第96話 再びのソロ2


「今日はこれを頼む」


 早朝、狩りに出る者たちで賑わう冒険者ギルド。


 俺は掲示板に掲載されていた依頼のひとつを選び、別の冒険者の対応はせずに両手を腰に当てて受付で仁王立ちしていたフィーネのところにノコノコと出向き、手続きを頼んでいた。

 しかし、勤勉にも早朝から稼業に励もうという俺に対して、俺の担当受付嬢は苛立ちを隠そうともしない。


って、あんた昨日も一昨日もその前の日もこれだったじゃない!」


 理由は、やはり俺が受けようとした依頼にあるようだ。


 依頼の種類は常設の討伐依頼。

 いつでも誰でも何体でも。

 討伐対象ごとに指定された部位を持参すれば、その数に応じた報酬を受け取ることができるお手軽な依頼だ。


「ねー、アレンさん?グレーウルフの間引きなんて、駆け出しに毛が生えたような冒険者がやる依頼はちょっと横に置いてさ。そろそろこういうの、やってみない?」


 フィーネはさっきから丸めて手に持っていた依頼を、ずいとこちらに差し出した。

 タイトルからすると商人の護衛依頼のようだ。

 掲示板にはなかったから、フィーネが俺のために隠し持ってくれていたものなのだろう。

 さっと目を通してみると、C級制限がかかっているわりに難易度は高くない。

 つまり依頼者が金持ちで、難易度に対してより高いレベルの冒険者を希望したということだ。


「帝都とこの都市の中間くらいにある街までの片道護衛、拘束は2日、報酬は大銀貨4枚に食事と復路の馬車賃支給か……帰りも含めて正味4日か5日ってとこか」

「うんうん、帝都までの街道だからそんなに強い魔獣も出ないし、盗賊も比較的少ないし、おいしい依頼だと思わない?」


 正直おいしい話にみえる――――が、そんなことはないはずだ。

 こいつが俺においしい話を振ろうというのに、こんな猫なで声で下手に出るはずがない。


 そう思ってもう一度依頼票をよく読み直してみる。

 フィーネが少し慌てているが、まさか依頼を受けるかどうか尋ねるときに依頼票を取り上げるわけにもいかないのだろう。


 じっくり読み直した結果、ある部分が俺の目に留まった。


「おい、フィーネ」

「な、なんでしょう……?」


 挙動不審で、視線を合わせようとしない。

 全身で「私はウソをついています!」とアピールしている間抜けに、俺はトドメをくれてやった。


「パーティ人数の制限のとこ、空欄になってるんだが……。これソロでも参加できるのか?」

「えーとね、そういえば、3人か4人のパーティ1組で頼みたいって――――」

「ならパスだな」

「なんでよ!!」

「それはこっちのセリフだ!わざと消しやがったな!」


 報酬はパーティで大銀貨5枚なのだろう。

 一人当たりでは、流石に報酬が高すぎる。

 一瞬だけ強気になったフィーネは、俺の言葉で再び猫なで声に戻る。


「消しただなんて……。私が少しだけ、おっちょこちょいなだけじゃないですか。てへっ」


 わざとらしいてへペロにイラっとくるが、こいつはこいつでサマになっている。

 きっと、ミスをする機会が多いから仕草が板についているのだろう。


「ねえ、なんか失礼なこと考えなかった?」

「なにも。それと、次やったらお前の先輩に言いつけるからな?」

「ぐっ…………」


 おせっかいを焼いてくれるフィーネには申し訳ないと思う。


 けれど、ダメなものはダメなのだ。






 今日の狩場は北の森だ。

 忘れもしない、俺の人生を変えた運命の日。

 俺が戦争都市の奴隷商の連中と殺し合った場所である。


 北の森に行くためには、都市の北側を西から東へ流れる大きな川を渡らなければならず、最も近い橋は都市から少し西に行ったところにある。

 だから、俺は西門から都市の外に出ようと西通りを歩いていたのだが――――


「お久しぶりです、アレンさん。あの、少しだけ時間をいただけませんか?」


 西門に差しかかろうとしたところ、いつもの白いローブを来たティアに呼び止められた。


「ティアか……。久しぶりだな」


 少しなら構わない、そう伝えて二人で路地に入る。

 西門は帝都とこの都市を行き来する魔導馬車で溢れかえっているから、立ち止まって話し込んでは流石に邪魔になるし、かといってゆっくりお茶を飲めるような店が開店するまではもう少し時間がある。

