第123話 第三試合1
「…………そろそろ、そちらの騎士の状態が気にかかる」
「ッ!?ぐ……、そ、そこまで!そこまでっ!!」
あっけにとられていた副官が我に返って試合終了を宣言すると、ようやく轟音が止んだ。
勝者は流麗な動きで剣を鞘に納めようとして――――鞘が剣に合わないことに気づく。
照れを含んだ微笑を浮かべて剣をポーチにしまい、こちらへ駆けてきた。
「アレン!これで僕たちの勝ちだね!!」
「………………」
心底嬉しそうに笑うクリスに、俺は口を半開きにしたまま言葉を返すことができずにいた。
クリスの勝利に感極まって、ではない。
単純に呆れているからだ。
もちろん勝利が嬉しくないわけではない。
だが、それ以上に言いたいことが多過ぎた。
「…………言い訳を聞いてやろう」
「え、どういうこと?」
自分が何をした、とばかりに戸惑うクリスに少しばかりイラッとしてしまう気持ちを抑え、ひとつひとつ、クリスから話を引き出すことにする。
「まず、さっきのはなんだ?」
「これかい?」
クリスがポーチから先ほどの剣を取り出したため、俺はしげしげとそれを観察する。
細い両刃の片手剣であるというところは、クリスが元々使っていた剣との共通するところだ。
しかし、その装飾は大きく異なる。
元々の剣は上等なものであっても実用一辺倒で、装飾らしい装飾もなかったのだが、今クリスが抱えている剣は、柄や鍔に薄い緑色の金属を使った模様があしらわれていた。
そして最も特徴的なのは、剣身の根本部分に埋め込まれた緑色の宝石だった。
「これは魔石か?」
「<風魔法>を封じた魔石だよ。そしてこの剣は、魔石の力を利用した魔法剣だね」
「さっき相手を吹き飛ばしてたのが、魔法剣の効果?」
「魔法の感知は得意じゃないんだけど、圧縮された空気を撃ち出しているそうだよ。なんでも、現役宮廷魔術師に得意な魔法を込めてもらったとか…………あ、良く知らないんだけどね」
とってつけたように言い訳するクリスだったが、宮廷魔術師が手掛けた魔法剣なんてそうそう転がっているものではない。
それくらい、俺にだってわかる。
しかも魔法剣の効果を惜しげもなく使ったところから察するに、魔石の品質も非常に上等なのだろう。
まあ、クリスの魔法剣の性能については、これくらいにしておこう。
俺が本当に聞きたいのは――――
「で、こいつを出し惜しみしていた理由は?」
「あー……。ほら、高価な魔法剣だし、魔法も回数制限があってね……」
「そうかそうか。それなら仕方ないな」
「うん、そうなんだ。わかってくれて嬉しいよ」
「もちろん理解するとも。実家から拝借してきた剣だから使いたくなかった、なんて宣ったらどうしてやろうかと思ったが、違うんだろ?」
「………………」
視線を合わせて問いただすと、クリスの視線が逃げた。
それでも視線を外さずにクリスを睨みつけていると、クリスの視線は右往左往した結果、俺のところに戻って来て、にへらと笑った。
どうやら図星らしい。
「…………言い訳を聞いてやろう」
「アレン!ち、違うんだ!」
「何が違うんだ、この野郎!お前のためにここまでお膳立てしてやったのに、ナメプで負けそうになるとか何考えてんだ!?」
「ナメプ?はわからないけど、これにはワケが!!」
「言い訳無用だ!!」
「ええ!?言い訳を聞いてやるって言ったじゃないか!?」
結果的に勝てたからいいものの、魔法剣を取り出す間もなく負けたらどうする気だったのか。
正騎士が使う魔法剣を受け損なって直撃を喰らっていたら。
剣が折れた後、正騎士がすぐさま追撃に移っていたら。
危ない場面は何度もあったはずだ。
ティアに全力で相手を打ちのめすよう命じた手前、手を抜いたクリスを簡単に許すことはできない。
決して、今朝の仕返しをするチャンスだと思っているわけではない。
「あ、あの!」
「うん?どうした、ティア?」
クリスへのお説教は他ならぬティアによって遮られてしまった。
ティアの傍らにはネルもくっついている。
なんと無しに先ほどまで二人が居た場所に目をやると、ネルの父親が周囲の騎士たちに向かって何かを喚きたてていた。
一度負けて、それでも諦めずに悪あがきした結果もご覧のありさまだというのに、本当に往生際が悪い。
「そちらの騎士さんが……」
しかし、ティアの話はネルの父親の件ではないらしい。
ティアの指す方には、困ったような顔をした副官と憮然とした様子を隠そうともしないジークムントが立っていた。
どうやら話しかける機会をうかがっていたようだ。
「気づかずにすまなかった」
「いえ、構いません」
ネルの父親からせしめる予定の依頼料がパーになって怒り心頭かとも思ったが、副官の様子に大きな変化はない。
(いや、敗北時に依頼料がゼロになる取り決めとは限らないか?)
