第180話 黒鬼と東の村5




 装備の点検と手入れを済ませた後、他にやることも思いつかなかったため、日が沈むまでの時間は外で訓練に勤しんだ。

 今日一日で黒鬼が討伐されたことは村中に広まったようで、ゴーストタウンは活気のない村へと微妙な変化を遂げている。


 ただ、たまに外に出てきた村人は俺に対しては遠巻きに見つめるだけで、話しかけてくる者はいない。

 それはエルザに片想いしている少年も同様だった。

 家の影からこちらを見つめる視線が敵意10割から諦めと嫉妬が半々くらいに変化していたのは、自身と俺の間にある差を思い知ったからか。

 エルザを奪うつもりはないと説明して誤解を解いても良かったが、エルザ本人は少年のことをそういう相手として認識していないようだったし、別の意味で彼女を奪っていることは間違いなかったから、敢えて俺から話しかけることはしなかった。


「ふう……」


 昨夜より少しだけ豪華な夕食を味わった後。

 入浴を済ませた俺は、ラフな服装のまま夜風を浴びるために外に出た。

 装備の点検や消耗品の確認が終わると部屋に居てもすることがないし、時間にはまだ少し早い。

 エルザは入浴中だから、中にいるとエドウィンと二人きりになってしまうという理由もあった。


 辺境都市と異なり街灯のひとつもない村は、日が落ちると本当に真っ暗だ。

 光源は背にしたギルドの入り口や窓からこぼれる光と、カーテンの閉められた民家から漏れる細々とした光だけ。

 灯りの乏しい村に光を恵んでくれるはずの月すら、今は雲に隠れてしまっている。

 

 だから、ギルドの近くにある民家から人が出てきたことは、扉から漏れ出る光によってすぐに気がついた。


「こんばんは。少し、話をしないか?」

「……ああ、構わない」


 現れた人影は、寝間着にストールを羽織ったドロテアだった。

 2年前、最後に見たのはお腹が大きく膨らんだ姿だったのに、今ではすっかり身籠る以前の体型を取り戻していることに驚きを隠せない。

 子供を産んでからすでに2年ほど経っているし、冒険者稼業も再開しているようだから、当然といえば当然なのだろうが。


「まずは、お礼を言わせてほしい。あの妖魔を倒してくれて、本当にありがとう」


 ゆっくりと頭を下げたドロテア。

 優しい声が、過去を懐かしむように紡がれた。


 だからこそ、素っ気ない言葉がやたら無情に聞こえる。


「礼は必要はない。俺は対価を受け取って依頼を遂行した。ただそれだけだ」

「そう言うな。同行者が夫とエルザだけと聞いて不安もあったけれど……アレンの戦いぶりを絶賛していたよ。本当に……見違えるようだった、と」

「…………」


 懐かしさを感じていたのはドロテアだけではない。

 思わず俺自身が口にした拒絶のことも忘れ、昔話に興じてしまいそうになる。


 だが――――


「誰と比べているのか知らないが、人違いだ」

「…………」


 下らない意地を張っていると笑われるかもしれない。

 それでもドロテアに応えることはできなかった。


 どういう理由があったのだとしても。

 原因の一部が俺自身にあったのだとしても。

 2年前までこの村で暮らしていた少年はエドウィンによって追放され、未だこの村に存在することを許されていないままだ。


 だから俺は彼女に返す言葉を持たない。

 今の俺は辺境都市で依頼を受け、この村を訪れた異邦人に過ぎないのだから。

 

「またそれか……。どうして、みんな本当のことを言ってくれない……」


 不満の言葉とともに、半ば諦めたような憮然とした感情が彼女から伝わってきた。


「エドウィンさんもエルザも、オーバンもアデーレも。みんなアレンのことになると口をつぐんでしまう。森の中ではぐれてしまったと……あの日、私が聞かされたのはたったそれだけなんだぞ?しかも、こうして別れた仲間と再会できたと言うのに、喜びを分かち合おうともしない。アレンはアレンで、そうやって他人行儀に振舞う……。一体、私が何をしたと言うんだ!不満があるなら直接言ってくれてもいいだろう!?」


