第151話 護衛依頼の依頼主




 遠征の前日。

 俺は仲間を伴って冒険者ギルドを訪れていた。


「あら、早かったわね」

「おう。相手を待たせるのは悪いからな」


 相手とは護衛依頼の依頼主のことだ。

 俺自身は依頼の条件を擦り合わせるために一度だけ会っているが、今回は互いの同行者の顔合わせのため冒険者ギルドの会議室で簡単な打ち合わせをすることになっていた。


「あのアレンが相手を待たせないように、か……。あんたも成長したのね」


 フィーネがしみじみと失礼なことを呟いた。


「本当に失礼な奴だな」

「帰りが予定どおりだったら謝るわ。だから、ちゃんと予定どおり帰ってきなさいよ」

「…………」

 

 心配なら心配だと素直に言えばいいものを。

 どうしてフィーネはこうも回りくどいのか。

 上手い返しも思いつかず軽く片手を挙げて挨拶に代えると、借りている会議室へと足を向けた。

 明日の出発は早い。

 ギルドには寄らないつもりだから、次にフィーネと顔を合わせるのは依頼の完了後になる。


 きっちり予定どおり帰って来て、フィーネを謝罪させてやることにしよう。






「どうも、こんにちは。アンセルム商会所属、エクトル・リヴァロルと申します。アレンさん、この度はお世話になります」

「『黎明』のアレンです。こちらこそ短い期間ですがよろしくお願いします、リヴァロルさん」


 会議室で待つことしばし。

 今回の護衛依頼の依頼主であるエクトルは、3名の部下とともに時間ピッタリに会議室へとやってきた。


「では、早速ですが同行者の紹介と参りましょう。ああ、私の家名は発音しにくいでしょうから、どうぞエクトルとお呼びください」


 人懐こい笑みを浮かべて丁寧に頭を下げたエクトルをさりげなく観察する。


 年齢は控えめに見ても40歳。

 俺の周囲にいる中年男性はジークムントやギルドマスターのようなマッチョだったりアーベルのようなナイスミドルだったりと一癖ある奴らが多い中で、エクトルは失礼な言い方になるが、その辺にいそうな中年男性だ。

 しかし、受ける印象は冴えない容姿に反して非常に好ましい。

 俺たちのような若すぎるパーティに対しても見下すような態度を見せず、丁寧な対応を崩さないあたり歴戦の商人という感じがする。


「ではお言葉に甘えて」


 エクトルの要請に応じて俺が『黎明』のメンバーを、エクトルが彼の部下を紹介し、続いて依頼条件の最終確認を行った。

 とはいえ、この段階で日程や報酬当の重要な条件変更を申し出る不誠実は互いになく、俺が食事を自分たちで用意できる旨を伝えただけにとどまった。

 このとき彼の部下の表情は少し硬くなったのに対し、エクトルは残念そうにしながらも快く了承してくれたことが好印象だったと付け加えておく。


 その後、少々の雑談を交わして互いの顔と名前が一致した頃。

 会議室の時計で時間を確認したエクトルが言った。


「さて、では最後になりますが、互いに質問があれば今のうちに済ませておきましょう。アレンさんたちから何かありますか?」


 俺が仲間たちに視線を向けると、クリスと目があったので頷いてやる。


「失礼ですが、僕たちは全員がC級とは言え、結成したばかりのパーティです。指名依頼の相手として不安はないのですか?」


 そういえば、俺がこの指名依頼の話を出したときもクリスはそれを気にしていたのだったか。

 クリスの質問に対してエクトルの回答は単純明快だった。


「単純なことですとも。優れたパーティと縁を持っておくことは私のような商人にとって必要なことで、このことに相手の年齢や実績は関係ない。それだけのことです」

「……ありがとうございます」


 クリスは少し照れたように笑みを返して質問を終えた。


「こちらは以上です。エクトルさんたちはいかがですか?」


 俺はティアとネルの様子を確認してから、エクトルにボールを投げ返す。

 質問をどうぞと言われて何もないでは相手に興味がないと取られる場合もあるので、そういう意味でクリスの質問はちょうど良かった。


「お前たち、何かあるか?」


 エクトル自身が聞きたいことは、ここまでに全て詰めきっているのだろう。

 彼が部下に尋ねると、部下の一人がおずおずと手を挙げた。

 

「コーネリアさんのスキルはすごいですね。<槍術>、<弓術>、<回復魔法>にレアスキルまで。きっとパーティのエースとして活躍されているのでしょう。頼もしい限りです」

「お褒めにあずかり光栄ですわ。ご期待どおりの活躍ができるよう、微力を尽くしたいと思います」


 俺は、その会話に凍り付いた。

 ネルのことをパーティのエースと評されたから――――ではない。

 

(…………ですわ?)