負けたら負けたでそれなりの報酬があるように有利な取り決めていたのかもしれなかった。
騎士団の懐事情は、今は置いておく。
「これで勝負は俺たちの勝ちだ。領主に誓うとまで言ったんだから、言い掛かりをつけるような真似はしてくれるなよ?」
「ええ、それについてはわかっています。ただ…………」
副官は言葉を濁した。
「ただ……?まだ何かあるのか?もう帰りたいんだが、後日にしてもらえないか?」
俺は苛立ちを隠さずに副官を問い詰める。
こちらとしては、もうこの場に用はない。
完全アウェーのこの場所から、一刻も早く立ち去りたい。
俺自身、今日は短い時間にいろいろなことがあったせいか精神的な疲労が溜まっている。
さっさと屋敷まで引き上げてベッドでゆっくり休みたいのだ。
ネルのことはクリスとティアに任せておけばいい。
ネルの父親と決裂したことでティアとネルの住処をどうするかとか、いろいろ話し合いの時間が必要なはずだから丁度いいだろう。
クリスがネルを引き取るならティアは屋敷に居てくれてもいいし、住処が見つかるまでならネルの滞在を受け入れてもいい。
その場合、あの日の飛び蹴りから始まる一連の暴力については謝罪してもらう。
鳩尾に喰らった石突の恨みは、まだ忘れたわけじゃない。
「吾輩、まだ戦っていないのである……」
明後日の方向に行きつつあった俺の思考をこの場に引き戻したのは、意外にもジークムントだった。
(ああ、そういえば……。訓練場に来た時から戦いたそうにうずうずしていたな。自分の出番がなくなったことが納得できないか……)
高い地位にある人間はときに看過できない事態を引き起こすから、無碍に扱うことは得策ではない。
だからといって下手に出てホイホイ従ってやるのも大変に馬鹿らしい。
何でも言うことを聞く人間だと思われては今後のためにならないので、とりあえず正論で様子を見ることにした。
「もともと、2本先取の勝負だった……はずです。1人目と2人目が負ければ、あなたの出番がないのは仕方ないでしょう」
とってつけたようになってしまったが、敬語も忘れない。
「そうつれないことを言わないでほしいのである。吾輩は、是非とも貴殿と手合わせしてみたいのである」
「……ただの手合わせということであれば、後日またこちらに伺います」
「どうしても、この場で戦いたいのである」
もう完全にただのわがままだった。
どうにかしろという意思を込めて副官を睨みつけると、副官は困ったように笑いながら口を開く。
「どうでしょう。掛け金を上乗せしますから、勝負を続行していただくと言うのは――――」
「断る」
「取り付く島もありませんね……」
副官が溜息を吐きながら嘆いて見せるが、なぜ俺がそんな提案を受けると思ったのか教えてほしい。
「こちらのメリットが全くないからな」
「おや、お金に興味はありませんか?」
「興味はある。ただ、一度獲得した勝利報酬を手放すリスクを負ってまで、はした金を追いかけるほど困っていないというだけだ」
「なるほど、そうですか。それは残念です」
残念だと言うわりに、残念に思っているようには見えない。
副官の意図が読めず、苛立ちが募る。
まさか、本当に上司のわがままに付き合わされているだけなのだろうか。
「ならば、吾輩と戦ってくれれば、貴殿らが起こした騒ぎは不問にするのである。どうであるか?」
副官に気を取られていたら、ジークムントから思いもよらない提案があった。
なるほど、騒ぎを起こした件が帳消しになるなら、こちらとしてもありがたい話だ。
今日起こした程度の騒ぎなら多少の罰金か数日間の強制労働で済むのだろうが、犯罪者として記録されれば冒険者ランクの昇級が遠のいてしまう。
それに衛士に目をつけられると、今後都市で生きていく中でやりにくいことも出てくるだろう。
せっかく勝ち取ったネルの身柄と引き換えにするほどのことではないにしても、交渉してみる価値はある。