 俺にまつわる話について、漠然とした疑念や不満が溜まっていたのだろう。

 話すうちにヒートアップして、最後の方は半ば怒るようだった。

 彼女自身も興奮していることを自覚したようで、それを抑えるように胸に手を当てて大きく息を吐いた。

 

「一体、お前に何があったんだ……?純粋な……私を慕ってくれたお前は、どこに行ってしまったんだ……」

 

 沈黙が落ちる。

 柔らかな風に撫でられた草木の騒めきだけが、俺たちの間に流れていた。

 

 夜の帳が彼女の表情を覆い隠しても、悲痛な想いは伝わってくる。

 それだけで、彼女があの頃のまま変わらないのだと理解した。


 ドロテアたちと一緒に狩りをしていた頃も、俺が危ない目に合うとこんな風に心配していたことを思い出す。

 彼女はまるで歳の離れた姉がそうするように、俺に対して接してくれたのだった。


(ドロテアは、本当に何も知らないんだな……)


 真実を知ったら、きっと悲しむに違いない。

 エドウィンやオーバンに対して、冷たい言葉をぶつけるかもしれない。

 そして、そういった行動が彼女や村にとって良い結果にならないことは明らかだ。

 だからダニエルは、妻である彼女にも事実を伏せているのだろう。


「……俺には、あんたが何のことを言っているのかわからない。村で過去に起きたことを知りたいなら、村の奴に聞くことをお勧めする」

「…………。そうか……。そうだな……」


 ドロテアは落胆し、深い溜息を吐いた。

 

 しかし、今度の沈黙は長く続かなかった。

 次に彼女が発した声は先ほどの沈痛な声音が嘘たったかのように、明るく好奇心にあふれたものだった。


「ところで、エルザとは仲良くやっているようだね?」

「……ずいぶんと話が飛んだな?」

「お前が私の質問に答えてくれないからだ。それで、どうなんだ?」


 世話焼きで噂好き。

 それもドロテアの一面だ。

 かつてエルザが難儀な性格になった原因の何割かは、彼女の影響に違いないと思うくらいには。


「どうもこうもない。エルザと俺は、依頼者と冒険者。ただ、それだけの関係だ」

「何を言う。ただ依頼者と冒険者なら、体の関係を持ったりはしないだろう?」

「…………」


 突然の追及に、思わず頬が引きつる。

 俺がドロテアの表情を観察できないのと同様に、俺の表情もドロテアに見られてはいないはずだが、動揺が声に出ないよう細心の注意を払った。


「何のことだかわからないな」

「なんで気づいたのかって?見てのとおり、この村は平屋ばかりで2階のある建物はギルドくらいだろう?若い女の部屋なのに不用心だと注意してるんだけど、エルザの部屋は2階にあるから、普段は油断してカーテンを閉めないんだよ。それどころか、窓すら開けっぱなしなときがあるくらいだ」


 ドロテアは俺の否定を気にも留めず、面白がるように話を続けた。


「それが昨日の夜、たまたま見てみたら、窓もカーテンもしっかり閉められてた。アレンが来たその日からね。そうなれば、部屋で何をしてるかなんてわかり切ったことじゃないか」

