第141話 閑話:A_fairytale_10




 立て続けの来客も昨日から三度目となれば、冷静に対応するのは難しくない。

 なんとなく嫌な感じがする人間の女が屋敷に入り込まないように通せんぼすることだって、時間をつぶすために大量のクッキー要求する客に大皿にてんこ盛りのクッキーを提供することだって、今の私には簡単なこと。

 昨日の私なら身構えたであろう突然の来客も、もはや日常の一部となっていた。

 それは私がマスターの家妖精としてまたひとつ成長できたということに他ならず、その事実に私は小さな喜びを覚えたのだった。




 マスターが友人に連れられて出かけた後も、私の日常は続いていく。


 食器を片付け、マスターの部屋を掃除し、庭の一角で栽培する野菜や薬草の手入れを済ませる。

 それらが一段落すると2階にある書庫へと向かった。


 マスターの部屋の扉と対を為す両開きの扉。

 その片方を押し開け、紙の香りが充満する部屋に足を踏み入れた。

 私を迎えてくれるのは、それほど広くない横長い部屋の壁一面に並んだ書架とそれを埋め尽くす本の群れ。

 その総数は2千を超える。


 人間の大人がなんとかすれ違える程度の幅の通路をゆっくり歩きながら、私は目当ての本を探した。

 装丁も厚さも異なる様々な本が並ぶ書架には、元の所有者の生業が影響してか、やはり魔法関連の本が目立っている。


 難しそうな魔術理論の本。

 魔法を使い始めて間もない初級者向けと思しき教本。

 魔術師の自叙伝。

 特定の魔法やスキルの解説書。

 

 全てを読み切るには途方もない時間がかかるだろう。


(全部は読めないから、とりあえず……)


 扉から左右に伸びる通路を往復して扉の前に戻ると、背表紙に記された本のタイトルを参考に1冊だけ手元に引き寄せて書庫の外に出る。

 リビングに戻った私は、ソファーに腰掛けて本を膝に乗せた。


 本の表紙には『魔術技能総覧』と書かれている。

 その名前のとおり、数多の魔法やスキルが解説されている本だ。

 魔法やスキルの名称が列挙されているだけではなく、この本が書かれた当時に存在した魔法やスキルひとつひとつについて、その特徴や効果、用途、応用の可能性、不明点、そして関する著者の考察まで長々と記されている。


 私がこの本を手に取った目的――――それは、攻撃魔法の習得だ。


(本性を隠した敵への対処は、まだ対策が不十分。だから、せめて私も十分に戦えるようになっておきたい……)


 依然として懸念事項となっている本性を隠した人間への対処法。

 今はマスターに近づく人物を可能な限り観察し、敵対関係にあるのかどうかを探るという極めて不安定で手間のかかる方法が取られている。

 これ以外に、有効な方法が思い当たらなかったからだ。


 だから屋敷の中で最も自由に動ける存在である私が、マスターを守護することができるだけの戦闘能力を身につけなければならない。

 そのために必要なのは<家事魔法>でも<栽培>のスキルでもなく、攻撃魔法だった。

 

(まずは、基本四属性魔法から……)


 立派な装丁の表紙ともう一枚ページをめくると目次が現れ、さらに何ページか読み飛ばすと目当てのページにたどり着いた。


 基本四属性魔法とは、<火魔法>、<水魔法>、<風魔法>、<土魔法>を指す言葉だ。

 数多くある魔法の中で最もよく知られており、そして習得人口が最も多い魔法でもあった。

 それが理由の一端なのだろうか、基本四属性魔法の用途や効果は他の魔法と比べて非常に長々と書かれている。

 攻撃魔法としての使い方だけでなく、それが身近な魔道具に転用されていることなども詳しく書かれていて、よく構造を知らないで利用していた魔道具はこのような仕組みだったのかと思わず感心してしまった。


 しかし――――


(基本四属性魔法は、……)


