第174話 再び村へ
「最近、家を空けてばっかりでごめんな」
屋敷に戻り、風呂に入り、朝食をとった。
待ち合わせの時間まで余裕があったので、最近はめっきり少なくなってしまったフロルとのスキンシップの時間をとることにした。
リビングのソファーにゆったりと腰を落ち着け、フロルの髪を撫でる。
今では俺に触れなくても魔力を吸収できるようになったフロルも、やはり直接抱き着いて食事する方が落ち着くようで、ずいぶんと幸せそうにしている。
(ああ、なんか安らぐ……)
フロルを寂しがらせている詫びのつもりで設けた時間だったが、幸せそうなフロルを見ていると、むしろこちらの方が癒された。
「今回の遠征は最低でも7日、おそらく10日くらいは戻ってこれない」
遠征に持っていく物を用意しながら予定を説明する。
残念そうにしながらも、フロルは小さく頷いた。
「今まで屋敷に来たことがある人が来たら、このメモを見せてやってくれ。そいつが何かメモを差し出して来たら、そのメモはフロルが預かって俺が戻ったら渡してくれ」
俺はフロルに1枚のメモを手渡した。
個人で依頼を受け、10日ほど都市を離れること。
しばらく自由行動の期間を継続すること。
伝言はフロルにメモを預けてほしいということ。
仲間に宛てた簡潔なメッセージだ。
「次の予定も決めないうちに打ち上げがお開きになるくらいだから、あいつらもしばらくはお休みモードのつもりなんだろうが……。万が一、心配して探されても困るからな」
出発前に冒険者ギルドで手続きを済ませるから、フィーネにはそのとき直接伝えるつもりだ。
「今回は大きな危険もないだろうから、いつもどおり屋敷の管理をして帰りを待っててくれ」
正直、今回の遠征に大きな不安は感じていない。
過去に倒した黒鬼との再戦。
しかも、こちらは装備の性能が大幅に向上しており、<強化魔法>を応用(?)した“超強化攻撃”も習得した。
実戦経験も着実に重ねている以上、敗北する可能性は極めて小さい。
黒鬼は魔石の売却価格も期待できるから、十中八九、利益も確保できるだろう。
だから現時点で最大の問題は、目の前に広げた荷物たちをどうやって荷物袋に詰め込むかということだった。
「ダメだ。入らねえ……」
途方に暮れてため息を吐く。
最短でも7日間の旅程。
洗濯して着回すにしても、狩り用の服が2セットに私服も1セットは持っていきたい。
ほかにも消耗品の予備、最低限の食料と水、野営に使う寝袋に双眼鏡などの道具の数々。
それらを半分程度詰めたあたりで、すでに円筒形の荷物袋はパンパンに膨らんでいた。
「うーん、何を諦めるか……」
最も嵩張る寝袋は荷袋に括りつけて背負うとして、次に嵩張るのは双眼鏡など道具の類だが、これを置いて行くのはリスクが大きい。
行先が集落とはいえ最低限の水と食料すら積まないなんて論外だし、消耗品が現地で補充できるかどうかは限りなく怪しい。
「やっぱり服を減らすか……」
そう思って一度荷物袋から中身を取り出そうとしたとき、後ろから袖を引かれた。
「うん……?どうした、フロル……あれ?」
振り返ると、フロルが俺の荷物袋を持っていた。
しかしフロルが持っている荷物袋とは別に、俺の手元にはパンパンになった俺の荷物袋が残っている。
「荷物袋が2つ……」
予備なんてあっただろうか。
そう考えたが、フロルなら同じものをもう一つ作るくらいはできるだろうと思いなおす。
「なるほど、1つに入らないなら2つ持っていけと……」
<強化魔法>を得意とする俺なら、多少の重量増加は気にならない。
少し動きにくいが、狩りで必要なものと拠点に置いておけばいい物をあらかじめ分けておけば、十分に運用できると思われた。
「ありがとな、フロル…………え、フロル?」
しかし、フロルはパンパンに膨らんでいた荷物袋その1から次々と荷物を取り出し、フロルが持っていた荷物袋その2に詰め込み始めた。
