第130話 四人目の仲間




 騎士団詰所を出た俺たちは、無事4人全員で俺の屋敷に帰って来た。

 屋敷を出発してからわずか半日の出来事であったにもかかわらず、いろいろな事が起こりすぎて、ずいぶんと久しぶりに感じる。


「おお?ただいま、フロル」


 最近はそうでもなかったのに、玄関を開けたらフロルが待ち構えていた。

 フロルはそのまま俺に抱き着くと、確かめるように俺の体をぺたぺたと触っている。

 途中、ジークムントの蹴りを受けた胸にその手が触れて俺が顔を顰めると、その表情が目に見えて強張った。


「フロルを嫌がってるわけじゃない。少しケガをして……うん?」


 ケガという言葉が俺の口から出るや否や、フロルはポケットから小さな小瓶を取り出して俺に押し付けた。

 それはケガや状態異常に侵されたときに服用するポーションの小瓶で、中身も傷薬として服用する一般的ポーションのような透き通る赤色をしている。

 俺がしげしげと瓶を見つめていると、フロルが俺の服を掴んで不安そうにしている。

 俺がポーションを飲まないから焦れているのだろう。


 フロルのくれるポーションに毒が入っているわけもなし。

 安心させるため、俺は中身を一気に飲み干した。


「ありがとな」


 ようやく安心した様子のフロルに空の小瓶を返してから、俺が屋敷の中に進まないせいで玄関付近で渋滞を起こしていた後ろの3人に声をかけた。


「悪いが、リビングで寛いでてくれ。一度、風呂に入りたい」


 俺の恰好は本当に酷いものだ。

 何度か地面を転がったせいで土埃が刷り込まれ、上下とも破れている部分があるし、ところどころどす黒く染まっている。

 さっきまでは全く気にならなかったのだが、頭が日常モードに戻って身だしなみに気を遣う余裕が出ると、急に汚れや臭いが気になってきた。

 冒険者を生業にしていればある程度は仕方ないとしても、臭いが原因でティアに嫌われたくはない。

 3人で話したいこともあると思うし、少しくらいなら席を外しても大丈夫だろう。


 俺はクリスたちへの対応をフロルに任せて風呂場に直行すると、服と包帯を脱ぎ捨てて鏡の前で体の調子を確かめる。

 ひどい外傷があった場合、そのまま風呂に入ると悶絶することになると心配してのことだ。

 ほとんどが殴打による攻撃だったとはいえ、あれだけ盛大に転がされれば、さぞかし全身傷だらけだろうと思ったのだが――――


「…………ないな」


 傷が全然見当たらない。

 両手足も背中も、傷一つない綺麗な状態だ。

 もう一度念入りに確認してみたが、擦り傷一つ見つからない。


 ふと、重い一撃を貰った胸や腹――ちょうど先ほどフロルに触れられて痛んだ辺り――に手をやってみる。

 本当に押すと痛むだけで、気づけば日常生活に必要な動作は普通にできていた。


「<回復魔法>って、すごいんだな……」


 塗るタイプにしても飲むタイプにしても一般的なポーションに即効性はなく、自己治癒能力を高める程度の効果しか持たない。

 となれば、ポーション効果で自然治癒できる程度の軽傷になるまで、<回復魔法>が俺のケガを治してくれたということだ。


(今度、<回復魔法>を使ってくれた人に礼をしないとなあ……)


 騎士団との関係は良好とは言い難いが、全て水に流すことになったのだ。

 菓子折りでも持っていけば、邪険にはされないだろう。


 湯船に浸かって疲れた体を癒しながら、ぼんやりと考える。

 

(<回復魔法>、ほしいな……)


 今更、俺が<回復魔法>を習得しようというわけではない。

 しかし、<回復魔法>を使える人間がパーティにいれば頼もしい。

 身をもって効果を実感したからこそ、その価値が理解できる。


(選り取り見取りとまではいかなくても、このパーティなら加入希望者がいないということはないだろうし……)

 

 かつて、何の取り柄も実績もない俺が所属パーティを探していたときとは、事情が全く異なる。

 昨年末の魔獣迎撃戦のときの評価は高かったし、今回領主の指名依頼を達成したこともそのうち広まる。

 そうすれば、この都市をホームにするB級以上の冒険者がいないことも相まって、俺たちはこの都市で有数の実力派パーティとして認知されるはずだ。

 ギルド側も俺たちが本気で<回復魔法>使いを探すとなれば、積極的に協力してくれるに違いない。


(探そうと思えば探せなくもない、が……)


