第139話 閑話:A_fairytale_8




「緊急会議を始めます」


 前回の会議からわずか数日。

 本当は会議の予定などなかったにもかかわらず、私は居ても立ってもいられずに会議を招集してしまった。


 地下の会議室には、私の混乱が伝播して不穏な雰囲気が漂う。

 会議の開始を告げるシエルの無感情な声が、むしろ場違いに感じられるほどだ。


「マスターが……、マスターが……」


 緊急会議の議題を切り出す私の声が震える。

 ただならぬ気配を感じ取った妖精たちは、息を飲んで私の言葉を待っている。


 早く伝えなくては。

 対策を考えなくては。


 それなのに、焦燥のあまり言葉が出てこない。


「フロル様、落ち着いてください」

「――――ッ!」


 シエルがテーブルに乗せた私の手を握ってくれた。

 シエルだけではない。

 妖精たちはみな、心配そうに私を見つめている。


「ありがとう。もう大丈夫」


 深呼吸をひとつ。

 少しだけ心が落ち着いた。

 

 私は改めて、私が置かれた絶望的な状況を共有するために口を開き――――


「マスターが、尋常じゃない量の魔力を無駄遣いしてる」


 先ほどのマスターの行動――剣を持ちながら大量の魔力を無為に放出したこと――を語って聞かせた。


 言葉を失う者。

 小さな悲鳴を漏らす者。

 反応は様々だけれど、都市外出身の精霊であるシルフィーを除く全ての妖精が硬直した。


 この反応は決して大げさなものではない。

 魔力は私たちが存在するために欠かせない要素であり、この地域では非常に貴重なもの。

 私を始め多くの妖精が魔力がなくなることの恐ろしさを経験している。


 その魔力が無為に消費されていくという恐怖。

 今は魔力に困ることはなくなったけれど、それは私たちの中である種のトラウマになっていた。


『マスターの剣を強くする』


 愛用の手帳に書かれた文字を、震える手でなぞる。


 油断していた。

 平穏な環境を整えることが先だと思っていた。

 そのために、いろいろなことに手を付けた。

 屋敷の改修や補強のような大掛かりなことも、そう。

 装備をこっそり修理したりポーチの中のポーションをこっそりお手製の品と入れ替えたりといった小さな努力も、そう。

 思いついたことから何でもやった。


 けれど、だってマスターの要望だ。

 後回しにせず、全力で取り組まなければならなかったのだ。


「マスターの様子、きっと、さっきが初めてじゃない……。これまでに何度も何度も……繰り返し、やってたはず」


 の記憶も新しい妖精たちは、体の震えが止まらない。

 いつも冷静なシエルが、まだ硬直から復帰しない。

 普段は暢気なココルまで、顔が青ざめている。

 メリルに至っては、もう涙目だ。


 私だって泣けるものなら泣きたい。

 それでも今は頑張らなければいけないときなのだと歯を食いしばる。


「早急に、マスターの意思に反しない形で、無駄遣いをやめてもらう必要がある。マスターは剣の威力を気にしていたから、剣の威力が上がれば、きっとあんなことはしないと思う」


 金属に詳しい土妖精に祈るような視線が集まる。

 これまで毎回会議に参加しながら一言も発したことがない土妖精が、視線の圧力に押され、急かされるように話し始めた。


「フ、フロル様のマスターの剣を見たことがあるっす。素材自体は非常に上等で、鍛え方もなかなかのものっす。あの剣の切れ味を今よりも大幅に向上させるなら、魔法に頼るしかないと思うっす」

「マスターの剣を、魔法剣に作り替えるということ?」

「そうっす」


 魔法剣。

 その重さや鋭さで斬り裂くだけではない、何らかの魔法効果を持つ剣のことだ。

 私は実物を見たことはないし詳しい知識も持っていないけれど、既存の剣を魔法剣に変えるというのは難しいことではないのだろうか。

 

