第221話 ラウラの秘密
落ち着いた暖色の灯りが照らす密室。
ラウラの手が添えられた俺の右手は、彼女の胸に優しく触れていた。
小さくはない俺の手にも収まり切らないほど豊かな膨らみが、今も確かな弾力で俺の指と手のひらを押し返している。
そんな状況にもかかわらず、先ほどまで微かに存在していた色っぽい雰囲気はすでに霧散している。
ラウラの顔に浮かぶのは困惑だけで、俺もきっと似たような顔をしていることだろう。
「アレンちゃん、一応聞くけど私の体に興味がなくなったわけじゃないんだよねー?」
返事をする代わりに右手を動かすと、俺の指がラウラの胸にむにむにと沈み込む。
その感触から察するに、どうやらラウラは下着を付けていないらしい。
厚手の服を着込み、当然下着も付けているはずのティアに触れたときと異なる柔らかな感触がしっかりと手のひらに伝わってきた。
「……そうよねー。でも、それならどうして断るの?」
「どうもこうもない。身の安全を犠牲にしてまで性欲を優先するわけないだろう」
「え、うーん……そう……?」
「そこでそんな反応されても困るんだが……」
こいつは俺を何だと思っているんだろうか。
聞けばろくでもない答えが返ってくるとわかりきっているので、浮かんだ疑問は胸の中にしまい込んだ。
「まあ、それは一旦置いておくとして……。アレンちゃんにとって、この話ってそこまで重要じゃないよねー?」
「いや、そうでもない。自分が利用してる娼館が客の情報を流してるなら、その範囲は知っておくべきだ。娼館で遊んでる間に空き巣に入られたり、寝てるところを襲われたりしたらたまらないからな」
「アレンちゃん、疑い深過ぎるよー……。あの子たちはそんなことしないよ?」
「それはお前の話を聞いてみないと判断しようがない」
「うーん……」
ラウラは悩んでいるようだ。
しかし、ここまで聞いてしまったら最後まで聞かないと俺が困ったことになる。
「ラウラ、俺はお前から得た情報であの店をどうにかしてやろうってつもりはない」
「それなら聞かなくてもいいんじゃない?」
「いや、逆だ。俺の立場になって考えてみてくれ」
「うーん、どういうことー?」
ラウラはいまいちピンとこない様子なので、俺は話を進める。
「俺が持ってる情報は、あの店の誰かが俺の情報をラウラに流したってことだけ。何の情報を流したのか、何のために情報を流したのか、誰に情報を流したのか、俺は何も知らないんだ。このままじゃ、あの店は何らかの理由で俺と敵対する可能性すら、視野に入れて動かなきゃならない」
「ちょっと、アレンちゃん!?」
「いいから、最後まで聞いてくれ」
驚愕するラウラを言葉と視線で制止する。
俺自身のため、そしてあの店のためにも、俺は慎重に言葉を選んだ。
「話が飛躍してると思うのは、お前が全部を知ってるからだ。きっと、お前から事情を聞けば、あの店を警戒する必要はないという結論に落ち着くんだろうとは思う。俺はラウラを信用してる。半年前だったら、何も聞かずにお前の言葉を鵜呑みにしたかもしれないくらいだ」
「だったら……」
「半年前なら、だ。今の俺にはパーティのリーダーとして仲間の安全を確保する責任がある。たとえ俺の命を預けても、仲間の命まで預ける気はない」
「…………」
ラウラは目を閉じ、何事かを考えているようだ。
俺はもう一押し、ラウラを説得するために言葉を紡ぐ。
「俺はラウラの言葉を信用する。お前の言葉の裏を取るために、あの店に暴力的な手段を行使しないと約束する。だから、ラウラも俺を信用してくれ。あの店の行動や目的が俺の許容範囲にあると思うなら、俺に事情を話してくれ。無用な争いを避けるために、お前の情報が必要なんだ」
「…………。アレンちゃん、私の目を見て」
ラウラは目を開けて、じっと俺の瞳を覗き込んだ。
吸い込まれそうな水色の瞳は怪しげな雰囲気を纏い、全てを見透かされるような錯覚さえ覚える。
それでも、俺はラウラの目を見つめ続けた。
ここで信用を得られなければ、ラウラはあの店のために俺と敵対するかもしれない。
些細なすれ違いで、ラウラと袂を分かちたくはなかった。