 <回復魔法>を使えれば誰でもOKというわけではない。

 人柄もパーティメンバーを選ぶにあたっての重要な判断材料だ。

 加えて、俺たちのパーティの構成も問題を複雑にする。


(全員が10代の男女混合のパーティ。今は何とかバランスとれてるけど、何かの拍子に崩壊してもおかしくないんだよなあ……)


 色恋沙汰を舐めてはいけない。

 それが原因で崩壊するパーティなど、数えきれないほどあるのだから。


 思えば今の俺たちのパーティ構成――男2女1――も、崩壊するパーティの定番と言える構成だ。

 もちろん原因は、男二人で女を取り合った結果の解散。

 クリスのがパーティの外にいるからこそ、問題なくやれているのだ。


(そういえば、ネルをパーティに入れたいとか言ってたっけ……)


 気乗りはしない、というのが正直なところだ。

 第一印象が最悪だったというのもあるが、前衛2人後衛1人のところにさらに前衛を追加するのもバランスが悪い。


 さらに、ネルが加入した場合――ネル本人は認めないだろうが――パーティ構成がになってしまう。

 色恋沙汰的には今より安定すると言えるが、すでに2組できてる4人パーティに加入したいと思う新メンバーなどいるはずもない。

 ネルを加入させるなら<回復魔法>使いの新規獲得は諦めざるを得ないだろう。

 

 一方で、お断りとも言いづらいのが難しいところだ。

 俺とネルの間柄は関係と言えるほどの関係がない、何ならほとんど他人と言っていいものだが、クリスとティアについてはそうではない。


 ティアとネルは親友で幼馴染。

 互いが互いをとても大切に想っていることが傍からみても伝わってくる。


 クリスとネルは絶賛片想い中の関係。

 双方向の絆は弱いが、クリスのネルに対する思慕が相当なものだということは、これまでのクリスの言動から十分に伝わってくる。


 だからネルのパーティ加入を拒絶すると、それが原因でパーティの雰囲気がおかしくなりかねない。

 ネルを入れても入れなくても、何らかの問題が発生してしまうのだ。


(なんで俺がこんなことで悩まなきゃいけないんだ……)


 パシャ、と顔にお湯をかける。

 心の中はともかく、体の疲労感は和らいだ。

 

 あまり3人を待たせても悪いし、そろそろあいつらのところに戻ることにしよう。


 




「待たせたな」

「お帰り、アレン」


 風呂から上がった俺は二階の自室に立ち寄り、ラフな格好に着替えてから食堂に隣接する居間に戻る。

 クリスたちは例によってフロルが提供した茶菓に舌鼓を打っていた。

 すかさず俺の分の飲み物を運んできてくれたフロルに礼を言って一口含み、自室から小脇に抱えて持ってきた武器の手入れ用具を空いているソファーの横に並べてから、エントランスホールに置きっぱなしにしていた『スレイヤ』を運んできて手入れを始める。

 

 手入れ用の薬品を使いながら汚れや血糊を丁寧に拭うと、愛剣は刃こぼれ一つない綺麗な姿を取り戻した。

 淡く青みがかった美しい銀色の剣身に、思わず惚れ惚れする。


「……本当に、いい剣だ」


 今日の戦いも、こいつがなければ話にもならなかっただろう。

 立ち上がりでジークムントの剣と盾を斬り飛ばすことができたからこそ、俺はジークムントに抗うことができたのだ。


 特注と思しき大盾や騎士鎧を粘土かバターのように斬り裂く名剣を振るって、なお劣勢を強いられる。

 ジークムントがいかに化け物じみた強さをしているか、よくわかる話だ。

 

(そういえば……こいつの切れ味は一体どういうことなんだ?)


 最初はジークムントもこの剣を難なく受け止めていたと思う。

 よく斬れるようになったのは本当に突然――――たしか、ティアを人質に取られて、全力で斬りかかったときだったか。

 

 膨大な量の魔力を剣に集中してみる。

 何度やってもダメだったから、どうせ今日も結果は同じだろうと思うが――――やはりダメだった。


(いや、違うな……。あのときはたしか、こう……)


 ふと、剣に魔力を込めようとするのではなく、ただ単に<強化魔法>を全力で行使してみる。


 すると――――


「――――ッ!?」


 『スレイヤ』の剣身が微かな光を帯びた。

 <強化魔法>が全力になった瞬間、はっきりと光り方が強くなったのだ。

 

 日の光の下では一目では気づかないような些細な違いだが俺にはわかる。

 これは斬れると、俺は確信した。


 そして、ということは、つまり――――


(やっと……、俺にも待望の必殺技が……!!)

