第128話 対領主騎士団戦ーリザルト1




 重傷と失血で動きが鈍重になったジークムントは肉を切らせて骨を断つカウンター狙いに徹した。


 俺は迷わずジークムントの誘いに乗った。

 時間を稼いで失血による気絶を狙うこともできたが、その方法では俺の目的を果たせない。

 

 ティアを脅かすこいつは、今ここで葬り去らなければならなかった。

 ジークムントを排除できる機会が、この先訪れる保証はないのだから。


 俺とジークムントの戦いは凄惨を極めた。

 もはや試合とは名ばかりの殺し合い。

 俺は体の底から溢れ出す力を頼みに、全力で剣を振るい続けた。


 鋭い刃をも弾くはずの鎧はもはや何の役にも立っておらず、ジークムントとともにボロ布のように斬り裂かれて原型を留めていない。

 立っているのが不思議なほどの傷を受けたジークムントは、徐々にその動きを鈍くしていった。


 しかし、ジークムントも傷つけられるだけではない。

 その拳が俺の体を捉える頻度はじりじりと減ってきたものの、俺が接近したところで捨て身の攻撃を仕掛けることで、確実に俺の体力を削っていった。


 俺の剣がジークムントの左脚を裂けば、ジークムントの拳が俺の左腕を叩く。

 俺の剣がジークムントの右腕を傷つければ、ジークムントの拳が俺の頬をかすめる。

 俺の剣がジークムントを袈裟懸けに深く斬り裂けば、ジークムントが俺の右肩を打ち据える。


 双方の攻撃は、幾度となく互いの存在を削り合った。

 

 そして、最後の一撃。


 『スレイヤ』の刃がジークムントの腹に突き刺さり、剣先が背中に抜ける手ごたえを感じた。


 俺は勝利を確信し――――その直後、ジークムントの拳が俺の胴体を直撃した。


 剣から伝わる確かな感触が、気の緩みをもたらしたのかもしれない。

 生きているのが不思議なほどに傷ついた体から放たれる反撃など、たかが知れているとも思っていた。


 しかし、それでもジークムント渾身の一撃には、俺の意識を刈り取るだけの威力があった。


(ああ、くそ……。この、化け物め……)

 

 血を吐きながら地面に転がった俺が落ちる直前に見たのは、全身から血を流して崩れ落ちるジークムントの姿だった。


 



 ◇ ◇ ◇





 ジークムントとの死闘の中で意識を失った俺は、騎士団詰所の救護室に運び込まれた後に魔法使いと医者から治療を施されたらしい。

 <回復魔法>の効き目は素晴らしいもので、一本や二本ではなく折れていたはずの骨も少し痛みを感じる程度にまで回復されていた。

 <回復魔法>の使い手は貴重で完全に治癒するほどの魔法は受けられなかったため、普通に動ける程度まで回復した後は傷薬を塗られ、包帯を巻かれている。

 結果、俺の上半身はミイラのような有様だ。 


 俺が目を覚ましたとき、すでに日はとっぷり暮れていた。

 心配だったティアの処遇は、俺が寝ていたベッドの横に本人を見つけたので一安心。

 ティアはずっと俺の様子を見守ってくれていたらしく、俺が目を覚ますなり泣きながら抱き着かれた。

 ティアの声を聞いて駆けつけたクリスからは、少しの説教と感謝の言葉。

 少し時間を置いてやってきたネルからは、ひとこと「ティアを泣かせるな。」とだけ。


 体が動くことを確認すると、医者の診察を受けた。

 あちらこちらに痛みと傷が残っているにもかかわらず、念のためとポーションを一瓶飲まされただけで、大事はないと太鼓判を押される適当な診察だった。


 その後、俺は値は詰所の騎士に案内され、詰所内の応接室に通された。

 俺自身の服はかなり汚れている状態なので病衣を借りたまま。

 応接室ではジークムントの副官ともう一人の壮年の男性――政庁の役人だと紹介された――のほか数人の騎士が、大きな長方形のテーブルに豪勢な食事と高級酒を用意して待ち構えていた。

