第92話 閑話:とある少女の物語21
side:フィーネ・ハーニッシュ
「ヘタレ」
「悪かったな」
言葉とは正反対に悪びれもせず、今日も簡単な依頼を受けたアレンは、一人冒険者ギルドから立ち去っていく。
その後ろ姿をやるせない気持ちで見送ると、私は見習い職員と交代して依頼の処理のために裏へと戻った。
「どうだった?」
「……いつもどおりですよ。今日もD級用の常設の魔獣討伐依頼を受けて行きました」
アレンの様子を尋ねるイルメラ先輩に彼の様子を報告すると、先輩も悲しそうに目を伏せる。
いつもどおり。
そう、もはやこの状態がいつもどおりになってしまっていた。
アレンが例の妖魔討伐依頼を受けてから――――アレンが変わってしまってから、早くも2か月が過ぎ去った。
火山の麓に巣食うという強力な妖魔に対して、アレンを含む臨時パーティを送り出したと聞いたのは、アレンが出発した後のことだった。
アレンの依頼受託記録に書き覚えのない依頼を見つけてサブマスターを問い詰めると、彼はあっさりとアレンを捨て駒にしたことを白状した。
私はサブマスターをあらん限りの言葉で罵った。
これが冒険者ギルドの在り方か。
恥を知らないのか。
先輩の制止も聞かずクビも覚悟で放った言葉に、堅物として知れわたっているサブマスターは静かに微笑んだ。
『返す言葉など持ち合わせていない。批判は甘んじて受けるつもりだ。私の行動は冒険者ギルドのサブマスターとして正しく、そして一人の人間としてきっと間違っている』
『それでも彼は、金貨を用意して待っていろと言ってくれた。だから私は、その言葉を信じることにした』
サブマスターが信じたとおり、アレンは一人として死者を出さずに依頼を達成した。
厳密には期限まで踏みとどまることはできなかったのだけれど、救援が来るまで麓の街で耐えたことが評価された結果だ。
そして、救援で派遣されたB級冒険者のパーティによって、強大な妖魔は無事に討伐された――――そういうことになっている。
『陽炎』によって観測され、確かに存在が確認されたはずの妖魔は、救援の冒険者たちがどこを探してもその姿を見せることはなかった。
数日間の探索の末、冒険者ギルドは彼らと口裏を合わせて妖魔を討伐したと発表し、彼らは報酬を得た。
『陽炎』がもたらした記録以外にその姿を示すものはなく、実際に見たのは『陽炎』とアレンたちだけなのだから、万が一それがどこかに存在していて都市を襲撃することになっても新手ということで押し通すらしい。
アレンたち3人にも、基本報酬のほかに特別報奨金として金貨5枚が支給された。
アレンの仲間2人は相当に思うところがあったようだけど、複雑な表情でそれを飲み込んでいた。
まるで異を唱える権利など自分にはない――――そう言っているようだった。
本当に、汚い世界だ。
「フィーネ、あなたいつもあの子を責めるばっかりでしょう。少し励ましたりとかしてあげればいいのに」
先輩からかけられた何気ない言葉が、私の心を抉る。
「励ます……?私が?」
彼を傷つけた――――彼に無理をさせて使い捨てた冒険者ギルドの職員である私が。
彼を励ますなんて、どうしてできるというのか。
言葉を続けなくても、私の声音と表情から言いたいことを察したのだろう。
悲しそうに眉を下げた先輩に、私はハッとして謝罪する。
「……すみません、八つ当たりでした」
「いいのよ、気持ちはわかるわ。だけど――――」
あの子は、あなたにひどいことなんて言わないと思うけどね。
そう言い残して、イルメラ先輩は仕事に戻っていた。
私も先輩にならって仕事に戻る。
それでも、仕事が手に付かない時間は以前よりずっと長くなってしまった。
アレンが私を非難することはない。
そんなことはわかっている。
きっと彼は私に罪はない、私のせいではないと気遣ってくれるはずだ。
だからこそ、私はそれに甘えてはいけないと思うのだ。
彼が変わってしまった原因を作る片棒を担いでおきながら、逆に彼に励まされて許してもらうなんて。
そんなこと、私には到底できないことだった。
(だったら、せめて……)