しばらく見つめ合った後、ラウラは再び目を閉じて深く溜息を吐いた。
「わかったー。話すから、ちゃんと納得してよねー……」
「努力する」
「もう……。無邪気な子どもだったのに、すっかり冒険者らしくなっちゃって……。お姉さん、悲しいなー」
「お褒めにあずかり光栄だ」
ラウラの聞き慣れたフレーズが戻ってきた。
これなら、もう大丈夫だろう。
そう思って俺が安堵していると、ラウラは珍しくジトっとした視線をこちらに向けた。
「ところでー」
「うん?」
何事かと思って彼女を見つめ返すと、ラウラは溜息まじりに言い放った。
「いつまで触ってるつもりなのー?」
俺の右手に添えられていたラウラの手は、気づけば俺の手を離れていた。
その手がゆっくりとこちらに近づいて、俺の額をペシッと叩いた。
その後、お茶――今度はちゃんと飲めるやつ――を淹れなおしてくれたラウラは、俺の隣に腰を下ろし、俺の腕を抱き締めながらじっと寄り添っていた。
ラウラはうっとりとして頬を染めているが、この行動に色っぽい意図は全くない。
仲直りの印に俺の魔力を吸わせているだけだ。
「はふー……」
ラウラは俺が止めないのを良いことに、いつもより多めに魔力を吸っている。
先ほどのやり取りは彼女のプライドを少なからず刺激したようで、当てつけに大量の魔力を吸収しようというのだろう。
しかし――――
(それでもフロルの半分もないな。4分の1……もないかもしれない)
俺が保有する膨大な魔力量の前では、ラウラの吸収量などたかが知れている。
自分の魔力量の変動はおおよその割合でしか把握できないが、ラウラがここまで食べた魔力はせいぜい総量の15%程度であり、<リジェネレーション>を習得した今では2時間かそこら安静にしていれば全回復する程度の量でしかない。
もしソファーで昼寝でもしようものなら、全回復まで1時間もかからないだろう。
「むー……」
「おい……。好きなだけ吸っていいが、無理するなよ?」
「無理なんて、してないよー……」
口ではそう言いつつも、ペースは確実に落ちている。
満腹が近い証拠だ。
この様子なら、フロルの食事の時間には間違いなく全回復していることだろう。
そして俺の予想どおり、それから1分と経たないうちにラウラの吸収が止まった。
「うー、負けたー……」
「よくわからんが勝ってしまったか」
「悔しい……」
「あ、おい」
俺の膝の上にべしゃっと潰れたラウラは、そのまま俺の膝に頭を乗せて仰向けになり、こちらを見上げている。
「ふふ、ちょっと休憩。ひざまくらー」
「普通逆じゃないか……?男の膝なんて硬いだけだろうに」
「えー、悪くないよー?」
「そうか、そりゃ良かったな」
「うん、良かったー……」
ラウラはそう呟くと、ゆっくりと目を閉じた。
その安心しきった顔を見ていると、そのまま寝かせてやりたいとも思うのだが――――
「頼むから、寝るなら話が終わってからにしてくれ」
「ああ、そうだったねー」
「忘れんな。寝るなら膝枕は終わりだ」
「話すから、もうちょっとこのままでお願いー」
ラウラを蹴飛ばすのをやめる代わり、視線で催促する。
ここまで来て話を渋るつもりはないようで、ラウラは言葉を選びながらも俺が求める情報を話してくれるようだ。
「散々渋ったけど、私があの店から受け取った情報なんて、実際のところ大したものはないんだよねー」
「だったらなんで出し渋った……」
ここまでのやり取りは一体何だったのか。
出だし早々に脱力することを宣うラウラに気の抜けたツッコミを入れたのだが、流石のラウラも単なる気まぐれでこんな話をしていたわけではないらしい。
間延びした口調でも、内容は真面目なものだ。
「内容はどうでもいいの。あの店から情報が漏れたっていう情報が、あの店を危険にさらしちゃうんだよー」
「ああ、それはそのとおりだな」
実際、俺自身があの店にとっての危険になりかけている。
ラウラの言うことは良く理解できるので、そうならないようにしっかりと誤解を解かなければならない。
そのためにも、これからラウラが話す内容は非常に重要だった。