 もちろん騎士たちは職務中なので、席に着いているのは副官と役人だけだ。


 俺たちは彼らの向かいの席を勧められ、食事を取りながら今日の出来事について説明を受けることになったのだが――――


「まず、今日の事件の顛末……あなた方に我々との勝負を受けてもらった理由を説明させていただきます。実は――――」


 副官の説明を要約すると、つまりこういうことだった。


 今日の事件は、ネルの父親が経営するクライネルト商会にかけられた脱税容疑の捜査を行うために、騎士団と政庁が共謀して引き起こしたものであるという。

 本来なら騎士団と政庁の捜査部局が協力して商会に踏み込み書類を検めれば済む話だが、ネルの父親は貴族に顔が利くため、通常の方法で捜査を行うと証拠をつかむ前に貴族から横槍が入る可能性があった。

 ネルの父親が気づかないうちに捜査を実施すべく、ネルの父親が商会を長時間離れる機会をうかがっていたところ、幸か不幸かネルの父親を襲撃する者たちが現れた。

 もちろん俺たちのことだ。


 飛空船発着場にいたという副官を含む数名の騎士は偶然居合わせたわけではなく、もともとネルの父親の行動を監視するためにその場にいた。

 ことの成り行きを観察した結果、自然な流れでネルの父親を騎士団詰所に隔離する方法を思いついた彼らはネルの父親に勝負の話を持ち掛け――――そこからは、俺たちが知ってのとおりの展開だった。


「――――あなたとジークムント様の試合が終わった直後、強制捜査が無事完了し、多額の脱税の証拠を押収したと報告がありました。クライネルトは現在で衛士の詰め所で拘留中です。ここまでくれば、貴族も横槍を入れることは難しいでしょう。これも、あなた方のおかげです」


 副官は終始にこやかに経緯を語った。


「クライネルト商会は以前から嫌疑がかけられていたにもかかわらず、手を出せずに歯がゆい思いをしておりました。我々もあなた方には大変感謝しております。本当にありがとうございました」


 副官の隣に座る政庁の役人も、副官の後を引き取るように俺たちへの感謝を述べ、頭を下げた。


「………………」


 二人の説明で経緯は概ね理解できた。

 もちろん納得できない部分はあるが――――しかし、今はそれよりも気になることがあった。


(なんだ、この丁寧な対応は……?)


 状況が理解できない。


 騎士団詰所の最上階にある、格調高い美術品が並ぶ応接室。

 高級食材を惜しげもなく使ったらしい料理と、誰でも名前を知っている高価な銘柄のワイン。

 そして、不自然なほど笑みを絶やさずにいる副官と役人。


 何かの罠ではないかと疑うほどの好待遇だ。

 

「事件についてわかりにくい点がありましたら、何なりとお尋ねください。可能な限り、丁寧に説明させていただきます」


 表情に出したつもりはないのだが、俺が訝しく思っているのを機敏に察知した役人がさらに丁寧な口調で俺に問うた。

 副官は黙って俺の反応を窺っており、クリスとティアも俺が口を開くのを待っている。

 ネルは一応身内が拘留されたことで神妙にしており、口を挟む様子はない。


 俺が何か話さないと、会話が進まないようだ。

 

(事件よりも、この待遇について聞いてみたいが……。まあ、今はいいか)


