第156話 初めての遠征5
クリスが刎ねた男の首が地面に落ちるか落ちないかというタイミング。
背後から飛来して俺を抜き去った1本の矢が、商人の近くにいた冒険者の喉元を貫いた。
「キャーーーー!!?」
吹き上がる血飛沫に、絹を裂くような悲鳴が上がる。
「商人は白だ、アレン!」
「おう!」
俺はクリスの声を受けて悲鳴を上げる商人の横を素通りし、最後の護衛へ肉薄する。
そして今更剣を構える護衛を目掛けて、ゆっくりと剣を振りかぶった。
「ちぃ!!」
そいつは早々に防御を諦めると、俺の剣を横っ飛びで避ける。
転がるように俺から距離をとると、仲間の背後に庇われて素早く体勢を立て直した。
「なんだ?演技はもう終わりか?」
俺は空振った剣を肩に担ぎなおして、挑発するように嘲笑う。
「くそがっ!!嵌めやがったな!?」
護衛の冒険者――――改め冒険者に偽装した盗賊は、顔を歪めて怒りを露わにした。
「騙そうとすれば騙される。因果応報ってやつさ」
「てめえ!ぶっ殺してやる!!」
少し煽ってやると本性を隠そうともせず、言葉の限りを尽くして俺を罵った。
その間にネルとティアも荷馬車にたどり着き、混乱する商人の女性を引きずるようにして荷馬車の裏側に避難させる。
「なぜ、偽装とわかった?」
冒険者を偽装していた盗賊と曲刀を構えた盗賊を左右に従えて、もう一人の盗賊が問う。
俺とクリスは3人の盗賊に対して荷馬車を庇うように立ち位置を変えながら、一瞬視線を合わせた。
「さて、どうだったかなあ?どう思う、クリス?」
「何を言ってるんだい?味方以外は全員殺せって、アレンが言ったんじゃないか」
芝居がかった口調で問うと、まるで示し合わせたように乗ってくれる。
クリスのこういうところは相変わらずだ。
気を良くした俺は、そのまま茶番を演じ続けた。
「おいおい、それじゃあまるで俺たちが盗賊みたいじゃないか!」
「結果的に死んだのは盗賊みたいだし、問題ないんじゃないかな?」
「そいつは運が良い。日頃の行いってやつだな。善行は積んでおくものだ」
「それを言うなら、盗賊を殺すのも善行じゃないかい?」
「それもそうだな。ああ、今日はなんて良い日なんだ」
「……状況が理解できてないようだな。馬鹿は長生きできないと教えてやろうか?」
小芝居を見せられた盗賊が苛立って声を上げる。
しかし、それについてはこちらにも言い分があった。
「時間稼ぎに付き合ってやったんだ。文句を言うのは筋違いだろ?」
「…………」
3人の盗賊の遥か後方。
森の木々に紛れていた盗賊の射手たちが、じりじりとこちらに距離を詰めていた。
本来は盗賊を警戒する俺たちを冒険者に偽装した盗賊が仕留める計画だったのだろうが、今では俺たちを釣り出すためにわざと荷馬車から離れていたことが裏目になっている。
「わかっていながら、暢気におしゃべりか……馬鹿な奴だ。どうだ?抵抗しないなら逃がしてやるぞ?」
「もちろん、女は置いて行けよ?殺された奴らの分まで、たっぷりと可愛がってやるからよ!」
「女の方はどっちも美人だったから犯しがいがありそうだし、商人の方も悪くない。今日は楽しめそうだ」
盗賊たちが口々に嘲笑した。
もう俺とクリスを殺した後、女たちを嬲るさまを思い浮かべて悦に入っている。
自分たちが負けるなどとは露ほども考えていないのだろう。
盗賊14人に対するは冒険者4人。
しかも、4人のうち2人は非力な女。
そう思えば致し方ないことかもしれないが――――
「不愉快だよ」
クリスが吐き捨てる。
その瞳に浮かぶのは純粋な殺意だ。
目の前の悪を滅ぼしたい。
惚れた女を害する存在を排除したい。
そう心の底から願い、俺の号令を待ち望んでいた。
(まあ、そろそろか……)
俺たちと盗賊の射手の距離は目算で80メートル程度。
すでに奴らの射程に入っている。
俺たちの逃亡に備えてもう少し距離を詰めるつもりだろうが、こちらの時間稼ぎはもう十分だ。
「正面90!やれ!!」
俺が声を上げ、クリスとともに盗賊の前衛に向かって駆けだす瞬間、背後の荷馬車――――そのさらに裏から勢いよく何かが飛び出した。