嫌われても、疎まれても、彼が復帰できるようにサポートするのがアレンの担当者である私の務め。
それが私にできる唯一の罪滅ぼし。
今のところ、上手くいく様子はまったくないけれど。
「フィーネ先輩、担当パーティの銀髪のカッコいい人が来てますよ!」
「銀髪……ああ、じゃあ代わるわ」
先ほど受付を任せた見習いの後輩が私を呼ぶ。
銀髪の冒険者は何人かいるけれど、私が呼ばれるということはあの人で確定だろう。
カッコいいと言われそうな銀髪冒険者も、残念ながら私の心当たり以外にはいないことだし。
「やあ、わざわざ悪いね」
「どうしたんですか?私はアレンの担当ですけど、あなたの担当ではないですよ、クリスさん」
受付で私を待っていたのは予想どおりの人物だった。
アレンがあの日、仮結成したパーティのメンバーの一人。
パーティ名が決まっていないため、あれからずっと仮登録のままのパーティ。
だから厳密に言えば、2人いるパーティメンバーは私の担当にはなっていない。
「アレンの担当だから、キミを呼ばせてもらったんだよ」
「……どのようなご用件でしょう?」
「アレンが剣を背負ってギルドを出て行ったのを見たんだけど、アレンはどの依頼を受けたのかなって」
そう言ってウィンクするクリスさんは確かに様になっているけれど、軽薄な男に惑わされて担当冒険者の情報を漏洩するほど頭のねじは緩くない。
これは私だけではなく多くの職員がそうだろう。
冒険者の情報を他人にホイホイ渡してしまうような職員がいたら、ギルドの信用は瞬く間に地に落ちてしまう。
もっとも、そういった職員がまったくいないわけでもない。
この前も正式にパーティを組んでいるわけでもない冒険者の少女にアレンのカードを渡してしまった残念な見習いがいたが、あの子には私からお説教に加えて拳骨をお見舞いしている。
「誰がどの依頼を受けているかという情報は、原則としてお伝えできません。これは規則ですので、ご理解ください」
「……そうか。無理を言ってすまなかったね」
「まったくです。そんな無駄なことをしている暇があったら、常設の討伐依頼でもこなしてギルドに貢献してはいかがですか?北の森でグレーウルフが増えていますから、この辺りなんておすすめですよ」
「……助言に感謝するよ」
そう言い残して、依頼を受けずにギルドから去っていく彼の仲間の姿を見送る。
きっと彼を立ち直らせようと、あれこれ画策しているのだろう。
ならば、これくらいのお節介は許されるはずだ。
(私には、これくらいしかできないし……)
私が言えたことではないけれど、彼には早く元気になってほしい。
どこか諦めたような表情ではなく、以前のように自信に溢れた彼を取り戻してほしい。
「やめてください」
裏に戻ろうとしたとき、聞こえた声の方を振り返る。
3人の男性冒険者に囲まれた女性、というかアレンの臨時パーティの最後の一人がそこにいた。
「心外だな。そんな迷惑そうな顔をされたら傷ついてしまうよ」
「いつまであんなやつを待つつもりなんだ?キミのような優秀な魔法使いは、俺たちのような前途有望なパーティでもっと活躍すべきなんだ」
そう言って肩に手を置こうとする冒険者の男を、彼女は意外にもひらりと躱す。
おしとやかで純粋そうな彼女だけれど、言い寄る男をあしらう程度のことはそつなくこなせるようだ。
彼女は冒険者たちから興味を失い、視線を受付窓口の方に投げて寄越し、何かを探すように視線を滑らせ――――その視線は私のところでぴたりと止まった。
「私が力を発揮できるのは、アレンさんのフォローがあってこそです。申し訳ありませんが、他をあたってください」
きっぱりと勧誘を拒絶した彼女は、私の方へ足早に歩いてきた。
用件は言われなくても想像できる。
(いい仲間が見つかってよかったじゃない……)
おせっかいな彼の仲間に先ほどと同じ情報を伝えるべく、私は笑顔で彼女を待ち受けた。
「こんにちは、本日はどのようなご用件でしょう?」
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