第108話 新たな日常6
今更だが、フィーネもティアとタイプが異なるとはいえ、顔立ちの整った美しい少女である。
柔らかい雰囲気を持つティアに対して、明るく活発なフィーネ。
わずかな時間の会話でそれを見抜いた店員は、今日もフィーネによく似合う服を次々と運び込み、俺たちを楽しませてくれていた。
「どう?」
最初は照れていたフィーネも着替えるうちに興が乗って来たのか、今ではモデルがそうするようにポーズをとってくれたりする。
今はノースリーブのシャツとチェック柄のミニスカートで比較的露出の多い服装が、彼女の雰囲気と相まって健康的な魅力を演出していた。
「似合ってる。素材が良い奴は何着ても似合うから羨ましいな」
「もう、さっきからそればっかりなんだから……」
「そう言われても、実際に似合ってるからな」
「ええ、本当によくお似合いです」
俺たちが使っている試着スペースは上客用のものであるらしく、椅子と小さなテーブルが置かれていて男性側への配慮が感じられる。
テーブルには紅茶と焼き菓子が乗せられており、こちらは店のサービスだそうだ。
男性だけでなく女性が休憩することもでき、今もフィーネが正面に座って焼き菓子をつまんでいた。
「でも、ずいぶんと良い待遇ね?二階に来てるお客が全員同じ待遇というわけでもなさそうだけど……」
紅茶のカップを傾けながら、フィーネが言った。
彼女が気にしているのはあくまで対価のことなのであろうが、俺としてはこんな待遇が受けられるような買い物をいつしたのかと言われているようで、思わずドキッとしてしまう。
「上客に相応しい対応をするのは店の義務ですから」
「上客なの?アレンが?」
疑いの視線を向けるフィーネに、俺も紅茶を飲んで時間を稼ぐ。
対応するのは店員の仕事だ。
「納得されていらっしゃらないようですが、彼氏さんのご予算をうかがえば、どこの店でも似たような対応になると思いますよ」
「なるほどね。で、今日はいくらなの?」
「お前は相変わらずストレートだな……」
相変わらず贈り物の値段を聞くことに躊躇がないフィーネだが、今日の服の値段をフィーネに知らせるつもりはない。
どうやら彼女は、この店の二階にある服が高いということを知っていても、具体的な値段までは知らないらしいのだ。
銀貨数枚のネックレスでああいった反応をする彼女に、今着ている服だけで大銀貨2枚を超えるなんて告げたら卒倒してしまう。
そう言う意味では、服に値札を付けないという店側の配慮は大変ありがたい。
「お客様」
「え?あ、ご、ごめんなさい……」
「いや、気にするな」
服を贈られる女性側の振る舞いとして失礼だ、と暗に店員に咎められたフィーネにすかさずフォローを入れる。
完全にマッチポンプだが、値段の件はうやむやにすることができた。
相変わらず店員の手腕が素晴らしい。
「俺が良いと言ってるんだから、値段を気にすることはないだろうに」
「そうは言うけどね……。この服、そんなに安くないでしょう?」
「いつもは高級ディナーやらランチやらを奢れというくせに、実際にその状況になると尻込みするのか?」
「ちょっと!?それをここで言わないでよ!」
「お客様?」
「あ、ご、ごめんなさい……」
今度は声の大きさを店員に咎められたフィーネ。
くつくつと声を殺して笑う俺を、慣れない環境でペースを握れない彼女が悔し紛れに睨んでいる。
頬は少し赤くなっているし、その視線に力はないからただの照れ隠しだろう。
「最終的には気に入ったのを3~4着選んでもらうつもりだから、考えておいてくれよ?」
「…………わかった。ありがとね、アレン」
観念したのか、素直に礼を言う彼女。
本当に礼を言わなければならないのはむしろ俺の方なのだが、この場では言わずにただ頷いて彼女に答える。
せっかく受け入れてくれたのだから、余計なことは言わないに限る。
「彼氏さん、そろそろ一度席を外してくださいますか?彼女さんと相談したいことがございますので」
「うん?ここで待っているんじゃダメなのか?」
そんな話は聞かされていない。
フィーネも一人でここに残されると聞いて少しばかり不安そうだ。
俺たちの反応を確認してから再び店員は口を開く。
その店員の目に悪戯っぽい光が宿ったことを察知して、俺は遅まきながら席を外すために腰を浮かせようとしたのだったが――――
「お二人が問題ないとおっしゃるならば構いません。こちらはどうされますか?」
そう言って店員が袋から取り出したのは、女性用の下着だった。
頬が真っ赤に染まるフィーネからとばっちりを受ける前に、俺はそそくさとその場から逃げ出した。
一階の安い価格帯のコーナーでウロウロすることしばし、店員が俺を呼びに階段を下りてきた。
「お待たせしました。早くこちらへ」
「お、おう」
慌ただしいことだと思いながらも、店員に従ってフィーネのところへと戻ると、彼女は試着室に入って着替えている最中のようだった。
「お着替えは済みましたか?」
「済みましたけど……え?アレン、そこにいるの?」
「ああ、いるぞ」
なぜか慌てた様子のフィーネ。
「彼氏さんへのサービスです」
「う…………」
昨日と同じセリフを、今日は試着室の中のフィーネにも聞こえるように、店員が言う。
しかし、少し待ってほしい。
「おい、下着のことなら、俺に見せなくても好きなのを選んでいいぞ?」