 会話を続ければ引き出せる情報もあるだろう。

 そう思った俺は、とりあえず事件絡みで納得できないところから尋ねてみることにした。


「ネルの父親の脱税捜査をするために、俺とおたくの副団長様が殺し合いをする必要はあったのですか?」


 俺の質問に、場がシンと静まり返った。

 役人は笑顔のまま固まっている。


 たっぷり十秒ほど、誰も口を開かない時間が過ぎた後、役人が頬を引きつらせながら口を開く。


「いえ……それについては……、あそこまでしていただく必要は、なかったかと……」

「まあ、そうでしょうね。もっとも、そちらにそのつもりがなくても、ティアを妾にするだの手段は選ばないだの宣うような奴を、生かしてはおくことはできませんが」


 俺の言葉に副官が頬を引きつらせる一方、先ほどからかいがいしく俺の食事の介助――といってもパンにジャムを塗るとか調味料を取るとかその程度――をしていたティアが、嬉しそうに微笑んだ。

 食事くらいなら自分で取れる程度に回復しているものの、悪い気はしないから何も言わずにそのままお願いしていたのだが――――

 

「ティア、嬉しそうにしているところに水を差したくないが、危ないところだったんだぞ?」

「でも、アレンさんが守ってくれました」

「いや、俺が負けたら――――」

「アレンさんは負けません」

「………………」


 俺の言葉がティアに届かない。

 相変わらず底なしの信頼が重かった。


「というより、やはり殺し合いをしている自覚があったのですね……」


 副官が、つい、という様子でポツリと零す。

 言ってから口が滑ったという顔をしたが、俺は今のセリフに少しカチンと来たので、スルーはせずに副官の言葉を拾って投げ返した。


「上司を諫めることができる勇敢な騎士がいれば、必要なかったかもしれませんね」

「……それについては、弁解のしようもありません」


 藪蛇になった副官は本当にすまなそうに頭を下げた。

 言わなければいいのにと思うが、諸悪の根源はジークムントであるため、副官をいじめるのはほどほどにしておく。

 

 話しておかなければならないことは他にもあったので、今はそちらを優先することにした。


「話は変わりますが、ここからは冒険者として必要な話をさせていただきます」


 お金の話である。


 今日の事件――――俺たちにとってはクリスのために起こした騒動だから、金を稼ぐつもりなど毛頭なかった。

 しかし、それを利用して利益を上げた奴がいるとなれば見逃すわけにはいかない。

 ただ便乗しただけならともかく、わざわざ俺たちを茶番に巻き込み、ティアに怖い思いをさせ、戦闘を強制したのだ。

 これだけの危険を冒してタダ働きなど、許容できることではない。


 役人は俺がこの話を持ち出すことを予想していたようだ。

 先手を打つように、すらすらと提案を述べていった。


「本日の捜査にご協力いただいたアレン様とそのお仲間の皆様に対しましては、十分な報酬を用意させていただきます。まずは――――」


 報酬その1――――本日の飛空船発着場での出来事は不問とする。

 これについては言うまでもない。

 ここまでさせておきながら、騎士団詰所から出た途端に衛士に囲まれるようなことがあれば、そのままUターンして騎士団に殴り込むに決まっている。


 報酬その2――――今回の件は、領主から俺たちに対しての指名依頼として扱う。

 一見それがどうしたと言いたくなる内容だが、これは意外と馬鹿にできない。

 指名依頼とは依頼者が特定の冒険者を指名して発出する依頼のことで、依頼者が冒険者ギルドに対して支払う手数料が通常の依頼より高く設定されている。

 つまり指名依頼の受注実績のある冒険者は、冒険者ギルドへの貢献度が大きい冒険者であると判断され、受注回数や金額に応じて冒険者ランクの昇級に関する内部査定に大きなプラス評価が付く――――とフィーネ談。

 ほかにも、指名依頼の受注実績が多ければ多いほど有力な冒険者であるとみなされ、単純に箔がつくということもある。

 それが領主からのものなら、なおさらだ。


 報酬その3――――指名依頼の達成報酬を支払う。

 指名依頼なら報酬が発生する。


 そして、肝心のお値段は――――


「今回の指名依頼の報酬は、3000万デルをお支払いいたします」

「…………は?」


 予想外の高報酬に俺は思わず眉を顰め、声を上げてしまった。



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