第230話 男子会2




「早速だが、信頼する相棒に頼みがある」

「僕にできることなら、何でも引き受けよう」

 

 頼み事を告げる前であるにもかかわらず快諾してくれるのは、本当に上機嫌である証拠だ。

 その手には相変わらずフロル製のクッキーが摘ままれているが、その笑顔の理由はクッキーとアイスクリームだけではないということが俺にはわかる。

 だから、俺は安心してクリスへの頼みを口にすることができた。


「昨日、俺がお前を誘った件、前からの約束だったということにしておいてくれないか?」

「それは構わないけど……。ずいぶんと奇妙なお願いだね」

「実は昨日、色々と事情が重なってティアの誘いを断ってしまったんだが、断った直後にその事情が解決してなあ……」

「ああ、なるほど。ティアちゃんに知られたとき、変に誤解されないようにってことだね」

「理解が早くて助かる」


 別にやましいことがなくても、不要な誤解を避けるに越したことはない。

 俺の頼みに理解を示してくれたクリスに軽く頭を下げた。


「さて、頼み事も済んだことだし、ここからが今日の本題だ」

「何を聞かされるのか怖くもあり楽しみでもあり……。僕は複雑な気分だよ」

「怖い話でも楽しい話でもないが……。ひとつが報告でもうひとつが相談だ。どっちから聞きたい?」


 報告が東への遠征の件で、相談が娼館でのことだ。

 クリスは数秒だけ視線を彷徨わせてから、結局どちらでも大差ないと考えたようだ。


「うーん、比較的軽い方からでお願いしようかな」

「なら、報告からだな。実は――――」

 

 俺はエルザから受けた依頼について、順を追って話を始めた。

 エルザがこの都市を訪ねてきたことや俺とエルザの関係はクリスを含めた仲間たちに洗いざらい説明済だから話はテンポよく進む。

 依頼の内容、黒鬼との戦闘、村の様子、何故か復活を遂げる黒鬼。

 エルザが提案したについても隠さずに話したが、クリスの反応は大きくなかった。

 

 クリスの反応が変わったのは、やはりというか――――


「アレン、ちょっと待ってくれないかな?」

「なんだ?」


 実のところクリスが言いたいことはわかっている。

 それでも、俺は知らん顔でクリスの言葉を待った。


「幼馴染ちゃんにご奉仕してもらうことを条件に、依頼を受けたんだったよね?」

「ご奉仕……まあ、そうだが」


 ここで言い方を取り繕っても仕方ないと思い、スルーする。


「そして、そこにティアちゃんが登場?」

「そうだ。いや、あのときは本当に驚いた」

「…………」


 クリスはこめかみを押さえ、顔を顰めた。


「まさかとは思うけど……。ティアちゃんが合流した後も、幼馴染ちゃんにご奉仕を要求したりなんてしてないだろうね?」

「そんなわけあるか!」


 日頃の行いと言われればそれまでだが、それにしたってあんまりな疑いを掛けられて思わず怒鳴ってしまった。


「エルザには、ティアが村に到着したその日のうちに支払いは不要と伝えたさ。そのときに、ティアとの関係もな。もちろん、その後は一度もエルザを抱いてない」

「当たり前だよ、まったく……。はあ、でも良かったね、アレン」

「うん……?何が?」


 一転して明るい声を出したクリスに、俺はその意図を尋ねた。


「だって、幼馴染ちゃんのご奉仕の件はティアちゃんにバレずに済んだんだろう?」

「…………」

「…………えっ?」


 俺は無言でクリスから視線を逸らし、クリスは俺の反応に頬を引きつらせる。

 少しの間だけ「今のは冗談だ。」という言葉を待っていた様子のクリスだったが、現実を理解した途端、大げさな身振りで天を仰いだ。

  

「大惨事じゃないか!!なんでそんなに落ち着いてるのさ!?」

「おいおい、性欲と恋心は別腹じゃなかったのか?」

「性欲の方を女の子に知られないようにするのは、最低限のマナーだよ!」


 クリスはガックリと項垂れて胃の辺りを押さえた。

 きっとクッキーを食べ過ぎたせいで、胃にきたのだろう。

 

 そんな俺の内心を見透かしてか、クリスが俺を睨みつける。


「聞きたくない……聞きたくないんだけど、ティアちゃんの反応は……?」

「安心しろ。許された」

「良かった……。ティアちゃん、天使だねえ」


 それに比べてお前ときたら、と言いたげなクリスの視線は甘んじて受け止めた。

 

「ちなみに、なんでバレたんだい?ティアちゃんが自力で気づいた?それとも幼馴染ちゃん?」

「帰りの馬車が来る直前に、エルザがティアを誘って女同士の話し合いとやらが始まってな……。多分そのときだ」

「ああ、そういう……。となると幼馴染ちゃんも、か」

「エルザがどうした?」

「いや、何でもないよ」


 何でもないなら責めるような視線はやめてほしい。

 クッキーの大皿を抱え込んでソファーに深く腰掛けたクリスは、少しだけやさぐれた態度で話を続けた。


「アレン、何でティアちゃんと付き合わないの?」

「いきなりどうした?」


 ここまでの話の流れを考えれば、こういう話題になるのは不思議ではない。

 しかし、こんなに不機嫌そうに恋バナを始める奴も珍しい気がする。

 いや、珍しいと言うほど俺も恋バナというものに慣れているわけではないのだが。


「別に突然でも何でもないよ。容姿も性格もアレン好みの女の子がわかりやすくオッケーのサインを出してるのに、いつまで待たせておくつもりさ?ティアちゃんと行くとこまで行ってしまえば、性欲と恋心を分ける必要もなくなるだろうに」