フロル本人は最初の位置から一切動かない。
絨毯の上に置いた荷物袋その2の口を広げ、つい最近俺がプレゼントした高級箒を指揮棒のように振るだけで、服が、食料が、水の入った水筒が、次々に荷物袋その2に詰め込まれていった。
「本当に便利な能力だな。ところで…………なんで全部入ったんだ?」
今、俺の目の前には中身を吐き出してぺしゃんこになった荷物袋その1と、フロルの足元に置かれた荷物袋その2だけが置かれている。
なぜか、荷物袋その1と見た目が全く変わらないはずの荷物袋その2に、入りきらなかったものを含めた全ての荷物が収納されていた。
しかも、荷物袋その2は満杯というわけでもなく、まだまだ物を入れられる雰囲気がある。
「え……?なんだこれ……」
恐るおそる袋の口を広げて中をのぞいてみると、明らかに袋の中の容積が袋の外見と一致していなかった。
そこにあったのは荷物袋よりも一回り小さい円筒形の収納空間と、俺が詰め込もうとしていた服の一部。
残りの荷物はどこに行ったのかと思い、荷物袋の中に手を入れて揺すってみると、円筒型の収納空間はまるでリボルバーの回転ドラムのようにゆっくりと回って、別の収納空間が顔を出した。
現れた収納空間には、当然のように別の荷物が詰まっている。
「………………」
俺は回し車を回すハムスターのように、無心で収納空間を回して回して回して――――回した。
服、服、服、水、水、食料、消耗品、寝袋、道具類、毛布、装備の手入れ用品、空、空、空、空――――カラ、から。
30回ほど回して最初の荷物が顔を出したとき、不思議な安堵に包まれた。
「収納空間1つ当たりの容積は荷物袋の1割減程度……それが30個だと総容積は正味27倍くらいか?」
目算でひとつが30リットルくらいに見えるから、この荷物袋ひとつで縦横奥行き各1メートル弱の立方体に匹敵する容積を持っているということになる。
雑貨屋で見た高価な荷物袋のことを思い出すと、容積が外見の3倍程度のもので、お値段は金貨5枚くらいだったはず。
その荷物袋は単純に外見より中が広いだけのもので、こんな奇妙な仕組みをしてはいなかったが。
「クリスのほどじゃないにしても、破格の性能だな」
ただの荷物袋ならともかく、これをフロルが作ったと考えるのは無理がある。
無理があると思うのだが――――
「フロル、これ、お前が作ったのか……?」
先日、打ち上げで見せられた凶器たちのダンス。
これによって、俺が考えるフロルの能力は大幅に上方修正された。
屋敷の中でなら相当の能力を誇るという家妖精なら、もしかしたら、もしかするのだろうか。
そう思った俺がおそるおそる尋ねると、フロルはふるふると首を横に振った。
「そ、そうだよな!いや、変なこと聞いてごめんな!」
やはり違ったようだ。
冷静になってみると、もともと俺が使っていた荷物袋もどこにでもあるようなデザインで、珍しい物でもない。
見た目が似ているのは、たまたまだろう。
「この屋敷もいろいろな物があるからなあ……。これもそのうちのひとつってことか」
昨年、俺がこの屋敷を買い取ったとき。
屋敷の中にあった家具を始めとする多種多様な物品の棚卸しは早々に諦めた。
当時は悠長に整理などしているほど懐に余裕がなかった――――というのは言い訳で、単純に片づけが苦手だからだ。
どの程度苦手かというと、前世で住んでいた1LDKの賃貸マンションすら、ロクに片づけられなかったほど。
そんな俺に、二階建ての屋敷の片付けなどできるわけがなかった。
それに――――
(俺は何もしなくても、フロルが全部やってくれるしなあ……)
おそらく、この小さな家妖精は屋敷の中にある全ての物を把握している。
俺が物の有無を尋ねたとき、在るならすぐに出てくるし、無いなら首を横に振る。
フロルが物を探しているのを見たことがなかった。
今回の荷物袋のように、尋ねるまでもなく俺が欲するものが出てくることすらあった。
