第227話 月花の籠5




 頼りない灯りが照らす閉め切られた部屋の中。

 二人を抱いた後でアンが腕枕を所望したため、俺はベッドに仰向けになって腕を広げた。

 

 腕を広げるや否や飛び込んできたアンは自分の体を押し付けるようにじゃれつき始める。

 彼女が頭の置き場を見つけて少しだけ大人しくなると、それを見ていたロミが反対側から近寄ってきて、そっと俺の腕に頭を乗せると体を丸めて動かなくなった。


「えへへ、アレン様に大人の女にしてもらっちゃったー」

「………………」

 

 アンの方は感情表現が豊かなのでわかりやすいが、ロミの方はどうにも遠慮がちだ。

 両肩に少女を乗せて動かしにくくなっている腕でアンを撫でながら、俺と目を合わせようとしないロミに声をかけた。


「バルバラに言い付けたりはしないから、嫌なら無理にアンの真似をしなくてもいいんだぞ?」

「……ッ!」


 なるべく優しい声音で囁いたつもりだったが、当のロミはびくりと体を震わせると余計に体を小さくしてしまった。

 俺は内心困り果てて溜息を吐く。

 ロミはアンと比べて体がやや小さく、おまけに緊張で体がガチガチに硬くなっていたせいでアンほどスムーズにはいかなかった。

 丁寧に時間をかけて何とか無事に終わらせたものの、かなり痛そうにしていたのも気にかかる。


(トラウマにならないように、というのは最低限の目標だったんだが……)


 消極的なロミの性格を考えると、自分から望んだというのも仲良しのアンに誘われたから頷いただけで、本心からのことではなかったということもあり得る。

 今も泣き顔を見せたら失礼だと思って必死に顔を隠しているのかもしれない。

 

(せめて、アフターケアくらいはしっかりやらないと……)


 何より今夜のことがきっかけで男が苦手になったりしたら、『月花の籠』の娘として致命的だという事実が俺を焦らせた。

 ロミのことで頭をいっぱいにしていると、左側から手が伸びてきて俺の顔に触れる。


「アレンさまー」


 アンは甘えた声で俺の名を呼びながら身を乗り出し、俺の唇を奪ってにこやかに笑う。

 彼女はそれだけでは満足せず、さらに身を乗り出してロミの顔を覗き込むと思わぬことを言い放った。


「アレン様、ロミのことは気にしなくていいですよ。これは恥ずかしがって照れてるだけです。ついでにアレン様が気にして構ってくれればラッキーって思ってる顔です」

「え?」

「ち、ちがっ……、アン、なんてこと言うの!」


 ロミは勢いよく体を起こし、アンに食って掛かった。

 構ってくれればラッキーのくだりはともかく、その顔には涙も悲壮感もない。


 少女にトラウマを植え付けずに済んだことに安堵した俺は、心配させてくれたロミに仕返しとして少しだけ悪戯をすることにした。


「ロミ」

「きゃ!」

「え?あっ……」


 俺の腹の上に上体を乗せていたアンを横にどけて体を起こし、ロミの肩を掴んで優しくベッドに押し倒す。

 仰向けに寝かせた彼女の顔を上から見下ろすと、彼女は視線を右往左往させた後、観念したようにギュッと目を閉じた。

 俺は黙って彼女の額に唇を落とし、再び彼女を上から覗き込む。


「~~~~~ッ!」


 ロミが涙目でこちらを見上げた。

 薄暗い部屋でもわかるほど耳まで真っ赤に染まった彼女を見ていると、自然に頬がにやけてくる。


「アレンさま……」

 

 羞恥に震えるロミをニヤニヤしながら見下ろしていると、後ろから声がかけられた。


「もしかして、ロミの方が好みですか……?」


 先ほどまでの明るさはどこへやら、捨てられた子犬のようなアンが遠慮がちにすり寄ってくる。

 アンは大丈夫だと思って、ロミに構い過ぎたかもしれない。


「アンも可愛いよ」


 俺はアンを抱きかかえて膝の上に乗せた。

 背中に手を回して優しく抱きしめながら、キスを求める彼女に応える。


「えへへ……」


 わかりやすく機嫌を直すアンの頭を撫でていると、羞恥から復帰したロミが小さく欠伸したのが見えた。


「そろそろ寝る時間か。シャワーはどうする?」

「すみません。なんだか急に眠くなっちゃったので……」

「私も大丈夫です」

「そうか」

 

 汗やら何やらを洗い流した方が衛生的だが、初めてだと傷もあるだろうし――――と少しだけ悩んだ末、本人たちの意思を尊重することにした。

 俺自身は清潔にしているから、変な病気になることもないだろうし。


「なら、軽く浴びて来る。二人は寝てていいからな」

「はい、おやすみなさい」


 二人がベッドに横になって毛布を被ったことを確認し、ベッドの近くにある魔道具を操作して部屋の灯りの大半を消してからシャワー室の扉を開けた。

 『月花の籠』は高級娼館だからこの辺りの清掃も行き届いており、安心して使用できる。

 シャワー室に置かれた各種アイテムも俺の屋敷に近い水準で整っており、一方で屋敷にあるものと違っていろいろな香りがついているのが面白い。


「えーと……。あった、これか」


 泡立ちの良い石鹸のひとつに清涼感のある香りが付いたものがあり、俺はここでシャワーを浴びるときは好んでそれを使っていた。


(男が香水とか、どうなんだろうな?クリスなら違和感ないんだろうが……)