「そうなる前に、つけたいケジメがあるんだよ。大切だからこそ、性欲に負けてなし崩しで手を出すような真似はしたくない」

「そんな理由で他の女に手を出すんだから、ティアちゃんからしたら堪らないだろうねえ……」

「ぐっ……」


 クリスの皮肉のせいでティアの寂しげな声を思い出してしまった。

 エルザとのことを知って、悔しい、寂しい、とこぼした彼女はあのときどんな顔をしていたのか。

 きっと笑顔ではなかったはずだ。


(俺って奴は、ティアにあんなことを言わせたばっかりだってのに……)


 色々あったとはいえ、結局は懲りずに娼館通いを続ける自分に嫌気がさす。

 だが、俺がティアに対して誠実であったならビアンカやロミルダと再会することはなかっただろうから悩ましい。

 いっそわかりやすく天罰でも下れば、改心するきっかけになるかもしれないというのに。


「俺の事より……クリス、お前はどうなんだ?」


 返す言葉が見つからなかったので苦し紛れにボールを投げ返した。

 自分のことを棚に上げて情けないことを言えば、クリスも俺と似たようなもので人のことをあれこれ言える状況ではなかったはずだ。


「僕かい?今の段階でネルちゃんに手を出したら、刺される自信があるよ」

「お、おう……」


 にこやかに物騒なことを宣うクリスに、俺は何も言えなかった。


 そうだった。

 こいつの想い人は飛び蹴り女ことコーネリア・クライネルト。

 容姿は西洋人形のように可愛らしく鈴を転がすような綺麗な声をしている一方、実力行使を躊躇わず口を開けば罵声が飛び出す狂暴な少女だ。

 俺に対する態度は相変わらずだが、女に大人気のクリスにも靡かないとは恐れ入る。


「簀巻きにされて帝都に出荷されるところを助けるまでやったのに。鉄壁かよ……」

「地道に頑張ってるよ。このまえ西通りで買い物してるのを見かけたときなんか、一緒について行っても怒られなかったんだ」

「へえ、それはすごい」

「荷物が多くて大変そうだったから、代わりに持ってあげたんだ。頼ってもらえるんだから、少しずつ良い関係になってきてると思うよ」

「あー、それは……。いや、その調子で頑張れ」


 都合よく荷物持ちにされたと考えるか、荷物持ちをさせてもらえる程度の信頼関係を築くことができたと考えるか。

 あのネルを落とすならポジティブな心が必要だ。


 あの狂暴な女がデレたらどうなるのか見てみたいという気持ちもあるから、俺としては相棒の健闘を祈るばかりだった。


「……え?アレン、ちょっと待ってくれ」

「うん?」


 男同士の恋バナが一段落したところで、クリスがふと何かを思い出したように声を上げた。


「僕は軽い方の話から聞くって言ったよね?」

「そうだな」

「ということは、次の話は今の話より重いってことかい?冗談だろう?」

「加えて言えば、まだ軽い方の話も終わってないぞ」

「……ひとつだけ確認しておきたいんだけど。ティアちゃんとギスギスしてるって方向の話ではないんだよね?」

「ああ、違う。今回討伐した妖魔の親玉の話だ」


 俺とティアの仲が壊れるとパーティ崩壊まで一直線だからクリスも必死だ。

 先ほどはクリスを散々に心配させてしまったが、ここからの話にクリスの不安を煽る内容はない。

 クリスは頬を緩ませ、安堵の溜息を吐いた。


「なら、いいや。あ、追加のクッキーを貰えるかな?」

「その反応もどうなんだ?」

「アレンはここに居る。勝って無事に帰ってきたなら、過程は問題にならないさ」

「そういうもんかね……。まあいいか、フロル悪いが…………フロル?」

 

 クリスにクッキーを――――と頼む間もなかった。

 俺の横でのんびりと食事の余韻を楽しんでいたフロルが突然跳ね起きたかと思うと、クリスが空にした大皿を抱えて厨房に消えていった

 俺とクリスはポカンとして、フロルが消えていった厨房の入り口を見つめる。


「…………在庫切れかな?」

「フロルの準備の上を行くとは、お前やるなあ……」

「それほどでも」


 フロルが用意した大皿には、控えめに見積もっても30枚を超える数のクッキーが盛りつけられていた。

 俺は数枚しか食べていないので、大半がクリスの胃の中に消えたことになる。


「腹壊しても知らないからな。まあ、丁度いいから一旦休憩にするか」

「了解」


 俺はフロルがいるはずの厨房の方に向かって急ぐ必要はないと声をかけてから、話す内容を整理するために一度席を外すのだった。



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