第103話 新たな日常2




「すみません、お待たせしました!」

「いや、俺も今来たとこだから。気にしないでくれ」


 南の森で大蛇魔獣を討伐した翌日。

 時刻は昼を回っており、場所は都市中央の噴水前。

 春らしく暖かな陽射しが降り注ぐこの場所には、大勢の人がそれぞれの目的のために集まっていた。

 噴水はこの都市の観光名所であり、観光客らしき夫婦や子供連れがそこかしこに見つけられる。

 俺自身もそうだったように、地元の子どもの遊び場としても悪くない。


 しかし、彼らはここに居る人々の一部でしかない。

 ここにいる人々の多くを占めるのは、何と言っても恋人同士と思しき若い男女と、恋人を待っていると思われる若い男(と少数の女)たちだ。

 この噴水は観光名所である以上に、恋人同士の待ち合わせ場所として有名なスポットなのだ。


 何を隠そうこの俺も恋人を待つ男たちに紛れてティアが来るのを待っていた。

 ティアは俺の恋人ではないが、傍から見ればきっとそう見えるだろう。

 その証拠に先ほどから俺の近くにいる男たちから、嫉妬の視線が集中している。

 異性の好みは人それぞれだから俺の主観になるとはいえ、ティアの容姿がストライクゾーンから外れる男などそう多くはないだろうし、ティアより綺麗な少女もそういない。

 特に今日の彼女の装いは、いつもの露出が少ないだぼっとした白いローブではなく、丈の長い黒のロングスカートと淡い色のニット。

 出会った頃よりも少しだけ長くなった艶やかな深い栗色の髪と相まって、普段よりもさらに美少女然としていた。

 賛否両論あるだろうが、胸元の露出は控えめなところも個人的にはポイントが高い。

 家の中だけならいざ知らず、多くの人の目に触れる場所でそんな恰好をされては他の男どもの好色な視線にさらされてしまう――――なんて、恋人でもないのに何を考えているやら。


「冒険者じゃないティアを見るのは初めてだな。よく似合ってる」


 挨拶から数秒の沈黙。

 俺の反応がないことにそわそわし始めたティアに対してありきたりながら率直に感想を伝えると、彼女は明るい笑顔を浮かべた。


「あ、ありがとうございます……。アレンさんの服もよくお似合いです」


 ティアはお返しとばかりに俺の服は褒めてくれるが、正直なところ俺の服は特色のない組み合わせだ。

 

 なにせ、今朝の段階で俺が持っていた服といえば丈夫さと着心地のみを追及したものばかり。

 オシャレ着といえるようなものは一着も持ち合わせがなかったことに気づいた俺は、大層慌てた。

 西通りの服屋に開店と同時に飛び込み、通りを歩く若い男を観察しつつ店員の助言を受けながら、なんとかありきたりなオシャレ着を手に入れたのはつい先ほどのこと。

 じっくり選ぶ時間はなかったので、マネキンが着ている服をそのままセット買いするような買い方だ。

 こういうものはモデルが着るから似合うのであって、普段オシャレに気を遣わないような奴がそのまま着ると――――というリスクは承知の上。

 店員の「似合ってます!」はお世辞だろうし、ティアも似合っているとしか言わないことは予想していたから、より正確な評価はフィーネあたりに会うまで得られないだろう。


 今の俺にできるのは、そのときになってボロカスに笑われないことを祈ることだけだ。


「ありがとな。しかし、これはかなりハードルが高いな……」

「え?どうしたんですか?」

「いや、だってなあ……」


 小首をかしげる彼女は、俺が意図するところを理解していないようだ。

 そんな仕草もいちいち可愛らしい。


 そもそも、なんで俺とティアが恋人の待ち合わせスポットで恋人同士のような会話を繰り広げているのか。


 話は昨夜の酒場まで遡るのだが――――




『そういえば、しばらく前にティアちゃんがアレンに都市を案内してあげるって話をしてたよね?もう案内してあげたのかい?』


『そうだティアちゃん!案内ついでに服でも買ってもらったらどうだい?ちょうど季節の変わり目だし、春用の服を新調する頃だからちょうどいいよ。――――え、理由?…………ティアちゃんをほったらかしにしていたお詫びってことでいいんじゃないかな?』


