第129話 対領主騎士団戦ーリザルト2
たしかに今回の依頼は事前に話を通しておかなかったことやジークムントの暴走など、報酬が高額になる要素はいくつかある。
しかし、だ。
自分で言って悲しくなるが、冒険者の命の値段はそれほど高くない。
盗賊に襲われたと思しき未帰還者が出ている調査依頼で200万デル。
都市に押し寄せる魔獣を迎撃する緊急依頼で数十万デル。
C級冒険者パーティを複数全滅させる妖魔の足止め依頼で600万デル、これを討伐できたときですら1500万デルだ。
にもかかわらず、3000万デル。
俺たちが受けた依頼で最も危険度が高い、生死の境を彷徨うことになった依頼の倍額。
こんな金額を提示されて素直に喜ぶことができるのは、よほどの馬鹿だけだろう。
(高すぎる……。一体俺たちに何をさせる気だ?)
俺は金額を提示した役人を睨みつけた。
相手の狙いを理解しなければ、いつかの二の舞になってしまう。
俺たちを持ち上げて報酬を受け取らせ、違約金をちらつかせて無理難題を吹っ掛ける。
いかにもありそうな話ではないか。
そう考えると副官や役人の不自然なまでの丁寧さも頷ける。
(いや……。もし、そうだったら、こいつらが俺たちにさせようとしていることを拒否することなんて、俺たちにできるのか?)
領主騎士団と政庁は領主の権力そのものだ。
領主が黒といえば、白だろうが黒くなる。
ならば、こいつらが俺たちに何かを強要しようとするとき、俺たちに抗う術はあるのだろうか。
そんな方法、咄嗟には思いつかない。
(なら、逃げるか?)
剣は高価な一品物だからと理由をつけて、この部屋に持ってきている。
部屋の隅に置いてある『スレイヤ』に、チラリと視線をやった。
「お、お待ちください!3500……いえ、4000!4000万デルならどうでしょうか!?」
役人が声を張り上げ、俺の思考は現実に引き戻された。
何を言うかと思えば報酬の値上げだ。
何を考えているのか。
本格的に理解できない。
「そのくらいにしてあげなよ、アレン。あまり文官を怖がらせるものじゃない」
どうしたものかと思案していると、横から声が飛んできた。
上品な仕草で料理を口に運ぶクリスは、もうすっかりいつもの調子に戻っている。
しかし――――
(怖がって……?)
その言葉を噛み砕き、理解する。
クリスに向けた視線を役人に戻して、俺はようやく得心がいった。
俺の向かい側には、浮き出る冷や汗をハンカチで抑え、引きつったような笑いを浮かべる役人の姿があった。
誰がどう見ても怯えているようにしか見えない。
(ああ、そういうことか……)
俺たちと向こうの関係は、現状お世辞にも良好とは言えない。
そんな中、この部屋にいる者の中で唯一の非戦闘員である役人が、俺たちへの説明と交渉を担っているのだ。
交渉が決裂すれば即時戦闘に移行しかねない状況で、命の危険も当然ある。
騎士団詰所で騎士や役人に剣を向ける者がどれだけいるのかという常識は、騎士団の詰所で騎士団の副団長と殺し合うような人間がいる状況においては慰めにもならない。
この状況で役人が恐怖を感じないはずはない。
そんなことも察せない程度に、俺も冷静さを欠いていたようだ。
(そういうことなら、役人が落ち着く前に話を決めてしまった方がいいな……)
よく考えてみれば、指名依頼とて俺が冒険者ギルドで受諾手続をとるまでは効力を持たない。
仮にここで騙されても、冒険者ギルドでじっくり依頼内容を確認すれば済むことだった。
「わかりました。その条件で受けましょう」
「ッ!そうですか、そうですか!いや、良かった!!」
俺が諾と意思表示すると、役人は目に見えて安堵の表情を浮かべた。
交渉役がこれでいいのかと思わないでもないが、それは俺たちが考えることではない。
「ところでその報酬、支払時期が未定ということはありませんね?」
「もちろんですとも!明日の朝一番に冒険者ギルドで手続を行いますから、明日の昼には冒険者ギルドで報酬をお受け取りいただけるはずです!」
「そうですか。ならば、今はあなたの言葉を信用します」
一仕事終えて口が滑らかになった役人はグラスのワインを一気に飲み干し、上機嫌で俺の質問に答えた。
この手の話は期限に少し余裕を持たせるのが常識だと思うが――――いや、もう何も言うまい。
「それと、もうひとつ懸念していることがあります。騎士団についてです」
「なんでしょうか?」
騎士団に話が移ったため、役人に代わって副官が応じた。
「今回の件は、ここまでの交渉で決着をみました。しかし、だからと言って悪感情まで綺麗になくなるとは思いません」
「…………それは、今日の我々の行動を許すことができない、ということでしょうか?」
副官の表情が強張り、部屋の警護に就いていた騎士に緊張が走る。
しかし、俺が言いたいのはそういうことではなかった。
「そういう気持ちがないわけではありません。ただ、誠意も見せていただいたことですし、こちらにはそれを呑み込む用意があります」
チラッと役人に視線をやってから話を続ける。