「さて、じゃあまずは“誰から”、“何の情報を”の部分からいこうか」
「うーん……。誰から、の部分ってどうしても必要?」
「何を話すか、何を伏せるかはお前が決めていい。ただ、伏せられた情報が多ければ多いほど、俺はあの店を信用しにくくなる。俺があの店を警戒せずに済むかどうかは、お前次第だ」
「もう、アレンちゃんてば……」
ラウラは少しだけ拗ねたような仕草をして視線を逸らし、そのままボソボソと話を続けた。
「……あの店の名前、覚えてるー?」
「えーと……なんだっけ?」
「……『月花の籠』」
「ああ、そういえばそんな名前だったな」
辺境都市には結構な数の娼館があり、その大半は南西区域の歓楽街に存在している。
南通りと垂直に交わる歓楽街のメインストリートに面する娼館の数だけで10はあったはずだし、裏通りの小規模な店やアングラな店まで含めたらどれくらいの数になるのか、俺には見当もつかない。
ただ、そうは言っても俺が利用する店は一軒だけだ。
俺とクリスの間でも娼館と言ったらあの店だという共通認識の下で会話が成り立っているから、名前を覚える必要がないのでついつい忘れてしまう。
「私に情報を持ってきてくれているのは、『月花の籠』で働く子たちの世話役でバルバラって子。今だとあの辺りの娼館の顔役にもなってるのかなー」
「なるほど……?」
思ったよりも大物――――なのだろうか。
娼館の顔役というものの影響力が、いまいちピンとこない。
「アレンちゃん、想像してみてー」
「うん?」
「アレンちゃんが指名した子から、誰かの名前を挙げて悪い噂を聞かされたらどう思う?例えば、あそこに勤めてるあの人が最近歓楽街の女の子に酷いことしてるなんて話を聞いたら、アレンちゃんはどうする?」
「うーん……。鵜呑みにはしないだろうが、警戒はするかな。距離を置いて様子を見るくらいはするかもしれない」
「そうだよねー。なら、娼館を利用する人たち全員から距離を置かれたら、その誰かはどういう状況になると思う?」
「あー……」
悪い噂がある相手に先入観なしで接するのは、意識してもなかなか難しい。
しかも、その噂の仕入れ先が懇ろにしている女であればなおさらだろう。
そいつの生業が人との繋がりなしでは成り立たないようなものならそれだけで致命傷になり得るし、そうでなくても相当厳しい状況に追い込むことができる。
(娼館の顔役、意外とヤバい相手……なのか?)
俺は自身と仲間の安全を確保したいだけで、藪をつついて蛇を出すような真似は極力避けたいのだが。
何ともままならないものだ。
しかし、俺が娼館の顔役という存在に思いを馳せていたところで、ラウラはさらに衝撃的な事実を口にした。
「“何の情報”をというのは一言では難しいんだけど、今回はアレンちゃんの情報全般かなー。女の子の趣味とか、好きなお酒とか、どういう話をしたとか、わかること全部」
「はあっ!?全部っておま……!」
驚きをそのまま声に出しながら、頭は過去の記憶を遡る。
余計なことを言わなかったか、広まったらまずい情報を口にしてしまわなかったか。
普段から秘密保持には気を付けているはずだが、娼館という場所はどうしても口が滑らかになりやすい。
美味い酒を飲み、綺麗な女を抱き、甘い言葉で煽てられたらどうしたってガードは緩くなる。
単純と言われようが、男とはそういう生き物だ。
「つまり、あれか。良い思いして口が軽くなった男から聞き出した話で情報屋の真似事か。やってくれるじゃねーか……」
個人情報保護の概念が希薄だということは理解していたが、高級娼館なら客が安心して店に通うことができるよう最低限の秘密くらいは守るだろうと思っていた。
それが何から何まで筒抜けでは期待を裏切られたように感じてしまい、少しずつ怒りが湧いてくる。
無意識に声が冷たくなり、慌てたラウラが擁護に走った。
「あ、アレンちゃん、お客の情報収集はどこのお店でもやってることだよー?」
「情報収集はそうだろうな。でも、それを利用するだけならともかく、他所に売ってるとなれば話は別だ。ラウラ、悪いが――――」