それは全長1メートルほどの氷の槍。
俺たちや盗賊の前衛を飛び越えて遥か後方へ飛翔する。
放物線を描く氷槍は、高高度から槍自体の重さによって更に加速。
当たれば人間の体など容易く吹き飛ばす威力を獲得し、森から這い出て身を隠すものを失った盗賊の射手に上空から襲い掛かった。
「チッ、魔法使いか!」
俺は盗賊の後衛が近づくのを待っていただけではない。
ティアの準備が完了し、盗賊が森から姿を現すのを待っていたのだ。
しかし――――
「ハッ!こけおどしだ!あんな数で当たるかよ!」
盗賊の言葉は決して虚勢ではなかった。
空へ放った氷の槍は、射程距離と引き換えに着弾が遅い。
直撃を耐えることはできなくても避けることは容易で、それを補うほど数が多いわけでもない。
どれほど威力があっても、当たらなければ意味がないのだ。
盗賊の射手たちは上空から飛来する氷の槍をしっかりと目で追い、その落下点を避けるように位置を変えた。
結果、ティアが放った魔法は盗賊を傷つけることはできなかった。
だが、それでいい。
「ガッ!!?あ、あああああアア!?」
盗賊の射手の一人が顔を押さえて蹲る。
その目には、一本の矢が突き刺さっていた。
「戦闘中に空を見上げるなんて、バッカじゃないの!?」
荷馬車の積み荷の上には、二射目を放ったネルの姿があった。
そして、それが放たれるのと同時、荷馬車の裏から再び氷の槍が打ちあがる。
どちらも数は少ないが、上空から飛来する氷の槍と水平方向から飛来する矢を同時に警戒すれば盗賊側の攻撃機会は著しく損なわれ、応射は本来よりも遥かに少なくなる。
積み荷の上のネルは小気味の良いステップでそれらの攻撃を悉く回避した。
反撃しながら積み荷の天板に突き刺さった矢を蹴り飛ばし、足場の安全を確保する余裕まで見せている。
クリスもそうだが、ネルの戦う様も嫉妬するほど鮮やかだった。
(俺も負けられねえ!)
前衛の間をすり抜けた俺の狙いは盗賊の射手。
盗賊たちがティアとネルと攻撃に順応する前に、後衛に肉薄して戦場をかき回す。
「てめえ!」
「おっと、余所見はやめてくれないか?キミらの相手は僕なんだから」
「――――ッ!」
素通りした俺に気を取られた敵前衛の一人を一瞬で屠り、クリスは獰猛に笑った。
「ああ、キミら二人は簡単には殺さないから。さっきの戯言、死にたくなるほど後悔させてあげるよ」
「クソッ!!」
ある意味平常運転のクリスに前衛を任せ、俺は草原を駆ける。
<強化魔法>で高められた脚力は重い剣を抱えながらも常人には出せない速度で風を切り裂き、80メートルの距離を10秒足らずで詰めきった。
「ッ!な!?」
『スレイヤ』が淡い青色の軌跡を残して振り抜かれる。
予想より遥かに早い俺の襲撃に、射手の一人が敢え無く命を散らした。
俺はそのまま、ティアとネルのコンビネーションを警戒して散開し始めた射手たちに斬り込み、あっさりと背後をとった。
「ぐっ……!第二班、そいつを抑えろ!接近されたら剣で戦え!」
前後からの挟撃に対応するため、盗賊の指揮官は半分を俺へと差し向けた。
4人の盗賊が一斉に俺を狙って矢をつがえ――――そのうち1人の上半身が、運悪く直撃した氷の槍によって吹き飛んだ。
「ッ!?早く小娘どもを黙らせろ!!いつまで掛かってる!!」
背後から飛来する氷の槍は盗賊たちを狼狽させ、十分な恐怖を与えた。
動揺する敵に時間を与えてやる理由もなく、かすりもしない矢の間を縫って盗賊たちの間を駆けまわる俺はひとつ、またひとつと死体を増やす。
弓の扱いには長けていても接近戦の心得は乏しいのか、<結界魔法>を使うまでもない一方的な殲滅戦になった。
(ティアはこれで弾切れだな……)
戦場に突き立つ氷の槍の本数が30を超えた。
しっかりと援護射撃を提供してくれていたが、そろそろ限界のはずだ。
弾切れを悟られる前に、この戦闘にケリをつけるとしよう。
「――――ッ!?ああ……」
俺と交戦していた盗賊の肩が射抜かれ怯んだ瞬間、俺の剣が盗賊の体を上下に両断した。
「クソッ!!てめえら、同士討ちが怖くねえのか!!」
