第113話 新たな日常10




「何もない……」


 屋敷をひとまわりした俺は、階段を下りながらぼそりと呟く。

 クリスの言うとおり、結局侵入者を発見することはできなかった。

 それだけでなく、侵入者がいたという痕跡も侵入者が逃走した経路も全く見つけることができなかったのだ。

 侵入者がいた痕跡は俺が見落としているだけの可能性もあるが、逃走経路が不明――窓も勝手口も全て中から鍵が掛かっていた――というのはどういうことか。


(密室トリック……なんて、そんなバカな話はないよな?)


 家主が戻ってきて急いで逃げ出したというなら、わざわざ手間をかけて鍵をかけてから逃げる理由がない。

 そもそも、家の中に侵入者がいたのなら、フロルが隠れもせずに食堂に居た理由もわからない。

 フロルにはたしか、侵入者を見たら隠れるように言ってあるはずだ。

 侵入者だって家妖精を見つけたら放置はしないだろう。

 つまり、フロルがいつもどおり屋敷の中を歩いていたということは、フロルと侵入者は互いの存在に気づかなかったということになる。


(ダメだ……わからん)


 自分の屋敷に侵入があったというなら、非常に気味の悪い話だ。

 なんとかして捕まえたいが、今更手の打ちようがない。


 俺はため息を吐きながらリビングに戻った。


 すると――――


(…………またか。いや、今日はなんでだ?)