 本に書かれた使い方や特徴について何度も読み返し、私自身の習得目的と照らし合わせた結果、残念ながら基本四属性魔法は私の求める性能を満たさないことがわかった。


 <火魔法>は数ある魔法の中で最上級の火力を誇るけれど、屋敷内での使用に全く適さない。

 この屋敷は高級石材やレンガが多く使われているものの、家具は木製が多いし絨毯はよく燃える。

 そんな屋敷の中で<火魔法>を使えば、私の魔法でマスターを焼き殺してしまいかねない。


 <土魔法>は数ある魔法の中で最も発動が容易とされているけれど、これも屋敷内での使用には適さない。

 <土魔法>は土の上でこそ最大限の効果が発揮される。

 屋敷の中ではいまいちだ。


 <風魔法>と<水魔法>は応用の幅が広い一方で、攻撃魔法としての威力に欠ける。

 熟練の魔法使いならば空気を圧縮して暴風を巻き起こしたり、水の中に相手を閉じ込めたりすることもできると書いてあるけれど、屋敷の中で暴風は遠慮したいし、水の中に相手を閉じ込めると言うのは悠長過ぎる。


(屋敷の中で使っても大丈夫で、威力が高くて、速い魔法…………というのは流石に贅沢?)


 探してみて該当する魔法が見つからなければ条件を再考する必要がある。


 そう考えながらめくったページに、はあった。

 

(これは……<雷魔法>?)


 基本四属性との対比で応用四属性――ときには八属性とも――呼ばれる括りに含まれる魔法のひとつ――――<雷魔法>。

 <氷魔法>、<光魔法>、<闇魔法>と合わせた応用四属性の中で最も威力が高い魔法で、その速さは八属性のうち2番目を誇る。

 デメリットのひとつとして解説されている攻撃範囲の狭さは私の使用目的を考えればメリットにしかならないし、もうひとつの懸念事項である習得の難しさも――――何とかなりそうだ。


 妖精や精霊は人間よりも魔法との親和性が高い。

 雷に対する嫌悪感や苦手意識はない。

 マスターから与えられた魔力の余剰は十二分。

 そして私は<雷魔法>がマスターの安全と平穏を守るために必要だと確信している。


 ならば、私はきっとこれを習得できる。

 そんな気がする。


(まずは実際に練習してみてから。どうしてもできなかったときは別の魔法を探せばいい)


 本を書庫に戻し、<雷魔法>の練習――まずは習得――のために地下の部屋に足を向ける。

 エントランスホールの正面に鎮座する階段を一歩一歩下りながら、またマスターのために成長できることを喜んでいた――――そのときだった。


『フロル様!シエル様!』


 遠く離れた相手と意思疎通を行うことができるスキルを応用した領域内限定のネットワークを介して、緊張感のある声が私の下に届けられた。


 これは非常に珍しいことだ。

 普段、妖精たちの報告を受けるのはシエルであり、シエルが私に通すことが必要と判断した用件だけがシエルから私に伝えられる。

 このためシエル以外の妖精――声からして班長のひとり――の声が直接私に届くのは、今の体制が定着してからは初めてのことだった。


『どうしたのですか?慌てずに状況を報告しなさい』


 声が私にも届いていることはシエルにも伝わっている。

 私に直接報告することを制止しなかったのは、声から滲み出る緊迫感のためだろう。

 

 シエルが普段どおりに役割をこなしていることを理解した私は、彼女らの声を聞きながらも地下室へ向ける足を止めることはなかった。


 これもまた日常の一部なのだと、このときまでは信じていた。


『――――――――――――――――――――!』


 私の足が止まる。

 聞こえた言葉を、頭の中でただ反芻する。


(フロルサマノ……マスターガ……コロサレテ……シマイマス?)


 知らない魔法の詠唱のように音だけが聞こえてくる。

 音の意味を理解しようとしない私に、数瞬の時間をかけて、理性が言葉の意味を無理やり押し付けた。


(マスターが、殺され―――――ッ!!?)


 渾身の力で頭を殴られたような衝撃に耐えて、すぐさまマスターの存在を探る。

 しかし、見当たらない。

 今日は遠出しないと言っていたマスターの魔力が、私の支配領域内には存在しなかった。


(どうして!?)


