第166話 帰るまでが遠征2




 この街ですべきことは済ませた。

 街の目抜き通り抜けて東門に到着すると、すでに全員がそろって俺を待っていた。


「ああ、やっと来た!もうすぐ出るから、買いたいものがあるなら早めにしなさい。遅れたら置いて行くから」


 そう言って馬車に乗り込むネルに、微笑を浮かべながらティアも続いた。


 ネルが選んだのは12人乗りの魔導馬車だった。

 大街道を走る馬車としては小さい部類の乗り合い馬車は、4人まで座れるブースが3組設けられていて、ブース間は完全に仕切られている。

 御者の近くに護衛の姿も見えており、値段設定は間違いなく高めの部類だ。


(まあ、今回はいいか……)


 他のブースの様子を窓からさりげなく窺う。

 1組は家族連れ、もう1組は商人だった。

 きっと、揉め事を避けることも含めて選んだのだろう。


「クリス、ちなみに何買った?」

「サンドイッチとサラダ。中身はスライスした鳥肉と新鮮な野菜なんて言ってたかな」


 ヘルシーな朝食になりそうだ。

 クリスのことだから女性陣に配慮したのだろうが、俺としては若干物足りない。


「もう少し、肉を食いたくないか?」

「朝から?うーん……今日はいいかな。アレンが食べたいなら、あっちに串焼きの屋台があったよ」

「そうか。それじゃ、ちょっと見てくる」

「乗り遅れないようにね」


 馬車に乗り込むクリスに片手を挙げ、小走りで屋台へ向かう。

 そこには旅立つ客の需要を見込んだ屋台がいくつか並んでおり、どれも美味そうな匂いを垂れ流していた。

 残念ながら、じっくり選ぶ時間はない。

 当初の予定どおり串焼きをいくつか包んでもらい、大銅貨2枚を払って釣りは不要と告げると、馬車に向かって足を早めた。


 そんな俺の前に、一人の男が立ち塞がる。


「キミが『黎明』のアレンだな?」

「人違いだ」


 しれっと横をすり抜けようとした俺の進路に、再び男が立ち塞がる。


「どこへ行くのかな?」

「仕事が終わったんでな。お家に帰る時間なんだ」

「悪いが、キミをこのままお家に帰すわけにはいかないんだ」


 友好的とは程遠い態度。

 首から下げたスキルカードは冒険者の証。

 この街に冒険者の知り合いはおらず、心当たりは多くない。


「俺は『鋼の檻』に所属するB級冒険者、フェリクスだ」

「――――ッ!」


 B級冒険者。

 それを聞き、俺は思わず身構えた。

 

 生まれたてのヒヨコがE級。

 殻が取れたらD級。

 一人前になればC級。

 上級冒険者ともいわれるB級に昇格するのは、その中のほんの一握りだ。


 B級になるためにはC級として一定の実績を積み、本拠地の冒険者ギルドから推薦を受けて試験に合格しなければならない。

 そこに運が絡む要素はない。

 目の前に立ちふさがる男は、冒険者として俺より格上ということだ。


「それで?B級冒険者サマが、俺に何の用だ?『鋼の檻』とは、これが初対面のはずだが」

「理由はわかるだろう?」

「知らないと言ったら?」

「それでも関係ない。少し痛い目にあってもらう」


 俺は舌打ちして、剣の柄に手を伸ばす。

 周囲が事態に気づき、悲鳴を上げながら俺たちから距離を取り始めた。


 そして気づく。

 いつのまにか、俺は6人の冒険者に囲まれていた。


「おっと、それはお勧めしない。衛兵が見ているからね」

「ッ!?てめえ……!」


 野次馬に紛れて、この街の治安を守る衛兵がちらほら。

 

 俺は冒険者ギルドに居た冒険者から聞き出した情報を思い出す。

 この街での『鋼の檻』の立ち位置を考えれば、剣を抜くのはリスクが高い。

 

「武器は使わないであげよう。俺たちを全員倒せたら、お家に帰っても構わない」


 俺を包囲する冒険者たちがこちらを睨み、拳を慣らす。

 

 表面上は冷静を装いながら、俺は内心で舌打ちした。


(最後の最後でドジったか……)


 武器は使用不可。

 地面は土。

 相手は格上。

 B級冒険者だけでも分が悪いというのに、この人数。

 しかも、相手にとってこの展開は予想どおりだろうから、無手でも戦える人間が混じっている可能性が高い。


 勝ち筋が、見えない。


(それでも、馬車が出るまでの時間くらいは稼いでみせる……!)


 武器も魔法も許されないとなれば3人が出てきてもできることは多くない。

 むしろ、ティアとネルに関しては許容できない類の被害が出ることも考えられる。


 せっかく昨夜を切り抜けたのだ。

 それだけは避けなければならない。


(頼むから、馬車から出てきてくれるなよ……!)