「幸いあの素材は魔力がなじみやすいようなんで魔法剣に適してるっす。魔力が剣に通りやすくなるように手を加えて、魔力に反応して剣の切れ味が向上する術式を組み込めば、フロル様のマスターにもご満足いただけると思うっす!」

「たしかにそれなら……」


 ようやく自分が役に立つときが来たとばかりに張り切る土妖精は頼もしい。

 聞いた限りでは成功しそうに思える話で、他に有効な手段もなく、事は急を要する。


 私が土妖精に仕事に取り掛かるよう指示を出そうとしたそのとき、しかし、シエルが待ったをかけた。


「お待ちください。その魔法剣は、もし敵に奪われればフロル様のマスターを危険に晒すのではありませんか?」

「可能性がないとは言えないっす」

「それは困る」


 武器が強力になればなるほど、それを奪われた時の危険は増すというのは確かにそのとおり。

 剣を強化すればマスターの安全が確保できると思ったけれど、そう簡単でもないようだ。


「マスターしか使えないようにはできない?」

「フロル様のマスターの魔力にしか反応しない魔法剣というのも理論上は可能っす。ただ、時間がかかる上にフロル様のマスターの協力が必要になるっす」

「それはダメ」

「そ、それなら……うーん、うーん……」


 考え込む土妖精。

 申し訳ないと思いながらも、今は専門家である彼女を頼るしかない。


 そんなことを思っていたら――――


「フロル様のマスターは非常に高度なレベルで<強化魔法>を使いこなします。ならば、一定程度以上の<強化魔法>に反応して起動する術式を組み込むというのはいかがですか?」

「うーん、やってみないとわからないっす……。けど、上手くいけばフロル様のマスターの協力は不要になると思うっす」


 同じ家妖精であるシエルによって解決の糸口が示された。


(流石はシエル…………でも、シエルにできるなら、私にもできた?)


 シエルにできたなら、家妖精だから詳しくないからという言い訳は許されない。

 ほかならぬマスターのことなら私が一番知っているはずだったのに。

 これは、あとで反省しなければ。


「その方向で良ければ急ぎ術式の設計を始めるっす。実際に術式を剣に組み込む工程は、術者の魔力が高ければ高いほど術式の強度が上がるんで、フロル様にお願いしたいっす。どの程度の強度の術式を組み込むか、それまでに決めておいてほしいっす」

「それはもう決まってる。全力で込める」


 私の力でマスターの危険が少しでも軽減できるなら、私が手を抜くなんてあり得ない。


「強力な魔法剣は見た目が派手になる傾向があると思います。フロル様のマスターに気づかれる恐れはありませんか?」

「……その術式、見た目が変わらないように組み込むことはできる?」

「外観や重心は変えないようにするっす。ただ、術式が発動したときに剣が少し光るのは止められないっす」

「マスターの剣は、もともと少し光ってたはず。光を抑えれば、私たちが剣を加工したことまでは気づかれないと思う」

「わかったっす!なるべく発光を抑えるように努力するっす!」


 土妖精の言葉に私は頷いた。

 マスターの魔力の無駄遣いは私たちの心の安定を脅かす。

 一日でも早く魔法剣を完成させることが私たち全員の願いだった。

 

「魔力や物資はどれだけ使っても構わない。書庫も好きに使って。必要なら、あなたたちが成長するための魔力も惜しまない。大至急お願い」

「はいっす!!」


 土妖精が会議室を飛び出していった。

 マスターの剣を持ち出すことができるのは夜の間だけだから、おそらく何日かに分けて作業を進めることになるだろう。

 