 思わず、ゆっくりと左を向く。

 俺の左隣にいるクリス、その左隣にいるティア、そのさらに左側。

 最も会議室の扉に近い位置にピンと背筋を伸ばして腰掛ける少女は、緩くウェーブのかかったプラチナブロンドを揺らして微笑を浮かべていた。

 その姿はまるで本物のお嬢様のようで、俺は何が起こったのか理解できずにその姿を凝視してしまう。


「…………どうかしましたか、リーダー?」

「い、いや……なんでもない……」


 俺の視線に気づいた彼女は、あろうことか俺にまで笑顔を向けた。


(お前は誰だ!!ネルはどこ行った!?)


 その席には、つい先ほどまでネルが座っていたはずだ。

 いつの間にネルと入れ替わったのか。

 誰か俺に教えてほしい。

 

 とはいえ、どこかへ消えたネルに戻ってきてほしいわけではない。

 このまま永遠に入れ替わったままでもオーケーだ。

 むしろ大歓迎だ。


「続けても?」

「あ、ああ、申し訳ない。どうぞ」


 怪訝そうな顔のエクトルの部下に声をかけられて何とか返事をするが、受けた衝撃が後を引いて言葉がうまく出てこなかった。

 依頼主の前で無様は晒せないと思い何とか気持ちを切り替えようとするも、直後にエクトルの部下が放った言葉が更なる追い打ちとなる。


「アレンさんにも関係することなのですが……。コーネリアさんのスキルが素晴らしい一方で、アレンさんのスキルがその、<強化魔法>と……だけのようで。実力を疑うわけではないのですが、その、大丈夫なのですよね?」

「あー……。まあ、そう思われますよね……」


 先ほどから俺たちのスキルに言及するエクトルの部下が手元に置いているのは、ギルドが販売している冒険者パーティの情報だ。

 これはギルドとの取引実績が一定以上の個人や団体が購入することができるもので、パーティ名や構成メンバー、各メンバーの保有スキルや依頼の達成実績などを記載されている。

 依頼主にとっては依頼相手の選定のための重要な資料となるものだ。


 その資料の記載内容を決めているのは各パーティのリーダー。

 つまり『黎明』の記載内容を決めたのは俺自身だ。

 もちろんギルドの承認は必要だが、虚偽や社会通念上不適切な内容さえ避ければ基本的には好きなように書くことができる。


 そして、俺が作成した『黎明』のパーティ情報はというと――――




 パーティ名:黎明(1か月)

 メンバー:アレン(C級)<強化魔法><家妖精の祝福>【リーダー】

      クリス(C級)<剣術>

      ティアナ(C級)<氷魔法>

      コーネリア(C級)<槍術><弓術><回復魔法><エイム>

 依頼実績:討伐系依頼 実績多数

      護衛系依頼 実績なし

      調査系依頼 実績あり

      採取系依頼 実績あり

 指名実績:1回

 コメント:討伐メインの4人パーティです。

      調査系と採取系は対象によりお受けできない場合があります。

      護衛依頼の実績はありませんが、片道3日程度までなら

      相談をお受けします。

 



 こんなところだ。

 スキルは各自が公開用にスキルカードに記載しているものをそのまま転記した。

 俺たちは全員レアスキル持ちであるにもかかわらず、それを公開しているのはネルだけなので、ネルの評価が最も高くなることは当然と言える。

 

 それはいい。 

 問題は俺のスキルだ。

 ぼかしても仕方ないからはっきり言うが、<強化魔法>と<家妖精の祝福>だけでは他の3人と比較して一枚かそれ以上も劣って見える。

 しかも、<家妖精の祝福>は自宅外では効果がないので、先ほどエクトルの部下が言い淀んだとおり実質的に俺のスキルは<強化魔法>のみだ。


(最近覚えたスキルも、記載できるものではなかったしなあ……)


 <リジェネレーション>は直接的に戦闘を有利にするスキルではないし、<フォーシング>なんて書いたら依頼者がいなくなってしまうだろう。

 

 というか――――

 

(俺のスキルに不満があるなら、なんで指名依頼なんて持ってきた……)


 そもそもこの状況が俺としては想定外だった。


 『黎明』に指名依頼を持ってくるということは俺たちの情報を知っていると言うこと。

 つまり、俺の公表スキルも把握しているということだ。


 俺の実力を不安視するならそもそもはず――――そう高をくくっていたのだが、どうやら間違いだったらしい。


(さてと……)


 質問に対して沈黙を返答とするわけにもいかない。

 相手に失礼――相手の質問が俺に失礼という話は置いておく――ということもあるが、クリスとティアの雰囲気があまりよろしくないことになっているからだ。

 二人とも俺をリーダーとして信頼してくれており、かねてより俺にパーティを結成するよう働きかけてきた二人からすると、俺の意気を挫くような発言は看過できないだろう。

 このまま俺が黙していると、クリスかティアが俺を庇うために余計なことを言ってしまう恐れがある。

 このときばかりは二人の向こう側で変わらず笑顔を振りまくお嬢様を見習ってほしいと思った。


 俺が上手い返答がないかと頭の中で言葉をこねくり回す最中、俺の代わりに無言の会議に終止符を打ったのは意外にもエクトルだった。


「アレンさん、部下が失礼を」

 