 

 <強化魔法>で引き上げた身体能力に任せて剣を振り回すだけの、お世辞にも褒められたものではない戦闘スタイル。

 しかしそれとて、金属製の鎧を容易に斬り裂くまでに昇華されれば話は別だ。

 対人戦はさておき、対魔獣戦、そして対妖魔戦において、この力は無類の強さを発揮してくれることだろう。

 

 苦節10年、『剣に魔力を纏わせて超強化攻撃!』を習得した瞬間だった。


「アレン、なんだか喜んでるところ悪いんだけど……」


 心の中にじんわりと広がる喜びを噛みしめて泣きそうになっていると、クリスから声をかけられて意識を引き戻された。

 そういえば剣に夢中でクリスたちを放置してしまっていた。

 見知った仲とはいえ、これはホストの振る舞いとして失格だろう。


「ねえ……本当にこんなのでいいの?ティアならもっといい人見つかるよ?」


 ネルの失礼な物言いに困ったように笑うティア。

 ティアから擁護の言葉がないところをみるに、やはり俺の様子は客観的に見てアレな感じだったらしい。

 俺は仕方なしに、手入れの済んだ『スレイヤ』を鞘に納めて話を戻した。


「で、何の話だ?」

「まず、ネルちゃんの家のことなんだけど……」

「ネルの……?ああ、政庁に没収されるんだっけ?」


 ムッとするネルを見ながら、騎士団詰所で聞いた話を思い出す。

 役人から聞いた話によると、ネルの一族が経営するクライネルト商会の脱税額は相当なものだったらしく、ネルの父親と商会幹部は私財没収の上、強制労働を課せられるらしい。

 他の商会への見せしめの意味もあるそうだ。


 ネル自身については商会の経営に携わっていなかったため、幸いにもお咎めなしだ。

 しかし、ネルとティアの住んでいた家はネルの父親の所有する財産であるため、二人は帰る家を失ってしまった。

 交渉の結果、二人の私物は没収されずに返還してもらえることになったが、衣装類など嵩張るものも多いため、それらの扱いについても考えなければならないのだった。


「ネルと二人で暮らせるちょうどいい借家が見つかるまでは宿で過ごそうと思います。ただ、私とネルの荷物を全て宿に運び込むことは難しいので、家が見つかるまでの間、アレンさんの屋敷で荷物を預かってほしいんです」

「それくらいは構わない。玄関から入って右手、今いるリビングからエントランスホールを挟んで向かいの部屋が応接室になってるから、そこを好きに使ってくれ」

「ありがとうございます。とても助かります」


 俺はティアの頼みを二つ返事で了承する。

 本来、こうして客を招くときはリビングではなく応接室に通すべきなのかもしれないが、台所も近く食堂も隣接しているリビングの方が何かと都合が良いという理由で応接室は使用されていない。

 リビングに通すことをためらうような相手を屋敷に招くつもりはないから、今後もおそらくこのままだろう。

 

「となると、先立つものが必要だな。そっちは大丈夫か?」

「先日、南の森で大蛇を狩ったときの報酬が50万デルくらい残っています。ただ、新しい家を探すためにどれくらいのお金がかかるかわからないので……」

「1泊1万デルも出せばしっかりした宿に泊まれると思うけど、家探しは僕もしたことないからわからない。アレンはどうだい?」


 少なくとも3か月はこの都市で暮らしているはずのクリスだが、家を借りた経験がないらしい。

 今更ながらこいつの金銭感覚が心配になる。

 

 それはさておき、俺も家探しの経験が豊富というわけではない。

 今の屋敷を入手した経緯は一般的な家探しとは大きく異なるから、ティアへの助言としては役に立たない。

 ただ、この都市にたどり着く前の放浪していた時期、数か月間だけ部屋を借りたことがあり、そのときは家賃3か月分の前払いに加えて保証金を取られた記憶がある。

 この都市の一般世帯向け物件なら月当たり8万から10万くらいが相場だったはずだから――――


「場所によるだろうが、一般層向けの北東区域なら頭金で40万デルも出せば見つかるはずだ。3か月分の家賃込みの計算だから当分家賃は考えなくていいが、生活費を考えると少し心許ないな」