「アレンちゃん、待って!最後まで聞いて!」
俺が直ちに報復に動くとでも思ったのだろうか。
ラウラが俺の手を掴み、しっかりと握り締めて捲し立てた。
「アレンちゃんの情報は『月花の籠』から買ったわけじゃないの。私が『月花の籠』に要求したの」
「……何が違う?」
「『月花の籠』は集めた情報を誰にでも売ってるわけじゃなくて、それは私に対する……言ってみれば対価みたいなものなの」
「対価?」
「うん。それを説明するためには、まず私の話をしなきゃいけないかなー……」
「おう……」
突然、ラウラの昔話が始まった。
今までほとんど知る機会のなかったラウラの過去が、気にならないと言えばウソになる。
彼女は居住まいを正し――――もせず、俺の膝に頭を乗せたまま目を閉じて昔を思い出すようにポツポツと語った。
「元々、私はずっと遠くからこの都市に流れてきたんだけどね、それでも結構長くこの都市で暮らしてるの。それこそ、ドミニクが冒険者登録したときには、もうここでこの仕事してたくらいにねー」
「ドミニク……誰だっけ?」
「アレンちゃん、ギルドマスターの名前くらい覚えておいた方がいいよー?」
「ああ、そういえばあいつそんな名前だったっけ……」
あの厳ついオッサンにも若い頃があったのだと思うと、その話を聞いてみたくなる。
しかし、本題から逸れてしまうので今は一旦我慢しよう。
今はラウラの過去の方が興味深い。
「以前は私より強い精霊なんてこの辺りにはいなかったから、ここで暮らしながら人間同士の争いごとの仲裁をやったりもしてたんだけど、そんなことをしてるうちに私の庇護を求める人も出てきたのよー」
「庇護って……。それは人間の領主やら貴族やらがやるものなんじゃないか?」
「普通はね。でも、そういう人たちに後ろ盾を頼むのは大変だからねー」
「ああ……、まあ、たしかに」
貴族の庇護を受けようとするなら、そのために支払う金銭は膨大なものになるだろう。
大金を稼ぐことができる商人なら支払いを上回るメリットを享受できるかもしれないが、多くの人々にとっては難しい話だ。
「なるほど……。ラウラに庇護を求めてきた人ってのが、娼婦たちのことか」
「そういうこと。最初はあの子たちもこの都市にいた貴族の庇護を求めたんだけど、その貴族がなかなか悪いやつでね。みんな耐えきれなくなって、当時の『月花の籠』の顔役が私を頼ってきたんだよね。そのときの先代にお世話になったこともあったから、私がひと肌脱いだってわけー」
娼婦たちが貴族の庇護を受けるときに要求されるものと言ったら、俺にはひとつしか思い当たらない。
おそらく俺の適当な推測も、事実とそう遠くないところにあるのだろう。
しかし、ラウラの話が本当ならひとつの疑問が浮かぶ。
「でもそれって、ラウラと貴族がやり合うことにならないか?」
貴族というのは面子を大事にすると聞く。
自分が庇護――貴族はそのつもりだろう――を与えた平民が他の相手を頼るのは面白くないはずだ。
下手すれば、権力と暴力で再起不能になるまで叩かれるということもあり得る。
そんな俺の心配をよそに、ラウラの答えはあっさりしたものだった。
「うん、やり合ったよー」
「マジか……。ラウラがこうして生きてるってことは、その貴族は滅びたのか」
「貴族の私兵と戦ってる最中に領主家の仲裁が入ってね。その貴族が当時の領主と不仲だったおかげで、後始末はほとんど領主が全部やってくれたかなー」
「そりゃまた……」
運がいい、と口に出そうとして思いとどまった。
領主を引きずり出すところまで準備してから事に及ぶ。
ラウラなら、それくらいできてもおかしくないと思ったのだ。
「私の話が長くなっちゃったね。まあ、そんな感じで、私はあの子たちの後ろ盾に収まって、ほかの貴族とはつかず離れずの距離を保つことにしたの。その立ち位置から冒険者ギルドに声をかけられてこの仕事を始めて、以来その関係が続いているってわけだねー。そして、私が庇護の代わりにあの子たちに要求した対価が――――」
「情報か……」
ようやく話が繋がった。
