第241話 指名依頼と魔人2



「今回の討伐対象……魔人のことは?」

「知らない。聞いたこともない」


 俺が答えると、フィーネの視線がラウラへと向けられた。

 なるほど、ここでラウラの出番というわけか。


「魔人っていうのは、妖魔が憑いた人間のことだよー」

「……妖魔って、人に憑くのか?」


 人間に悪さをする妖精や精霊に似た生き物。

 妖魔に関する俺の認識は精々その程度だ。


「個体によりけりだよー。そういうことをできる個体もいるってこと。妖精も、人や動物の形をしているのと不定形のがいるって知ってるでしょう?後者がそういう能力を持ってることがあるの」

「へえ……」


 ラウラの口振りからすると、妖精も不定形なら人に憑くことがあるようだ。

 フロルのように家で待つでもなくラウラのように魔法でサポートするでもなく、契約者に憑依して契約者とともに戦う妖精や精霊もいるのかもしれない。

 興味深いし勉強になる。


「人間の方は、元々は南東区域を根城にする犯罪者だったのよ。それがどこで妖魔に見初められたのか魔人になって、そこからいろいろあって都市外に逃亡してしまった。結構強いみたいで、騎士団を動かしたけど討伐に失敗したから、こっちに話が回ってきたって経緯ね」

「おいおい、マジか……」


 剣を合わせた俺たちだからこそわかるが、この都市の騎士団は張子の虎ではない。

 それどころかヒラの正騎士――という言い方が適切か、そもそもあの男が騎士団の中でどの程度の立ち位置だったのかは知らないが――でさえクリスと互角に打ち合う力量を持っている。

 そんな連中が部隊単位で動いても勝てなかったとなれば、討伐対象の脅威度が恐ろしいことになりそうだ。


 先ほどとは別の意味で渋い表情になったが、フィーネは俺に構わず軽い調子で話を続けた。


「失敗と言っても対象に逃げられただけだから。普通の武器での攻撃が通らなくて、手数が足りなかったみたい。原因は魔法的な防御結界じゃないかって話よ」

「なんだ、負けたわけじゃないのか」


 俺は安堵とともに胸をなでおろした。

 冷静になれば、騎士団が負けるような化け物の討伐を冒険者ギルドに依頼するわけがなかった。

 騎士団のメンツを考えたらまずあり得ないことだ。


「とはいえ、武器が通らないなら何が効くんだ?魔法か?」

「そうね。あとは魔法剣とか、魔力を帯びた武器で攻撃しても効果があったそうよ」

「魔法剣なんて、騎士団でも持ってるだろ」


 例の一件でクリスと対戦した正騎士も、名匠が打った魔法剣をこれ見よがしに見せびらかしていた。

 全員分はなくても、騎士団で保有する魔法剣は相当な本数になりそうなものだが。


「騎士たちが魔法剣を持ち出して優勢になったら逃げたんだって」

「なるほど、ちゃんと思考能力は残ってるのか。厄介な……」


 そうなると、対魔獣戦というよりは対人戦の戦術が必要になりそうだ。


「魔人の主導権が今どちらにあるかわからないけど、妖魔が主導権を持ってるときは注意が必要だよー。身体能力が大幅に強化されてるはずだし、魔法も使うからねー」

「主導権の見分け方は?」

「姿形が人間じゃなくなっていくから、実物を見れば直感的に理解できるよー」

「了解。まあ、普通の武器が通らないっていうなら、主導権は妖魔が持っていると考えておいた方がいいか……」

「魔人の説明が済んだとところで、依頼の詳細に移っていい?」

「ああ、頼む」


 フィーネが差し出した依頼票を手に取った。

 彼女は俺が依頼票に視線を向けるのを確認してから概要を説明してくれる。


「まず、形式は指名依頼で、依頼主は騎士団副団長名義だけど実質的に領主からの依頼ね。参加報酬が50万デルで、討伐報酬が750万デル。ただし、この依頼は複数のパーティに依頼されていて、討伐報酬は倒したパーティしか受け取れないから注意。その代わり参加報酬は前金で、これは魔人と遭遇しなくても受け取れるわ」

「それは太っ腹なことで」

「南の森に遠征するC級以上のパーティに限定して依頼してるから、そこまでの出費にはならないのよ」

「C級以上って、B級パーティなんてこの都市に居るのか?」

「揚げ足を取らないの」


 軽口を叩いた俺を、フィーネが軽く睨みつける。

 辺境都市の冒険者不足は深刻で、早々改善を見込める状況にない。

 それは受付嬢である彼女からすると笑い事ではないのだろう。

 俺は片手を挙げて手のひらを向け、彼女に謝罪した。


「しかし、そうなると南の森は混雑してるのか?」

「依頼を受けてるのはアレンを入れても3組だけよ。そもそも冒険者のパーティが何組いたってあの広い森が混雑するわけないでしょう」

「森全体を見ればそうだろうが、拠点にする予定の場所に他のパーティがいたらお互い困ることになるぞ?」


 南の森は草原と違ってどこにでもテントを張れるわけではなく、水の調達や拠点防衛まで考えると拠点を置く場所は自ずと決まってくる。

 南の森で活動していた先達が蓄積したそれらの情報は、冒険者ギルドが販売する地図という形で他のパーティも保有しているので、複数のパーティが同じ場所を目指してかち合うということも十分に起こり得る話だ。