『善は急げというし、早速明日にでも行ってきなよ!』


『せっかくだから、アレンにコーディネートさせたらどうかな?あはは、責任重大だね、アレン!』




 7割くらいクリスのせいだった。

 ティアのご機嫌取りに奮闘していた俺にクリスを止めることなどできず、あれよあれよという間に今日のデートの予定が組みあがったというわけだ。

 理由のところで若干悩んだ末に『パーティ名』ではなく『心配をかけたこと』の方を選択したところは、クリスなりのフォローなのだろう。

 そういう体裁で償いをしてこいというクリスからのメッセージでもある。


 つまり、俺はこれからティアの服を選ばなければならない。

 現状でもよく似合った服を着た綺麗な少女の服を、ファッションセンス皆無の俺が。

 正直、ソロで黒鬼と戦う方がずっと気楽だ。


「素材がいいから、服選びの責任が重大だなと思ってさ」

「ふふっ、そんなに気負わないでください。アレンさんの好みの服を着せていただければいいですから」


 むしろそっちの方がハードルが高い気がする。

 こんな女性服が好きです、と宣言させられるようなものなのだし。


(まあ、あんなおふざけで愛想つかされたら泣くに泣けないし、頑張りますか……)


 ある種の償いであるにもかかわらず、今日のことは俺にとって罰にはなっていない。

 好みの女の子とデートする口実ができてむしろ役得だ。

 財布には若干のダメージが入るだろうが、引きこもる前に荒稼ぎした分がたんまり残っているし、そこを気にする必要は感じない。


 金は、また稼げばいいのだから。


「じゃあ、そろそろ行こうか」

「はい、よろしくお願いします」


 腕を取って寄り添い微笑むティアに、照れた様子は見られない。

 見目麗しい少女が恥じらう様子はなかなか目の保養になるのだが、昨日何時間もお姫様抱っこした後では、腕を組むくらいの密着度は気にならないようだ。

 照れたところを見られなくなって残念に思う気持ちと、それだけ近い関係になれたことを嬉しく思う気持ちが半々程度。


(まあ、贅沢言っても仕方ないよな!)


 今日のデートが終わったとき、今よりも少し進んだ関係になれるように努力するとしようか。






――――などと、楽観的に考えていた数分前の自分を蹴り飛ばしたい。


「こんにちは。彼女さんの服をお探しで?当店は品揃えには自信がありますので、ゆっくりご覧になってくださいね」


 俺の前に、服屋の店員が立ちはだかった。


 正確には、調で、が、再び俺の前に立ちはだかった。

 少し俺たちより年上の、服屋の店員らしく上手に服を着こなした女性店員の瞳に、悪戯っぽい光が宿る。

 それはそうだろう。

 デート当日にその日着る服を買いに来るというのは、そういうことに無頓着な俺の感覚でも些か恥ずかしい話だ。


 つまり、非常に気まずい。


「ティア……。この店は、よく使うのか?」

「は、はい……、店員さんの言うとおり品揃えも豊富ですし、安いものも置いてますから」


 彼女さん、と言われて少し照れたティアがかわいい――――ではなく。


 なるほど。

 俺の予算がわからないから、安い商品も置いてある店を選んでくれたのか。

 本来ならありがたいはずの気遣いだが、高級服飾店が多数立ち並ぶ西通りでわざわざリーズナブルな店を選ぶまいと高をくくっていた俺にとって、今回ばかりは完全に裏目である。

 こんなことになるなら、男性用の服を専門に扱う店に行くべきだったか。


「遠慮するなよ。もう少し高めの店だって――――」

「お客様?」

「――――ッ!?」

「当店はそちらの綺麗な彼女さんに似合う、高品質の商品も取り揃えておりますよ??」


 さりげなく別の店に誘導しようとした俺の言葉を、女性店員の穏やかな声が遮った。

 そうはさせないとシャットアウトするだけでなく、先ほどの件を引き合いに出して俺を引き留めようとする強かさ。

 私が口を滑らせたらどうなるか――――そんな心の声が聞こえてくるようだ。


「アレンさんもこの店をよく利用するんですか?」

「ああ、まあ、たまにな……」

「あら、たまにだなんて……。最近もご利用いただいたじゃありませんか」


 さらなるジャブが繰り出される。

 現状の和やかな雰囲気から知るすべはないだろうが、この店員が考えている以上に俺の立場は危ういというのに。

 店員はちょっとしたお茶目のつもりでも、ティアが現状は「気にしてません。」という体を装っていても、油断はできない。

 何気ない日常がちょっとした油断で崩壊するということを、俺は良く知っている。


 こんなことで、この教訓を持ち出すことになるとは思わなかったが。


「でも、高い服なんて、そんな……」

「いえいえ、せっかくお綺麗ですし、彼氏さんもいいとおっしゃることですし。高品質なものを置いてある二階をご案内します。よろしいですよね、お客様?」


 もはや、選択肢など残されてはいなかった。



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