第240話 指名依頼と魔人1
装備の手入れや消耗品の補充など、それぞれができることを各人でやっていたおかげで出発は2日後となった。
話し合いの後、野営のための物資と日持ちする食料品を買い込んでクリスのポーチに格納。
さらにフロルに頼んで食事を数日分用意してもらい、それもクリスのポーチの中に収められた。
次の日は各々長期の外出のための準備に費やし――――迎えた今日。
俺は先日イルメラから打診された指名依頼の件について確認するため、ほかのメンバーよりも少し早い時間にギルドを訪れた。
昨日のうちに結論を聞けるかと思ってギルドに顔を出したが、騎士団の了承が必要とのことで最終的な回答は貰っていない。
あわよくば騎士団との調整が間に合わずに話が流れるという結果も期待して、俺のために早朝から窓口に立っていたであろうフィーネに声をかけたのだが――――
「すぐに行くから、いつもの別室に行ってて」
どうやら逃げられないらしい。
フィーネが裏に戻るのを見送ると、俺は小さく溜息を吐いて大人しく別室に向かう。
別室は鍵が掛かっておらず灯りもついていなかったため、勝手に中に入って灯りをつけた。
たまには俺がお茶を淹れてやろうかと思い、フィーネがお茶を淹れるときに使っている魔法瓶に手を伸ばすと――――
「空か……」
早い時間だからか、中身が入っていなかった。
フィーネには馬車の時間が決まっていることを昨日のうちに伝えてあるから、今日は指名依頼の件だけを急ぎで進めることにしたのだろう。
原因が何であれ、馬車の時間に間に合わなければ俺が非難を浴びることになるので、長くならないならありがたいことだ。
そして俺の予想どおり、ソファーに座ってから時間を置かずにドアがノックされた。
音を立てて開かれたドアから書類を抱えたフィーネが現れる。
「お待たせ。出発直前に時間取らせてごめんね」
「気にしなくていい。どうせギルドの上やら騎士団やらの都合なんだろ?」
「お気遣いありがと。まあ、残念ながらそのとおりなんだけどね」
わざとらしく溜息を吐いて笑うフィーネが、俺の正面―――――ではなく少し横にずれた位置に腰を下ろした。
「うん?どうした?」
「もう一人来るから、少しだけ待ってて」
もう一人が来るまでは話を始めるつもりがないらしく、フィーネは手元の書類に目を落として沈黙した。
今までにない珍しいパターンだ。
(指名依頼は騎士団からだったはず。ということは……)
もう一人とやらが誰なのか、あまり良い予感はしない。
そんなことを考えていると、ノックもなしにガチャリとドアが開いて最後の一人が姿を現した。
「お待たせー。おはよう、アレンちゃん」
「お、ラウラ?」
てっきり騎士でも来るかと思っていた俺の予想を裏切り、現れたのは見慣れた顔だった。
ラウラが依頼説明に同席したのは過去に一度だけ。
昨年の魔獣迎撃作戦後、ネルの治療費をダシに捨て駒をやらされたとき以来だったので俺は目を丸くする。
「珍しいな。どうした?」
「アレンちゃんに助言しに来たんだよー。アレンちゃん、今回の討伐対象は未経験だろうと思って」
「いや、討伐依頼というのも初耳なんだが……」
「あれ、そうなのー?」
ラウラが意外そうにフィーネに視線を向けると、フィーネが申し訳なさそうに弁解を口にした。
「依頼主の方針で、正式受諾までは依頼内容を明かせないことになってたんです」
「ふーん、そうなんだー」
自分で聞いたくせにあまり興味がない様子。
少々失礼なように思うが、ギルド内での立場の違いもあるのだろう。
フィーネはこれといった反応も見せず、ラウラに着席を促した。
「アレンは時間がないようですので、お掛けになってください」
「はーい」
ラウラはフィーネが空けておいた場所に腰を下ろ――――さず、俺の隣にピタリと張り付くように腰掛け、俺に抱きついた。
「おい……」
「ふふ、相談料の徴収だよー」
体から魔力が抜けていく感覚はラウラが食事を始めた証拠。
よほど俺の魔力が気に入っているのか、とうとう相談の押し売りまで始めた腹ペコ精霊に俺は呆れるばかりだ。
