第242話 南の森遠征1
担当受付嬢からありがたい激励のお言葉を頂戴した俺は、逃げるように別室を後にした。
待ち合わせの時間にはまだ少し早かったので、冒険者用の待合スペースに足を運ぶ。
すると――――
「おや?早かったね、アレン」
「おはようございます、アレンさん」
意外なことに、すでに全員そろっていた。
「時間ピッタリにくればいいのに、気が利かない……」
ネルはティアに寄り掛かりながら眠たそうに目をこすっていた。
文句を言いながらも時間どおり集合したなら上出来だ。
「おはよう。準備ができてるなら、少し早いが出発するぞ」
「そうだね。予約してるとはいえ、席は早い者勝ちだろうし」
クリスは長椅子から立ち上がり、両手を組んで伸びをした。
ネルに寄り掛かられているせいですぐには立てないティアも、ネルの体を優しく揺すりながら俺を見上げて打ち合わせの結果を問う。
「指名依頼はどうなりましたか?」
「詳しくは道中で説明するが、当座は予定どおりだ」
「わかりました。ネル、ほら、行きますよ」
「うー……」
動きが鈍いネルを眺めていると、ふと俺の脳裏に2日前の記憶がよみがえる。
モノは試しと思い、ネルにも聞こえるようにクリスに話しかけた。
「クリス、お嬢様がおねむのようだ。馬車まで抱っこで運んで差し上げろ」
「了解」
クリスは素早かった。
俺の言葉に返答するや否や、機敏に動いたクリスはネルを抱き上げようと彼女に近づき、長椅子に座る彼女の膝下に手を差し入れようとする。
しかし――――
「ッ!?」
ネルの動きはクリスのそれよりもさらに機敏だった。
寝ぼけた頭で俺の言葉が意味するところを理解したその瞬間。
椅子から腰を浮かせ、軽やかな身のこなしでバク転を決め、クリスの手をひらりとかわして長椅子の後方に着地する。
驚いて飛びあがる猫を彷彿させる軽快な動きに、思わず感嘆が漏れた。
ネルは距離をとってクリスを威嚇すると、顔だけこちらに向けてキッと睨んでくる。
そんな彼女の様子が面白くて、俺は口の端を上げた。
「お目覚めかな、お嬢様?」
「あ、あんたねえ……」
「さあ、移動するぞ。もたもたしてると4人まとまって座れる席がなくなる」
恨みのこもった視線を背中に受けながら、仲間たちを伴って冒険者ギルドを出る。
俺たちにとって二度目の遠征の始まりだった。
(今度こそ、無難に遠征をこなしてみせる!)
薬を盛られて誘拐されそうになったり、大規模な冒険者集団に絡まれたりというハプニングはもう懲り懲りだ。
今回は場所が場所だから対人トラブルこそないはずだが、代わりに魔獣や妖魔の襲撃が昼夜を問わず予想される。
本拠地に帰るまでが遠征。
あのとき絶望と後悔の中で浮かんだ言葉を、もう一度心に深く刻み込んだ。
そして、それから数分後。
「キミたち可愛いね。そんな奴は放って置いて、俺たちのパーティに入らない?」
「ガキのくせにこんな綺麗な女を二人も侍らせやがって……。俺が世の中の厳しさを教えてやろうか?ああ!?」
「…………」
俺は世の中の厳しさを知った。
本拠地を出発すらしないうちに理不尽に見舞われ、存在を信じてもいない神を呪って天を仰いだ。
場所は南門の馬車乗り場。
目の前には首からD級のスキルカードを下げた冒険者――――もといチンピラが二人。
クリスが馬車の護衛について確認するためにこの場を離れた途端、馬鹿二人に声をかけられたというのが現状だ。
(どうして、今なんだ……)
女連れで都市を歩いたことなど一度や二度ではないというのに、何故よりにもよって意気込みを新たにしたこのタイミングで絡まれなければならないのか。
チンピラ二人のうち女に縁がなさそうな方が言うように、男1人に女2人だからダメなのか。
こいつらの様子を見ている限り、連れているのが一人だけなら自重するという殊勝な雰囲気は感じられないのだが。
「はは、ビビってるぜ!」
「怖くて抵抗もできないんだろ。分を弁えるのは良いことだと思うぞ」
悲嘆に暮れる俺の様子を見て、チンピラ共の軽そうな頭は俺が怯えていると判断したらしい。