先ほどの流れから行きすぎたサービスにならないかと懸念した俺は、念のためフィーネに待ったをかけた。
もちろん、彼女はすすんで俺に下着を見せようなどとは考えないだろう。
だが彼女の性格を考えれば、これだけ高い買い物をさせたなら仕方ない、と折れてしまう可能性がある。
俺とフィーネの関係は下着を見せてもらうほど親密なものではないので、嫌がる彼女にエッチなファッションショーを強要するような真似は避けなければならない。
「流石に下着のままカーテンを開けさせるようなことはしません。今、彼女さんが来ているのはかわいいデザインのワンピースみたいな服ですよ」
「そ、そうか……。疑って悪かった。それなら、楽しみにしておこう」
店員は、俺の懸念を心外だと否定する。
「準備がお済みになったら、カーテンを開けてください」
重ねて店員に促されたフィーネは、何も言わずにゆっくりとカーテンを開けた。
「………………」
「………………」
俺もフィーネも、お互いに言葉を発しない。
彼女はたしかに、俺が想像したような下着姿ではなかった。
「おい……」
「あら、お嫌いですか?」
羞恥心で頬を染めたフィーネの姿を、もう一度上から下まで眺めた。
その装いはたしかにワンピースと似たような作りで、裾は膝の近くまで伸びている。
淡いペールオレンジの生地が丁寧に仕立てられており、たしかにかわいらしい。
かわいらしいのだが――――
「これ、ワンピースか?」
「ネグリジェともいいますね」
「そうとしか言わないだろ……」
どう見てもネグリジェだった。
昨日のティアの服よりもさらに大きく開いた胸元部分だけなら、ワンピースと言い張れなくもない。
しかし、膝上10センチ程度の裾はフィーネの肢体をほとんど隠していなかった。
下着で覆われている場所よりもやや広い面積が不透明になっている以外、大半の部分が透けているからだ。
しかも、透けているところと透けていないところの境界が明確ではなく、徐々に半透明になっていくようなデザインで、ついついどこまで透けているのか探るために視線が動いてしまう。
「なにがワンピースだ……。こんな服着て外を歩いたら襲われるに決まってる。てか、客引きの娼婦だってもう少し控えめだろ……」
「彼氏さん、今のは割と暴言ですよ?」
「え?あ、悪い!そういう意味じゃ……!」
「………………」
耳まで真っ赤になったフィーネは、ゆっくりとカーテンを引いてその姿を隠してしまった。
俺と店員はお互いにお前のせいだと視線をぶつけ合う。
「でも彼氏さん、こういうのお好きでしょう?」
「………………まあな」
嫌いじゃない。
むしろ、結構好きだ。
仕方ないだろ、男なんだから。
会計を済ませた俺は、外で待つフィーネのもとへ向かった。
フィーネが荷物を宅配にすることを渋ったため、俺が持っている2つの紙袋の中には俺とフィーネが相談して選んだ服が3着、フィーネが元々来ていた服と下着、そして例のワンピースも入っている。
今フィーネが着ているのは、購入したばかりのノースリーブのシャツとチェック柄のミニスカートだ。
「待たせた」
「ううん、ありがと。あ、袋持つから」
言うや否や紙袋に手を伸ばしたフィーネをひらりとかわす。
困った顔をするフィーネに、俺は小さくため息をついた。
「お前は気を遣いすぎだ……。もう少し気を抜いたらどうだ?」
「それは……でもこんなに買ってもらって荷物まで持たせるなんて……」
「持ってもらって当然って態度じゃ癪に障るが、こんなときくらいはカッコつけさせろよ。てか、俺とお前が並んで歩いてるときにお前に嵩張る荷物持たせたら、俺が通行人からどんな目で見られるかわかるか?」
「う……。それは、そうかもしれないけど……」
フィーネらしくない。
謙虚さは美徳であるが、流石にここまで悩まれると焦れてしまう。
「いいから気にするな。どうしても気になるなら、良いモノを見せてもらった礼ってことで、な?」
そう言って、俺は西通りをゆっくりと歩き出す。
フィーネは今頃真っ赤になっているだろう。
その後は、俺を罵るか後ろから殴りかかってくるか。
(これも前世なら完全にセクハラだなあ……)
ティアを同僚とするならフィーネは取引先の社員だろうから、前世でやれば一発で首が飛ぶこと間違いない。
そんなどうでもいいことにまで考えが及んだとき、フィーネの反応がないことに気がついた。
振り返ると、フィーネが真っ赤になって下を向いている。
(おっと、これは予想外……でもないか。さっきもこんな感じだったな)
うじうじと悩んでいるくらいなら怒らせて鬱憤を発散させようという俺の目論見は敢え無く潰え、真っ赤になって俯くフィーネと無意味にセクハラ野郎になった俺が残された。
どうしたものかと思っていると、ふと、以前にフィーネと交わした約束を思い出した。
「なあ、フィーネ。まだ時間あるか?」
「え?あ、うん……。日が暮れるまでには戻らなきゃいけないけど」
「それで十分」
空を見上げるとまだまだ日は高い。
おそらく2時間くらいなら大丈夫だろう。
「どこに行くの?」
少し不安そうに問うフィーネの手を引きながら、俺は次の目的地を告げた。
「俺の屋敷だ。仕事に戻る前に、少し休憩していこう」
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