第97話 再びのソロ3
「ヘタレ」
「悪かったな」
もはや恒例になっている悪態を聞き流し、今日も俺はソロで北の森へと向かう。
(そろそろ諦めてもいいと思うんだが……)
フィーネは俺がパーティを組みたがらないことを察しているらしく、あの手この手で俺にパーティ用の依頼を受けさせようと画策している。
基本は割のいい依頼を俺の依頼にかぶせて強引に勧めて、実はパーティでなければ受けられないというパターンだが、昨日などは俺とフィーネが話をしている間、物陰からクリスとティアが仲間になりたそうにこちらを見つめており、情と罪悪感に訴えかけるという卑劣なやり口を仕掛けてきた。
しかし、俺がティアを食事に誘うと作戦はあっさり崩壊。
俺は地団駄を踏むフィーネを鼻で笑い、ティアを連れて悠々と立ち去ることに成功している。
その後は二人で西通りの店に入って昼食をとり、夕方までティアの魔法の練習に付き合うという、弱い魔獣をちまちま狩るよりもずっと有意義な一日を過ごすことができた。
ちなみにフィーネと一緒にギルドに置き去りになったクリスは、仕方ないという表情で俺たちを見送っていた。
追いかけてこなかったのは、ティアとの仲を邪魔しないように気を利かせたのだと思うが、クリスはクリスで飛び蹴り女ことコーネリアに懲りずに声をかけているようだから、別に寂しくはないだろう。
(いや……、人の心配なんてしてる場合じゃないな)
むしろ、心配されているのは俺の方なのだろう。
クリスとティアも、俺が冒険者稼業に消極的になっていることに気づいているし、そのきっかけがあの日の出来事にあるということも理解している。
しかし、二人の優しさに甘えて、いつまでも待たせておくわけにはいかない。
これからどうするのか。
これからどうしたいのか。
そろそろ、決めなければいけない時期が来ているのだ。
向かってくるグレーウルフ、その最後の一頭を斬り捨て、周囲に生き残りがいないことを確認してから剣の血を拭った。
今日これまでに遭遇した群れは2つで、討伐した魔獣の数は合わせて13体になる。
現在の単価は大銅貨2枚だから討伐報酬だけで銀貨2枚と大銅貨6枚。
本来はこれに魔獣の死骸からはぎ取った素材の売却益が追加されるわけだが、もともと珍しくもないグレーウルフの素材では労力の割にたいした値段にはならない。
小さな魔石を全て回収しても銀貨1枚になるかどうか。
フィーネの機嫌は悪くなる一方だから、報酬に色がつくことも期待できそうにない。
とはいえ、日当にして銀貨3枚と大銅貨6枚なら月額に換算すると金貨1枚を超える。
暮らしていくだけなら十分な稼ぎだと自信を持って言える。
しかし、小銭を積み上げて俺の目標に届くかと言えば――――考えるまでもないことだった。
「浮かない顔だね。リハビリの進捗は良くないのかい?」
「ッ!?」
背後からの声に、討伐証明部位の尻尾の切り取り作業を中断して振り返る。
そこまで頻発するものではないが、討伐した魔獣の横取りや所持品の強盗だってないわけではない。
冒険者の敵は、魔獣や妖魔だけとは限らないのだ。
「クリスか……おどかすなよ」
「ソロだというのに、こんなに近づかれるまで気づかないというのは、どうかと思うよ?」
返す言葉もない。
俺はクリスに背を向けて座り込むと、魔獣の尻尾を切り取る作業に戻る。
後ろから、溜息が漏れる音が聞こえた。
「アレン……キミはリハビリと言ったけれど、体の動きが鈍っているようには見えなかった」
「見てたのか?見ていて楽しいものでもないだろうに」
「心配だったからね。でも、無駄な心配だったみたいだ」
『無用な』ではなく『無駄な』というクリス。
それは言葉の綾か、それとも――――
「今日、アレンを見ていて確信したよ。キミが抱えている問題は――――」
「クリス」
「………………」
その続きを言う必要はない。
言って、どうにかなる問題でもない。
それがわかっているからだろう、クリスも無理に続けようとはしなかった。
「悔しいよ。もし、僕にもう少し力があれば、キミにそんな思いをさせることはなかったのに……」
あの日のことを悔いるクリス。
その声音からは、無念さが滲み出ていた。
しかしクリスの後悔はある面から見れば正しく、そしてある面から見れば間違っている。
あの日の出来事は、俺の迷いを生むきっかけに過ぎないのだ。
あの日の出来事がなくても、あるいはもっと遡ってクリスとパーティを組まなかったとしても、いつか俺はこの問題にぶち当たり、迷うことになったはずだ。
(気にするな……なんて言っても、きっとこいつは気に病むんだろうな)
俺の覚悟が足りないせいでクリスを悩ませている。
それは俺にとって許容できることではない。