ラウラは俺の答えを肯定するように頷いた。
「情報って大事だからね。以前は自分でも情報収集に動いてたけど、最近は動きづらくなったし、今はあの子たちに頼りきりだよー」
「動きづらくなった?」
「私と同じくらいの強さの精霊が領主家に付いてるし、何よりこの地域の魔力がかなり薄くなってるからー」
「魔力か。精霊の泉……だったか?それが無くなったせいなんだっけ?」
どこで聞いた話だったか。
精霊や妖精の生存に欠かせない、魔力が湧き出す場所である精霊の泉。
南の火山にあったそれがダメになってしまい、この地域で精霊や妖精が暮らしにくくなっているという話だったはずだ。
「そうだねー。そのせいで、行動範囲を絞って節約しないと精霊として弱体化しちゃうんだよね。ちょっとした魔法も使いにくくなっちゃったし、もう散々だよー」
「なるほどなあ……」
気の抜けた口調と柔らかい笑顔のせいで切迫感は全くない。
ただ、ラウラが割とシビアな状況に置かれていることは理解できた。
ラウラをギルドの外で見かけないことを何となく不思議に思っていたが、そんな理由があったとは驚きだ。
「さて、こんなところかな。疑問は解けたー?」
おおよその事情を把握したところを見計らって、ラウラが明るい声で尋ねた。
俺は彼女から得た情報を整理しつつ、必要な話が全てそろっていることを確認する。
「……確認だが、『月花の籠』はお前に報告するために情報収集をしてたんであって、集めた客の情報を好き勝手売ってるわけじゃないんだな?」
「やり過ぎて露見すると客から恨みを買うことはあの子たちもわかってるから、心配しないでいいよ。でも、自分たちの身を守るために必要最低限のことは、許してあげてくれないかなー?」
「必要最低限、ね……」
俺は真っすぐにラウラを見下ろし、ラウラは祈るように俺を見上げている。
(どうとでも解釈できるあやふやな言葉は好きじゃない、が……)
ラウラのお願いを拒否することで、娼婦たちは過酷な現実に直面することになる。
そうなれば『月花の籠』だけでなく歓楽街全体、あるいはラウラまで敵に回すことになるかもしれない。
必要最低限の情報利用によって、こちらの不利益がないことが確約されているわけではないが、この辺りが落としどころだろうか。
「……わかった。その必要最低限とやらが俺の仲間を危険に晒さない限り、目を瞑る」
「はあ、よかったー……。ありがとね、アレンちゃん」
ラウラは本心から安堵したようで、両手を胸に当てて大きく息を吐いた。
しかし、安心しきっているラウラには悪いが、俺の質問はまだひとつだけ残っている。
「最後にひとつだけいいか?」
「うーん?」
「お前は、なんで俺の情報を『月花の籠』に要求した?」
「あー……」
『月花の籠』が俺の情報をラウラに提供する理由は聞いたが、ラウラが俺の情報を『月花の籠』に要求した理由を聞いていない。
そして、ラウラが俺の情報を必要とする理由にも思い当たらない。
ラウラの視線はあちらこちらを彷徨い、俺の目を見ようとしない。
俺がラウラの口から答えを聞くまで視線を逸らさないつもりでジッと待ち続けていると、観念したラウラはにへらと笑ってその理由を告げた。
「アレンちゃんをからかうネタを探すため…………てへっ☆」
「………………」
俺は無言のまま右手の親指と中指で輪を作り、ラウラの額の前に持っていった。
中指を伸ばそうとする力を親指で押しとどめる、つまりデコピンの予備動作だ。
殊勝なことにラウラは抵抗せず、目を瞑って俺のお仕置きを待っている。
ただ、その口元が緩んでいるのを俺は見逃さなかった。
デコピン一発で許されるなら安いもの――――そんな思惑が透けて見える。
それならそれで構わない。
C級冒険者アレンのデコピンの威力。
しっかりと堪能してもらうとしよう。
「うぇっ!?ちょっ――――」
<強化魔法>の発動に気づいたラウラが、奇声を上げて目を見開いた直後。
俺の中指が大きな音を立て、彼女の額を打ち抜いた。
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