盗賊の指揮官が焦燥から声を荒げた。
盗賊の後衛は数を半分に減らし、ジリ貧の様相。
前後に戦力を振り分けることもままならず次々に撃破されている。
遠目には一人クリスに弄られる盗賊の前衛。
残り二人は草原に転がったきり微動だにしない。
ここから戦況が盗賊たちに傾くことはないと信じられる光景が、そこには広がっていた。
「待ってくれ!!降伏する!!だから命だけは――――」
剣を捨てた盗賊の一人を肩口から斜めに斬り裂いた俺はそのまま次の盗賊へと駆け寄り、剣を振り上げる。
盗賊たちはティアとネルを警戒することも忘れ、唖然としたように俺を見つめた。
「なっ!?お前――――」
「盗賊の命乞いに耳を貸すわけないだろ」
剣を拾って俺の剣を受けようとした盗賊は剣と一緒に両断された。
残る盗賊は3人。
ついに戦力差は逆転し、もはや逃げることすら叶わない。
「待ってくれ!!俺たちは盗賊じゃない、冒険者だ!!」
「はあ?」
俺は眉をひそめた。
この期に及んで、命乞いが通用しないからと言ってそれはないだろう。
どうしてそんな嘘を今更信じると思ったのか。
遠回しに馬鹿にされているのではないかとすら思ってしまう。
「本当だ!!俺たちは交易都市に本拠を置く『鋼の檻』の構成員だ!」
「『鋼の檻』……?」
名前は聞いたことがある。
ほかの有名どころと比較して個々の戦力はいまひとつだが、所属する冒険者の数は非常に多く、多種多様な依頼をこなして勢力を伸ばしている冒険者パーティだったはず。
「『鋼の檻』がこんなところでどうして盗賊の真似事を?」
「……それは言えない。依頼の一環だ」
「依頼ねえ……。あっちで死んでる奴ら、うちのメンバーを犯すなんて言ってたが、それも盗賊の演技だってか?」
「……仲間が不快にさせたことは詫びるし、降伏を受け入れてくれれば礼は弾む」
さて、どうしたものか。
『鋼の檻』の末端はD級やE級が多く、顔も名前も知られていない。
当然、俺もこいつらの顔なんて知らなかった。
本当に『鋼の檻』だとしたら進んで敵に回したい相手ではないが――――
「……スキルカードを見せてみろ。そこから動くことは許さない。所属が記載されている面を表にして、自分の首にかけろ」
「それは……」
「できないと?」
「今はスキルカードを所持していない。だが――――」
「いや、もういい」
俺は再び剣を肩に担ぎ、指揮官に斬りかかった。
「待て!話を――――」
言い終える暇も与えず、俺は指揮官の首を飛ばした。
こんな言い訳を真に受けていたら、いくつ命があっても足りはしない。
当然と言えば当然か、それを見た残りの二人は一目散に駆け出した。
「くそっ!!絶対に復讐してやる!」
「てめえの顔、覚えたからな!!」
物騒な捨て台詞を残して逃走を試みる盗賊たち。
(せめて二手に分かれれば生存率も上がるだろうに……)
そう思いながら、盗賊の背に追いすがる。
特に俊足ということもない盗賊が俺から逃げ切ることは難しく、見る見るうちに距離が詰まっていった。
「くそっ!来るな……来るなあああああ!!」
背中からバッサリ袈裟懸けに斬り下ろし、残りは一人。
俺は再び駆け出して――――数歩で足を止めた。
「ぐっ……が……」
俺が目にしたのは喉元を掻き毟るような仕草で苦しむ盗賊の姿。
最後の一人は二の矢で頭蓋を貫かれて動かなくなった。
「詰めが甘いんじゃない?」
いつのまにか近くまで来ていたネルが、乱れた髪を整えながら言う。
「余裕で追い付けたさ。まあ、援護は感謝しておくよ」
「ふん……」
ネルはつまらなそうに鼻を鳴らし、俺に背を向けて荷馬車の方に戻っていく。
(回収は……まあ、あとでいいか)
盗賊の首は街に持っていけばいくらかの金になるし、装備品にも多少の値が付く。
見たところ貴重な装備品もなさそうだから、袋をとって来てからでいいだろう。
そう判断すると、俺もネルの後をゆっくりと追った。
こうして、『黎明』の初陣は俺たちの完勝で幕を閉じた。
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