十分すぎるくらい情けない今の俺だって、仲間の足を引っ張るなんてことは御免だった。
「自惚れるなよ」
自然と、キツイ言葉が俺の口からこぼれた。
「……それは、どういう意味だい?」
「大きなお世話だって言ってるんだ。お前は俺の保護者にでもなったつもりか?俺の問題は俺自身が解決すべきものだ。お前が強かったとして、俺の問題がなくなるわけじゃない」
「それは……そうだけど……」
そんな言い方があるか、と言外に責めるような声音。
先ほどの言葉よりは、よほど耳に心地良い。
「尻尾を切り終わったら今日は終わりにするつもりだ」
「……わかった。気を――――なんでもない」
言いかけた言葉を飲み込むと、クリスは一足先に都市へと戻っていった。
(悪いな、クリス……)
立場が逆だったらクリスはもう少しうまく俺を励ましてくれたかもしれないが、俺にそんな器用な真似はできない。
心の中で、クリスの背に向けて一言だけ詫びた。
都市に戻った俺は冒険者ギルドに今日の戦果を持ち込んだ。
予想より心なしか少ない額の報酬を受け取り、不機嫌であることを隠そうともしないフィーネに片手を挙げて別れを告げると、その足で屋敷へと向かう。
目標のために、仲間を犠牲する覚悟を持つことができるか。
あるいは、その覚悟を持たずに目標に手を伸ばす手段を探すか。
それとも――――
いずれにせよ、そろそろ答えを見つけなければならないというのに、それは一向に見つかりそうもない。
こぼしたため息だけが、際限なく積もっていった。
「ただいま。何事もなかったか?」
いつものようにフロルに声をかけ、魔獣の返り血を浴びたガントレットや泥が付着したグリーブを簡単に手入れしてから、自室に戻らず風呂場に直行する。
脱衣所に着替えが用意されていることを確認し、着ている服を脱衣籠に投げ入れる。
浴室のドアを開けると、清潔でぬめりひとつない浴室と、なみなみとお湯を湛えた湯船が俺を迎えてくれた。
ついそのまま湯船に飛び込みたくなるが、お湯を汚してしまえば俺のあとにお湯を使う――いつ入浴しているかは知らない――フロルに悪いので、念入りに体を洗ってからお湯をいただく。
「はー……生き返るなあ……」
広い屋敷をたった一人で切り盛りしているフロルには本当に頭が下がる。
これだけ広ければ風呂掃除だけでも相当な時間がかかりそうなものだ。
屋敷全体の掃除となれば、どれだけ時間がかかるか想像もつかない。
俺が風呂から出て食堂に顔を出せば温かい料理が待っているのだろうし、先ほど脱衣籠に放り込んだ衣類も明日には綺麗に洗濯され、自室の衣装棚に畳んで収められることになるのだろう。
働き者の家妖精を持って、俺は幸せものだ。
(俺を急かさないのも、フロルくらいだしな……)
フロルだけは、俺が家の中にいることが多くなったことや遠出をしなくなったことを歓迎してくれる。
俺が完全に引きこもっていた期間だって、フロルは変わらずに屋敷を回してくれていた。
外に出ないはずのフロルがどうやって俺の食事の材料や雑貨などの買い物をしていたのかは少し気になったが、以前渡して置いた金貨を使ってどうにかしてくれたのだろう。
本当はフロルの存在を隠しておきたかったが、思えば俺がこの家を買ってからすでに3か月が経っている。
いつぞや屋敷の前に居た男から反応がないことを考えても、過剰な心配はもう必要ないと思い、フロルを注意するようなことはしていない。
そもそも俺が引きこもったことが原因だから、注意したところでどうにもならなかったのだろうが。
フロルの歓迎の理由が底なしの食欲にあったのだとしても、掛け値なしの笑顔で接してくれるフロルが俺の心の安寧に一役買っていること、そしてそれが俺の復帰を早めたことは疑いようもない。
(今日は、少し多めに魔力をあげることにしよう)
花より団子なフロルは、きっとこれが一番嬉しいだろう。
それと、追加の金貨も忘れずに渡しておかないとな。
「いただきます」
食器を並べ終わって台所に戻っていくフロルを見送り、美味しい夕食に舌鼓を打つ。
この3か月足らずの間に、フロルの料理の腕はめざましい成長を遂げた。
最初の頃は野菜や果物に少し味付けしたもの、好意的に言えば素材の味を活かした料理が多かったのに、どうやって覚えたのか、今では西通りの料理店で提供される料理と見まがうような逸品がテーブルに並んでいる。
前世の頃から安価なファストフードでも十分に満足できる素晴らしい舌を持っていたと自負している俺だが、それでもこの料理にそれなりの手間がかかっていることくらいは理解できた。
まず、焼きたてと思われる白いパンに赤と黄色の2種類のジャム。
パンはおそらく台所で焼いているのだろう。ベーカリーの焼き立てパンがちょうどこんな感じだったはずだ。
