第104話 新たな日常3
「おお、確かに良いものがそろってるな」
「ご満足いただけたなら何よりです。気になったものがあればどんどん試着してみてくださいね」
店員に促されるまま二階に上がると、そこには一階よりも少し上の客層を狙った商品が所狭しと並べられていた。
たまたま近いところにあった棚の商品に触れてみると、丁寧な縫製で滑らかな手触り。
これくらいの品質になると、前世日本の服と大きな差異は感じられない。
高品質を謳うだけのことはある。
「今日は、アレンさんに選んでもらうことになってるんです」
「そうでしたか。綺麗な彼女さんですから、着せ替えがいがありますね。彼氏さんはどんな服を着てもらいたいですか?」
「そ、そうだな……」
とうとうこの質問がきてしまった。
昨夜の段階で避けられないことはわかっていたのだから、おぼろげでもある程度頭の中にイメージはできている――――が、問題はそれだけではない。
(やっぱりわからん……)
俺は女性服の固有名詞をほとんど知らなかった。
ティアが着ている黒いスカート。足の方に近づくにつれ緩やかに広がっているスカート。
彼女が着ているニット。肩が見えるか見えないかというくらいに首回りが開いており、一方で胸元の露出は控えめなニット。
これらを何と呼べばいいのか、俺は知らない。
つまり――――
(俺の頭にあるイメージを、どうやって伝えたらいいんだ……?)
手近なところに良さそうな服があれば、『こんなやつ』で済んだかもしれないが、不運なことに今近くにあるのは、もう少し上の年齢層向けの商品ばかり。
ティアに着せたい服、というお題である以上あまり下手を打つわけにもいかない。
(何か、何かいいものはないか……)
祈るような気持ちで壁際のマネキンに視線を彷徨わせるが、そこに掛けられているのはドレスばかり。
流石にそれを勧めるのは、階段をすっ飛ばしすぎである。
「ひとつ提案ですが……、彼氏さんは女性服を選ぶのは慣れていないようですので、私が見繕ったものから彼氏さんに選んでいただくというのはどうですか?もちろん、こんなものがいいというオーダーがあれば、それに合わせた服をお選びします」
進退窮まっていると思わぬところからフォローが入った。
これしかないとばかりに、俺は即座にそれに飛びつく。
「そ、それがいいな!女性に服を贈った経験なんてないから、俺だけだとすぐには選べないし、せっかくだから専門家の意見も聞いて、ティアに似合うものを選びたいし!」
「そうですか……。ふふっ、ではそれでお願いします」
ティアに笑われてしまったが、若い少女向けの服が置いてあるコーナーに向かって歩いて行く彼女の後姿を見るに、機嫌は悪くなさそうだ。
とりあえず、最初の難関はうまく切り抜けられたということだろう。
「他の女性に服を贈ったことがないと思われたのが、むしろ良かったんだと思いますよ。私もサポートしますから、頑張ってくださいね」
ティアに聞こえないように、店員が小声で教えてくれる。
なるほど、そういうことか。
しかしこの店員、どうやら自分の店で買わせる方向になったと見るや、店員の責務を忠実に果たしてくれるようだ。
服選びだけでなく俺の方までしっかりフォローしてくれるというサービスは、高級女性服売り場という完全アウェーに置かれた俺にとって非常にありがたい。
「ああ、よろしく頼む」
俺は銀貨を1枚取り出し、店員に握らせる。
「話のわかる彼氏さんで何よりです。全力でサポートさせていただきます」
店員が銀貨をポケットにしまい、にやりと笑う。
心付け、大事と思います。
「さ、早く彼女さんのところに行きましょう。今はかわいい服に目を奪われてるようですが、私と二人で話し込んでいるところを見てご機嫌斜めになられては目も当てられません」
「それもそうだな」
頼れる相棒を手に入れた俺は、満を持して戦場へと足を向けた。
全力でサポートする。
そう言っただけあって、店員の仕事は確かなものだった。
「どれも似合ってるから迷うな、これは」
すでに近くの棚にはティアが試着した服が積みあがっており、今彼女が試着室で着替えている服を合わせれば、その数は10に届く。
女性陣の服選びが長くて嫌気がさしている男性陣がこのフロアにも数名いるようだが、俺好みの少女が俺好みの服に着替えて俺のためにファッションショーをしてくれているのだから、かかる時間の長さは気にならない。
全くもって眼福である。
「ちなみにご予算は?」
「100万デルくらいで考えてる」
俺と店員が交わす内緒話。
予算を正直に言うのは交渉術としてはナシだが、今大事なことは服を安く買うことではない。
予想よりかなり高いところを突いたようで、店員は驚きを隠さない。
貴族や富裕層には見えない俺の口から『金貨』と出てくれば、この反応が当然だ。
