第131話 パーティ名は




「そういえば、ネルは何ができるんだ?」


 フロルが焼いてくれた、まわりサクサクなかフワフワなチーズケーキを味わいながら、俺は新たなパーティにおける各メンバーの役割について考えていた。


 俺とクリスが前に出て、ティアの護衛にネルを付ける。

 クリスが前に出て、俺がティアを抱えて、ネルを遊撃に据える。


 この辺りが鉄板だろうと考えたところで、ネルの希望を確認していなかったことに思い至ったのだ。

 すでにパーティの加入自体は決定しているしネルが槍を使うことは身をもって知っているが、もし他にできることがあればという何気ない質問――――そのつもりだった。


「…………」


 もそもそとチーズケーキを頬張っていたネル。

 声をかけるタイミングを誤ったかと思いつつ、ネルがケーキを飲み込むまで視線を外して待つことしばし。

 ほどなくして、ネルは口の中のケーキを飲み込み――――次のひとくちを口の中に放り込んだ。


「おい……」

「………………」


 ネルは俺の声など聞こえないとばかりに、わざわざそっぽを向いてケーキを食べ続ける。

 ツーン、という擬音が聞こえてきそうだ。

 

「もう、ネルってば……」


 ティアはネルと繋いだ手を引いて気を引こうとするが、それでもネルの反応はない。

 ネルの怒りが自分を心配しているためだと理解しているティアは、困ったように微笑むだけだ。

 クリスも静かにネルの様子を眺めているところを見るに、どうせ不貞腐れているところも可愛いなんて思っているのだろう。


 思わず笑顔になってしまうような微笑ましい光景。

 しかし、俺がネルに遠慮する理由にはならないのだ。


「そうか。残念だが仕方ないな……」

「…………」


 ピクッと反応しながらも、こちらを振り返ることはしない意地っ張り。

 しかし、ティアの手を握る右手に力が入ったのはバレバレで、内心は俺が何を言い出すのか不安に思い、緊張していることが窺い知れる。


 俺の言葉は、そんなネルの急所を的確に抉っていく。


「フロル、そいつはケーキがお気に召さないようだ。すまないが、そいつの皿を下げてくれ」

「むぐっ!?」


 俺の言葉が届かない都合の良い耳でもケーキの危機を感じ取ることはできるようで、ネルは瞬時に振り向いた。

 そんなネルの目の前で、テーブルの傍で控えていたフロルが少し残念そうにしながらネルの正面に置かれたケーキの皿に手を伸ばす。

 右手でティアの左手を握り、左手でフォークを掴んでいるネルに、それを止める方法は存在しない。


 哀れ、ネルのチーズケーキはフロルの手によって台所に逆戻り。


 そのはずだったのだが――――


「いや、それはダメだろ……」


 フロルが皿を持ち上げる直前。

 ネルは左手に持っていたフォークを口にくわえ、空いた左手でケーキの皿を掠め取ることに成功した。


 当然、そのままではケーキを食べることはできないし、そもそもお嬢様がやっていい行動ではない。

 しかも、かなり間抜けな絵面だった。


「ネル、お行儀が悪いです」


 ティアは自分のフォークを皿に置き、空いた右手でネルの口からフォークを引き抜いた。

 その途端、まるで堰を切ったかのように、ネルの口から罵詈雑言が飛び出した。


「このクズっ!!外道!!悪魔!!あんたさあ、何てこと言うの!?ケーキに罪はないでしょう!?やっていいことと悪いことの区別がつかないの!?それが人間のやることなの!?…………あ、待って、あたしはこのケーキをとても気に入ってるから、だからお願い待ってまって、やめて持っていかないで!」