「でも、なんとか払える金額ですね。新しい家が見つかるなら十分です」


 嬉しそうに笑うティアと、安心したように息を吐くネル。

 しかし、二人の反応に不安を覚えた俺は、ひとつだけ確認しておこうと思い、言葉を付け加えた。


「……念のため補足しておくが、一軒家じゃないぞ?」

「え、どういうことですか?」

「ああ、やっぱり誤解してたか……」

 

 ネルはそれなりの規模の商会長の娘で、その口から飛び出す暴言はさておきお嬢様といって差し支えない身分だ。

 ティアもそれに近い暮らしをしていたなら、庶民の住宅事情を知らないのは仕方がないのかもしれない。


「俺が言ってるのは、1つの建物の中に何世帯も入居できるタイプの物件の話だ。2人で住むなら、リビング、台所、風呂、トイレのほかに2~3部屋でそれくらい。一軒家を丸ごと借りるなら、平屋でも倍程度を見込んでおいた方がいい」

「そうですか……。それは、少し厳しいですね」


 安さを追求するなら、もう少し安いところもあるにはある。

 ただ、それは治安とか利便性を犠牲にする前提の話であって、女の二人暮らしには不向きだ。


 笑顔から一転、シュンとしてしまったティア。

 励ましてあげたいが、ここで優しい言葉をかけてもこの都市の住宅事情が変わるわけではない。


 場の雰囲気が沈んでしまった中、何か好材料がないかと思考を巡らせていると、意外にもクリスから救いの手が差し伸べられた。


「今日の指名依頼の報酬があれば、なんとかならないかな?」

「ああ、そうだ!それがあった!!」


 今日は仕事をしたという気分ではなかったから、報酬のことがすっかり頭から飛んでいた。

 確かに、今日の報酬を分配すれば当分は困らないはずだ。


「4000万だったか。3人だと割り切れないな……」


 報酬の分配方法は、パーティ結成時に必ず決めておくべきことだ。

 今まではクリスと二人組だったため問題なかったが3人だとこういう問題も起きてしまう。

 大蛇討伐時は俺とクリスが報酬を辞退したから問題にはならなかったのだ。


「いえ、3等分する必要はないと思います」

「そうだね。僕も同意見だよ」

「うん?ならどうする気だ?」


 ティアとクリスが少し困ったような表情で口をそろえた。

 説明しろと視線で催促すると、クリスから報酬の分配方法について提案があった。


「今回の依頼、僕たち3人がそれぞれ騎士と戦ったわけだけど、相手の強さが全然違っていただろう?特にアレンは騎士団の最強格と戦ったし、報酬を交渉して引き上げたのだってアレンの手柄だ。同額の報酬はもらえないよ」

「ああ、そういうことか……。言いたいことはわかったが、それは却下だ」


 俺は迷うことなくクリスの提案を退けた。

 しかし、クリスも簡単には考えを変えようとしない。


「お遊びみたいな試合をしただけで、文字通り死闘を演じたキミと同額の報酬を受け取ることはできない。僕らにもプライドがあるんだよ?」

「ダメだ。この件で譲る気はない」

「アレン、気持ちはありがたいけど、こういうことはきっちりするべきだ」

「落ち着け。理由は説明してやる」


 いいタイミングでおつまみを持ってきたフロルに酒を持ってくるよう頼み、細長く切られたフライドポテトを一本つまんで口に運ぶ。

 塩加減もいい塩梅でポテトに伸びる手が止まらなくなるが、クリスが睨んでいるので渋々手を止めた。


「貢献度で報酬の額をその都度決めるのは好ましくない。理由はいくつかあるが……まず、お前らは今回の報酬をどう分ける気だったんだ?」

「そうだね……、僕とティアちゃんが500万で、残りはアレンかな」

「それでも貰いすぎだと思います。私は半分でも十分です」


 まずクリスとティアの意見を聞いてみた。

 案の定、非常に偏った額を口にする二人に、俺はさらに質問を重ねた。


「なら、その金額にした理由を説明できるか?二人の取り分が400万や600万ではない理由はなんだ?」

「うーん、大体これくらいかなって」

「こういうことはきっちりとか言っておきながら……。金に困らない暮らしをしてきたことが丸わかりだな。ティアは?」

「…………すみません、私も具体的な理由までは」


 気まずそうに視線を逸らすクリスと、少しだけ考えてから降参するティア。

 どうせそんなことだろうと思っていたから、俺は質問を切り上げて話を続けた。


「報酬分配はパーティにとって避けて通れない大切なことだ。報酬の多い少ないで揉めるパーティなんていくらでもあるし、それが解散の原因になることもある。決して感覚で決めていいことじゃない」