 そう念じながら、俺は覚悟を決めて拳を握る。

 俺の戦意を感じ取ったB級冒険者は、数歩下がって冒険者たちに指示を飛ばした。


「<強化魔法>、<結界魔法>に<リジェネレーション>!武術系統のスキルはないが、侮るな!」

「なっ!!?」

 

 愕然として、思わず声が漏れた。

 目の前の冒険者が叫んだスキルの中で、俺がスキルカードで公開しているのは<強化魔法>だけだ。

 <結界魔法>はスキルカードにも記載していないし、<リジェネレーション>など俺自身すら最近になって知ったのだ。


 それを、なぜこいつが――――


「驚いているね。無理もない。これが俺の、<アナリシス>の力だ」

「――――ッ!!」

 

 <アナリシス>。

 相手の情報を読み取る、敵対者にとっては悪夢のスキルだ。

 その効果は、とある精霊のおかげで嫌というほど知っている。


(ああ、そうか……!)


 こいつは俺の攻撃力が剣に依存していると看破したからこそ、この状況を用意したのだ。

 

 剣が使えなければ、俺のスキル構成では――――


(…………うん?)


 違和感を覚えた。

 なぜこいつは、俺のスキルを読み取ることができなかったのか。


 <家妖精の祝福>なんてスキルカードにすら書いてあるというのに。


『初見のスキルよりよく見るスキルの方がいろいろなことがわかるんだけどー……』


 頭の中にラウラの声が蘇る。

 

 ということは――――


「フェリクスだったっけ?」

「目上には“さん”をつけるべきだ。なんだ?」

「あんたさ、<アナリシス>を習得してから時間が経ってないだろ?」

「…………」


 決まりだ。

 こいつの<アナリシス>は怖くない。


 見えるスキルが見えるだけで、見えないスキルはその存在すら読み取れないのだ。

 その精度はラウラのそれと比べ物にならないほど低い。


 俺は自分のスキルカードを指で叩いて挑発し、ニヤリと笑った。


「俺のスキルカードには、お前がまだ読み取れないスキルが書いてある。それに、これを読み取ることができていたとしたら……この状況で、その人数で、俺に喧嘩は売らないだろうさ!」

「――――ッ!」


 ハッタリ交じりの盤外戦術。

 それは想像以上によく効いた。


 そうだ。

 冷静になれば、焦る必要はなかったのだ。


 エクトルが所属するアンセルム商会と『鋼の檻』が協力関係にあるのは明らかで、エクトルはこいつがこの街にいることを知っていたはず。

 こいつらでは――――この街にある手札では『黎明』に勝てないと踏んだからこそ、彼らは金で事を収めたのだ。

 俺を囲む彼ら自身も、正面からでは勝てないと知っていたから搦め手を選んだに違いない。


 ならば、もう躊躇う理由はない。


「時間がない。始めようか」

「ッ!?」


 俺は<強化魔法>を全力で行使し、B級冒険者フェリクスに殴りかかった。


「なっ、本気か!!俺たちは『鋼の檻』のおおああっ!!?」


 あっけないものだった。

 武術の心得がない俺が<強化魔法>を頼みに突進するだけの攻撃すら、いなすこともできずに直撃。

 しかも、たった一撃で蹲り、呻き声を漏らしたまま立ち上がる気配もない。


 肩を蹴り上げて仰向けに転がすと、フェリクスが首に下げたスキルカードが翻る。


 そこには“C級”と記載されていた。


「階級詐称かよ。どうしようもねえな……」


 <アナリシス>はたしかに恐ろしいスキルだ。

 たが、こいつは怖くない。


 こいつには<アナリシス>を活かすだけの地力がないのだ。


(強いて言えば、ティアに会わせないようにだけ注意が必要か……)


 ティアのスキルである<アブソープション>は、なるべく知られたくない。

 敵対する相手なら、なおさらだ。

 こいつの<アナリシス>でティアの<アブソープション>を見破ることができるかどうかは疑問だが、わざわざそれを試してみる理由もない。


 俺はB級冒険者――――改めC級冒険者の男を踏みつけ、吐き捨てた。


「今日は見逃してやる。次に会ったときは互いに得物を持って戦おう」


 周囲の冒険者たちをひと睨みすると、串焼きの包みを拾い上げた。


「おっと……」


 ちょうど馬車が東門に向かって動き出した。

 先に乗り込んだ3人も、戻ってこない俺に痺れを切らし、窓から顔を出してこちらを呼んでいる。


「じゃあな、C級冒険者のフェリクス!」


 痛みに耐える男を煽り散らし、俺は馬車に向けて全力で走り出す。

 スピードが出始めた馬車に並走すると、馬車の扉が開け放たれる。


「アレンさん!」


 俺は伸ばされた手を掴み、間一髪、ステップに飛び乗った。


「ふう……危なかった。ありがとう、ティア」


 興奮気味に笑うティアに笑いかけ、速度を上げて街から離れていく馬車のステップから徐々に小さくなる街を振り返った。

 俺を襲いに来た奴らは馬車を見送って呆然と立ち尽くしている。

 この様子なら、もう追ってはこないだろう。


(しばらくは、西に来ない方がいいだろうな……)


 わずか半日の滞在でよくもここまで濃密な時間を過ごしたものだ。

 我ながら呆れてしまう。


(となれば、この風景もしばらくはお預けか……)


 そう思った瞬間、珍しくもない景色を望むこの一瞬が貴重なものに思えてしまうのだから、人間とは不思議なものだ。


「また、いつか」


 しばらく見ることができないであろう風景を目に焼き付けるため、俺は体に風を受けながら、遠ざかっていく街を眺めていた。



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