 ティアには申し訳ないが、あまり長話をする時間もないことだし、これで我慢してもらうしかない。


 ティアの口から聞かれた言葉の多くは、俺の予想に違わずあの日の謝罪とお礼だった。

 パーティの件も触れるあたり、もしかするとクリスと示し合わせてきたのかもしれない。

 これに対して俺の回答もクリスの時と同じものだったが、クリスのときと違うのは、ティアを置いて立ち去るタイミングを掴めず、彼女の悲しそうな顔をまじまじと見てしまったということ。

 自分の言葉が彼女を悲しませているのだと思うと暗澹たる思いだ。


 ティアの話が終わり、しばし近況を話し合った。

 そろそろ頃合いかと思い別れを告げようとした俺に、しかし、ティアは予想外の言葉を投げかけた。


「あのっ!もう少し、もう少しだけ付き合っていただけませんか?」


 幾ばくかの躊躇の後、決心したように切り出した彼女は、頷いた俺の手を引いて路地を北へと入っていく。

 路地と言っても西通りの北側である北西区域は、高級住宅が立ち並ぶ富裕層向けの住宅街。

 道の広さは冒険者ギルドのある南西区域とは比較にならず、整然として見通しもいい。

 近くには衛士の詰め所もあり、この都市でも指折りの治安の良さを誇る場所だから、変なのに絡まれる心配はしていないのだが。


(ティアは、どこに向かってるんだ?)


 この先にあるのは飛空船乗り場くらいで、そこまでは延々と高級住宅が続く。

 ティアの住処に向かうにしては方向が異なるので、目的地に心当たりがなかった。


「このあたりなら……」


 俺が疑問を口に出そうとしたちょうどそのとき、西通りから2区画ほど北に行ったところで、ティアは不意に進路を左に変える。

 手を引かれた俺も慌ててそれに追随すると――――その勢いのままに、俺は区画の角にあった高級住宅の塀に背中を押し付けられた。


「おい、ティア……ッ!?」


 突然の行動の理由を問いただす暇もなく。

 いつの間にか、ティアは正面から俺に寄り添うように密着した体勢をとっていた。


『多分ティアちゃんはアレンに惚れてるでしょ』


 そんなことを言っていたクリスの言葉が脳裏によみがえった。

 今日は金属製の胸当てをしていないから、ティアのぬくもりがじんわりと伝わってくる。


 しかし、流石にこれでは雰囲気も何もあったものではない。

 それにこの感覚は――――


「………………ティア?」

「……ごめんなさい」


 ティアは顔を赤らめ、謝罪の言葉を告げる。

 顔が赤いのは、きっと恋人同士がするような振る舞いに照れているせいではない。


「……ごめんなさい」


 今この瞬間も、俺の魔力が少しずつ減り続けていた。




「……ありがとうございました」


 俺の魔力の減少が止まったあとも、ティアは俺に張り付いたままだ。

 おそらく顔を見られたくないのだろう。

 髪の隙間から見える頬が真っ赤に染まっている様を見れば、顔など見なくても彼女の心情は察せられるが。


「それで、理由は聞かせてくれるよな?」

「はい……」


 消え入りそうな声で返事をするティアから事情を聞く。


「つまり、俺から魔力をもらわないと魔法の練習ができないと……」

「はい……」


 俺はティアから彼女の体質の話を聞いた。

 魔力欠乏――――保有する魔力量が低いことは察していたが、まさか魔力がほとんど自然回復しないとは、難儀な体質もあったものだ。


「うん?そうすると、今までどうやって魔法の練習をしてたんだ?」

「母が亡くなる前は母から。今もネルが協力してくれますが……」


 たしかに、それだけでは大した練習にはなりそうにない。


「アレンさんのパーティに相応しい力を手にするためにアレンさんに協力を求めるということが、情けないことだとは理解してます。けれど、私はアレンさんのパーティに入れてもらえなければ、きっと冒険者を続けられません……。私には他に才能もありませんから、そうなってしまえば……」