「私も何か手伝うことがあるかもって思うので、失礼します」


 私が頷いて了承を示したことを確認した火妖精も、土妖精の後を追う。

 火妖精も鍛冶が得意のはずだから、協力すればより良い魔法剣が仕上がるかもしれない。


「なんとかなりそう。本当によかった」


 土妖精と火妖精が抜けた会議室に弛緩した空気が流れる。


 家妖精の班長の一人が、気を利かせて紅茶とクッキーを用意してくれた。

 私たちは魔力が主食だから人間の食べ物を口にする必要はないけれど、マスターに出す食べ物の味を知るのは私にとって重要なことだ。


 それに美味しいものを美味しいと感じる気持ちは、妖精も人間もきっと変わらない。

 いつの日か、マスターと一緒に美味しいものを食べて、その気持ちを分かち合えたなら。

 それはきっと素敵なことだと思う。


「フロル様。せっかく集まったことですし、人間の前に姿を見せた班の報告を聞いておきましょう」

「そうだった。各班、順番に報告をお願い。失敗したことも、叱ったりしないから正確に」


 ローテーションの関係上、全ての班が人前に出たわけではない。

 けれど、ここまでの状況を聞いて今後に生かそうというのは悪くないことだった。

 

「私の班は南西区域を担当しました。離れたところから、もの珍しそうにこちらを見てる人がいました。近寄って声をかけてくる人もいました。言われたとおり、お辞儀と笑顔で対応しました。人間との揉め事はありませんでした。あと、汚いところが多かったので、みんなお掃除のやりがいがあると言ってました」

「人間は好意的だった?」

「びっくりしてる人が多かったです。でも、近寄って声をかけてきた人は、みんな笑顔でした」

「そう、わかった。ありがとう」


 ひとつ目の班は、特に問題がなかったようだ。


「私の班は北東区域を担当しました。こちらも離れたところから見てる人が多かったですが、人間の子どもに追いかけられることが何度もありました。追いかけられたら逃げました。なので、あんまりお掃除する時間はありませんでした。元々あまり汚れがひどい場所ではなさそうなので、明日はお掃除も頑張りたいです」

「人間の子どもは、どうして追いかけてきたかわかる?」

「たぶんですが、私たちのことが珍しかったからだと思います。大声を上げて、大勢で追いかけてきました」

「わかった。捕まらないように気を付けて」


 ふたつ目の班も、大きな問題はなさそうだ。


 最後が、この屋敷もある南東区域担当班長からの報告だ。


「私の班は南東区域の担当でした。問題がいっぱいでした……」

「どんな問題があったの?」


 家妖精の班長は、困り顔で報告を続けた。


「最初は私たちの姿を見て逃げました。しばらくして、大勢の人がこちらに走って来て、私たちを捕まえようとしました」


 私は目を丸くして驚いた。

 攻撃されたらという想定はしていたけれど、実際にそうなるとは思っていなかったのだ。


「南東区域は都市の中心から離れるほど治安が悪化しますから。おそらくスラムの住民か、真っ当でない商売をしている者たちに襲われたのでしょう」


 シエルが人間たちの目的を解説してくれる。


(そういえばそうだった。屋敷よりも南東の方は無法地帯だって、シエルに聞いてたのに)


 スラムという言葉に良いイメージを持つことは難しい。

 その存在を思い出してみれば、不思議でもなんでもないことだった。


「大丈夫だった?」

「はい。それほど強くありませんでした」


 しかし、報告を続ける彼女の声は晴れない。


「その後、しかたないので南東区域の西寄りに移動しました。そうしたら、大通りでフロル様のマスターと同じような恰好の人に見つかりました」

「冒険者?」

「たぶん、そうです。その人は、笑いながら私たちを殺そうとしました」


 会議室の空気が張り詰める。

 私だって仲間が攻撃されていい気分はしない。


「それで?」

「その人は最初の人たちより強かったです。襲われたメンバーだけで勝てなかったので、私の班に所属する妖精全員を集めて戦いました。勝てましたけど、ひとりケガをしました。その人は、縄でぎゅうぎゅうに縛って、大通りに置き去りにしました。でも、時間を置いて様子を見に行ったときは、もういなかったです」

