第二章閑話
第133話 閑話:とある騎士の物語
赤い光が窓から差し込む夕暮れ時、私は詰所の執務室でコーヒーを楽しみながら静かなひとときを過ごしていた。
普段であれば騎士としての訓練が終わるか終わらないかという頃。
自分が指導する側であっても訓練に参加する側であっても、執務室で落ち着いた時間を過ごすにはやや早い時間帯だ。
しかし、今日は事情が違っていた。
政庁財務局からの要請によるクライネルト商会の強制捜査とこれに付随する共同作戦の指揮を執るため、そして一部の騎士はこの作戦に参加するため、本日の全体訓練は中止となっていたからだ。
全体訓練が中止になるのはそう頻繁にあることではないが、そんな日であっても基礎鍛錬に励んだり、グループを作って自主的に訓練を行ったりする騎士は少なくない。
これらは詰所に隣接する訓練場で行われるため、この執務室に居るときはいつだって訓練を行う騎士たちの活気溢れる声が聞こえてくる。
だから、この時間、この執務室で、静かなひとときを過ごすというのは本来ならばあり得ない。
コーヒーカップを持ったまま、窓から訓練場を見下ろす。
それなりの広さがある訓練場を所狭しと動き回る騎士たち――――その姿も今日に限っては見当たらない。
いや、誰もいないわけではなかった。
訓練場の隅に目をやると、座り込んでいる者がそれなりの人数見受けられる。
一見して休憩しているようにも見える彼らだが、訓練を再開する気配は感じられず、ただ時間が過ぎるに任せている。
気が抜けているという表現では些か足りず、彼らの状態を最も適切に表現するとしたら茫然自失という言葉がしっくりくる。
教官を務める私は、彼らに檄を飛ばすべきなのかもしれない。
しかし、今日ばかりは彼らを許そう。
それだけのことがあったのだから。
それだけのものを、彼らは見てしまったのだから。
休憩を終え、執務室と同じ階にある会議室に移動する。
本日の共同作戦を実施するにあたり本部の役割を担っており、先ほどまでは多くの騎士と文官が詰めていた会議室。
本日の共同作戦の工程は大半が完了しているため、今も残っている人数はさほど多くない。
騎士団側は私と3名の部下、政庁側は責任者と2名の部下、合計で7名。
この広い会議室に残る人間は、たったそれだけだ。
本来であれば共同作戦の成功と互いの功績を讃え合い、和やかに過ごすはずだった時間。
にもかかわらず、会議室はいまだ焦燥に包まれていた。
「まだか!!まだ戻ってこないのか!!?」
大声は張り上げて会議室を右往左往する男の名は、ベンヤミン・ユンカース。
政庁財務局の幹部であり、本日行われた共同作戦においては政庁側の責任者となる文官だ。
有能で忠誠心の高い人間なら出自を問わずに重用するという我らが主の方針に従い、ごくごく普通の平民でありながら出世街道を邁進していると聞く。
しかし、今の彼の様子から評判に相応しい風格を感じ取ることは難しかった。
「落ち着いてください、ユンカース殿。あなたの部下を問い詰めても、何かが変わるわけではありません」
狼狽する上司に振り回され、自分の仕事ができていない彼の部下に助け舟を出そうと、私は彼に声をかけた。
「何を悠長なことを!今がどういう状況か理解しているのですか!?」
私の言葉では彼の落ち着きを取り戻すことはできなかった。
怒りの矛先が彼の部下から私に代わっただけだ。
「ですから、十分な調査と根回しを済ませた上で作戦に臨むべきだと、何度も申し上げたはずでしょう」
「そんなことはわかっています!!」
感情的に怒鳴り返すことしかできないようでは、もはや建設的な議論は難しい。
私は早々に話し合いの継続を断念した。
「お待たせしました!!」
「やっとか!!待ちくたびれたぞ!!」
そのとき、一人の文官が会議室に駆け込んできた。
ユンカースが待ち望んだ書類がようやく彼のもとに届けられたのだ。
文官が持ち込んだ書類。
そこには冒険者アレンとその仲間に関する情報が記されている。
情報は文官にとって最大の武器だ。
文官が情報なしに交渉に臨むのは、騎士が丸腰で魔獣と相対するに等しい。
これから彼らとある交渉をしなければならないユンカースにとって、その情報は絶対に必要なものだった。