 昨日はフィーネとフロルがそうだったように、今日はクリスとフロルが見つめ合っていた。

 違うところと言えば、クリスは少し緊張している様子であるのに対して、フロルは見つめられているから見つめ返している、という風に見えるということくらいだ。


「どうかしたか?」

「ッ!なんだ、アレンか……」


 クリスはまるで後ろから突然声をかけられたときのようにびくっと体を震わせ、俺の姿を認めてため息を吐いた。


「俺の屋敷に来ておきながらそれはないだろう……。ところで、フロルがどうかしたのか?実は昨日フィーネも今みたいにフロルと見つめ合ってたんだが、何かあるのか?」

「うーん……何もない、かな」

「そうか。フロルは接客の経験があんまりないから、良くないところがあれば教えてやってくれると助かる」


 何もないならなぜ見つめ合っていた、とは聞かない。

 単にボケッとしていただけかもしれないし、妖精が物珍しかったからかもしれない。


 今はそんなことよりも、この微妙な気分を紛らわせるために早く飲み直したい。


「フロル、果実酒と白ワインに合うツマミを適当に頼む。あ、一応夕食はとってきたから、あまり重くないものだとありがたい」


 フロルは小さく頷いてクリスに向かって一礼すると、台所へと戻っていった。


「……しっかりアレンの言うことを聞くんだね?」


 フロルがいる台所の方を見ながら、クリスが当たり前のことをぼそっと呟く。


「フロルは俺が頼んでないことも含めて、家のことは何でもしてくれるぞ?強いて欠点をあげるなら、お世話があまりに快適過ぎて俺がダメ人間になりそうなことくらいだ」

「ああ、なるほどね……」

「ほら、グラス!さっさと飲みなおそうぜ!」

「あ、ありがとう、アレン。そうそう、今日の侵入者だけど、もうこの屋敷には来ないと思うよ。僕のカンがそう言ってる」

「そうか、お前がそういうならそうなんだろうな。それじゃ、気を取り直して――――」


 乾杯の掛け声とともに、俺たちはグラスを鳴らした。






「――――というわけで、まあ、多分喜んでもらえたと思う」


 服屋で服を贈ったこと。

 喫茶店で休憩したこと。

 家の近くまで送り届けたこと。

 泣かせたことと不意打ちの件は、流石に恥ずかしくて言えないが。


 先ほどの反省を活かして話をコンパクトにまとめたつもりだ。

 だんだん酔いが回ってきたが、それでも昨日の出来事をわかりやすく説明できたと思う。


 にもかかわらず、クリスの表情はすぐれない。

 またしても、聞きたいこととは違う話を聞かされたような微妙な顔をしている。


「なんだ?わかりにくかったか?今回の話は短かっただろう?」

「いや、話はわかりやすかったよ。わかりやすかったんだけど……」

「ならいいんだが、その割には不満そうじゃないか」


 クリスに続きを促しながら、チーズをのせた一口サイズのクッキーを口の中に放り込む。

 くさみの少ないチーズと少しだけ塩気のあるクッキーの相性はなかなか悪くない。

 皿からツマミがなくなれば次の皿が運ばれてくるから、酒も進む。


 しかし、こんなに美味いツマミに、クリスは手を付けようとしない。

 ジトっとした目をこちらに向け、開いた口から飛び出したのは俺を糾弾する言葉だった。


「アレン……。キミはティアちゃんとそんな楽しそうなデートをした翌日に、フィーネちゃんをデートに連れ出したのかい?」

「不満はそこかあ……」

「当然じゃないか……」


 フィーネのはデートじゃないといっても、多分クリスは聞きやしないだろう。


「しかも同じ店って、本気かい?」

「たまたま二人が同じ店を選んだんだよ!俺だって同じ店は避けたかった!!」

「店員に何か言われなかった?」

「ああ、店員は話の分かる奴だったよ」

「うわあ…………」


 親指と人差し指で作った小さなマルを見て、クリスはドン引きした。

 まあ、この部分は言い訳できないから甘んじて批判を受けよう。


「アレン、キミはティアちゃんのことが好きなんだよね?」

「何を突然……。まあ、そうだが」

「そうだよね、うーん……」

「なんだ、歯切れが悪いな?もうこの際言いたいことは全部ぶちまけたらどうだ?」


 散々、人のことをボロクソ言ってくれたのだから、もう一つか二つ小言が増えたところで気にもならない。


「アレン、これは言うか言わないか迷ってたんだけど……」

「ああ」

「今日娼館で指名した相手、ちょっとフィーネちゃんに似てたよね?」

「ちょっ!!おまっ!?」


 なんてことを言ってくれるのか。

 次にフィーネに会うときに思い出したらどうするつもりだ。


「似てたよね?」

「…………まあ、少し似てたかな」


 いつも相手をしてくれる人を探していたらたまたま目に留まった少女。

 髪の色や髪型からフィーネを連想しなかったといえば、ウソになる。

 ついでに言えば、今日フィーネとの間にあった出来事が、指名の理由に関係ないと言えば大ウソになる。


「……前回指名した人は、ちょっとティアちゃんに似てたよね?」

「………………」

「似てたよね?」

「ああ、そうだよ!!そのとおりだよ!!だったらどうした!?お前は俺をどうしたいんだ!?」


 追い詰められた俺に残された手段は逆切れしかなかった。

 クリスは醜態をさらす俺にため息を漏らすと、皿に残ったクッキーの最後の一枚を摘まんで口の中に押し込み、ワインをちびちびと飲み始める。


「別にどうもしないけどさあ……。はあ、ティアちゃんかわいそう」

「しみじみと言うなよ、悲しくなるだろ……」

「ティアちゃん悪い子じゃないのに、二股かけるなんて……」

「いや、二股は流石に否定するぞ?」

「じゃあ、今日酒場で僕にした話、ティアちゃんにそのまま伝えてもいいんだね?」

「………………。フロル、クッキーの追加を頼む」


 黙秘権を行使する。

 この国に黙秘権という権利があるかは知らないが。


「キミは女性関係になると途端に情けない男になるね……」

「それは否定しないでおこう」

「できれば否定してほしいなあ……」


 クリスががっくりと項垂れる。


「ティアちゃんを泣かせてパーティ解散……。冗談じゃ済まないかもしれないね……」

「やめろよ縁起でもない……。つーか、俺のことばかり言うがお前はどうなんだ。飛び蹴りが好きだとか言ってる癖に娼館通いはいいのかよ」


 防戦一方の俺は、反攻作戦を発動した。


「え?夜遊びは本気にならなければセーフでしょ?」

「うっわ…………」


 作戦失敗。

 クリスさん、ある意味で大変男らしい。


「じゃあ、やめる?」

「………………セーフだな」


 わりとゲスい話もはさみながら、俺とクリスの男子会は夜更けまで続いた。



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