 そう言ったティアは自分の体を抱くような仕草する。

 そうなってしまえばどうなるのか非常に気になるところではあるが、聞きかじった彼女の境遇を思えばロクなことにはならないのだろうから、詳しく聞くのは躊躇われた。

 しかし、それはそうと気になることがある。


「それは、俺に話さない方が良かったんじゃないのか?」


 今の話を要約すると、ティアは俺を頼らないと魔法の練習どころか冒険者を続けることもできないということだ。


(冒険者を続けたかったらわかるよな、なんて強引に迫られることになるとは考えないのか?本当に危なっかしい子だな……)


 ティアに迫る自分の姿を、つい思い浮かべてしまう。

 もちろん、実際にそんな下衆なことをするつもりはない。


「三度も私を助けてくれたアレンさんに、ウソをつきたくはありません。それに、私はアレンさんのことを信じてますから」

「そ、そうか……」


 照れることを言ってくれるが、相変わらず天井無しの信頼が重い。

 恥ずかしいことを言った自覚はあるのか、ティアは赤く染まった頬を隠すように再び俺に寄り添う。

 この状態の方がよほど恥ずかしいのではと思わないでもないが、悪い気はしない。

 甘い雰囲気に流されてティアの背に手をまわしながら、ふと、どこかで似たような話を聞いたなと思った。


『魔力を補充できる状況じゃないと力を発揮できないんだよねー』


 そう、たしかラウラが言っていたのだ。

 思えば、魔力を自力で回復できないことといい、こうして俺から魔力を吸収していることといい、ティアはまるで――――


『精霊の体の仕組みは人間とあまり変わらないよー』


(……まるで、というか、精霊そのものじゃないか?)


 俺の腕の中の少女、深い栗色の長い髪が綺麗な魔法使い。

 俺の魔力がないと生きていけない――――といえば流石に大げさだろうが、俺がいないと力を発揮できないところも、まさに精霊そのもの。

 魔法の練習をできないという割に強力すぎる<氷魔法>も、ティアが精霊ならば説明がつくではないか。

 そして、俺に精霊と人間を見分ける方法などない。


 ならば、ティアの正体は――――


「ティア、ひとつ聞いてもいいか?」

「はい、なんでしょう?」


 口に出してから逡巡してしまう。

 もしティアが精霊だとしたら、俺はそれを暴くことになるのだ。

 俺が続きを発しないことを不思議に思ったのか、ティアが俺を見上げている。


 その視線に誘われるように、俺は続きを口にしてしまった。


「お前、もしかして精霊か?」

「え?」


 キョトンとして目を丸くするティア。

 これが演技だとしたらたいしたものだ。

 しかし、これまでの経験を踏まえると、そういうことが得意な子だとは思えない。


「あの、すみません……。もう一度お願いします」

「え?ああ、ティアは、もしかしたら精霊なのかな……と」

「…………私が?」

「…………はい」


 早朝の高級住宅街。


 静けさの中に、ティアの笑い声が響いた。




「ご、ごめんなさい。精霊に間違えられたのは初めての経験だったので……」

「いや、いいんだ。バカなことを言った俺が悪い……」


 顔を真っ赤にした俺と、笑いすぎて目に涙が浮かんでいるティア。

 俺たちは西通りに戻るために先ほど歩いて来た道を戻っていく。

 ちょっとだけ顔をのぞかせた甘い雰囲気はすでに霧散しており、俺たちの間に流れる雰囲気は穏やかなものだ。


「魔力供給の件、俺は構わない。必要な時は声を掛けてくれ」

「ありがとうございます。やっぱりアレンさんに打ち明けてよかったです」


 それを脅迫材料に関係を迫られるなんて考えもしないのだろう。

 疑うことを知らない純粋な笑顔に、俺は自分の心が汚れていることをしみじみと感じて情けなくなってしまう。


 西通りに出ると、ティアと別れて西門から都市を出る。


 徐々に高度を上げていく太陽を背に、俺は魔獣の巣食う北の森に向かって歩き出した。



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