 フロルから酒瓶を受け取って氷の入ったグラスに注ぐ。

 ストレートでも飲める酒だが、今日は真面目な話をしているから水割りにしておこう。


「それに、金は人の判断を狂わせる。貢献度の多寡で報酬を決めたら、どうしたってもっと貢献したいと考えてしまう。最終的にパーティとしての最善ではなく、自分がより多く報酬をもらうために行動するようになる。そうなったら、もうパーティとしてはおしまいだ…………飲むか?」

「お茶が残ってるから、今はいいかな」

「私もです」

「…………」


 ネルも黙っているので酒瓶をフロルに返す。

 甘く飲みやすいお気に入りの果実酒で喉を湿らせながら頭の中で話をまとめていると、クリスから質問が飛んできた。


「なら、依頼の前に配分を決めておくのはどうかな?例えばアレンが半分で、残りを等分するとか」


 フィーリングはダメと言われてしっかり考えたのだろうか。

 依頼中の行動を統制するための方法としては有効な提案だ。

 ただ、それで全ての問題が解決できるわけではない。


「その割合をどうやって決めるかが問題だな。例えば、クリスが言った割合で分配すると決めて魔獣の討伐に出かけて、討伐対象をティアが一撃で仕留めたとする。俺はお散歩だけで報酬の半分を受け取ることになるが、それでいいのか?」

「うーん……。なら、依頼ごとに割合を変えるとか」

「依頼を受けるときに毎回割合を話し合うのは手間が掛かりすぎる。討伐、捜索、採取とかの種類ごと決めてしまう手もあるが、その場合はどの依頼を受けるかの判断に影響するだろうな」

「………………」


 クリスはしばらく考え込んでいたが、解決策を見つけることはできないようだ。

 代わりに今度はティアが口を開いた。


「クリスさんがさきほど言ったことですが、最初に割合を決めておく方法で、私はいいと思います。依頼を数多くこなせば、私やクリスさんだけが貢献する依頼もあるかもしれませんが、それでもアレンさんの貢献度が恒常的に低いままということはあり得ません。長期的に見れば、アレンさんの貢献度はきっと高くなるはずです」


 そんなことはない、と言ってもこの少女は納得しないだろう。

 ずいぶんと買いかぶられたものだ。


 それでも等分を譲る気はないのだが。


「なら、その件はパーティとして長期間行動を共にしてから話し合うことにしよう。今は時期尚早だ」

「あ……」


 ティアは失敗したという顔。

 なんだかんだで行動を共にする機会は多いが、俺たちがパーティとして依頼をこなしたのはほんの数回だけ。

 長期間の貢献度を論ずるには、まだ早い。


「……そこまで考えた上で、等分を提案したのかい?」

「当然だ」

「わかった。降参だよ」


 この件で争うことは諦め、フライドポテトをカリカリとかじっていたクリスが呆れたように言う。

 気づけば皿の上のポテトがほとんどなくなっている。

 俺も慌てて一本摘まみ、口の中に押し込んだ。


「ああ、等分と言ったが、全ての報酬を等分にするわけじゃない。報酬を人数割りできるキリのいい金額にして、端数を共用の財布に入れておくことにする。その金は、移動費とか宿泊費とか、パーティ全体の出費に充てることにしたい。今回は100万を共用にして、残りを等分にするから一人当たりの取り分は1300万デルだな」

「僕は構わないよ」

「私もです」


 二人の合意を得られたので報酬分配の話はここで終了だ。

 一人当たり1300万とは、またずいぶんと稼いでしまった。

 クリスのように金銭感覚が狂わないよう、注意しなければならない。


「さて、ずいぶん話が飛んだが、ティアとネルの住処の問題はこれで解決か?」

「はい、ありがとうございます。お金の問題が解決したので、あとはネルと話し合って決めたいと思います」

「次は、ネルちゃんのことだね」


 クリスが話を振り、ネルに視線を向ける。

 俺も釣られてネルを見やると、本人は気負った様子もなく優雅にお茶を楽しんでいる。

 その上品な所作だけ見れば流石お嬢様というべきもので、ここまで俺たちの話し合いに全く口を出さずに大人しくしていることといい、俺の中にあるネルの印象との乖離が著しい。

