第122話 第二試合2
最後の攻撃が通らなかったと見るや、クリスは大きく後退して距離をとった。
正騎士はこれを追わず、ただ剣の切先をクリスに向けて勝ち誇っている。
「我が剣は<インパクト>のエンチャントが掛けられた魔法剣だ。並みの剣では打ち合うことすら許されない」
なるほど、大音響による嫌がらせだけではないと思ったが、音は副次効果であってメインは別にあったということか。
「クリス……」
悲しげに折れた剣を見つめても、長さが半分になってしまった剣が元通りになるわけではない。
しかし去来する想いがあるのだろう。
俺も双頭の大熊との激闘の末に初代愛剣が寿命を迎えたとき、胸に来るものがあった。
剣士にとって剣はただの道具ではなく、自分の命を預ける相棒なのだから。
それに――――
「少年に勝ち目はない。さあ、敗北を認めるのだ!」
折れた剣で勝利を得ることはできない。
そして、この状況においての敗北は、ネルを失う未来に大きく近づくことを意味する。
せめて予備の剣を用意しておけばいいものを、ここに至ってもポーチから新たな剣が出てこないところを見れば、クリスは予備を用意していなかったのだろう。
サブウェポンを装備していない様子のクリスを見て、即席の試合会場を囲む騎士たちも同様に考えたのだろう。
多くの者が第二試合はこれで決着したものと考え、気を緩めている。
第一試合を引きずり、クリスに心ない言葉を浴びせる者。
予想外に健闘したクリスを讃える者。
剣の性能で勝ちを拾ったと正騎士をからかう者。
誰もが、この試合が正騎士の勝利で終わるということを確信している。
にもかかわらず――――クリスの戦意は衰えていなかった。
「やめたまえ!剣折れても戦おうとする気概は買うが、これ以上は無意味だ」
クリスがまだ諦めていないことを感じ取った正騎士は、勝ち誇るような笑みを引っ込めて真剣にクリスを説得している。
試合開始時に見せていた敵意は戦いの中で霧散したのか、クリスをいたずらに甚振ろうとするような素振りも見せなかった。
話し方や強力な魔法剣を出し惜しみするところなど少しアレなところがあるようだが、根は誠実な人なのかもしれない。
(仕方ない……)
クリスの性格を考えると自分で降参を宣言するとは思えない。
ネルを助けるために俺やティアを巻き込んでまで足掻いたにもかかわらず、手痛い敗北を喫したなんてことを認めることなどできないだろう。
しかし、剣士であるクリスが剣もなしに正騎士に勝つ方法などあるはずもない。
(俺が、クリスの敗北を受け入れよう……)
予想外のことであるし、正直に言えば後が非常に苦しくなる。
それでもパーティのリーダーとして、俺がクリスの敗北を宣言しなければならない。
そう思った俺は、クリスに声をかけようとして――――
「…………」
声をかけようとして開いた口から、声を発することはできなかった。
クリスがいつもの柔らかな微笑を浮かべて、俺を制するように手のひらを向けていたからだ。
「…………」
俺は逡巡の末、何も言わずに口を閉じた。
応援も励ましも送らない代わりに、白旗を掲げることはしないでやる。
腕を組み、どっしりと構えることで、俺の意思をクリスに示した。
「彼を降参させないのですか?」
「…………」
俺たちのやり取りを尻目に、副官が俺に降参を促す。
俺は無言を貫いた。
たしかに、リーダーとしてどうすべきか論ずるなら、クリスを降参させるのが正解だろう。
ここから先の戦いは、きっとひどいものになる。
どれほど足掻いても、勝利を得ることはおそらくない。
無意味。
正騎士のように、そう断じる者もいるだろう。
けれど、もし――――俺がクリスの立場だったなら。
大切な人を失わずに済む未来にその手をのばす機会が与えられたのなら。
それがほとんど勝算のない戦いであっても、どれほど無謀な戦いであっても。
無様でも、見苦しくても。
微かな希望に縋って、俺は醜く足掻くだろう。
(ああ、そうだ。クリスにも、そのチャンスが与えられるべきだ)
すでに喪った俺には二度と得ることができない挑戦の機会。
そう考えると、これから厳しい戦いに挑むクリスが羨ましく思えた。
「それほどまでに勝ちたいのですか?」
「そりゃそうだろう。ネル……あの娘はクリスの想い人だからな」
今度の問いは無視せずに答えた。
意志が固まってしまえば、あとは見守るだけ。
副官の雑談に付き合うくらいはしてもいいだろう。
無言で見ているのが辛い展開になるかもしれない、という理由もある。
「そうですか、それは悪いことをしましたね」
「そう思うなら棄権してくれてもいいぞ?」
副官は肩をすくめて笑った。
なかなか憎たらしい奴だ。
「退く気はない、か。だが、これ以上続けると言うなら、腕の一本は覚悟してもらおう!」
言葉での説得が叶わないと感じたのか、正騎士が脅しをかける。
しかし、それに対するクリスの答えは明確だった。
「はっ!!」
半ばからへし折れた剣を、正騎士へと投げつけた。
クルクルと、地面に対して水平に回転する剣は、正確に正騎士へと向かって飛翔する。
「姑息!」
もちろん、そんな攻撃が通用するはずもない。
手にした魔法剣の一振りでクリスの剣は根元から砕け散り、完全に破壊されてしまった。
そのときだった。
「ぐふっ!?」
突然、心臓に響くような重低音とともに、正騎士が後ろに吹き飛んだ。
土埃が巻き上がる中、何度も何かに打たれるように転がっていく正騎士は、あっという間に試合会場の端を越えた。
巻き添えを恐れた騎士たちが左右に割れるなか、正騎士は地面に引かれた線を越えてさらに転がり続け、ついに訓練場の外壁にぶち当たった。
ドォン、ドォン、ドォン、ドォン――――
正騎士が居るはずの場所は土埃が激しく舞っていて、彼の様子を確認することはできない。
その間にも、何者かの執拗な攻撃が正騎士を襲い続けていた。
ここに至り、俺はようやく視線を試合会場に戻す。
そして、頬を引きつらせながら呟いた。
「お前もかよ……」
試合会場に残るのは、ただ一人。
両手で剣を水平に抱え、剣の腹を正騎士に向け、何事かを小声で唱え続けるクリスがそこに居た。
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