「ひとつ、提案があります」
「言ってみるのである」
「私と副団長様が戦う話と、先ほどの勝負は切り分けて考えていただきたい。つまり、ネルの身柄を賭けた勝負は俺たちの勝利で終わったことを確認したいのです。その上で、先ほどの条件なら戦っても構いません」
「それは――――」
「構わないのである」
待ったをかけようとした副官の言葉に被せるようにして、ジークムントが了承を返す。
「しかし――――」
「構わないのである」
「……わかりました。クライネルト氏と話をして参ります」
ジークムントの意思は固いようだ。
副官は溜息を吐きながらネルの父親のところに向かっていく。
勝負が騎士たちの負けに終わったことを伝えに行くのだろう。
わがままな上司を持って苦労していそうだ。
「では、しっかり準備するのである!楽しみにしているのである!」
「ええ、胸を借りるつもりで頑張ります」
ジークムントは、先ほどと打って変わって上機嫌な様子で俺たちから離れて行った。
(面倒くさい……けど、結果的には好都合だ)
昼寝がしばらくお預けになることは残念に思う。
しかし、このまま屋敷に帰ったときに大きな問題が残ることも理解していた。
「アレンさん、受けてしまって良かったんですか?」
「うーん……まあ、な」
ティアが気遣うように尋ねる。
受けなければ、罰金か強制労働だ。
それが帳消しになるなら、ジークムントと戦う方がまだマシだと思う。
一方、クリスは自分の目的を果たして気持ちが楽になったのか、面白がるように勝算を尋ねてくる。
「勝てるのかい?」
「勝てないだろうな。というか、勝つ必要なんてないぞ?」
「アレンにしてはずいぶん消極的じゃないか。まさか、負けるために勝負を受けたのかい?」
「鋭いじゃないか、クリス。正解だ」
「え?」
困惑するクリスとティア。
ネルは話について行けてないからか、一歩引いたところで無言を貫いている。
「まず、俺たちは少しよろしくない状況にある」
「どうしてさ?勝負に勝ってネルちゃんを取り戻したんだから、何も問題ないじゃないか」
「ネルの方はそうだな」
ここに来て、ネルが少しムッとした。
おそらく愛称呼びが気に食わないのだろうが、今朝方クリスから聞いたこいつの本名はすでに記憶の彼方だ。
「それとは別に、俺たちが勝ったこと自体が問題になる。精鋭と謳われる騎士団が冒険者に負けたなんてメンツにかかわるだろ?しかも全敗となれば、なおさらだ」
「ああ、そういう……」
クリスは早々に納得したようだ。
富裕層出身なら感覚的に理解できるだろう。
メンツとかプライドというのは結構馬鹿にできない要素なのだ。
「つまり、あちらの強い騎士さんとアレンさんが戦って、アレンさんが負ければ、騎士の人たちのプライドが保たれる……ということですか?」
「そのとおりだ。飲み込みが早くて助かる」
勝負に敗北した事実を覆すことはできない。
しかし、大将同士の戦いが騎士団側の勝利に終われば騎士たちの留飲も下がる。
「理解はしましたけど……」
納得できない、とティアの顔に書いてあった。
「元々、あの人たちが余計な口出しをしてきたことが原因じゃないですか。それなのに、アレンさんがあの人たちのプライドのために負ける必要なんて――――」
俺は声が大きくなってきたティアの唇に指を当て、言葉を封じた。
驚いて話が止まったティアが冷静になる前に、ゆっくり抱き寄せて優しく言い含める。
「俺のために怒ってくれてありがとう。けど、これは今後もこの都市でうまくやっていくために必要なことなんだ。まあ、タダで負けてやるのは癪だし、一矢報いるくらいはするつもりだから、応援してくれると嬉しい」
ティアなら理解してくれるはず。
そう思ってやったことだったが、腕の中のティアから反応が返ってこない。
(あれ、ダメか……?)