 後半は俺の命令に従ってネルからチーズケーキを取り上げようとするフロルに対して向けられた言葉だ。

 傍若無人を地で行くネルも、我が家の可愛い家妖精に対して力尽くというわけには行かないらしく、最後の方はほとんど懇願になっていた。

 このままではネルとフロルの奪い合いによってチーズケーキが悲惨な末路を辿ることは目に見えていたため、俺はフロルを一度下がらせた。

その上で、俺はネルに対して最後通牒を突きつける。


「3分間待ってやる!!」


 言ってみたいセリフランキング上位の名台詞を堂々と言い放つのは気持ちいい。

 不思議な満足感が俺の心を満たした。


「くっ……、ケーキを人質にするなんて、この卑怯者……!」

「やっぱりだるいから3秒な。3、2、1――――」

「ッ!?ティア、お願い!そのフォークでケーキを食べさせて!」


 皿には4分の1に切られたホールケーキが半分以上残っており、とても口に入りきる量ではない。

 甘味への渇望は、人をここまで狂わせるということか。


「バカなことを言わないでください。ケーキを食べたいなら、ネルがアレンさんの質問に答えればいいだけです」

「うう……、だってー……」


 ぐずりながら甘えてくるネルに、溜息を吐くティア。

 二人の関係性は生い立ちや互いの性格もあってネル優位とばかり思っていたが、こうしてみるとティアの方が姉のように見える。

 いずれにせよ、どちらかがどちらかを頼るだけの関係ではないというのは良いことだ。


 そんなことを思いながらも、このままではさっぱり話が進まない。

 再度フロルをけしかけようかと考えたところで、それを察知したわけではないだろうが、観念したネルがようやく俺の質問の答えを口にした。


「<回復魔法>……」

「……は?」

「<回復魔法>を使えると言ったの」


 俺はポカンと口を開けたまま言葉を失った。

 ネルはおそらく<槍術>のスキルを持っているはずだ。

 それだけでも羨ましいというのに、さらに<回復魔法>のスキルまで持っているなどということがあり得るのだろうか。


「お、おいおい……。俺は真面目に聞いてるんだぞ……?ウソを言うようなら――――」

「本当だから!ウソだと思うなら、確認しなさい!」


 ケーキの皿を閉じた膝に乗せたネルは、首から下げていたスキルカードを俺に向かって放り投げた。

 俺は投げられたそれをしっかりとキャッチし、その内容を検める。


 そこには、こう書かれていた。



『コーネリア・クライネルト


冒険者ランク:D級

 

保有スキル:<回復魔法><槍術><弓術><エイム>』




「…………………………」


 俺は天を仰ぎ、目を閉じた。

 <回復魔法>と<槍術>だけでも信じがたいというのに<弓術>、さらには命中精度を上昇させるレアスキルまで。

 不遇なスキル構成で苦しむ俺のような人間の傍ら、チーズケーキで必死になるような間抜けにスキルが4つも、しかも全て有用なスキルが与えられているという事実に思わず天を呪った。

 羨ましいやら妬ましいやらで頭がどうにかなりそうだ。

 世の中の、なんと理不尽なことか。 


「…………いや、一見して万能型に見えるが、器用貧乏タイプだな?」

「ネルはどのスキルも本職の方に負けないくらい上手ですよ。特に<回復魔法>は騎士団から依頼があるほどの腕前です」

「弓だけは実戦で使う機会が少なかったから、弓メインで動くなら連携の練習が必要かも。<エイム>があるから精度は自信があるけど、まあ槍の方が得意ね」

「……………………」


 やはり神などどこにもいないのだ。

 打ちひしがれる俺に、クリスから更なる追い打ちがかけられた。


「そうだ、ネルちゃんにお礼を言っておきなよ?アレンのケガ、ネルちゃんが治してくれたんだから」

「………………」

「なによその目は……。せっかく治してあげたのに失礼な奴」


 本人の反応を見るに事実であるらしい。

 ネルの<回復魔法>の腕前は、やはりティアの言うとおり素晴らしいものなのだろう。

 皮肉にも俺の体の状態が、そのことを何よりも証明している。


 ならば、俺はネルに礼を言わねばなるまい。


「ありがとうっ、ネルっ……!」

「なにその顔、意味わかんない……」


 涙を堪えながら、俺はネルに礼を告げた。






「そういえば、パーティ名を聞いてなかった」


 夜も更け、そろそろお開きという雰囲気になってきた頃、ネルが思い出したようにそう呟いた。


(その話題は触れてほしくなかった……!)