ようやく店員から一本とったことで、思わず口の端が上がる。
「今朝方に提示した予算は、彼女さんのためですか」
「冒険者なもんでな。こんな時でもなければ着心地優先だ」
「なるほど、勉強になります」
シャ、というカーテンが開く音とともにティアのファッションショーが再開される。
「どうでしょうか?」
「おお、これもいいな」
試着しているのは、ところどころにフリルをあしらった白のブラウスと淡い青色のスカート――相変わらず名称はわからない――で、健康的な二の腕が惜しげもなくさらされている。
「他のものと比べると少し地味かもしれませんが、彼女さんの素材がいいので何でも着こなしてしまいますね。ブラウスはお手持ちの黒のスカートにも合わせていただけるので組み合わせには困らないと思います。あ、それでしたら……」
そう言うと、店員は少し遠くの棚から白い服と黒いスカートを持ってきて、ティアに手渡す。
「ここまでの彼氏さんの様子から、多分気に入られるのではないかと思います」
そう言われたティアはいそいそと11回目の着替えを始め、俺は再び店員と待機する。
「彼氏さんへのサービスです」
店員が小声で告げる。
「……どんな服なんだ?」
「カーテンが開いてのお楽しみで。きっと気に入っていただけると思いますよ」
不安と期待が同時に高まるようなことを言われて悶々とすることしばし。
シャ、とカーテンが――――開かなかった。
「あ、あの……」
「大丈夫ですよ。私が保証します」
ひょこっとカーテンの隙間から顔だけ出したティア。
その頬は赤く染まっており、これまでにない恥ずかしさを感じていることをうかがわせる。
彼女はこちらに視線を向けたので、俺はゆっくりと頷く。
どんな服を着ているかはわからないが、ここでお預けされては堪らない。
シャ、と音がして、今度こそカーテンが引かれた。
「………………」
「いかがですか?」
感想を尋ねながら、答えは聞くまでもないという風な口調の店員。
ティアが纏った服。
スカートは黒い長めの丈で、裾の方が少し広がっている。
右よりも左の方が少し長い不均等なデザイン。
よく見ると、生地が二重になっていて外側の生地は透けている。
的確に俺の好みを突いていると言える。
そして上半身。
何着か前に試着していたもの大差ない薄手の白いニット。
袖口の模様がアクセントになっているが、それはまあいい。
問題は――――
「…………っ」
「あ、悪い……」
思わず視線をやってしまうと、それはティアの両手で隠されてしまった。
「い、いえ……大丈夫です」
そう言うと、ティアはゆっくりと両手を元に戻した。
しかし、頬の赤みは増し、視線は店内の床を彷徨っている。
どうみても羞恥に耐えている様子。
正直に言うと店員を賞賛してやりたいところなのだが、残念ながら俺にも体面というものがある。
「ちょっと、胸元開きすぎじゃないか……?」
途中までは広めのU字ライン。
それは胸元に近いところだけV字に切り抜かれ、彼女が持つ同年代の少女と比較して大きめの膨らみがつくる谷間が、よく見えてしまうデザインになっている。
彼女が持つ大人しい雰囲気と相まって下品にはならない。
むしろ、大変素晴らしい。
しかし、この光景を他の男どもにも見られるとなれば、少々抵抗がある。
「あら、お嫌いですか?」
「いや、もちろん嫌いじゃないが……外を出歩くとなるとな」
俺がだらしないためにティアが襲われたという話も聞いた。
こんな胸元が見える服を着て出歩けば、そういう輩が増えることは容易に想像できる。
「そんなときのために、こちらもどうぞ」
店員が、今度は黒っぽい小物をティアに差し出した。
「うん?」
それがなんだかわからずに困惑していた俺をよそに、用途を知っているのだろうティアは素早くそれを受け取り、カーテンを引いて着替えを始めてしまった。
「今のは?」
店員からの返事はなく、器用なウインクが返ってくるのみ。
だんだんと不安が強くなってきたが、再びカーテンが開いたとき、俺の疑問も不安も無事に氷解することになった。
「なるほど、こうなるのか」
安心したような表情のティアが纏う服。
ニットもスカートもそのままに、違うのは胸元の一点だけ。
そこでは黒いインナーが、彼女の羞恥の原因を覆い隠していた。
「そういうことです。この服だけではなくて、先ほど試着したいくつかの服でも同じことができますよ。色も種類が豊富なので、これからの着込みたくない季節にも重宝すると思います。それに――――」
場面と相手を選べるなら、彼氏さんも安心でしょう?
そう続けた店員は、したり顔で胸を張った。
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