冒険者として活動するときは首から下げておくべきC級のスキルカードはこんなときに限って荷物袋の中。
この手の連中が格上に絡むとも思えない。
首から下げておけば回避できたトラブルだと思うと、自分のミスが恨めしい。
「こんな頼りない男は嫌だよな?俺ならこんな無様はさらさないから、安心してくれ。さ、俺らと一緒に行こうぜ!」
チンピラ二人のうちチャラい方が、無謀にもネルを口説きにかかった。
ネルは退屈そうにプラチナブロンドのゆるふわヘアをいじるばかりで男の話を聞いている様子もない。
ネルならチンピラくらい軽くあしらうだろうと傍観していると、もう片方がティアにまで声をかけてきた。
「怖がる必要なんかないよ。こんな顔でも根は優しいって、仲間内では言われてるんだ」
鼻息荒く迫るチンピラに怯えた様子のティアが、俺の袖を掴んで背後に隠れた。
ネルのことはさておき、ティアにまで手を出そうというなら見過ごすわけにはいかない。
(出発前に揉め事は避けたかったが……)
こうなっては仕方がない。
俺は渋々ながら口を開いた。
「おい、お前らいい加減に――――」
「アレン、戻ったよ」
振り返ると、そこには相棒の姿があった。
今の今まで無言を貫いていた俺が言える義理ではないが、この状況にもかかわらずいつもと変わらぬ爽やかな微笑を浮かべているクリスに少しばかりの苛立ちを覚える。
「随分と剣呑な目つきだね、アレン。ティアちゃんが怯えてるじゃないか」
「クリス、お前な……」
つまらない冗談を宣うクリスを軽く睨む。
この場の状況を理解できないはずもないが、視線で問うてもクリスはただ笑みを浮かべるばかり。
(クリス、どういうつもりだ……?)
俺が言葉を継ごうとすると、今度は思わぬところから声が上がった。
「クリスさん、おはようございます」
なんと、チンピラのチャラい方が丁寧に挨拶したではないか。
もう片方も、ティアに伸ばしかけていた手を引っ込めてクリスに頭を下げる。
わけがわからずにポカンとしている俺をよそに、クリスも片手を挙げて応じた。
「ここ数日はギルドに来てなかったみたいですが、今日はクリスさんも狩りに?」
「南の森に。何日か遠征する予定だよ」
「そうでしたか。クリスさんには無用の心配でしょうが、どうぞご無事で」
「ありがとう」
そのまま世間話まで始める相棒に掛ける言葉が見つからない。
困惑したまま状況の推移を見守っていると、クリスは唐突に冷たい声で言い放った。
「ところで、僕のネルちゃんをどこに連れて行くって?」
爽やかな笑顔から放たれる静かな声。
あまりに突然の話題転換だったため、チンピラ二人もたっぷり数秒は呆けていた。
しかし、どちらもクリスの言葉が含むところを正確に理解したようだ。
「ッ!?すみません!クリスさんのお連れさんとは知らず!」
やらかしたと気づいたチャラい方が、米つきバッタのようにペコペコと頭を下げて許しを乞う。
ティアに声をかけたもう片方も、自分の行為がクリスの非難の対象になるかわからず挙動不審な様子だ。
「そっちはウチのリーダーのだから、命が惜しいならやめておいた方がいいよ」
「は、はいっ!すみません!」
米つきバッタが増えた。
しかし、頭を下げる相手は俺でもティアでもなくクリスである。
「もう時間がないからいいよ。次は気を付けるようにね」
ひとしきり謝罪の言葉を聞くと、クリスは二人に許しを与えて解放した。
深々と頭を下げてからチンピラ共は小走りで去って行く。
後ろから殴り掛かるわけにもいかず、俺は徐々に小さくなる男たちの背中を無言で見送った。
「御者さん、南の森に一番近いところで降ろしてくれるってさ。代わりに、降りる所までの護衛を引き受けたよ」
「ああ、わかった……」
出発前にもかかわらず、要らぬ疲労を溜めてしまった。
俺はもやもやした気分を振り払うように頭を振り、クリスに続いて魔導馬車に乗り込んだ。
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