げた。


 しかし、それこそが俺の期待した反応だということに、ネルは気づいているだろうか。


「なんだ、励ましてほしいのか?」

「そんなわけないでしょう!なんであたしが!」

「そうか」

「……ッ!」


 非難の応酬が始まるかと思いきや一方的に会話を打ち切られ、ネルは押し黙った。

 しかし、彼女の中に不満が燻っていることは、その表情から手に取るようにわかる。


「わかったか?」

「……何がよ?」

「油の量は、これくらいでいいんだよ」


 ドヤ顔で言い放った俺の顔に向けて、丸めた何かの包み紙が投げつけられた。


「得意気なところ悪いけど、キミも油の量が多いんじゃないかい?」


 ネルをフォローしたつもりのクリスは、直後に脇腹を押さえて呻き声を上げた。

 そんな様子に堪えきれずに笑い声を上げるティアに、拗ねたネルが抱き着く。


「ふふ、もうネルったら……。え、ちょっと、や、あは、ははははっ、なんで、ネル、やめっ――――」


 ネルはとうとうティアにまで攻撃を仕掛けたようだ。

 徐々にこちらに傾いてくるティアが根から落ちないように支えながら、勢いが落ち着きつつある火を眺めて一句。


「隙あり、よ!」

「ぐっ……!?」

 

 火もネルも、注ぐ油は、ほどほどに。




 ひと暴れして満足気なネルの横でそれぞれの理由で痛む腹をさすりながら、俺たちは森の奥へと進んだ。


「もう、なんで私まで……」

「ティアも笑ってたでしょ」

「面白かったんですから、笑ってしまうのは仕方ないです」

「……笑い足りないなら、そう言ってくれればいいのに」


 ネルがわしゃわしゃと両手を動かすと、ティアがじりじりと後ずさった。

 美少女二人が戯れる様子は見ていて退屈しない。


 しかし、それはそれ、これはこれ。

 パーティのリーダーとしては苦言を呈さなければならなかった。


「森の中、しかも初めて来た場所だ。緊張感を忘れるなよ」

「あ……そうですよね、気を付けます」

「ふん……」


 即座に反省を見せるティアとは対照的にネルの態度は反抗的だ。

 大方、先ほどのことをまだ根に持っているのだろう。


 ネルを揶揄った俺にも非はあるが、それはそれ。

 一度でわからないなら何度でも言い聞かせる必要がある。

 こんなことでパーティを危険にさらすわけにはいかないのだ。


 そう思って言葉を続けようとした俺だったが、クリスに先手を取られてしまった。


「まあまあ、そう怒らないでよアレン。ネルちゃんも警戒の必要性はわかってるからさ」

「本当かよ……」


 溜息を吐きながらネルを見やる。

 ネルはそっぽを向いたままで、こちらを見ようとはしない。


 ただ、一言だけ呟いた。


「来た」


 何が、と尋ねることはしなかった。

 ネルが荷物袋を近くの木の根に置き、背負った弓を手に取った――――その行動から、ネルが言わんとすることは明らかだ。


「ちゃんと警戒しなさいよ。緊張感が足りてないんじゃない?」

「…………」

 

 ネルの勝ち誇った顔が憎たらしい。

 しかし、今は魔獣への対処が優先だ。


 矢をつがえるネルと彼女に倣って杖を構えたティアを庇うように前に出て、剣を構える。


 魔獣の種類や数を告げるネルの言葉を踏まえて指示を出すと、クリスとともに魔獣に向かって駆け出した。





 ◇ ◇ ◇





 昼は森の中を探索し、片っ端から魔獣を狩る。


 夜はティアの料理を楽しみ、入浴で疲れを癒し、交代で睡眠を取る。

 

 森の奥に踏み込み過ぎないように気を付けながら、毎日少しずつ探索範囲を変えることで戦闘回数を増やした。


 おかげで魔石と素材の集まり具合は好調。


 今回の遠征は成功と言えるだけの稼ぎは確保できた。




 それと遭遇したのは遠征開始から9日目。


 日程を順調に消化し、明日にでも引き上げようかという話が出た、その日のことだった。



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