「問題は、そちら側の感情です。我々は試合中の出来事とはいえ、そちらの団員に重傷を負わせ、副団長と殺し合いまでしたのですから。きっと、騎士たちの内心穏やかではないでしょう」
「ああ、そういうことですか」
副官の緊張が和らいだ。
まるで、俺の懸念がすでに解決したものであるかのような言い草だ。
「ご心配には及びませんよ。団員たちが、あなた方に手を出すことはありません。念のため、この件は決着したことを周知し、今後はあなた方への敵対行為を禁ずると厳命しておきます。それでよろしいですか?」
「…………構いません」
どうにも副官は、もとより争いなど起きないと考えているらしい。
現実的に副官が提案した以上のことを要求することはできないが、不安が残ることは否めない。
いや、それよりも――――
「では、あなた方の副団長……ジークムントについてはどうですか?どうせ、まだ生きているんでしょう?」
俺にとって最大の懸念事項は、あの戦闘狂の存在だ。
最後の一撃、普通の人間なら二度と目を覚まさないほどの深手を負わせた感触があったのだが、ジークムントは瀕死状態からの右ストレート一発で俺を昏倒させる化け物である。
そう簡単にくたばるとは思えなかった。
「ええ……。まだベッドから起き上がれる状態ではありませんが、すでに意識は回復しています」
腹を貫かれておきながら、もう意識が回復したのか。
(化け物め……)
怖れと嫌悪が混じった悪態は心の中に留めておく。
「それで?騎士団はジークムントを抑えることができるのですか?」
戦いに憑りつかれた化け物は、それでも騎士団の一大戦力であるはず。
冒険者とのいざこざ程度で切り捨てられるはずなどなく、しかし、あれが野放しにされれば俺たちの身を脅かす。
俺たちにとってジークムントの処遇は死活問題であり、この件で妥協は許されない。
「あなたの心配も、ごもっともです」
「前置きは必要ない」
俺は語気を強め、副官を睨みつける。
本当に最後の手段ではあるが、騎士団詰所内を捜索してジークムントを狩り出すことすら視野に入る状況で、悠長に構えてはいられなかった。
「……失礼しました。結論から申し上げれば、ジークムント様があなた方を襲うことはありません。戦いを望むことはあるかも知れませんが、少なくともそれを無理強いすることはないでしょう」
「どうしてそう言い切れる?」
「領主様が、ジークムント様とお話なさったのですよ」
「なに……?」
俺は思わず身構えた。
領主――――言わずと知れた、この都市の最高権力者だ。
嫌なところに飛び火したというのが正直な気持ちだが、領主騎士団の副団長が重傷を負ったとなれば領主が出てくるのもやむを得ない。
「詳しい内容は私も存じません。しかし、領主様とお話された結果、ジークムント様はあなた方に不本意な戦いを強要しないと誓いました。反省の言葉も聞かれたということですから、もう心配ないでしょう」
「……どうだかな」
本来なら領主からの命令は騎士にとって絶対であるはずだ。
それは副団長という地位に居ても変わらない。
しかし、ジークムントにそのような常識が通用するだろうか。
「あなた方には信じ難いことかもしれませんが――――」
俺の内心を察してか、副官が穏やかに笑った。
「普段のジークムント様は、温厚で優しい方です。むしろ我々からすれば、今日のジークムント様の様子こそ信じ難いものだったのですよ」
その後、幾分和らいだ雰囲気の中、俺たちは食事を終えた。
手早く着替えを済ませて帰途に就く俺たちを、副官自ら西通りまで送ってくれるという好待遇は最後まで変わらなかった。
俺たちへの敵意を持った騎士が、万が一にもちょっかいをかけないように見張る意味もあるのかもしれないが。
「そうそう……最後に少しだけよろしいですか?」
「うん?どうかしましたか?」
別れを告げ、この時間でもそれなりの人通りがある西通りの流れの一部になろうとしていた俺たちを、副官が呼び止めた。
「まず、本日はあなたがたの了解を得ることなく、こちらの都合に巻き込んでしまい、大変申し訳ありませんでした」
そう言って、副官は深々と頭を下げた。
「それはもう終わった話です。同様のことが繰り返されなければ、これ以上責めるつもりはありません」
何度も謝られたことで、報酬の話も済んでいる。
ぐちぐちと相手を責め続けても仕方がない。
俺が驚いたのは、頭を上げた副官の顔から、指名依頼の交渉が円満に決着してからここまでの柔和な笑顔が消えていたことだ。
「最後に、もうひとつ。あなたの問いにお答えしましょう」
問いとはなんだったか。
そんなことを聞くことができる雰囲気ではない。
俺を見つめる表情は真剣そのもので、話を聞くこちらも少しだけ身構えてしまう。
緊張感が漂う中、副官は毅然とした態度で、その想いを言い切った。
「命を懸ける覚悟は、とうの昔にしています。この都市の民を守るためであれば、我々はどんな危険にも怯まず立ち向かうと誓いましょう」
そう言い残すと、副官は今度こそ俺たちに背を向けて歩き出した。
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