第138話 閑話:A_fairytale_7




「――――ということです。ほうこくを終わります」


 第一回会議から数日後。

 私は再び屋敷の地下にある会議室に足を運び、先日決めた編制の試行結果について報告を受けている。


 編制についてはシエルが用意した原案がほぼそのまま採用された。

 まず、命令系統の最上位は当然ながら私。

 私の下にはシエルを置き、私の補佐と大半の妖精たちを直接指揮する役割を担ってもらう。

 シエルの下には会議に参加している古参の家妖精を班長として配置し、班長である家妖精の下にそれ以外の家妖精を数人ずつ配置する。

 これが編制の基本部分だ。


 各班が担当する役割は、屋敷の家事、屋敷の周辺警戒、南東区域の情報収集、南西区域(冒険者ギルドの周囲を除く)の情報収集、北東区域(領主の屋敷に近い地域を除く)の情報収集、新入り妖精の教育で全6種類。

 これを7班が輪番で担当し、常に1つの班を待機させて不測の事態に備えることにした。

 輪番にしたのは妖精たちの適性を確認するためで、それが終わればメンバーの入れ替えを行ってから担当を固定するらしい。


 ココル、メリル、シルフィー、火妖精と土妖精の5人は、どの班にも属していない。

 ココルとメリルは、屋敷の警備という重要任務に専従させるため。

 シルフィーは食料の買い出しや妖精探しなど、1人の方が都合の良い仕事を主な役割としているため。

 火妖精と土妖精は、班に組み込むよりもそれぞれに適切な仕事をその都度割り振った方が効率的だ。


「――――でした。以上です」


 7人の班長がそれぞれ報告を終えた。

 今後も自分たちが担当する仕事であり、報告するときも報告を聞くときも真剣な様子である彼女らとは対照的に、どの班にも属さないココルとメリルは暇そうに報告を聞き流している。


 一方、シルフィーは興味になさそうにしながらも、真面目に話を聞く姿勢を崩さない。

 時折、様子を窺うようにこちらを見るのは、きっとまだ私のことを恐れているからだ。

 私はもうシルフィーのやったことを怒ってはいないのだけれど、私がマスターや屋敷を外敵から守るためにどれほど腐心しているか間近で見れば、この屋敷に忍び込むことがどれほど私の怒りを買うか理解できないはずはない。

 

 せっかくだから、シルフィーにはこの調子で今後も貢献してもらうことにしよう。

 敢えて誤解を正すことはしない。

 シルフィーには申し訳ないけれど、その方がマスターのためになる。


「ひとまず、みんなお疲れさま」


 報告後の総括。

 日頃の活動を労い、問題があれば改善について話し合うつもりだったのだけれど。


「報告をまとめると、大体問題なしということでいい?」


 報告を聞く限り問題はなさそうだった。

 試行期間が短いから、もしかしたら十分に問題が見えていないということもあるかもしれないけれど。


「そのように思われます。改善できる点がないではありませんが、それについては個別に各班長と話をしておきます。固まりましたらフロル様に報告します」

「うん、お願い。何もなければ試行編制の報告はここまで。何か問題が出てきたら、今後の会議の中で報告を」


 今日もシエルは優秀だから私が言うことは何もない。

 おかげで私は自由な時間を得ることができる。


「ここからは今日の本題。大事なことだから、しっかりと聞くこと」


 釘を刺すようにココルに視線を投げると、意外にもココルはすでに姿勢を正してこちらに注目していた。

 私の視線の意味も理解していないようで、小首をかしげている。


(切り替えができるのは良いことだけど……)


 ちゃんとできるなら最初からしてほしいとも思う。


 こほん、とひとつ咳払い。

 気を取り直して本題に入る。


「これまでみんなには、なるべく人間の目に触れないでと言ってきたけど、これからはどんどん人前に出てもらう」

「え……?」


 メリルが小さく声を上げた。

 メリルには索敵用レアスキル<レーダー>で屋敷に近づく外敵を発見する仕事を頼んでおり、他の妖精たちと違って外に出る機会がほとんどないから、不安も人一倍大きいのだろう。

 

「メリルは無理に出なくてもいい。ただし、屋敷の警戒は怠らないこと」

「あ、ありがとうございます……」


 メリルの不安を解消しつつ、私は話を続ける。


「マスターの安全と平穏を確保するために、私たちが直接動ける環境を整える。そのために、私たち家妖精はこの都市に居ても不自然ではない存在として、この都市に溶け込むことが必要になる。今、この都市は妖精が生きにくい環境になっているから、まずは私たちの姿を多くの人間たちに目撃されることで、人間たちの目を慣らすことから始めなければならない」


 私の言葉に対して、この場にいる妖精たちの反応は様々だ。


 すでに都市内を闊歩し、人間との交流も持っているシルフィーは無反応。

 家妖精の班長たちは、個々の性格によって期待と不安が半々くらい。

 

「手始めに、都市内各区域での情報収集を人間が活動する昼に堂々とやってみようと思う。これについて、みんなの意見を聞きたい」


 テーブルに座る面々に呼びかけた。

 意見がないわけではなさそうだけれど、誰もが周りの様子を窺っていて、自らが声を上げようとはしない。


「では、私からひとつ」


 誰も手を挙げないことを確認したシエルが先陣を切った。

 実のところ、私の補佐を担当するシエルには事前に話をしてあるから、彼女だけは私がやろうとしていることを、すでに正しく把握している。

 だから本来シエルがこの場で手を挙げる必要はないのだけれど、他の妖精たちが意見を言いやすいように、敢えてこの場で質問か意見を言うように頼んでいた。

 

「人間から話しかけられたときの対応は、どういたしますか?」

「家妖精を見かけることすら稀な状態で、いきなり人間の言葉を話すと人間に驚かれるかもしれない。最初のうちは、笑顔を返したり、お辞儀を返したりくらいに留めて様子をみる」

「かしこまりました。では、そのようにいたします」


 質問の内容も答えも事前にシエルに相談済みだから、このやり取り自体は意味を持たない。

 狙い通り、私とシエルのやり取りを聞くことで心理的な抵抗が取り除かれた妖精たちは、次々と質問を口にした。


「もし人間に攻撃されたら、どうすればいいですか?」

「逃げるかやり返すか、判断は現場に任せる。余裕があるなら、ネットワークを使ってシエルに判断を仰いでもいい。ただし、相手を殺さないこと」


 攻撃魔法を習得できた場合は習熟に努めるよう指示しているし、攻撃魔法がなくても支配領域の中でなら早々後れは取らない。

 道端に落ちている石や飾られている鉢植え、止まっている馬車すら私たちの力になる。

 家妖精にとっては、支配領域内にあるモノ全てが武器だ。


「人間から何かモノをもらったときは、どうすればいいですか?」

「危ない物じゃないなら、受け取ってもいい。そのときは、お辞儀を忘れないこと」

「お店で買い物をしてもいいですか?」

「人間が私たちに慣れたら、お店で商品を買ってもいい。少し様子を見てから」


 妖精たちの質問の多くは他愛無いものだ。

 私は淡々と、あらかじめ決めていたとおりの回答を彼女たちに返していく。


 そんな中、想定外の疑問を私に投げかけたのは、意外にも外に出たがらないメリルだった。

 

「あの……、人間たちは私たちを見て、家妖精だってわかるでしょうか?」

「……シルフィー、どう思う?」

「この屋敷のみなさんもそうですが、家妖精たちは、みんな人間の子どもにそっくりですからね。家妖精を見慣れてないなら、そう思われてもおかしくないです」

「それは困る」


 盲点だった。

 私たちが妖精や精霊を見れば、雰囲気から何となく感じ取ることができるから気にしなかったけれど、私たちがそうだからといって人間も同様だとは限らない。

 シルフィーが言ったように、この屋敷の家妖精は全員人間の少女の姿をしているため、人間から見れば人間の少女にしか見えないということも、確かにあり得る話だった。 


「できれば、私たちが家妖精だと気づいてほしい。何か案がある人?」


 そう尋ねながら私自身も何か解決方法がないか考えてみる。

 しかし、中々良案は浮かばない。

 そもそも家妖精という固有名詞はともかく、自分がどういう存在なのかということは考えるまでもなく理解していたことだ。

 マスターも最初から私が家妖精であると知っていたようだし、自分が家妖精であることを証明しようなどと思ったことは今まで一度だってなかった。

 

 この場にいる家妖精たちも私と同じなのだろう。

 頼みのシエルですらテーブルの一点を見つめて思考を続けており、いまだ解決策は提示されない。


(まさか、始まる前に頓挫するなんて……)


 この話の狙いは先ほど説明したことが全てではない。

 マスターに屋敷からの外出と人間との会話を禁じられた私自身が、外を出歩きマスターと話をするための第一歩なのだ。


 だから、こんなところで躓いてはいられない。

 なんとしてでも解決策をひねり出さなければならない。


 私が頭を抱えていると、またしても意外なところから声が上がった。


「箒はどうですか?」


 声の発信源に全員の視線が集中する。

 そこにいたのは火妖精だった。

 

「落ち着いて、説明を続けて」


 視線を集めて慌てる火妖精を宥め、彼女の考えを聞き出してみる。


「やっぱり家妖精が家妖精らしく見えるのって、家事をしてるときなのかなって思って。外を歩きながら洗濯とかはできないから、箒やハタキを持ち歩いて掃除しているところを人間に見てもらえば、もしかしたらって、思ったんです、けど……」


 段々声が小さくなって、最後には聞こえなくなってしまった。

 しかし、内容は悪くない。


「どう思う?」

「一理あると思います。エプロンドレスとカチューシャを着用し、箒やハタキを持つことで家妖精として印象付けを行うことができますし、情報収集のついでに領域内の清掃を行うことで、人間からの印象を好意的なものにできるかもしれません」


 シエルの分析にシルフィーも頷いた。

 私も良い意見だと思ったから、当面はこれでやってみよう。


「なら、シエルの言ったように装いを統一すること。情報収集担当はしっかりお願い」


 こうして私は記念すべき第一歩を踏み出したのだった。



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