「冒険者アレン、クリス、そしてティアナ・トレンメルの3名について、確認できた情報をご報告します」
ユンカースに急かされた文官は息を整えるや否や、矢継ぎ早に報告を始めた。
「まず、もっとも情報の多かった冒険者ティアナ・トレンメルについて。父親は不明で、母親は冒険者でしたが数年前に他界、現在はクライネルト商会に身を寄せていたことが確認できています。クライネルトの娘と親しい関係にあり、長らく彼女とともに冒険者として活動しておりましたが、クライネルトの娘が依頼遂行中に負傷し、冒険者としての活動を継続できなくなったことにより、アレン及びクリスの両名と行動を共にするようになったとのこと。性格は穏やかで我が強いタイプではありません。戦闘能力については、<氷魔法>使いとして相当の域にあるようで、昨年末の魔獣騒動で敵主力を撃破したと記録されております」
私は文官が持ってきた情報量に大いに驚かされた。
ユンカースが、アレン一行の調査を指示してからさほど時間が経っていないにもかかわらず、これだけの情報を持ってきた文官の手際に心の中で称賛を送る。
一方で、情報屋と冒険者ギルドにどれほど金を毟られたのかと、哀れにも思ったのだが。
「金回りはどうだ?」
「はい。居候身分であったこともあり、また、遂行した依頼も少額のものが大半であったことから、財力はないと推測されております。このため、金銭による交渉が有効と考えます」
「よしっ!!続けろ!!」
相手に足りないものが多いほど交渉は有利になる。
金が足りない者への交渉は金で解決できる可能性が高くなる。
今のユンカースにとっては嬉しい情報だった。
「続いて、冒険者クリスについて。出自は不明。特定の住居を持たず、宿を渡り歩く生活をしております。昨年末、この都市で冒険者登録を行ってE級として活動を開始した冒険者であり、活動開始当初は冒険者アレンと行動を共にしておりましたが、年明け以降は単独での活動ばかりだったようです。次々と依頼を達成し、比類ない速度でC級まで昇格しております。性格は温厚で理知的。戦闘能力については、剣を用いた戦闘を得意とし、その強さによって同業者から一目置かれているようです」
3か月にも満たない期間でC級に昇格すると言う話は、たしかに聞いたことがない。
C級は冒険者として一人前と言えるラインであるから、C級であることが即ち強力な冒険者であることではないが、彼の流麗な剣技についてはこの目で確認している。
強力な冒険者であることに疑いの余地はない。
「金回りは?」
「住居を持たず、歓楽街を歩く姿もしばしば目撃されていることから、金遣いの荒いタイプではあるようです。しかし、冒険者としての活動開始以降、最低でも1千万デルの報酬を得たと推測されるため、金に困っているかどうかは判断が難しい状況です。加えて、この都市を訪れたのが昨年末であり、それ以前の動向を確認することはできておりません」
「くっ……。いや、金遣いが荒いなら、金で釣れる可能性は高いか。わかった、続けろ!!」
ユンカースの怒鳴るような声が会議室に響く。
ここまでの情報は悪くない。
しかし、本題はここからだ。
「はい。最後に冒険者アレンについて……。まず、出自は不明。住居は南東区域に屋敷を所有していることが確認されています」
「屋敷だと!?本人が所有しているのか!?間借りしているだけではないのか!?」
早速、雲行きが怪しくなってきた。
ユンカースが放った懇願にも聞こえる質問も、文官の明確な回答によって切って捨てられることになる。
「地税の納税記録に本人の名がございましたので、間違いありません。期限に余裕をもって、速やかに300万デルを納めたと……」
「くっ……。いや、高額な地税の支払いで困窮している、可能性も……」
地税を支払って困窮する程度の財力で、屋敷を所有する間抜けがどこにいるというのか。
呟いたユンカース自身、それが希望的観測であると理解しているだろう。
「……報告を続けます。冒険者アレンは、昨年末とここ1月ほどの極めて短い期間のみ活動が確認されておりますが、やはり1千万デル以上の報酬を得ていると推測されております。こちらは歓楽街に通い詰めるタイプではないようですが、パーティメンバーであるティアナ・トレンメルを含めた複数の女性を連れ歩いているところを目撃されており、女性に金を使うタイプである可能性は残されているかと」
「よしっ!!でかした!!!つまり、全員に対して金による交渉の余地があるということだな!?」
ユンカースは恥ずかしげもなく喜びをあらわにした。
きっと気が気ではなかったのだろう。
金で決着がつかない場合、交渉の難易度が跳ね上がることは容易に想像できるため、必死になるのも理解できる。
「ただ、性格についてですが……、気性が荒く、非常に好戦的であるとの見方が強まっております。他の冒険者との間で暴力沙汰を起こしたという記録も、それを裏付けています」
「――――ッ!いや、それもそうか……。あれで温厚といわれても、確かに信じられない」
喜色満面だったユンカースが一気に落ち着いた。
「加えて、その…………自身が狙っている女に近づく者に対して激昂しやすいという情報が……。冒険者ギルド内で衆人環視の中、相手の男を跪かせ、謝罪を強要し、それだけでは飽き足らず脅迫したとも……」
「………………」
「最後に、戦闘能力についてですが――――」
「いや、もういい……」
情報が足りているからというよりは、それ以上は聞きたくないと言わんばかりの態度だった。
「……ご苦労だった。下がっていい」
「はい。失礼します」
報告に訪れた文官を下げたユンカースは会議室にある椅子のひとつに腰を下ろし、両手で顔を覆った。
彼の苦悩が滲み出るような沈痛な仕草だ。
私も彼に倣い、彼の正面に腰を下ろして彼の言葉を待つ。
しかし、やや時間をおいても彼が話し出す様子がなかったので、仕方なくこちらから話を振った。
「冒険者アレン一行との交渉方針について、結論は出ましたか?」
ユンカースの苦悩――――その原因は、冒険者アレンと依頼交渉をしなければならないことにある。
それが通常の依頼交渉なら彼が苦悩する理由になりはしない。
それどころか、財務局の幹部である彼自身が交渉の席に着く必要すらないだろう。
しかし、今回ばかりは事情が異なる。
なぜなら我々はすでに完了した事柄について、冒険者と依頼交渉をしなければならないからだ。
当然の前提だが、冒険者に任務を依頼するときは冒険者ギルドを通し、事前に本人の合意を得なければならない。
冒険者ギルドそのものを除き、彼らに何かを強制することはできる者など本来は存在しないのだ。
その原則から外れて冒険者に依頼を半ば強制することができる極少数の例外のひとつ――――それが我々だ。
(後知恵だが、あのときもっと強硬に反対すべきだった……)
今から数時間前、飛空船発着場でクライネルト商会とアレン一行が争う最中。
今日の筋書きを描いた我々は、ひとつの選択を迫られていた。
冒険者ギルドや冒険者に話を通してから実行するか、それとも独断で強行するか。
冒険者ギルドに話を通せばアレン一行との諍いは回避できるが、冒険者ギルドが唯々諾々と我々に従ってくれるはずもなく、交渉の間にクライネルトの動向を制御できなくなる可能性があった。
強行して事後承諾を得ればクライネルトの身柄は完全に掌握できるが、冒険者ギルドやアレン一行との交渉が難航する恐れがあった。
どちらも一長一短で、難しい判断だったと言える。
判断の決め手になったのは前例の存在だった。
かつて全く別の案件で同様の状態に陥ったとき、巻き込んだ冒険者を懐柔して有耶無耶にした前例があり、ユンカースがその前例を知っていた。
そもそも、いくら冒険者ギルドの庇護があるとはいえ、領主と敵対したい冒険者などいるはずがないのだ。
政庁の権力と騎士団の武力をちらつかせ、色を付けた報酬と領主からの指名依頼という手土産を持たせれば、これを拒否されるということは想定しにくい。
まして、子どもと大差ない年齢となればなおさらだ。
さらに言えば、今回の案件は財務局が長年手をこまねいていた高額案件で、これを解決すれば冒険者を懐柔するだけの金など容易に捻出できる。
ユンカースが強硬策に傾く下地は整っていたのだ。
しかし、その強硬策が機能するには、冒険者が政庁の権力や騎士団の武力を怖れているという前提が必要になる。
「…………」
冒険者アレンは騎士団最強を誇るジークムント様と互角に戦い、そして引き分けた。
結果的にはそれだけのことだが、その事実とそこに至るまでの過程は我々に極めて大きな爪痕を残していた。
