第132話 一歩
翌日、昼過ぎに屋敷に集合した俺たち4人は、いくつかの用事を済ませるために冒険者ギルドを訪れた。
まずは3人をロビーで待たせ、俺自身はフィーネがいる窓口に向かう。
幸いさほど待たずに俺の番が回ってきたのだが――――
「ずいぶん無茶したみたいね。ちょっと昨日の話を聞かせてちょうだい」
フィーネは俺の顔を見るなり、別室へと場所を移した。
流石というべきか、冒険者ギルドは昨日の騒動をすでに把握しており、話と言ってもすでに集めた情報の裏取りがメインだった。
「はあ……。騎士、しかも副団長相手によくもそこまで暴れたものね」
「やっぱり、冒険者ギルド的にはまずいのか?」
「うーん……。一応指名依頼という扱いになったし、経緯を考えてもウチが貸した形になると思うから。むしろ、曲がりなりにも副団長とやり合える冒険者がいるって騎士団に知らしめたわけだから、ギルドマスターなんかは内心喜んでるかもね」
「はー、なるほどなあ……」
冒険者ギルドと領主のパワーバランスというやつに、あまり興味はない。
俺の行動が冒険者ギルドへの貢献になり、それによって俺に何らかの利益がもたらされるなら、もらえるものはもらっておくが。
今回は特にそういうことはなさそうだ。
「いきなり時間をもらって悪かったわね。さて、本日の御用は何かしら?」
「ああ、今日はいくつかあってな」
まず、報酬の分配からだ。
政庁から指名依頼の報酬が振り込まれていることを確認し、報酬をティアとクリスの口座にも振り分ける。
昨日の役人は本当に朝一番で冒険者ギルドに人を派遣したらしく、いくらか知らないが特急料金を支払ってまで手続を急いだようだ。
「おかげで、朝から本当に忙しかったんだから。感謝してよね」
「ありがとな。でも、手当はつくんだろ?」
「え、なんで知ってるの?」
「それくらい、お前の顔見ればわかる」
忙しかったと言うわりに上機嫌なフィーネを見れば、その程度の察しはつく。
それくらいには、俺もフィーネを知っているのだ。
「………………」
ふと、フィーネの顔が赤くなっていることに気づいた。
なんで急に――――と思ってから数瞬後、たった2日前に2人で出かけたことを思い出す。
服を贈ったことも、屋敷でからかわれたことも、ギルドでの揉め事も、その後の――――
「………………」
顔が熱くなってきた。
「とにかく!俺の口座に入った金のうち100万は今すぐ引き出したい。残りは3等分にするから、クリスとティアの分はそれぞれの口座に移してくれ」
「わ、わかったわ、ちょっと待ってて……あー、やっぱり窓口の方まで来てもらった方が早いかも」
そう言い残すと、フィーネは足早に別室を出ていった。
「ふー……」
声が少しだけ裏返ったことに、きっとフィーネも気づいただろう。
さっきはフィーネの方も慌てていたから突っ込まれなかったが、この状態は良くない。
俺は深呼吸して心落ち着けてから別室を出た。
ロビーに戻って窓口の方を見やると、先ほどまでフィーネが担当していた窓口はクローズを示す札が立っている。
フィーネはまだ裏で事務処理をしているようだ。
「アレンさん、何かありましたか?」
「――――ッ!?」
背後からティアに声をかけられ、心臓が跳ねた。
死角からだったというのもあるが、何かあったために過剰な反応をしてしまった。
もちろんティアが悪いわけではない。
ロビーで待っていてくれと伝えたが、流石に待たせすぎたのだ。
「悪いな。昨日の件で少し聴取りがあって時間がかかった」
「そうでしたか」
「それにしても時間がかかりすぎよ。いつまで待たせる気?」
「僕はネルちゃんがいれば退屈しないよ」
ティアの後ろを、ネルとクリスも追ってきた。
「悪かったよ。クリスは、まあ、ほどほどにな」
「ああ、もちろんわかってるさ」
朗らかに応じたクリスと対照的に、ネルの瞳は少しだけどんよりしていた。
クリスの恋路は長く険しいものになりそうだが、ネルがストレスで爆発しない範囲であれば相棒を応援したいと思う。
「今、報酬分配の処理をしてもらってるところだ。フィーネが裏から戻ってきたら、続けてネルのパーティ登録とパーティ名の変更を済ませよう」
「あ、ちょうど戻って来たみたいだよ」