 私が支配下に置く領域は拡大の一途を辿っている。

 私自身の力の増大と領域内の生物から吸い上げた魔力の余剰に押されるように、北西区域にまで食い込み始めた私の領域。

 中でも都市中央部に位置する都市内で最も高い建築物であり、頂上からは都市全体を見渡すことができる時計台を手中に収めたことは大きな成果だったはずだ。

 時計台の頂上から望遠鏡を使えば、マスターが北西区域にいてもおおよその動向を掴むことができるからだ。


 にもかかわらず、マスターが殺されそうになるまで追い詰められている。

 理解が追い付かない。


『マスターはどこにいるのっ!!?』


 居ても立ってもいられず、ネットワークを介した会話に割り込んだ。


『は、はい!』

『早く答えて!!』

『ッ!北西区域です!大きな建物の近く!鎧を着た人に囲まれて……!攻撃されて血を吐いてます!』

『――――ッ!!』


 報告から伝わらないマスターの居場所。

 それと対照的に明確に危急を告げるマスターの状態。

 

 苛立ちと焦燥を堪えきれず、私が怒声を発しようとしたそのとき――――


『現場に到着しました』

『ッ!シエル!!』


 昨日に続き、北東区域を巡回に出ていたはずのシエルから朗報が伝えられた。


『状況は!?』

『はい。場所は騎士団詰所に隣接する広場。アレン様は騎士たちに包囲されています。ただし、戦闘はアレン様と騎士の1対1。本日屋敷を訪れたアレン様の友人の姿もあることから、何らかのルールに則った“決闘”であると推測されます』


 決闘。

 たしかマスターの友人の男が片想いの女を取り返すとか、そんな話だったような気がする。


『負傷の度合いは……胸部の防具が全損しており、吐血の跡が確認できます。しかし、現在も戦闘を継続しているところを見るに、致命的な怪我ではないと判断できます』

『ッ!そう、よかった……』


 最悪の最悪は回避できた。

 力が抜けて、思わずへたり込みそうになる。


(……違う、まだ終わってない!)


 私はかぶりを振って楽観的思考を振り払う。

 今はまだ、そうなっていないだけ。

 これからそうならないという保証などどこにもない。


 今の私がすべきことはマスターが真に危機に瀕したときのために、あらゆる備えをしておくことだ。

 まずは足を動かしながらシエルを介して情報を集めていく。


『シエル、現在地は?』

『<隠密>を使える一人は騎士団詰所の外壁の上、残りは騎士団詰所の南側、路地を挟んで隣接する建物の屋上に身を潜めています。いつでも介入できますが、実行するのであればココルをあてるのが賢明でしょう。騎士たちの数が多く、アレン様と戦う騎士は相当な実力者と見られるため、この場の戦力だけでは不安があります』

『ココルなら勝てる?』

『巡回担当の三班を集合させて援護すれば、最悪でもアレン様の離脱は叶うかと。能力的にココルが大きく劣るわけではありませんが、戦闘経験の不足は勝敗に大きな影響を及ぼします』

『わかった。ココル、お願い』

『了解です!フロル様!』


 ようやく自分の出番が来たとばかりに張り切る能天気な声が、少しだけ私の心を軽くしてくれる。


(でも、まだダメ……)


 私のできることは、まだ終わってない。


『いざというときに備えて領域を拡張する』

『フロル様、この場所は――――』

『わかってる。でも、マスターの安全には代えられない』

 

 今、大切なマスターがいる場所は騎士団詰所。

 私が支配することを避けてきた場所のひとつだった。


『ここを支配すれば、領主の館を領域とする精霊を刺激します。アレン様だけでなく、フロル様まで窮地に立たされる恐れがあります』


 この都市に領域を持つ強力な精霊。

 そのうちの一人は領主に近い位置にいる。

 そんな精霊が領主の武力を象徴する建物を私に支配され、それを看過するとは考えにくい。

 もしかしたら、これは竜の尾を踏むような行為なのかもしれない。


 それでも――――


『みんなの中で最も戦闘能力が高いココルが戦っても分が悪いなら、マスターは殺されてしまう可能性がある。マスターの安全を確保するために、戦場を私の領域に組み込むことは絶対条件』