次に、新鮮な野菜のサラダに橙色の酸っぱいドレッシング。
使われている野菜は庭で育てているもので、これだけは毎日同じものが食卓に並ぶ。
その代わりに味付けは日替わりで、酸っぱいもの、しょっぱいもの、甘いものなど、5種類くらいのドレッシングが用意されている。
主菜はピリッと辛いソースを添えた柔らかい肉厚のハンバーグステーキ。
放浪時代もタマネギのような食感の野菜で嵩増ししたものを良く食べていたが、フロルが作るハンバーグは肉の割合がかなり高い。
ナイフを入れたときに染み出す肉汁や香辛料の効いたソースが食欲をそそる。
副菜は芋を潰しきらずに食感を楽しめるマッシュポテトと茹でた根菜。
スープは野菜たっぷりで塩は控えめ。
このあたりは味が強い主菜を楽しむために、あえて薄味にしているのだと思う。
しいて言えばマッシュポテトにマヨネーズがないことが残念なのだが、あいにく俺はマヨネーズの作り方など知らなかった。
当たり前のように享受していた素晴らしい調味料に無関心であったこと、悔やんでも悔やみきれない。
いつかフロルがマヨネーズに似た何かを作ってくれることを期待したい。
飲み物は俺の好みに合わせた甘い果実酒。
水差しとセットで空のコップも置いてある。
完全に料亭だった。
一般市民の食卓にこんな贅沢な料理は並ばない。
「ごちそうさま」
いつのまにか台所から戻って来て傍に控えていたフロルに礼を言うと、フロルは手早く食器を下げていく。
俺の食事のあとにフロルの食事という流れが定着しているからか、嬉しそうな雰囲気を隠しきれていないところがなんとも微笑ましい。
フロルが作ってくれた食事に大満足した俺は、フロルが食器の後片付けしている間にリビングでくつろぐ準備を整える。
戸棚から適当な酒とグラスを取り出してテーブルに乗せ、今日はどうしようかと辺りを見回していると、先ほど軽く手入れしただけの剣と防具を磨かなければならないことを思い出した。
剣や防具を手入れ用具と一緒にリビングに運び込むと、リビングのソファーにはすでに準備万端で待ち構えているフロルの姿。
「ははっ、そうせかすなよ。時間はたっぷりあるんだから、ゆっくりと食事を楽しんでくれ」
三人掛けのソファーの中央に腰掛けると、待ってましたとばかりに横から抱き着くフロルの頭を優しく撫で、もう片方の手で果実酒をグラスに注ぐ。
テーブルには、小さめのアイスペールとトングもしっかりと準備されている。
「食事が待ちきれなくても仕事は疎かにしない。フロルは家妖精の鑑だな」
髪を撫でるとくすぐったそうにしながらも嬉しそうなフロルを見て、こちらの心まで癒されていくような気がする。
どこぞの精霊のように俺を惑わすこともなく、俺が変な気分になることもないから安心だ。
俺は魔力が少しずつ減っていくのを感じながら、服が汚れないように膝に布を敷き、剣の手入れを始めた。
「相変わらず、ずっしりくる重さだ」
淡く青みがかかった銀色の刃は、<強化魔法>がなければとてもじゃないが振れやしない。
俺が英雄になるための剣として最高峰の逸品は、しかし残念なことにその威力を発揮する機会に恵まれていない。
今まで斬ったのは量産品でも十分に斬れるような低ランクの魔獣ばかり。
例の妖魔と戦った時も握ってはいたのだが――――
(あのときは、まあ、なんだ……かすりもしなかったしな……)
どれほどの威力を秘めた武器も、当たらなければ真価を発揮することはない。
それは当然のことなのだが、その原因であるところの持ち主としては、『スレイヤ』にもそれを託してくれた爺様にも申し訳なく思うばかりである。
手入れを終えると、ソファーに腰を下ろしたまま正面に剣を構える。
何事かとこちらを見上げるフロルに微笑みを返し、魔力を多めに練り上げて剣に伝わせてみた。
「………………ダメか」
幼い頃から幾度となく試してきた『剣に魔力を纏わせて超強化攻撃』の修業は、今回もいつもどおり失敗に終わった。
何やってんだコイツ、とでも言いたげに俺と剣を凝視するフロルの視線が痛い。
遅れて気づいたが、今の行動はフロルにとって大事なご飯を床にぶちまける暴挙に映ったようだ。
心なしか、魔力の吸収速度が速くなった気がする。
「悪かった。今日はもうしないから、ゆっくりでいいぞ」
剣を鞘に納めても、フロルの視線は剣から離れない。
この修業はもうフロルの前ではやらない方がいいかもしれない。
「さて、次はガントレットか」
フロルと触れ合う時間。
少しだけ悩みを忘れることができた穏やかな夜が、ゆっくりと過ぎて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます