第137話 閑話:A_fairytale_6
「綺麗」
屋敷の中心にある隠し部屋。
魔法陣中央の台座に据えられた魔石からぽたぽたと滴り落ちる水色の雫が、台座の下部に置かれた盃に溜まっていく様子を見ながら呟いた。
「フロル様の支配領域と儀式魔法の維持、配下の妖精たちへ供給する食事。それらに使われない余った魔力が、雫となって盃に溜まるようになっています。ある程度溜まったらポーションの小瓶に入れて保管しています」
シエルから差し出された小瓶を受け取り、しげしげと眺める。
純度の高い魔力の雫は妖精にとって垂涎の逸品であるはず。
しかし私の目には、そこまで魅力的には映らなかった。
今にも魔石から滴りそうになっていた雫を一滴、指の先に乗せて掬い取り、ぺろりと舐める。
「……不味くはない。けれど、美味しくもない」
「私もフロル様のマスターの魔力の方が美味しいと感じます。ただ、私とココルとメリル以外の者は味の違いを感じないようです」
魔力には相性がある。
それを知ったのは最近のことだ。
合わない魔力は味が薄い。
マスターの魔力ならいくらでも欲しいと思えるのに、この魔力は手に持った小瓶ひとつでもう十分。
それ以上は体が受け付けない。
もちろん物理的に飲むだけなら問題ない。
しかし、無理に取り込んでもその大半は私の力にならず、無駄になってしまう。
一方、マスターの魔力はハチミツのように甘い。
マスターの魔力なら、どれだけ吸収しても少しも余さず私を構成する一部になる。
私にはマスターの魔力とこの水色の雫が同じモノだとは到底思えなかった。
「マスターの魔力は、私とシエル、ココル、メリルだけで分けるようにする」
「賛成です」
あまり表情が変わらないシエルの声が、少しだけ嬉しそうだ。
私のように底なしというわけではないけれど、シエルたち3人もこの雫よりマスターの魔力の方が吸収効率が高いという。
マスターの魔力は本当に潤沢だから、この3人だけなら分け与えることで私の取り分が減っても残念だとは思わなかった。
(でも、シエルたち3人とほかの妖精たちの違いは……、この3人を発見したのが私自身だということくらい?)
発見場所は屋敷の中。
それ以外は特に思いつかない。
(元々マスターの近くで生まれたから、マスターの魔力と相性がいい?)
しかし、そうなると私とマスターの相性はどういうことだろう。
考えてもわからない。
なら、今は事実だけを受け止めておこう。
「私やフロル様にとっては美味しくなくても、純度の高い魔力であることには変わりません。何かに利用できるでしょうし、一部を貢献度の高い者への報酬とすることで全体の士気も上げることができると思いますが、いかがでしょうか?」
「今は特に使い道を思いつかないから、それでいいと思う。配分はシエルに任せる」
「わかりました。フロル様が何か用途を思いつくことがあれば、優先的にそちらに使用することにします」
「うん、お願い。いつもありがとう」
「今後もよりお役に立てるよう努めます」
いつも私を支えてくれるシエルに礼を言うと、この程度のことはできて当然とばかりの澄まし顔。
しかし、今回のような助言は少し前のシエルでは決してできなかったことだ。
少し前にできなかったことが容易にできるようになるほどに、領域拡張と儀式魔法はシエルをはじめとした妖精たちを成長させた。
成長したのはシエルだけではない。
ココルとメリルも、それぞれ私の期待した方向に順調に成長している。
私が二人に期待したことは屋敷を狙う愚か者たちの撃退だった。
皮肉なことに、私が家妖精として力をつけてマスターのために屋敷の手入れをしたことによって屋敷を狙う愚か者が増えてしまい、私一人では対処が難しくなっていた。
支配領域を拡張した後も屋敷のことに集中したい私は、屋敷を囲む柵の外側にあまり注意を払っておらず、結果として愚か者が屋敷の柵を越えるまで私はそれらに気づかない。
侵入された後で撃退すれば済む話ではあるけれど、マスターの所有する屋敷と庭に侵入されずに済むならそれに越したことはない。
だからメリルが怪しい人間を発見し、ココルが必要に応じて追い払う。
そういう役割分担が屋敷の中で確立されていた。
また、風の精霊――本人はシルフィーと名乗った――が初期に集めてきた妖精たちは積極的に屋敷の外に出てもらい、協力して情報収集に当たっていた。
シルフィー本人も空き巣の男とは手を切り、今は私に協力してくれている。
私が描いた朧げな未来図が少しずつ現実のものとなっていた。
(大丈夫。全て順調のはず)
難しいことなどはシエルたちに任せて、私は自身の目的を果たすことに専念する。
そのための環境は整いつつあった。
「そろそろ会議の時間です。私たち以外は会議室に集まっている頃でしょう」
「もうそんな時間?」
隠し部屋には窓も時計もないから時間の経過を感じにくい。
でも、シエルがそうだと言うならそうなのだろう。
「わかった。行こう」
私はシエルを伴って、隠し部屋をあとにした。
全てが順調。
だから少しだけ回り道してもマスターは許してくれるはずだ。
「呼び出した者は全員そろっているようですので、これから会議を始めます」
屋敷の地下に造った部屋。
そこでは、この屋敷に集う妖精たちの中核となる12人の妖精が私とシエルの到着を待っていた。
私は用意された席に着き、集めた者たちの顔ぶれを眺める。
まずココルとメリル、加えて初期から屋敷にいる7人で、家妖精が合計9人。
家妖精以外では火妖精と土妖精、これに風精霊のシルフィーを加えて合計3人。
この中で火妖精と土妖精だけが、自分たちがなぜこの場に呼ばれたのか理解しておらず、不安そうに周囲を窺っていた。
全員の視線を集めたことを確認すると、私は全員に向かって話を始めた。
「まず、シルフィー」
「はい!?」
いきなり呼ばれるとは思っていなかったのだろう、シルフィーが素っ頓狂な声を上げた。
「シルフィーのおかげで、この屋敷の妖精の数は50を超えた。おかげで、いろいろなことが前よりも順調に進むようになった。本当にありがとう」
「あ……。いえ、お役に立てたなら良かったです」
元々この屋敷に盗みに入ったことに対する贖罪の意味合いが大きかったシルフィーの妖精探し。
しかしシルフィーが集めてきた妖精たちの成長によって、私の目的であるマスターの安全と平穏の確保は大きく前進した。
私にはできないことができる妖精が現れた。
私には思いつかなかったことを思いつく妖精が現れた。
単純な数の増加によって、私は多様な選択肢を手に入れた。
シルフィーに出会っていなければ、今も私は一人で屋敷を守ることだけを考えていたかもしれない。
今の屋敷の在り方はシルフィーの貢献なしには語れないほどだ。
「シルフィーの貢献に対して、ご褒美をあげたい。何か希望はある?」
「ええ!?そんな、ご褒美だなんてとんでもないです!」
突き出した両手を振り、精一杯の遠慮を示す風精霊。
希望を言わないのなら私が適当に――――と考えたところで、先ほどのシエルの言葉を思い出した。
「なら、これをあげる。魔力の雫」
「ッ!?」
シエルから受け取った小瓶をポイっと放ると、シルフィーは慌てた様子ながらしっかりとこれをキャッチ。
その視線は両手に乗せた小瓶の中で揺れる綺麗な透き通る水色の雫に釘付けだ。
周囲から寄せられる羨望の眼差しにも全く気付かないほど、瓶に夢中になっている。
「今後も、私の目的であるマスターの安全と平穏の確保に関して大きな貢献をしてくれた人には、魔力の雫をご褒美にあげるつもり。みんなも頑張って」
私はいい機会だとばかりに、魔力の雫を文字通りエサにして、私の目的に積極的に協力することを求めた。
ご褒美がなくても妖精たちは私の言うことを聞いてくれる。
しかし、私が何を目的に活動しているのかを理解していない妖精は本当に多い――――というか、理解している者がほとんどいない。
妖精たちが私の命令に従うのは、生まれてすぐ消えゆく運命にあった妖精たちを私が拾ったから。
つまり私自身が妖精たちの命の恩人だからであり、さらには妖精たちに与える魔力を差配するのが私であるからだ。
だから彼女たちにとって、屋敷の庭の手入れをすることと、マスターの危険を排除することは、いずれも私に命じられたことであるという観点から同価値でしかない。
いざというときに、それでは困るのだ。
これほどに増えた妖精たちに対して、私がひとつひとつ指示を出すことは難しい。
場合によっては、その場にいる者が優先順位を判断して行動しなければならない場面も出てくるはず。
そのとき私が思うような行動を取ってくれるように、妖精たちの意識を誘導する必要がある。
私が求めていることは何なのか、理解してもらう必要がある。
そのためなら余った魔力の雫など安いものだ。
やっぱりご褒美があるのとないのでは、やる気も変わってくるだろうし。
「さて、ご褒美も提示したことだし、ここからが本題」
ここまでは前置きでしかない。
この会議を開催した目的――――それは私が解決すべき問題を迅速に処理するために、妖精たち知恵を借りることだった。
「知ってのとおり、マスターの安全と平穏を守るのが私の仕事。けど、私一人で解決できない問題も、中にはある。だから、私一人で解決できないことをみんなで話し合って、解決を目指す。それが、この会議の目的」
説明しながら妖精たちの顔を見渡すと、ほとんどの妖精たちが真剣な表情で私の話に聞き入っている。
良い傾向だった。
「最初の議題は、私たちの編制について」
こうして、私たちにとって最初の会議が始まった。
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