『…………』


 シエルの沈黙が私の考えの正しさを証明する。

 ならば、選択の余地はない。


 2階書庫の扉を勢いよく開け放ち、正面の書架の下から3段目の本を宙に浮かせる。

 露わになった書架の奥にある仕掛けを作動させると、正面の壁が書架ごと奥へと下がった。

 

 足を踏み入れたのは秘密の隠し部屋。

 テーブルに置かれた都市の地図――シエルによって様々な情報が書き足されている――を見ながら、マスターの居場所を割り出していく。

 

(騎士団詰所のとなりの広場は…………ここ)


 地図で見ても結構な広さがある。


(屋敷からの距離が遠い。準備は何もない。この状況で建物を避けて隣接する土地だけを支配するというのは……できなくはないけれど……)


 時間が足りない。

 精霊にこちらの動向が露見するリスクが高まっても、建物ごと一気にやるしかない。


『フロル様!ココルです!現場に到着しました!』

『ありがとう、ココル。シエル、状況は変わりない?』

『たった今、アレン様が危機を乗り越えたところです。しかし、依然として戦闘は継続中』

『わかった。介入の判断はシエルに任せる。今から戦場を建物ごと支配する』

『……承知しました』


 シエルの返事があるや否や、私は感覚を研ぎ澄ませ、魔力を解放する。

 あっけないほど簡単に、敵勢力の牙城である騎士団詰所は私の支配領域の一部となった。

 

『……どう?』

『はい。アレン様の動きが。相手の騎士が腹部を負傷したこともあって、形勢がアレン様に傾き始めました』

『そう。よかった……』


 私が危険を冒してまで支配領域を拡張した理由は、領域から出たがらない妖精たちがいざというときに事態に介入できるように――――ということだけではない。

 

(私が贈った<祝福>が、ちゃんとマスターの力になってる……)


 <家妖精の祝福>は、家の中でしか役に立たないはずの能力だ。

 家妖精の性質や家妖精の契約者が家妖精に求める役割を考えれば、本来はそれで十分と言える。


 それでも、私はどうにかしてもっとマスターの役に立ちたかった。

 その結果が領域拡張という選択だ。

 普通の家妖精――というものを実はよく知らないけれど――なら絶対にできないであろうことを、魔力が欠乏している都市の環境とマスターが抱える膨大な魔力を背景に強引に成し遂げ、マスターの戦闘能力や生存能力を大幅に引き上げた。

 

 むしろこちらの方こそが本命の理由と言っても過言ではない。


『フロル様!突撃はいつですか!?』


 マスターの命の危険が遠ざかって一息ついているところに、ココルから突撃命令を催促され、現実に引き戻された。

 突撃を実行しないで済むならそれに越したことはないのだけれど、どうやらココルの中ではこれから突撃を敢行することが既定事項になっているようだ。


『マスターが危なくなったらシエルの判断で突撃して』

『フロル様!でもアレン様は危なくならなそうですよ!?』

『それならココルの出番はないかもしれない』

『そんなー!!シエル、シエル、突撃しよう!?』

『静かにしなさい。気が散ります』

『そんなー!!』


 しょんぼりするココルに申し訳ないと思いつつ、再び安堵の溜息を吐く。


 状況判断はシエルに任せた。

 戦意旺盛なココルもいる。

 巡回中の三班全員が集合し、合計20近い妖精の援護も受けられる。

 さらに、私がマスターに贈った<祝福>もしっかり役に立っている。


 マスターは、きっともう大丈夫だ。


 残された懸念は――――


(精霊が、私たちに気づくかどうか……)


 意外なことに、騎士団詰所は精霊の支配領域ではなかった。

 だから今すぐに気づかれることはないはずだ。

 

 できればマスターが撤収するまで気づかないでいてほしいと願う一方で、それが叶わないと思っている冷静な私がいる。

 

(相手の精霊の戦力はわからない。精霊がどれだけの配下を抱えているのかも、人間に対してどの程度の影響力を持っているのかも……)


