第142話 閑話:とある政庁の定例会議
「都市内に魔力灯が設置されております」
月に一度開催される都市内各部門の長が集まる定例会議の場。
出席していた役人の報告を聞いた他の出席者たちに動揺が広がった。
出席者の多くは報告者を訝るように見つめ、そしてその後に上座で瞑目する男の様子を探る。
男の名はミハイル・フォン・オーバーハウゼン。
帝国貴族であり、この辺境都市を治める領主でもあった。
オーバーハウゼン伯爵家は他国領から遠い地域を治めているため戦で手柄を立てる機会にも恵まれないものの、代々一族から優秀な役人を輩出しており都市を治める手腕も堅実であることから、有力貴族の一角として帝国内にその名を知られている。
一方、当代オーバーハウゼン伯爵は無能を嫌うことも彼に仕える役人や騎士の間では有名であり、昨年は経済部門の幹部がこの会議での失態を理由に降格処分となっていた。
そんな領主が出席する会議での報告は、部下と入念に準備を重ね、報告内容を精査してから臨む。
この会議の出席者、特に文官の間では常識である。
にもかかわらず、報告者は一体何を言ったのか。
魔力灯なら、この都市を東西南北に貫く大通りに等間隔で設置されている。
先代領主がかれこれ30年も前に行った事業であり、それを知らないものなどこの場にはいない。
だから、優秀なことで多くの出席者から一目置かれている報告者の口から、そのような無価値な報告が飛び出せば、彼らが訝しく思うのも無理のからぬことだ。
報告者も処分されてしまうのではないか。
不安、失望、期待。
様々な感情が会議の場に渦巻いた。
一方、ミハイルの態度は平然としたものだった。
無能を嫌う彼が部下を評価する視線は常に厳しいが、本件の報告者に対してはミハイルも一目置いている。
彼の評価は報告を最後まで聞いてから決めても遅くはない。
その程度には、ミハイルは報告者の能力を信用していた。
「続けろ」
ミハイルは一言だけ告げると、彼に報告の続きを促す。
「失礼しました」
そう言って報告を続けた彼の言葉によって、しかし、出席者の動揺はさらに強いものになっていく。
「ここ数日の話ですが、我々が把握していない魔力灯が都市内に多数設置されていることを確認いたしました。その数は把握しているだけで50基ほど。場所は南東区域に集中しています」
なるほど、設備部門の長である報告者が把握していない魔力灯が設置されているということ自体は、たしかに不気味な話である。
魔力灯の設置にはそれなりの費用が必要であり、その維持にはそれなり以上の費用がかかるため、これを独力で設置できる者は限られる。
それが貧民街として知られる南東区域であるならなおさらだ。
しかし、だ。
これが領主に報告すべき案件かと問われると、やはり多くの者が首をひねるだろう。
許可していない構造物が都市内に設置されることなど、そう珍しい話でもない。
設置者が見つかればそれを撤去するよう命令し、見つからない場合は手間ではあるが部下を派遣して撤去してしまえばよい。
魔力灯が無断で設置されるということは過去にないかもしれないが、この会議の場でわざわざ領主に対して報告すべきこととは思えない。
ミハイルも同様の考えだったようで、彼の眉間に少しだけしわが寄った。
「それだけか?」
領主の言葉に、会議の出席者たちの緊張が高まる。
次に口を開いたとき、彼の処分が言い渡されるのではないか。
そんな思いを、その場にいる多くの者が共有していた。
しかし、報告者の堂々とした態度はこれから処分される男のそれではない。
彼はさらに報告を続けた。
「過去の例に従い、我々は無断設置された魔力灯の撤去を試みました。しかしながら、結果的に魔力灯を撤去することはできませんでした」
「ふむ……?」
「魔力灯の撤去のために派遣した部下からの報告によりますと、通常の方法では魔力灯を地面から切り離すことができなかったとのことです。周囲の土を掘り返しても魔力灯の先端にたどり着かず、やむなく接地面から切断しようとしましたが、建築用の工具では刃が通らなかったと……。最終的には、騎士団に在籍する3名の<土魔法>使いの手を借りて、なんとか魔力灯を地面から切り離すことができました」
「不可解な話だ……。しかし、切り離すことはできたのか。撤去できなかったのではなかったのか?」