 自分のキャラクターを考えると、あんまりいい匂いをさせて歩くのも違う気がする。

 ネルに気づかれて馬鹿にされたら、きっと喧嘩になるという予想もある。

 気が向いたら、冒険者として活動するとき以外に使う香りの強くないものを探してもいいかもしれない。

 

 そんなことを考えながら体に付いた水滴を拭き取り、バスローブを羽織って部屋に戻った。

 シャワー室の灯りに慣れた俺の目ではほとんど真っ暗な部屋の中を見通すことができず、俺は二人の居場所を確認するために目を凝らす。


(二人一緒に寝て…………ない?)


 仲良し同士、寄り添って毛布を被っている姿を想像していたが、アンとロミは大人が何人か並んで寝られそうな広いベッドの左右に分かれて眠っていた。

 俺がシャワーを浴びている間に喧嘩でもしたのかと思って眉をひそめたが、ほどなく俺の寝る場所を開けてくれたのだと気づき、遠慮なくベッドの中央に空けられた広いスペースに体を滑り込ませた。

 

(今日は本当に長かったなあ……)


 ティアと共に遠征から戻ったのが今日の昼のこと。

 屋敷に戻り、クリスの宿を経由してギルドを訪ね、フィーネに詰られ、ラウラにお仕置きし、クリスとともに『月花の籠』に来て――――そこから先も色々あった。

 

「すう…………すう…………」

 

 アンとロミ、どちらのものともわからない穏やかな寝息が聞こえてくる。

 気を張っていたから疲れたのだろう。


 普段の就寝時間には少し早かったが、寝ようと思えば普通に寝られる時間。

 しかし、今日はまだ眠れそうにない。

 どうしたものかと思っていたとき、ベッドの左側からゴソリと物音がした。

 

(うん……?)


 アンとロミ、そのどちらかであるはずの毛布の膨らみが少しずつこちらに近づいてくる。

 それは俺の近くまでにじり寄ると俺の腕にしがみ付き、毛布から顔を出した。


「えへへ、アレン様」

「アンか。どうした、寂しくなったか?」


 ロミを起こさないように小声でアンに尋ねると、アンも俺に倣って小声で返事をした。


「それもあります。でも、それだけじゃないです」

「うん?」


 要領を得ない返事に戸惑っていると、アンはクスリと笑って言葉を続けた。


「アレン様は、まだ、満足してないですよね……?」

「…………」

 

 正直に言えば、二人を気遣う方に神経を使いすぎて十分に楽しむことができなかった。

 だが、そんなことをアンやロミに悟られるわけにはいかないし、悟られるようなヘマをしたつもりもない。

 そんなことないと即答すべきだったのに言葉が出てこなかったのは、それに気づいたアンへの驚きもあったからだ。


 言葉に詰まった俺の内心を見透かすように、アンは言う。


「私たち、ここの娼館で働いてるんですよ?ここに来た男の人たちが、どういう風になるのか、見たことだってありますし、知識もあります。アレン様も普段はあんな風に…………すごいんだろうなって思ったんです」

「ああ、そういうことか」

 

 娼館で働いていればそういう現場を目撃することだってあるだろうし、娼館で女を抱きに来る男なら貪欲に女を求めるだろう。

 初めてだというところばかりに気を取られて、彼女らが娼婦見習いだということをすっかり失念していた。


「言っておくが、丁寧にしたのはアンたちに魅力がないからじゃない。初めてだから、その方がいいと思ったからだ」

「もちろん、わかってます。アレン様に優しくしてもらって、本当に嬉しかったです。でも私は、アレン様にも満足してもらいたかったです」

「初めてだったんだから、そんなこと気にしなくていいんだ。痛みだってあるだろ?」

「痛いって聞いてましたけど、あんまり痛くなかったです。だから、えーと……」


 アンは身を乗り出して柔らかな膨らみを押し付けながら、俺の耳元で囁いた。


「アンは……、アレン様に、激しくされたいです……」


 ごくりと生唾を飲み込んだ。

 いつもは食指が動かないはずの年下の少女が投げた低めの速球が、高く伸び上がってストライクゾーンに迫る。

  

「痛みは本当に大丈夫なんだな?」

「…………はい」


 俺はゆっくりと体を起こしてアンを抱きかかえると、先ほどアンが寝ていたベッドの端の方に移動して彼女を仰向けに横たえた。

 そこまで言われて遠慮しようとは思わない。

 我慢すべき場面なのだろうが、アンはロミと比べてすんなりと受け入れることができていたから、きっと、おそらく、大丈夫だろう。


 アンが逃げられないように片手で彼女の腕を掴み、彼女を見下ろす。

 そして、先ほどのお返しとばかりに彼女の耳元で唇を寄せた。


「男を挑発したらどうなるか、教えてやる」


 震えるアンの瞳が、細い月の光を反射して小さく揺れた。



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