「こじ付けだ。一階に余所者の男が寝てるんだから、用心したっておかしくないだろ……」

「早速ボロを出したね!引っ掛けたようで悪いけど、昨日エルザの部屋のカーテンを閉めるアレンの姿を見たんだ。その言い訳はほとんど自白と変わらないよ」

「………………」


 我ながら追い込まれるのが早すぎる。

 推理物の30分アニメの犯人だって、もう少し粘るだろうに。


「それで、その様子だとエルザがアレンを村に連れ戻したというわけじゃなさそうだよね。ということは、アレンがエルザを連れて行くの?」

「ただの依頼者と冒険者の関係だと言っただろ……。俺は明後日の馬車で都市に戻る。エルザを連れて行く予定はない」

「……手を出した女に責任を持たないのは、感心しないね」


 ドロテアの纏う空気が少しだけ厳しいものになり、俺は内心で舌打ちする。

 俺自身、エルザを買ったことに対する負い目があったから、そうとバレるような振る舞いは慎んできたつもりだったが、厄介な相手に露見してしまった。


 なんと言い訳しようかと思案する。

 ただ、俺の予想とは裏腹に、ドロテアの追及はあっさりと打ち切られた。


「まあ、いいけどさ……。エルザももう大人だし。嫌がるエルザを無理やり手籠めにしたわけじゃないなら、私があれこれ口出しすることじゃないんだろう」


 そう言うと、ドロテアの空気が再び優しいものになった。


「アレンだって、口ではつれないことを言うけれど、村を助けてくれたしね」

「俺は依頼を受けただけだ」

「その依頼だって、本来の依頼料はずっと高いはずだろう?」


 何気ないドロテアの言葉。


 しかし、その言葉を聞いた瞬間、俺の心はざわついた。


「……知ってたのか?」

「私はこの村の出身じゃないから。夫に出会う前は都市で活動したこともあったし、こういう依頼の相場はある程度把握してる。もちろん相場は水物だということは理解してるけど、それでも相当不足するんじゃないかと思ってた」

「…………そうか」


 そうだったのか。

 俺はてっきり、相場を知らない村の者たちが、ありったけの資金を集めてエルザを送り出したのだと思っていた。


「だから、正直なところエルザが冒険者を捕まえられるとは思ってなかったんだ。それ以外に手立てが見つからなかったから仕方なしに送り出したけど……アレンが村に来た日に私たちが賭けにでたのは、そういうこと。結果的にアレンに助けられることになっちゃったけどね」

「………………」

「ああ!でも、あの金額が村に出せる限界だというのは本当だよ!受けてくれたアレンには悪いと思ってるけど、本当にあれ以上は出せなかったんだ。誓って、本当のことだ」


 わかっている。

 ドロテアが俺にこの話をしたのは、単純に俺への感謝を伝えたかったからなのだろう。

 

 けれど――――


(足りないことを知っていて、仕方なく……?)


 俺の心に沸々と怒りが湧きあがる。

 もちろん、それは依頼料を値切られたことに対してではない。


(ああ、そうか……)


 先ほどから、懐かしさを感じていたドロテアとの会話。

 俺がそれを懐かしく思うのは当然のことだったのだ。


(ドロテアは、本当にんだな……)


 俺が村を追い出された経緯や、それによって俺が苦労を重ねたことだけではない。

 相場の半額しか持たないエルザが、依頼を受けてくれる冒険者を探すために何をしたのかということも。


 知っていたら、こんなに穏やかに俺と話せるはずがない。

 気づいていたら、エルザと俺の関係を勘ぐるなんてできるはずがない。


 ドロテアは何もかも知らないから、こうして俺に笑いかけることができるのだ。


「アレン?どうした……?」


 黙り込んだ俺を訝るように、ドロテアから声がかかる。


「ああ、すまない……」


 ドロッとした感情が胸の中に溜まっていく。

 先ほどまでは、あるいは救いだったかもしれないドロテアの無知が、今では決して許されない罪のように感じられる。


 俺のことはまだよかった。

 ドロテアがそれを知らないだろうことはエルザから聞いていたから、やっぱりそうかとしか思わなかった。

 所詮俺は余所者で、この依頼が終わったらもう会うこともないだろう。

 その程度の関係なら別にいい。


 だが――――


(エルザは、違う……!)