 が俺の脳裏に蘇り、思わずティアの方に視線が流れそうになるのをグッと堪えた。

 パーティ名の話はティアがいるところで話したくない。

 しかし、パーティを結成した以上、避けて通れない話題であることも事実だ。


 なお、今のパーティ名は仮称その2として『アレンパーティ』という何のひねりもない名称が登録されており、悲劇は一応の終息を迎えた。

 その仮称を決めたのはフィーネで、それを聞いたときに「パーティとパンティって語感が似てるな。」という頭の沸いた発言が喉元まで出かかったのだが、これは自分だけの秘密として墓場まで持っていくと心に決めている。

 悲劇はアレで最後にしなければならないのだ。


(動揺して思考が逸れたな。パーティ名の話だったか……)


 あまり時間を空けても不自然だ。

 どうせここから状況が悪化することもないのだし、開き直って普通に話すことにしよう。


「正式なパーティ名は、まだ決めてない」

「え、まだ決めてなかったのかい!?」


 クリスがわざとらしく驚きの声を上げた。

 言葉の裏に「あれだけのことがあったのに!」という呆れが透けて見える。


「……一応、俺の中ではこれが良いって案は考えてある。ただ、メンバー全員に関わることだから、お前らの意見も聞いてみたいと思ってな」

 

 クリスの呆れは黙殺し、テーブルを囲む3人の顔を順に見つめる。


 ネルは自分で話を振っておきながら、それほど興味はなさそうな雰囲気。

 ティアは悲劇を忘れたわけではないだろうが、それを顔に出さずにパーティ名がどうなるのか期待してくれている。

 クリスは――――どうせにやにやと笑っているだろうから、視線を向けるのをやめた。


「というわけで、案があるなら言ってみてほしい」

「『リナリア』なんてどうかな?」

「『アレンさんと愉快な仲間たち』が良いと思います!」

「『ティアナとコーネリアと不愉快な仲間たち』にしましょ」

「…………」


 ティアとネルは白紙委任ということでいいだろう。


「クリス、意図を説明してくれるか?」

「ありきたりだけど、コーネア、ティア、クス、レンから一文字ずつ。リナリアというのは、ネルちゃんとティアちゃんのように綺麗な花の名前だよ」

「おー……」


 意外にもクリスはしっかり考えて提案してくれたようだ。

 これならクリスの案を採用してもいいかもしれない。


「ちなみに、リナリアの花言葉は『この恋に気づいて』だよ」

「え……?あー、いや、それはちょっと……。女だけのパーティならまだしも、俺たちには少し恥ずかしくないか?」

「嫌だなあ、アレン。キミが最初に考えたパーティ名の方が、僕のよりよっぽど恥ずかしいじゃないか」

「………………」


 それを言うか。

 ティアの前で言ってしまうのか。


 鬼か、お前は。


「あはは!ちょっとした冗談じゃないか!」

「クリスお前、覚えてろよ……?」


 俺をからかってご機嫌な様子のクリスを睨みつける。

 笑いどころが分からずキョトンとしているネルの隣、ティアの微笑が今だけは恐ろしい。

 

「悪かったよ、アレン。気を取り直して本命をどうぞ」


 クリスは悪びれもせずに微笑を浮かべている。

 憎たらしいことこの上ないが、これ以上クリスに突っかかってこのネタを引き延ばしたくもない。

 

 溜息をひとつ、気持ちを切り替えて俺は自分で考えた案を3人に告げた。



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