 

「前にも話したことがあると思うけど、ネルちゃんをパーティに加えたい」

「やっぱりか……」


 クリスはやはり俺の予想どおりの言葉を口にした。

 どうしても、この話題も避けては通れないようで、どうしたものかとため息を吐く。

 

「あれ?アレンは反対なのかい?」

「え、そうなんですか?」


 俺の反応を見て心底意外そうに驚きの声を上げるクリスとティア。

 むしろ、なぜ俺が賛成すると思ったのだろうか。

 

「お前らにとっては親友だったり片想いの相手だったりするんだろうが、俺にとってはただの暴力女だからな。賛成する理由がない」

「ああ、あのときの……」

「えっと、たしかに印象は悪いかもしれないですけど、悪い子じゃないんです!それに、冒険者としての能力も高いですし、必ず頼りになります!」


 クリスは納得したような困ったような微妙な声をこぼす。

 ティアも俺とネルの出会いを思い浮かべた様子だが、どうにかネルをフォローして俺の気を変えようと必死に言葉を紡ぐ。


 両者ともネルをパーティに加入させようと俺の説得を試みる中、一石投じたのは他でもないネル本人だった。


「3か月も前のことをまだ根に持ってるの?偉そうなことを言うわりに、ずいぶんと女々しいのね」


 突然の発言に、ティアもクリスも言葉を失った。

 

 安い挑発。

 しかし、聞き流す理由はなかった。


「根っから粗暴な奴は言うことが違うな。詫びるどころか挑発を重ねるとは恐れ入る」


 ネルは俺の返しにムッとした様子を隠そうともしない。

 黙るなら可愛げもあるだろうに、更なる悪態を重ねていく。


「まさか、そんな小さなことを気にしているとは思わなかったもの。ごめんなさいね」

「本当に礼儀を知らない奴だな。その性根、叩き直してやろうか」

「か弱い女の子を脅すなんてサイテー」

「失礼だな。か弱い女の子は脅したりしないぞ?」

「ッ!言ったわねっ……!」


 こみ上げる怒りに任せて挑発に挑発を返してしまう。

 自分でも少し怒りっぽくなっていることを自覚するが、それを抑えようという気にならないのは酒が入っているからか、それともジークムントの狂気にあてられたからか。

 

「ちょっと二人とも、少し落ち着こうよ!」

「ネル!なんてこと言うんですか!アレンさんに謝ってください!」


 我に返った二人がようやく仲裁に入った。

 俺は矛先をクリスに変え、先ほどまでとは逆にクリスを説得しようと試みる。


「お前の女の趣味にケチをつける気はない。ただ、パーティメンバーにするかどうかは話が別だ。こんな礼儀知らずをパーティに入れたら、きっと行く先々で問題を起こすぞ?」

「そこは僕とティアちゃんでフォローするからさ」

「こんなのどうやってフォローするんだ……」

 

 クリスは困ったように微笑んで、しかし、答えは示さない。

 

 一方、ネルの方もティアを説得しようと試みていた。


「ティア、こんなパーティやめよう?ナンパ男と野蛮人なんて、そのうち酷い目に合うに決まってるよ。あたしとペアでも十分やっていけるじゃない」

「アレンさんは野蛮人なんかじゃないです。とても優しいですよ」

「ええ、どこが……」


 全く揺らぐ様子のないティアに、ネルも呆れを隠さない。

 それは奇しくも俺がクリスに呆れる様子に似ていた。


 しかし、ティアが続けた言葉に、ネルの様子が一変する。


「それに、アレンさんは保有魔力がすごく多いので、アレンさんの助けがあれば私も足手まといにならずに済みます」

「――――ッ!!」


 少しだけクールダウンした空気が再び張り詰める。

 真剣な表情で見つめ合う少女たちを、俺とクリスは何事かと見守る。

 俺たちの様子を横目に見ながら、ネルは慎重に言葉を選んだ。


「ティア、まさか、話したの?」

「…………はい。アレンさんには話しました」

「そんな……絶対に話しちゃダメだって言ったじゃない!!どうして!?」


 二人が話しているのはティアの体質のことだろう。

 