 拠点候補自体は十分な数がある一方、使い勝手のいい場所というのはそれほど多くない。


 そのことは当然フィーネも理解しており、ブッキングを避けるための情報も用意してくれていたらしい。


「一応、他のパーティが予定してる進路は聞いてるから……アレン、地図は持ってる?」

「ある。ちょっと待て……」


 荷物袋から地図を取り出した。

 冒険者ギルドから購入したその地図には、広大な南の森の北半分くらいの範囲に関する川や洞窟、廃屋や魔獣の生息域などが記されている。

 フィーネはテーブルに広げられた地図を眺め、ある程度の範囲を指でなぞった。


「大体、この辺りね」


 フィーネの指した場所は、幸い俺たちが計画した進路とは大きく離れていた。

 途中の野営ポイントも含め、ばったり出くわすということはなさそうだ。


「アレンはどの辺りを目指してるの?」

「俺たちはここから南下して……ここを拠点にしようと思ってる」

「わかったわ。アレンの後に出発するパーティがあれば、他の2組の行先と一緒に伝えるけど大丈夫よね?もちろんパーティ名は伏せることになるけど」

「構わない。わざわざ南の森の奥深くまで喧嘩を売りに来る物好きもいないだろ。さて……」

 

 冒険者ギルドが仲介する騎士団からの指名依頼だ。

 変な罠はないだろうが、依頼票に視線を走らせて不明確な部分がないか確認していく。


「討伐対象が他のパーティと戦闘中だった場合、介入は?」

「原則は戦闘中のパーティの了解を取ってから。報酬を受領する権利は討伐したパーティに発生するから、状況に余裕があるなら介入前に分配を決めておいた方が無難ね」

「一般的な討伐依頼と同じか。他に何か注意点はあるか?」

「そうね……。わかってると思うけど、もし魔人に遭遇して討伐に成功したときは討伐を確認できる魔石か体の部位を持って帰って来てちょうだい。あと、討伐できなかったときも、どの辺を捜索したのか報告だけはお願い」

「まあ、それはそうだろうな」


 依頼票に視線を戻して最終確認を行う。

 当初の遠征計画を変更せずに済むなら依頼を受諾することにデメリットはなく、遭遇した場合に討伐に動くかどうかは後で仲間と相談すれば良い。

 報告書一枚で50万ならば、割の良い依頼だ。


「よし、委細承知した」

「そう、ありがと。すぐに手続するから少しだけ待ってて」


 フィーネはそう言うと、別室まで持ってきていた『黎明』のファイルを開き、パラパラとページをめくり始めた。

 依頼の受託状況が書かれたページにサラサラと何事かを記入する彼女を眺めながら、俺は懐中時計を取り出して時間を確認する。

 待ち合わせの時間まで少し余裕があるので、どうやらネルの罵声を浴びずに済みそうだ。

 

 そんなことを考えていると、無言で食事を続けていたラウラがふと声を上げた。


「そういえば、最近の歓楽街の様子はアレンちゃんから見てどんな感じー?」

「…………」


 別に話しかけるのは構わない。

 しかし、この場には俺とラウラだけではないのだから、話題は選ぶべきではなかろうか。


「おい、フィーネもいるんだぞ。娼館の話は……」

「私は娼館なんて、一言も言ってないけどー?」

「…………」


 書類を作成中のフィーネから反応はない。

 聞いてない振りをしてくれているのか、それともただ呆れているだけか。

 

 こうなっては取り繕っても無駄な足掻きだ。


「まあ、特に変わった様子はなかったと思うが」

「そう、ならいいんだけど」

「何かあるのか?」

「このところ、揉め事は増えててねー……」


 ラウラは物憂げに溜息を吐く。

 今日は本当に珍しいことが続くものだ。


「ふーん……。まあ、覚えておこう」

「もし、なんだけど……」

「うん?」


 ラウラが不安げに何かを言いかけ、迷うように口ごもる。


「やっぱり、なんでもない」

「なんだよ。気になる言い方して」

「なんでもないって言ったでしょう。アレンちゃん巻き込まれないように注意してねー」

「はいはい、了解だ」


 歯切れの悪いラウラが強引に話題を打ち切ったタイミングで、書類を書き終えたフィーネが顔を上げた。


「できたわ」

「おう、ありがとな…………なんだ、その顔?」


 受け取った依頼票を荷物袋に仕舞い込む俺の様子を眺めながら、フィーネがなぜかにやにやと嫌な笑みを浮かべている。

 何か悪戯でもされたかと思って荷物袋から依頼票を取り出したが、内容を確認しても不審な点は見当たらない。


 他に心当たりもない以上、本人に尋ねてみるほかない。


「おい、気になるだろ。言いたいことがあるなら言ってくれ」

「そう?じゃあ、一言だけ」


 フィーネは、コホンとわざとらしい咳払いをひとつ。


「歓楽街で散財するためのお金。しっかり稼いできてくださいね、アレンさん」


 彼女は変わらぬ笑顔のまま、俺たちの遠征の成功を祈ったのだった。



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