 幼い頃から村に尽くしてきたエルザは誰が何と言おうと村の一員だ。

 そんなエルザの苦労も痛みも知らずに微笑むドロテアが、俺には罪人のように見えた。


 無知は罪だと言った偉人は誰だったか。

 今なら、その言葉に心から共感できる。

 

「何度も言ったとおり、俺は依頼を受けただけだ」

「素直じゃないな……」


 呆れたようにドロテアは呟いた。

 

 そんな彼女に俺は今日初めて笑いかけ――――そして、現実を突きつけた。


「本当のことだぞ?報酬は……からな。金額は不足してないし、詫びてもらう必要なんてどこにもない」

「うん?エルザが……?」


 基本的に依頼料が支払われるのは依頼完了後。

 何か特別な事情でもなければ、それが冒険者の常識だ。


 ドロテアならここまでの会話だけで、エルザが支払った対価の正体に行き着くだろう。

 俺は何かを考える様子のドロテアを眺めていた。

 

 結果は俺の予想どおりだった。

 

「アレン……冗談はやめろ……」

 

 無理やり笑おうとして失敗したような掠れた声は、彼女が正解にたどり着いたことを知るには十分だった。


 自分が何を知らなかったのか。

 村の者たちの無策がエルザに何を強いたのか。


 それらを今更知ったところで取り返しがつかないということまで、ドロテアは全てを理解したはずだ。


「嘘だ……。だって、どうして…………」

「どうしてと言われてもな……。俺は冒険者なんだから、適正な報酬を貰わないと依頼は受けられないさ。まして、こんな田舎の村じゃ滞在する間も退屈そうだし、受ける側にメリットがない。ただ、まあ――――」


 嘲るように話し続ける俺の言葉を、ドロテアは放心したまま聞いていた。


「依頼者が若い女なら、報酬は金でなくても構わないって奴はそれなりにいる。流石に今回の件は不足額が大きいが、だからこそ滞在する間の楽しみにも困らない。俺にとっては、悪くない依頼だったよ」

「――――ッ!!」


 我に返ったドロテアが、俺に詰め寄って胸倉を掴み上げた。

 

「自分が、何を言ってるかわかってるのか!!?」


 魔法使いであるドロテアの力などたかが知れている。

 <強化魔法>を使わなくても、今の俺なら自身の腕力だけで十分に跳ねのけられるだろう。


 それでも、俺はそうしなかった。


 彼女の勢いに押されて数歩後退り、ギルドから漏れる光で互いの表情が照らし出される。

 ドロテアの顔は、負の感情で歪んでいた。


「なあ、どんな気分だ?」

「なにを――――」

「自分が浸っている幸せが何でできているかも知らなかったあんたは、それを知った今どんな気分なんだ?」

「――――ッ!」

「知らない方が良かったか?そうだとしたら、村の奴らがあんたに真実を伝えなかったのは正解だ。聞いてしまえば、きっとその程度じゃ済まなかった」

「…………」


 ドロテアは力なく顔を伏せた。

 言葉の応酬は途絶え、風すらも止んだ静寂。

 時間だけがただ流れていく。


 それでも、俺の服を握りしめる手から力が抜けることはなかった。


「……アレンは、この村を恨んでるのか?」


 しばらくして聞こえたのは、驚くほど静かな声だった、

 

「そういう気持ちはない…………なんて言えば、大噓だな」

「そう……。なら、それは、仕方ないね。きっと私たちは、アレンに恨まれることをしてしまったんだろう……。でも……でもね…………」


 しばらくしてドロテアが再び顔を上げたとき、そこに残っていた感情は悲哀だった。


「その憎しみに、エルザは関係あるの?」

「…………ッ」


 自分の心の中で棚上げにしていた問題が、突然引きずり出された。

 俺の動揺を敏感に察したドロテアが、捲し立てるように俺を責める。


「この村が……私たちがアレンに何をしたのかなんてわからない。もしかしたら、とても残酷なことをしたのかもしれない。アレンが復讐したいと思うならそうすればいい。けれど――――」


 言わなければならないことがある。

 そう主張するかのように、瞳に暗い光を湛えたまま、彼女は声を張り上げた。


「その矛先を向ける相手はエルザじゃないでしょう!?」

「ッ!!」

「お前が誰かに金を奪われたならそいつから奪い返せばいい!お前が誰かに傷つけられたならそいつを傷つければいい!!それはアレンの自由だよ!!けど!!その復讐にエルザを巻き込むのは違うでしょう!!」