これでは痛い勘違い野郎になってしまう。
クリスとネルの視線の温度が気になり始めたころ――――ティアが大きく息を吐いた。
「アレンさん」
「なんだ、ティア?」
「抱きしめれば、私が何でも言うことを聞くと思ってませんか?」
「えっ?…………いや、そんなことは」
上目遣いのティアが拗ねるような声音で核心を突く。
図星を突かれたせいで否定の言葉が遅れてしまい、冷や汗が落ちる。
動揺しながらも何とか繕うための言葉を探そうとするが、ティアからの予想外の反撃に思考がショートしており、動揺が加速するという悪循環に陥ってしまう。
「そのとおりですよ」
「え?」
そんな俺を見たティアは、クスクスと笑って俺の背中に手を回した。
「私は単純なので、アレンさんに抱きしめられるだけで、大体のことは言いなりになってしまうんです」
「え?あ、あー……」
さらに予想外な追撃をもらった俺の言葉は、もう呻き声も同然で意味を持たない。
そんな俺の反応に満足したのか、ティアの追撃はなおも続く。
「でも、これは良くないです」
コツコツと俺の胸当てを指先で叩きながら、ティアは言った。
「せっかく抱きしめてもらっても、硬くて冷たい胸当てが邪魔して、アレンさんの温もりが伝わってきません」
今まで以上に直球な好意がぶつけられる。
嬉しいやら恥ずかしいやら、複雑な気分だ。
「……上半身防具ナシは流石に勘弁してくれ。これは前衛職に必要な装備だ」
「それなら仕方ないですね。今は、これで我慢しておきます」
ティアは俺から離れて、にこりと微笑んだ。
「応援してますから!頑張ってくださいね、アレンさん!!」
しばらくして、円形の試合会場の外側に仲間を残し、中央に向かう。
(これは、なかなか圧迫感があるな……)
全周を騎士に囲まれた完全な敵地。
俺を囲む騎士の多くは勝負の内容など知らず、部外者と身内が戦う様子を見物しているだけであるはずだ。
しかし副団長が戦うと噂になったのか、今も周囲を囲む騎士の数は増え続けており、すでに目算で200人を超えていた。
「準備は万端であるか!?」
「ええ、大丈夫です」
「さようであるか!仲睦まじきことは良きことである!」
さっきのやり取りを見られていたのか。
少しだけ頬が熱くなる。
(いや、今は集中しよう!)
俺は気持ちを切り替えて、20メートル先で声を張り上げる大男を観察する。
平均的な成人男性より少し大きい程度の俺と比較して、さらに二回りは大きいがっしりとした体躯に纏うのは陽光を反射して銀色に輝く騎士鎧。
野球のホームベースをやや縦長に大きくしたような盾に描かれた繊細な紋様。
副団長とあって、装備は特別製である様子。
こちらに向けられている剣が、刃が潰された模擬剣であるという一点だけが幾分か俺を安心させる要素だった。
しかしそれでも、ジークムントが放つ威圧感はほとんど軽減されていない。
「お手柔らかにお願いします」
応じた俺も愛剣を正眼に構える。
淡く青みがかった銀色の剣身を持つ両刃の長剣は、その柄や鍔に丁寧な装飾が施されていることもあってジークムントの装備にも見劣りしない。
勝てないにしても、この剣に恥じない戦いをしたい。
ティアたちの応援に応えるためにも。
「先手は譲ろう!さあ、かかってくるのである!!」
ジークムントは空に掲げた剣を振り下ろし、試合開始を高らかに宣言した。
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