 現状はわからないことだらけ。

 そのときが来たらどう対応するか、今のうちに考えなければならないのに、相手の情報が全く足りていない。


 相手の精霊に見つかってしまったときに、退くか戦うか。

 今の私にできることは、判断を迫られるそのときに備えて集中を維持することだけだった。


『フロル様。アレン様と騎士との勝負が終わりました』


 しばらくして、シエルが戦闘の終了を告げた。

 

『マスターが勝ったの?』

『いえ、引き分けのようです。アレン様は優勢を維持していましたが最後の最後で痛撃を受けて意識を失い、アレン様の仲間に介抱されています。命に別条なく、これから建物の中に運び込まれて治療を受けるようです』 

『そう、よかった……。みんなにご苦労様と伝えておいて』

『承知しました。これより、いくらかの見張りを残して通常の体制に移行します』

『お願い』


 言葉にせずとも私の雰囲気から戦いの終わりを感じ取ったシエルが、現地の妖精たちに指示を出してくれた。

 戦闘にならずに済んだことによる安堵や結局出番がなかったココルの不満が漏れ聞こえてくると、ようやく危機は去ったのだと実感できる。


 そんな一瞬の心の隙を咎めるように、それは起こった。


(ッ!?きた……!)


 支配領域に異物が混ざりこむ。

 外部と明確に区切られているはずの支配領域の境界が歪み、何者かの魔力が支配領域に浸透してくる感覚。


 間違いない。

 精霊に感づかれた。


(嫌な感じ……)


 体に纏わりつく言い知れぬ不快感。

 騎士団詰所は私にとって思い入れのある場所ではなく、それどころか放棄する前提で先ほど支配したばかりの敵地だ。

 理性ではわかっているのに、それでも領域を奪われることに不安を感じるのは領域を確保しないと生存できない家妖精の性だろうか。


『フロル様、撤退しましょう。これ以上は不要の軋轢を生みます』


 シエルも状況に気が付いたようだ。


 彼女の言うとおり、私たちは目的を果たした。

 ここから先はリスクの方が遥かに勝る。


 私は迷わずに後退を決断した。


『見張りも含めて全員撤収。時計台だけを残して北西区域を全て放棄する』

『え?あそこだけじゃなくてですか!?』

『うん、追われると面倒だから。領域外に取り残されないように急いで』

『り、了解です!』


 出ることができるかどうかはさておき、ココルも領域外に放り出されるのは嫌なようで、全ての妖精が速やかに北西区域から撤収した。

 私は少しだけ相手の圧力を確認するように魔力を押し返し、次の瞬間には宣言どおり領域を放棄する。

 時計台を除く北西区域が私の手を離れるまでかかった時間はほんのわずか。

 相手の精霊は間違いなくこちらを見失ったことだろう。


『とりあえず、撒いたと思う』

『警戒態勢はいかがいたしますか?』

『今のところは必要ない』


 相手の精霊の追撃に対する不安は皆無ではないけれど、一方で執拗に追ってくるとも思っていない。

 精霊や妖精にとって魔力が希薄な土地で領域を拡大することは負担が大きく、強力な精霊でも準備なしには難しいからだ。


 それに一度見失った私を捜索するためには私の本来の支配領域に踏み込まなければならず、それを無策でやってのけるには大きな戦力差が必要になる。

 騎士団詰所を放棄した以上、精霊が深追いしてくる理由もないだろう。

 相手のことがわからないのは、こちらだけではないのだから。


(とはいえ、相手の精霊の性格がわからない以上はしっかり備えておかないと……)


 強力な精霊が力相応に思慮深いとは限らない。

 常に戦力の強化を意識していく必要があるだろう。

 ココルを筆頭とした戦闘要員を強化することは当然として、全員がある程度戦えるようになることが望ましい。


 それは私とて例外ではない。


 いや、むしろ――――


(私が、守らないと……)


 マスターを。

 マスターの屋敷を。

 マスターの安全と平穏を。


 それらを脅かす何もかもをいつでも排除できるようにしておくことが、私の役目。


(そのために必要な力を手に入れる、必ず……)


 決意を新たに、私は地下への階段を下りて行った。



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