クリスの声を受けて振り返ると、フィーネが手を挙げて俺を呼んでいた。
「そうみたいだな。それじゃ、行こうか」
どうせ待たせていても仕方ないからと、俺は3人を引き連れてフィーネのもとへ向かう。
俺が先頭を歩き、左側少し下がってティアが続き、ティアの左側にくっつくようにネルが陣取り、俺の右側をネルの様子を気にしながらクリスが歩く。
別にそろっているわけでもないバラバラの足音。
それでも、不思議な安心感が俺を包み込んだ。
「――――というわけでネル……コーネリア・クライネルトをパーティに加えるから登録を頼む。先に説明したが、パーティ名も『黎明』に変更だ」
『黎明』――――それが、俺たちの新たなパーティ名だ。
辛く厳しい夜を共に乗り越え、未来を切り拓く光となる。
そんな意味を込めたと仲間たちには説明した。
しかし、それは俺が込めた意味の半分でしかない。
このパーティこそが、辛く厳しい孤独を乗り越えた先でようやく手にした居場所だ。
共に進む仲間たちの存在こそが、俺にとっては輝く夜明けそのものだ。
そんなこと、当の仲間たちには恥ずかしくて言えやしない。
「『黎明』、ね……」
フィーネは手続のために手を動かしながら優しく微笑んでいるのは、名付けの意図を見透かされたからか。
具体的なエピソードを知らずとも、辛い過去があることを知っていれば連想は容易い。
仕方ないことだが、それでも少々照れ臭かった。
「これで良し。これであんたも正式にパーティを率いる身分になったってわけね。なんだか感慨深いわ」
「ああ、そうだなあ……」
それは冒険者ギルドの受付嬢が、たった3か月前に出会ったはずの冒険者にかける言葉ではない。
けれど、今はそんなことはどうでもよかった。
フィーネには本当に世話になった。
積もり積もった恩をどうやって返せばいいのか、もう見当もつかないほどだ。
「これからも迷惑を掛けるだろうが、よろしく頼む」
「こちらこそ。私のお給料にしっかり貢献してね?」
「ははっ、善処するよ」
恩を感じさせない物言いは、もしかしてわざとそうしているのだろうか。
いつか、そんなことを尋ねる機会があればいいなと思った。
全ての用事を済ませた俺たちはフィーネに礼を告げて窓口を次の冒険者に譲り、冒険者ギルドのロビーを切り裂くように歩みを進める。
その途中、誰かの視線を感じた。
少しだけ顔を傾けて周囲を探ると、ロビーにいた人々の何人かが俺たちを見ているようだ。
そんな人たちの中に、10歳くらいの少年を見つけた。
首にカードを下げておらず、依頼する側の人間にも見えない。
防具もつけず、手には少年の身長より少し短いくらいの木剣を握っている。
おそらく12歳未満の冒険者見習いだ。
口は半開きで、お世辞にも利口には見えない表情で、しかしその瞳には希望と憧憬が込められていた。
(仲間を率いて多くの人々の視線を集めた英雄は、こんな気分だったのかな……)
今の時間帯、ロビーにいる人はそう多くない。
こちらを見ている者たちの全てが憧れの視線を送っているわけでもない。
それでも、俺たちの姿が彼らの視線を集めることを誇らしく思った。
しかし、それで満足するわけにはいかない。
俺には英雄になるという大きな目標があるのだから。
そのためにも――――
「まだ日が暮れるまで時間がある。『黎明』の門出を祝して、少し狩りに出てみようか」
俺は振り返って、仲間たちに声をかけた。
「いいですね!この時間からだと、北の森でしょうか?」
ティアは真っ先に賛成して、行先を提案した。
「狩りは久しぶりだから鈍ってるかも。早く勘を取り戻したい」
ネルは背伸びをしながら、これから始まる冒険に思いを馳せた。
「パーティ名に恥じないように、積極的に頑張らないとね」
クリスは微笑を浮かべ、仲間たちの様子を楽しそう眺めた。
冒険者ギルドを出て、南通りを歩く雑踏の中、空を仰ぐ。
天気は快晴、風は穏やか。
これ以上ないくらい絶好の狩り日和だ。
「さあ、行こう」
暖かな春の日差しに包まれながら、俺たちは最初の一歩を踏み出した。
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