『中止などさせない!!私が絶対に認めない!!戦いは続けるぞ!!ああ、どんな手を使ってでもだ!!!』
あのとき、あの場にいた我々はジークムント様の剣幕に呑まれ、身を竦ませた。
普段温厚なジークムント様の突然の豹変に驚いたことも否めない。
しかし、我々が動けなかった一番の理由は、ジークムント様の怒りの矛先がこちらに向くことを恐れたからだった。
それなのに。
『お前の心が折れるまで、斬り刻んでやる』
そのときの情景がまぶたの裏に甦り、耳に残るあの男の声が私を恐怖で縛り付ける。
彼はジークムント様を恐れていなかった。
身内である我々が動くことができないほどの強烈な畏怖が支配する空間を、彼は悠然と歩いていた。
そして、その言葉のとおり、彼は都市最強の騎士を斬り刻んだ。
試合が殺し合いに成り果てた後、ジークムント様は明らかに劣勢に立たされていた。
ジークムント様を助けなければと、あの場にいた全ての騎士が考えたはずだ。
しかし、実際はそうならなかった。
相討ちによって動く者がいなくなったその瞬間まで、我々は動くことができなかった。
決着の瞬間、彼がジークムント様の攻撃を受けたのは明らかに油断によるものだ。
もしあのとき、彼がジークムント様の攻撃を防いだとしたら。
倒れたジークムント様の命を奪うために彼がその剣を振り上げたとしたら。
我々は恐怖を振り払い、騎士として行動することができただろうか。
そんな想像は今も騎士たちの心を縛り付け、苛んでいる。
認めなければならない。
都市最強の武力として君臨しなければならない我々が、たった一人の冒険者に怯えたのだということを。
「今は難しいことを考えるときではありません。冒険者アレンの怒りを鎮めるために、どのような条件を提示するのか。必要なことはそれだけです」
「…………ええ、そうですね。前例の記録を」
少しの沈黙の後、ユンカースは思考能力を取り戻した。
部下に命じて探させたのだろう悪しき前例が我々の前に示される。
「前例は3件です。D級冒険者に100万デル、E級冒険者に20万デル、D級冒険者に80万デル。古い記録ですから物価の違いはあるでしょうが、それを差し引いても参考になるとは思えません」
ユンカースは前例を冷静に評価する。
D級冒険者の5倍と考えれば500万デル。
些か、心許ない金額だった。
「むしろ、今回のクライネルト商会から回収できた金額から脱税額を差し引いた金額……そこからいくら引き下げられるかという視点で検討すべきでは?」
「……試算はあるか?」
「概算ですが、差し引き5億7千万デル程度とお考えいただければ。ただし、この計算には脱税のペナルティである追徴金が考慮されておりません」
私の提案についてユンカースが部下に尋ねると、すぐに答えが返ってきた。
しかし、私は課税制度に精通していなかったため、追徴金の仕組みがよくわからない。
「追徴金とは、どれくらいの額になるのですか?」
「明確な規定はありません。傾向としては、概ね脱税額と同額から2倍程度になる場合が多いですね」
「今回の例に当てはめれば、2倍で見積もった場合は4億8千万デルになります」
「となると……9千万デルが事実上、我々の裁量で決められる最高額になりますか」
「御冗談を!!C級冒険者に、たった一件の依頼で9千万ですと!?」
私の呟きを聞いたユンカースが目をむいた。
あれだけ苦悩した姿を見せていても、事の本質を理解してはいないようだ。
そんな状況ではないのに、少しだけおかしいと思えてしまう。
「最悪の状況を想定すれば9千万でも安いものでしょう」
「それは聞き捨てなりません!!一体我々が、どんな想いで仕事にあたっているか……あなたは理解していないから、そのようなことが言えるのだ!!」
ユンカースが語調を強めた。
彼の部下たちも、その表情を見れば彼と同意見だということが伝わってくる。
一方、私の部下たちの表情は変わらない。
状況を正しく理解し、覚悟を決めている証拠だ。
あれほどの暴威に触れたばかりだというのに、それでも己の本分を全うしようとする強い心を誇りに思う。
「財務局の苦労を軽んじるつもりはない。そうであれば、わかりやすくお金の話をして差し上げよう」