 そう言った彼の纏う雰囲気が、少しだけ変わる。


「この馬鹿者。そんなことだから、お前はまだ半人前と言われるんだ」

「え……エクトルさん?俺はただ、少しでも不安要素を潰しておこうと……」


 俺に質問を投げた部下を馬鹿者と切って捨てる。

 先ほどまで温厚な商人だった彼が、今は厳格な上司の顔をしていた。


「冒険者の情報は全てが開示されるわけではない。秘匿する方が有利な情報は当然秘匿されるのだから、は参考情報だと言っただろう」


 エクトルの部下が見ていた紙をエクトルも懐から取り出し、指ではじく。

 その仕草は彼の言葉以上に、彼がその紙に書いてある情報を重要視していないことを示していた。

 そして、なおもエクトルの説教は止まらない。


「C級冒険者であるアレンさんのスキルが<強化魔法>だけなどと……そんな情報をどうして真に受ける?そもそも、お前が称賛したコーネリアさんを含む有力なメンバーを率いていること自体が、アレンさんが強力な冒険者であるという証だ。この程度のことがどうしてわからん……」

「それは…………。申し訳ありません、浅慮でした」


 エクトルの部下である青年が、俺に向かって深々と頭を下げた。


「ああ、いや、気にしないでください」

「そういうわけには参りません。お恥ずかしいところをお見せしたお詫びに、幾ばくか報酬を増額させていただきますので、どうかご寛恕いただきたい」


 俺が慌ててフォローするも、エクトルの気は収まらないらしい。


 しかし、今回の指名依頼は俺たちにとって現状でも十分に有利な条件だ。

 そこからさらに相手の瑕疵に付け込んで高額の報酬をせしめたという実績を作ってしまうと、長期的には風聞の影響が出る。

 ここは丁重にお断りするべき場面だった。


「報酬はすでに十分です。それに情報を隠している私が悪いのですから。実は彼が初めてというわけではなく、言われ慣れていることなんですよ」


 俺が茶化すように肩をすくめると、エクトルがすまなそうに眉を下げる。


「そこまでおっしゃっていただけるのであれば、お言葉に甘えさせていただきます」

「構いません。代わりと言ってはなんですが、どうぞ今後ともご贔屓に」

「ははは!まだ出発もしていないのに気が早いですな!」

「それもそうですね。では無事目的地に着いた後、もう一度申し上げることにしましょう」


 俺とエクトルがちょっとした冗談とともに握手を交わし、打ち合わせはお開きとなった。






 一時は気まずくなった打ち合わせも、終わってみれば概ね円満に終えることができた。

 その流れをつくったのは間違いなくエクトルで、それを為すのは彼の商人としての技量と経験だ。


 能力を隠すのは、なにも冒険者だけではない。

 そういうことなのかもしれなかった。


(今回の依頼は何としても成功させたいな……)


 きっと彼らはこれからも交易都市と辺境都市を行き来するのだろうから、彼らとの仕事の実績を積み重ねて彼らの得意先になれば定期的な報酬と指名依頼の実績を手にすることができるだろう。

 

 もちろん今回の報酬が高いのはご祝儀が含まれているからであって、次回以降はこれほどの報酬を期待できないことは理解している。

 しかし俺はそれでも、彼らとの取引の継続が俺たちにとってメリットになると考えていた。

 商人が有力な冒険者との縁を求めるように、冒険者にとっても優秀な商人との繋がりは必要なものなのだ。


「ふふっ、打ち合わせお疲れ様!」


 冒険者ギルドを出て俺の屋敷に向かう道中。

 思索に耽っていた俺に声をかけたのは、俺の前を歩いていた少女だった。


「メンバーが優秀だとリーダーも大変ね?あたしとティアの足を引っ張らないように、せいぜい頑張りなさい」


 器用に後ろ向きで歩く彼女は意地の悪い笑みを浮かべている。

 ニヤニヤという表現がピッタリ似合うその表情に、仲間が帰ってきたことを否応なく実感させられた。


「戻ってたのか、ネル」

「はあ……?あたしはずっと一緒に居たでしょうが」


 俺はため息を吐きながら首を横に振る。


「さっきまで慎み深いお嬢様と入れ替わってただろ?せっかくだから、もう一回入れ替わってこい。何ならずっと入れ替わったままでもいいぞ」


 眉を吊り上げたネルの飛び蹴りをひらりと回避し、俺は屋敷へ続く路地を駆けだした。



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