「――――ッ!!俺はっ…………」


 村への復讐のためにエルザを買ったわけではない。

 その言葉が、俺の口から紡がれることはなかった。


 エルザを買ったのは、本当に依頼料の不足を補うためだったのか。

 彼女の父であるエドウィンや村そのものへの憎しみは一切関係なかったと言えるのか。


 いや、それ以前に俺は――――


 次々に心の中に浮かぶ自分への問いかけに、答えることはできなかった。

 

「私が言っていいことじゃないのかもしれない!!けれど、これだけは言っておく!!お前は卑怯だ、アレン!!受けた痛みを自分より弱い者に返すお前は、卑怯者だ!!」


 俺がそうやって答えを探す間も、ドロテアの罵倒は続いた。

 それは鋭利な刃物のように俺の心に突き刺さり、無意識に目を逸らしていた部分を容赦なく暴いていく。


「気は晴れたか!?満足できたか!?抵抗しない相手に好き勝手するのは、楽しかったか!!」

「ッ!?俺はそこまで――――」

「何が違う!!エルザはあんたに恨まれるようなことしない!絶対にするわけないのに!だって、エルザは――――」


 五月雨のように降り注いだ言葉が、急に止んだ。

 俺の胸倉を掴む力がゆっくりと抜けていく。


 数瞬前まで俺を睨みつけていたドロテアの視線の先。

 気づけば、背後から足音が近づいていた。


「こんな時間に人の家の前で騒いで……。迷惑よ、ドロテア」

「エルザ…………」


 足音が近づくにつれ、押されるようにドロテアが後ろに下がる。

 灯りは届かず、夜の帳が再び彼女の表情を覆い隠した。


「どうしたの?声を小さくするなら、別に続けてくれてもいいんだけど」

「いや……私は…………」


 完全に勢いを失ったドロテアは、それっきり口を開くことはなかった。

 

「そう?なら行きましょ、アレン。あまり長居すると冷えるわ」

「あ、ああ……」

 

 腕を引かれ、沈黙するドロテアを置き去りにしてギルドの中に戻った。


 宛がわれた休憩室を素通りし、階段を昇り、たどり着いたのは二階の一室。

 簡素で物が少なく、飾りやぬいぐるみの類は見つからない。

 それでも部屋に充満する甘い香りが、この部屋が少女の私室であることを示していた。


 いや、仮に甘い香りがなくとも、この部屋がエルザの私室であることを俺は知っている。


 この部屋はかつて俺が村に住んでいた頃からエルザの部屋だったし、なにより昨夜も俺はこうしてエルザと会っていたのだから。


 扉の錠を落とした彼女は開け放たれていた窓から顔を出し、外を眺めてから窓とカーテンを閉めた。

 振り返った彼女はいつもどおりだ。


 余所余所しいわけでも媚びたように笑うでもない。

 ただ昼間より、少しだけ積極的なエルザだった。

 

「もしかして、ずっと外に居たの?」


 俺に腕を絡めたエルザが少しだけ眉をひそめた。

 多分、俺の体が冷えていたからだろう。

 俺がエルザから感じる温もりを考えると、彼女は相応に冷たさを感じているはずだ。


「ああ……。少し、夜風に当たろうと思った……」

「風呂あがりの風が気持ちいいのはわかるけど、ほどほどにしないと風邪を引くでしょ」


 呆れたように言いながら、彼女は部屋の天井の明かりを落とした。

 今はベッド脇の小さな卓に乗った小さな灯りだけが、頼りなく光を放っている。


 エルザは動かない俺に再び近寄ると、体温を分け与えるように強く俺を抱きしめた。

 柔らかい体から、漏れる吐息から、彼女の熱が伝わってくる。


「私が温めてあげる」


 彼女はゆっくりと俺をベッドの方に押しやり、優しく押し倒した。



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