「ケガをした子は?」

「<回復魔法>を使える仲間を呼んで治してもらいました」


 ほうっ、と何人かが大きく息を吐いた。

 

「そう……お疲れさま。ケガした子に、ゆっくり休むよう伝えてほしい」

「わかりました」


 最後の班も、問題はあったものの大事には至らなかった。

 

 さて、どうしようか。


「冒険者は、どうして私たちを殺そうとするかわかる?」

「妖精や精霊を殺すと魔石が残りますから、魔石を売って金銭を得ようとしたのではないでしょうか?」

「…………」


 そういうことなら襲撃は今後も続く可能性がある。

 その人間が仲間を引き連れて襲ってくる可能性もあるということだ。

 何か対抗策を考えなければならない。


「南東区域だけ担当人数を増やすことはできる?」

「可能ですが、それだけでは不安があります。一度でも負けてしまえば、味を占めた人間たちが積極的に私たちを襲ってくるということも考えられますから、私たちに手を出すと痛い目に合うということを思い知らせることが有効でしょう。この際、儀式魔法で貯めた魔力を仲間たちの能力強化のために開放することも一つの手かと」

「そう…………」


 目を閉じて少しだけ考える。

 魔力は別に惜しくはない。

 それ以外に有効な対策はないか、考えていたのだ。


 しかし、私ではシエルよりも良い案は思いつかなかった。


「わかった。その方向で手配をお願い」

「かしこまりました」


 結局、私はシエルに対策を指示して緊急会議を解散した。

 





 玄関の正面、エントランスホールの中央に鎮座する二階への階段――――ちょうどその裏側に位置する用具室から、私は廊下に出る。


 用具室に造った隠し階段の下に広がるのは、マスターが知らない秘密の地下。

 土妖精と家妖精が協力して屋敷を改築した結果、会議室や妖精たちの居室などを含む多くの部屋が地下に造られた。

 マスターの剣の関係で中断するかもしれないけれど、屋敷の付近にあるいくつかの家屋へ繋がる通路も造っている。

 最終的にはシルフィーの助力を得て該当する家屋の所有者と交渉し、全て無人にした上で外敵から屋敷を防衛するための施設に改造する予定だ。

 

 食堂を経由してエントランスホールに戻り、階段から二階に上がって廊下を進む。

 音を立てないようにこっそりとマスターの部屋の扉を開け、マスターが寝ていることを確認した私は特大サイズのベッドに潜り込んだ。

 

 ぐっすり寝入るマスターは私が夜な夜なベッド忍び込んでいることなど気づいてはいないだろう。

 をいただいてからマスターの隣で眠り、マスターが起きる前に朝食をいただいてから朝の仕事を始める。

 私にとって最も安らぐ時間。

 しかし、今日の私はマスターの魔力を吸収しながらも、あることが頭から離れずにいた。


『泥棒がきたら逃げるか、やっつける』

『私も家妖精の英雄になる』


 愛用の手帳に書かれた文字。

 そこから明らかになるひとつの事実。


 それはマスターは私にも戦闘能力を期待しているということ。


 私は少しでもマスターの役に立つために、能力の強化には絶えず努めてきた。

 しかし、それは家妖精として屋敷を管理する方向に特化しており、効率的な攻撃手段は持ち合わせていない。

 実際に戦うとなれば、私にできるのは家具を操って敵にぶつけることくらいだろう。

 そして、マスターの脅威となるような外敵に対して家具がどれほどのダメージになるかと考えると――――


(私も少しずつでも戦えるようにならないと……)


 私は体が小さいから、武器を振り回すよりも魔法を使う方が上手に戦えるはずだ。

 どんな魔法がいいか考えておこう。


 もう、マスターの要望を後回しにすることは許されない。

 ほかの要望も早急に進めていかなければならない。


 そう決意しながら、私はゆっくりと眠りに落ちていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る