 魔力が乏しいこと。

 魔力が回復しにくいこと。

 ネルの言うとおり、絶対に他人に教えるべきではないことだ。


 魔力のない魔法使いなど戦えない人間と大差ない。

 だからそれは、ティアの安全を脅かす致命的な情報なのだ。

 だからこそ、使い方によってはティアを奴隷のように扱うことすら不可能ではない。


 その危険性をネルは十分に理解しているようだ。


「ティアを責めるな。それは俺が自力で気づいて、ティアに言わせたことだ」

「そう……。あんたが……」


 口にする内容はともかく、声質だけは柔らかかったネルの声。

 それが一段低くなった。


 ネルの視線が強い敵意を帯びる。

 先ほどまでとは視線の温度が違う。

 俺のことを明確に敵だと思っていなければ、こんな目はできない。

 手元に槍がないことなんて関係なく、手元のフォークを振りかぶってでも襲い掛かってきそうな雰囲気が、そこにはあった。


 一方の俺はネルとは対照的に敵意を削がれていた。

 ネルが俺に向ける敵意の源泉が、ティアを守りたい気持ちであると理解したからだ。


(思い返せば初めて会ったときも、こいつはティアを助けようとして飛び掛かってきたんだったか……)

 

 結果的にネルの勘違いだった。

 あのときは俺がチンピラからティアを救った後だったが、きっとあのときのような状況はこれまでも繰り返されてきて、ネルはそれを何度も防いできたのだろう。

 そう思うと、その可愛らしい容姿も相まって、猫が仲間のために必死に相手を威嚇するような情景が連想され、微笑ましいとすら思える。


「何がおかしいの!!」


 しかし、それが余裕として表情に出てしまったのだろう。

 荒ぶる猫は弱みを見せまいと、敵意を色濃くする。

 

「気が変わったよ。ネルの加入を認める」

「誰も入れてほしいなんて言ってないでしょう!!」


 クリスとティアの表情が緩んでも、ネルの態度は変わらない。


 そんな態度をとられると、ついつい魔が差して、からかいたくなってしまう。


「そうか、それなら仕方ないな」

「なによ……。文句は言わせないわ」


 警戒感を強めるネルを見ながら、俺はにやりと笑う。


「お前に文句はないが……ティア、こっちに」

「……?はい、わかりました」

「あ、ちょっと、ティア!?」


 俺は長方形の低いテーブルを挟んで向かい側に座っていたティアをこちら側に呼び寄せた。

 体を少しだけソファーの中央寄りにずらし、空いたスペースをポンポンと叩いてティアに座るよう促すと、ティアの肩に左手をまわして抱き寄せる。


 さながら、美少女を侍らせる悪役のポーズ。

 

「お前が加入しないと言うなら別に構わない。ただ、ナンパ男と野蛮人のパーティに残されたティアは、一体どうなってしまうかなあ?」

「ああ、私はどうなってしまうんでしょうか……」


 意外とノリの良いティアは、それを冗談と理解しつつも積極的に体を寄せて俺の体に手を這わせ、悪役の言いなりになる美少女を演じてくれた。

 いい匂いと柔らかな感触に、ついつい頬が緩む。


「――――ッ!!このクズ!!外道!!死ね!!」


 しかし、ネルの目には、この光景が冗談として映らなかったらしい。

 瞳には涙を浮かべ、悲痛な声で思いつく限りの罵詈雑言を俺に向けて叩きつけた。


「アレン……よくわからないけど、通じない冗談は良くないよ」

「それもそうだな。ティア、ありがとう」

「はいっ!」


 ティアがネルの隣に戻っていくと、涙目のネルがティアに抱き着いた。

 ちょっとした悪戯でどうしてそこまでと思ってしまうが、ふと、さっきの俺とティアの状態はネルがどうしても避けたかった未来に他ならないということに気が付いた。

 さっきのアレが冗談だとティアが理解できたのは、ティアが多少なりとも俺の人柄を知っているからだ。

 俺がネルのことをよく知らないように、ネルも俺のことをよく知らない。

 そういう前提に立てば、なるほど、今のは冗談にならないのだと理解し、申し訳ないことをしたと少しだけ反省する。


「からかって悪かった。改めて、俺はアレン。このパーティのリーダーで、前衛だ。これからよろしくな」

「…………コーネリア・クライネルト。ティアに酷いことしたら、絶対に許さないから」


 差し出した手は、パシンと打ち払われた。


 こうして槍使いネルがパーティに加わり、俺たちは4人になった。



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