建築部門の長から声が上がる。
すると、ここで遅まきながら報告者の態度にためらいがみられた。
「どうした?まだ説明は終わりではないのだろう?」
領主に続きを促されてなお、ためらいながら報告を続けられる。
「切り離すことには成功しました。3名の<土魔法>使いが1時間ほどもかけてようやく切り離すことができたのですが……。翌日には新たな魔力灯が設置されていたそうです」
会議場を、沈黙が支配する。
「それは何かの比喩や冗談ではなく、言葉どおりの意味か?」
「お気持ちはわかりますが、事実です。部下から報告を受けた私もにわかには信じることができず、翌日再度撤去を試みることを命じてそれに同行したのですが、さらに翌日、彼らの説明と同様の現象が確認されました」
なるほど、たしかに報告をためらう気持ちはよくわかる。
こんなことを報告したところで正気を疑われるだけだろう。
「ちなみに夜になってから、生え変わった魔力灯の動作を確認させましたが、他の魔力灯同様、魔力灯として動作していたと報告されています」
ここにきて会議の出席者は困惑を隠すことはできず、誰からともなくざわめきが広がっていく。
「魔力灯が生えるとはな。農業部門が魔力灯の種でも開発したか?」
「それは素晴らしいことだ。北西区域の高級住宅街にも蒔いてやるといい」
「馬鹿なことを!閣下の前だぞ!」
「では一体なんだというのだ。魔力灯が自然に生えたとでも?」
やはりこうなったか、とばかりに報告者は小さく溜息をつく。
それでも正気を疑われていないことに安堵しつつ、彼は領主の様子を伺う。
ミハイルは体の前で腕を組んで瞑目し、黙考の姿勢を示している。
それに気が付いた出席者たちは雑談と大差ない議論をやめ、領主の考えがまとまるのを待つ姿勢をとる。
領主の黙考を邪魔してはいけないというのも彼らにとって常識だ。
十数秒の黙考の後、ミハイルは目を開けて出席者に語りかける。
「まあよい。魔力灯の分析は魔道具部門に任せる」
「承知しました」
領主の命令に、魔道具部門の長が短く答える。
「問題は設置者の正体とその意図だが……、君の考えを説明したまえ」
誰がどのような意図でこれを行っているのか。
報告者はこの問いに対して持論を展開する。
「検討したところ、最も可能性が高いのは閣下に対する嫌がらせです。その、大変申し上げにくいですが、件の魔力灯は大通りにあるものと比較しても、その……よくできております。技術だけでなく、装飾も評価できるものです」
「なるほど。先代が設置した魔力灯よりも上質の魔力灯を貧民街に並べて私を笑いものにしようというわけか」
「恐れながら……。仕掛け人は他領の貴族、おそらくは――――」
「わかった。その先は言わずとも良い」
報告者は黙って頭を下げた。
オーバーハウゼン家が伯爵に陞爵したのは4代前のこと。
一度は崩壊しかけた帝国が、残った貴族の忠誠心を高めるために見どころのある貴族を手当たり次第に陞爵させた時期があり、流れに乗る形で伯爵になったという経緯がある。
そして、それは商業都市を治める伯爵も同様だった。
そろそろ侯爵にという話も出てくる頃合いだろうから、敵になりそうな相手には事欠かない。
今は帝国内も落ち着いている。
侯爵家が二家も増えるというのは考えにくい。
そんなことは、お互いに理解している。
「向こうの思惑に踊らされて慌てる姿を見せてやることもない。魔力灯、ありがたく頂戴しようではないか」
「よろしいのですか?あの魔力灯を欲しがって、こちらに問い合わせてくる者もいるかもしれませんが」
「迷宮から発掘したものだから在庫がないとでも言っておけ」
必要な指示を終えるとミハイルの興味は次の報告に移っていく。
彼に限らず会議の出席者は多忙であり、ひとつの報告に長い時間を割くことなどできはしない。
時間は刻々と過ぎていき、会議は定刻で終了した。
会議が終われば出席者たちはそれぞれの仕事に戻らねばならない。
不思議な魔力灯の話など、大半の出席者の頭から消え去ってしまう。
ただひとり報告者だけが、この不気味な話に漠然とした不安を感じていた。
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