私の内心が漏れてしまったか、少し馬鹿にしたような言い回しになってしまい、ユンカースが眉を顰める。
そしてその目は、私の次の言葉でこれでもかというほど見開かれた。
「正騎士10人と従騎士15人の弔慰金、それと遺族年金。いくらになるか試算できますか?」
ユンカースが息を飲む。
しかし、気圧された様子も一瞬のこと。
次の瞬間には、その口から反論が飛び出した。
「バカな!!一体何と戦うつもりですか!?」
「冒険者アレン。そして、その仲間たちと」
ユンカースが、今度こそ絶句する。
私は畳みかけるように言葉を続けた。
「冒険者アレンは<回復魔法>によって目が覚めれば戦える程度まで回復しています。そして、彼の仲間はほぼ無傷。戦闘に何の支障もありません」
ここから先は自らの恥をさらすことになる。
しかし、言わないわけにはいかなかった。
「一方、我々はどうでしょうか。ジークムント様は意識を取り戻していますが、到底戦える状態ではありません。そして…………恥ずかしながら騎士団も万全ではありません。ジークムント様が倒れた衝撃と、冒険者アレンが振りまいた恐怖の記憶は鮮明に残っています。今、彼らと戦えと命じれば、足が竦む者も出るでしょう。手が震える者もいるでしょう。もしかすると逃げ出す者すら出るかもしれません。しかし、それでも我々は、必要とあらば全力で戦って見せます。その結果、あるいは騎士たちの屍が積みあがるかもしれない…………私は、そう言っているのです」
会議室がシンと静まり返った。
ユンカースの部下たちが、ようやく事態の重大さを把握して戦慄する中、それでもまだユンカースは諦めていない。
少しでも好材料を探そうと、縋るように言葉を紡いだ。
「ジークムント様は、最初のうちは油断されていた。剣と盾を失わなければ――――」
「序盤が遊びだったことなど、言われるまでもなく明らかです。しかし、それは向こうも同じでしょう」
「なら……、そう、剣だ!あの剣さえなければ、あの男も有象無象に過ぎない、はずだ……」
「自分でも信じられないことを、口に出すのはお止めなさい。あなたもあの場に居たなら、理解しているはずだ」
あの剣が信じ難いほどの切れ味を持っていることは紛れもない事実だが、だからといって魂を縛り付けるような恐怖が剣から生み出されるわけではない。
もちろん、言葉一つでこれほどの恐怖を植え付けることなどできるはずもなく、意図的であるか否かはさておき<威圧>のスキルが行使されたと考えるのが妥当だ。
そして、それこそが我々を追い詰める理由の最たるものだった。
(本来、我々に<威圧>は効かない。効かない、はずだった……)
多くのスキルがそうであるように、<威圧>も行使者と対象によって効果が増減するスキルだ。
基本的には<威圧>の行使者が武力に優れるほど、対象が<威圧>に不慣れであるほど効果が大きくなる。
だから騎士団には<威圧>に耐える訓練がある。
<威圧>を使い慣れた正騎士と間近で相対し、正面から<威圧>を受ける。
ならず者と向かい合った時、<威圧>に怯むようでは話にならないからだ。
当然、私も騎士たちも<威圧>に慣れている――――そのはずだった。
しかし、現実は想定と大きく異なっている。
それが意味するところを、あまり考えたくはない。
「ご安心ください。あなたと私が後のことを心配する必要はありません。もし戦いになれば、その瞬間、交渉のテーブルについている私とユンカース殿は、仲良く首を刎ねられているでしょうから」
追い詰められていくユンカースに、私は誤魔化すように笑った。
「…………。応接室に、十分な数の騎士を――――」
「何人配置すれば十分と言えるのですか?そもそも応接室を騎士で埋め尽くして、円滑な交渉ができるとでも?」
「…………私は、どうすればよかったのですか?」
ユンカースが力なく項垂れた。
「どうしてあんな化け物が、C級冒険者などに収まっているのですか!?そんなこと、どうすれば予想できたというのですか!!」
ユンカースは頭を掻きむしり、掠れた声で絶叫した。
やり場のない怒りが会議室に響く。
交渉の時間は、すぐそこまで迫っていた。
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