「頼んでねえ……。てか、限界まで吸わせたばっかりだろ。これから遠征行くんだから、これ以上減らすな」
「えー……。フロルちゃんには好きなだけあげるのにー?」
「フロルは俺の妖精だからな。食事の世話をするのは主人の義務だ」
こう言うと、ラウラは自分のことも養えとせがんでくるのだろうが、検討中と断るところまでがお約束だ。
そのうち、突然承諾して驚かせるのも一興と思っている。
「むー……」
しかし、予想と裏腹にラウラは困り顔で唸るばかりだった。
こうして別室まで出張ってきたことといい今日は珍しいことが続くものだと思ったが、これが困っているフリなのか本当に困っているのか、鬼畜精霊の演技を見分けるほど鋭い観察眼は残念ながら持ち合わせていない。
反応に困惑していると、ラウラが遠慮がちに尋ねてきた。
「ねえ、邪魔はしないからー。どうしてもダメ……?」
「あー……」
実際のところ、ラウラがここで満腹になるまで魔力を吸収しても、俺は残った魔力だけで十分に戦うことができる。
さらに言えば、俺が魔力を必要とする頃にはラウラが吸収した分の大部分が回復しているだろう。
ティアに魔力を供給し続ければ、もしかしたら足りなくなるかもしれないが、4人そろって万全の状態の俺たちが南の森の外縁部でそこまでの苦戦を強いられるとは考えにくい。
それに――――
「…………」
上目遣い、不安げな表情、消えそうな声で魔力をねだるラウラを拒絶することは難しい。
断りでもしたら、こっちが人でなしみたいになる。
本当にずるい奴だ。
「少しだけな……」
「わー、アレンちゃんありがとー!」
俺が折れるとラウラは嬉しそうに魔力吸収を再開し、豊満な胸を押し付けるように抱きつく力を強くした。
ラウラからすればサービスのつもりかもしれないし実際に悪い気はしないのだが、次に娼館に行けるのは早くても10日後だということを考えると手放しに喜んでもいられない。
もちろん、そんなことは到底口には出せないが。
「ラウラさん、アレンと仲が良いんですね」
「ッ!?」
無感情なフィーネの声で今の状況を思い出した俺は正面を向いて姿勢を正した。
仕事中にイチャつくなと言いたげな視線がチクチクと肌に刺さる。
そんなつもりはないのに、ラウラのせいですっかりペースを乱されてしまった。
「それはもう、アレンちゃんがアレックスちゃんだった頃からの仲だもんねー」
「…………」
フィーネが言いたいのはそういうことではないだろう。
それを理解していて、その意を酌む気がないラウラがにへらと笑った。
何やら悪化しつつあるこの部屋の空気をどうにかするため、二人の会話に割って入る。
「おい、ラウラ。フィーネの邪魔するなよ?」
「私は書類仕事じゃないから、このままでも大丈夫だよー?話を始めてちょうだい、フィーネちゃん」
「……わかりました」
注意しても無駄だと思ったか、フィーネは不承不承テーブルに置いた依頼票をこちらに向け、そのまま俺に差し出した。
「騎士団から……正式には騎士団の副団長からの指名依頼よ。内容は、この都市で悪さをしていた魔人の討伐ね」
「はあ!?よりにもよって、ジークムントかよ……」
きっと、今の俺は苦虫を嚙み潰したような顔をしているだろう。
何が悲しくて、可能な限り関わりを避けたい相手からの依頼なんぞ受けなければならないのか。
「内容を聞く前に、拒否権は?」
「あくまで指名依頼だから、ないことはないけど。騎士団との関係は良好に保っておく方が賢明よ?」
「だろうなあ……」
3日働いて半月遊ぶ自堕落な冒険者とて、全てのものから自由になれるわけではない。
例の一件以降は適切な距離感で付き合うことができているのだから、こちらから不和の種を蒔くのは愚策だ。
よほど酷い依頼内容なら拒否もあり得るが、騎士団が指名依頼で報酬をケチるということもあるまいし、まずは内容を聞いてみるべきだろう。
「わかった。とりあえず聞こう」
フィーネは小さく頷くと、手元の書類を見ながら説明を始めた。
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