迷いは一切見られず、こと屋敷の管理に関しては絶対の自信を持っていることが窺い知れる。
そして、そのことを誇りもしない。
これくらい当然と言わんばかりだ。
「ありがとな、フロル。大切に使わせてもらうよ」
フロルのおかげで無事荷造りが済み、時間も余った。
待ち合わせ時間には少し早いが、ギルドに行ってフィーネに話を通しておくとしよう。
くすぐったそうに目を細めるフロルの髪をわしゃわしゃと撫で、最後にぽんぽんと優しく叩く。
「それじゃ、行ってくる」
俺は屋敷を出て、ギルドへと向かった。
朝方のラッシュが終わって人がはけた冒険者ギルド。
窓口でフィーネを捕まえた俺は、エルザから受ける依頼について一通りフィーネに説明を済ませた。
その結果――――
「なんとなく、こうなる気がしてたのよ……」
ジト目のフィーネが俺を睨んでいる。
わざわざ忠告までしたのだから、彼女が俺の話に落胆するのも仕方のないことだった。
「そう言うな。依頼料は安いけど指名依頼にしてギルドは通すし、魔石の稼ぎは多分期待できるからさ」
「その妖魔だって、本当にアレンが予想する妖魔であってるの?遠くまでソロで出掛けて、知らない妖魔だったら目も当てられないわ」
「あー……。まあ、そのときは依頼の不備ってことで、戻ってくることになるかな」
依頼内容と実態が明らかに異なる場合、当然だが冒険者は依頼を断ることができる。
そうでなければ、簡単な依頼で冒険者を釣って難しい依頼を押し付ける悪質な依頼が横行してしまうからだ。
「場所は東の村。対象はいわゆる“黒鬼”。達成条件は依頼者が指定する黒鬼の討伐で、依頼料は大銀貨4枚と討伐した妖魔の魔石だ。それ以外の詳細の詰めは任せる」
「あんたねえ……、私はアレンの専属じゃないのよ?指名依頼の条件調整なんて、自分でやりなさいよ」
「そこをなんとか!稼げたらまた御馳走するからさ……な?」
「はあ……。もう、無事で戻ってきなさいよ」
「もちろんだ。ありがとな、フィーネ」
溜息を吐くフィーネに面倒事を押し付けていると、ちょうどいいタイミングで依頼主が現れた。
「お待たせ、アレン」
俺の背中から声をかけたエルザは、馴れ馴れしく俺に体を寄せる。
その様子を見て、フィーネの視線がほんの少し冷たくなった。
「こっちの準備は済んでる。あとはフィーネと話し合って依頼票の必要事項を埋めてくれ」
「ええ、わかったわ」
エルザも要領は理解しているだろう。
慣れた手つきで、依頼票とペンを手に取った。
「俺は先に東門に行って乗り合い馬車を捕まえておくから、終わったら――――」
「ロビーで待ってて。まだ時間に余裕もあるし、一緒に行きましょ?」
「…………」
エルザの言うとおり、出発までは十分な時間がある。
彼女の提案を拒否する理由は見つからなかった。
「……わかった。フィーネ、後は頼む」
溜息で応じるフィーネに視線で詫びると、俺は2人を残して足早に窓口を離れる。
人が少ないロビーで、それでも一応邪魔にならないように、依頼票を貼り出す掲示板から少し距離を置いて壁に背中を預けた。
窓口ではフィーネとエルザが何やら話をしながら、エルザがペンを動かし続けている。
どちらも受付嬢だから手間取っている様子はない。
エルザがよほど変なことを言い出さなければ、そう時間もかからず手続が完了することだろう。
「………………」
エルザが受付嬢に見えた。
実際にそうなのだから、おかしいことは何もない。
おかしいことは何もないはずなのに、その自然な笑顔は俺の心にさざ波を立てた。
「娼婦が本業ってわけじゃないんだ……。当然のことだ」
自分に言い聞かせるように小さく呟いても、俺の胸に刺さった棘は抜けてくれない。
ほんの少しだけ痛みを与えるそれから目を逸らし、俺は少しの間、黙ってエルザを待ち続けた。
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