第77話 決戦準備




「早速だが、状況を聞かせてくれ」


 カルラが戻ってきたところを見計らい、全員で輪になって軽食をとりながら作戦会議を行う。


 決め手は1つだが、そこに持ち込むまでの過程をどうするか。

 少しでもリスクを低減させるため、情報は多ければ多いほど好ましい。


 俺の言葉を受けたカルラが、懐からハンカチサイズの紙片を取り出して俺たちの前に広げる。

 ギルドに保管された都市一帯の地図を参考に、火山に近い部分だけ拡大した手書きの地図であるらしい。

 やや大雑把だがポイントを押さえた絵が添えてあり、等高線がゴチャゴチャと記入されているものよりもよほど良い。


「このマーカーが今回の作戦対象の現在地。それほど長い時間観察していたわけじゃないけど、ずっと一か所に留まっていて動く様子はなかったわ」


 地図の一点を指さしながら、カルラが状況を説明する。

 場所は現在地から見て南南西方向で例の湖から見て東方向。

 俺とクリスがを見かけた湖から結構な距離があり、むしろ黒鬼と戦った場所に近い位置だ。


「湖じゃないのか……」

「先にそちらを確認してきたけど、何もいなかった。ただ、水中に潜っていたなら流石にわからないね」


 それもそうか。

 俺たちが湖に近づいた時もいつのまにかそこにいたように感じたから、アレが湖に潜ることができる可能性は低くない。


「対象はどんな姿をしていた?」

「うずくまってたせいで詳しい姿かたちは確認できなかったけど、二本足で立てる熊か大猿のように見えたわ。体長は推定で3メートル弱。大きさの割には素早いタイプだと思う。でも、正直そこまで脅威度が高いようには見えなかったわ」

「熊か大猿……」


 クリスの方に目をやると、クリスもこちらを見ていて何やら微妙な顔をしている。

 アレの姿が何に見えたかという話はクリスと俺の間で意見が割れていたが、少なくとも大型ではなかったはずだ。

 雲行きが怪しくなってきた。


「その熊だか大猿だかは、前回の討伐隊を全滅に追いやった相手か?」

「すまない。前回の討伐で、私たちは後詰を任されていたから対象の姿を確認できていないんだ」


 この質問にはカルラではなくアーベルが答えた。

 そういえば前回は事前に調べもせずに突撃したのだったか。


「こちらこそすまない、嫌なことを思い出させたな。だが、そうすると気になることがある。カルラは、どうやってその妖魔が今回の作戦対象だと判断したんだ?」

「そいつしかいなかったから」

「うん?」

「私が偵察した範囲には、。妖魔や魔獣だけでなく、鳥とか小動物とかも含めてね」


 ますます雲行きが怪しくなってきた。

 このあたりは生き物にとって居心地のいい場所ではなさそうだが、全くいないというのは流石に不気味だ。


「それと、念のために補足しておきたいんだけれど」

「なんだ?」


 カルラが少し言いにくそうに話を続ける。


「私が確認した対象、妖魔じゃなくて魔獣だったと思う」

「え?………………それは、どうなんだ?」


 今回の依頼は火山の麓に出没する強大なの足止めないし討伐だ。

 C級パーティを全滅させた存在が、俺たちが湖で遭遇した妖魔だという認識を多くの関係者が共有していたからなのだが――――


「依頼が指定する対象が存在しないときって、どうなるんだ?」

「うーむ……」


 最も経験豊富な冒険者であるアーベルに、全員の視線が集まる。

 少しだけ黙考したのち、彼は自身の見解を披露してくれた。


「本来、このような依頼は、どうにかすべき対象を確認したうえで発行されるものだからね。もちろん、対象を確認してから依頼を受けた冒険者が到着するまでに、別の冒険者に討伐されるということもないわけではない。しかし、今回はそういったこともないだろうから、単純にギルド側の手落ちということになるはずだよ」

「依頼を受けた冒険者であるという観点から、俺たちが魔獣を討伐することは必要か?」

「それは難しい問題で、正直なところ場合によるだろうね。今回の依頼では、全員が対象を妖魔だと思い込んでいたものの、依頼の趣旨を考えれば、妖魔ではないから知らぬ存ぜぬということはできないだろう。依頼というのはギルドと冒険者の契約だ。互いに誠意を持ってこれを果たすために努力することが求められる」


 信義則というやつか。

 しかし、ここまでの流れもギルドマスターの思惑通りだとしたら、俺たちはまたしてもギルドに嵌められたことになる。

 信義則を盾に想定していないこともさせられるというのは、あまり面白い話ではない。


「そう難しい顔をする必要はない。依頼にないことでも依頼の趣旨に基づいた行動であれば、ギルドに対して追加報酬を要求できる場合がある。今回はきっと、要求が認められるだろう。ギルドとて、依頼にないから知りませんという冒険者が増えれば困るから、あまり報酬を渋るわけにもいかないのさ」

「だといいけどな……」


 俺は溜息を吐いて目を閉じた。


 もともと、強大な妖魔とやらが湖で見たアレと同一の存在であるという確証はなかったが、カルラの話を信じるなら、どうやら別物と考えて行動した方が良さそうだ。

 恐ろしい妖魔と戦わずに済むかもしれないという希望が見えてきて少しだけ心が軽くなる一方で、カルラが確認した魔獣とは別に例の妖魔が湖に潜んでいる可能性も捨てきれず、最悪の場合は挟撃されることも想定しておかなければならない。


 万が一、それと戦わなければならなくなったときに、そのための決定打として考えていた作戦。

 相手が違うなら少しばかり威力が過剰になるかもしれないが、実行するかどうかは実際に相手を見てから判断すればいいだろう。


 いずれにせよ大きな問題はない。


「前衛はクリス、お前に任せる」

「ああ、任された」


 俺の声に呼応して、戦意に溢れた返事が即座に返ってくる。


「アタッカーはティア、よろしく頼む。俺はティアの護衛にあたる」

「はい、よろしくお願いします」


 こちらもやる気十分。


「さ、じゃあ早速行こうか。前座は軽く片付けてしまおう」

「そうだね。まあ、前座だけで終わってくれれば、それに越したことはないんだけど」

「大丈夫ですよ。私たちなら前座でも真打ちでもきっと勝てます!」


 俺たちは立ち上がり、それぞれ準備を整える。

 元々カルラが偵察している間にほとんど済ませてしまっていたから、俺の準備は剣を背負ってポーチを身に着けるだけだ。

 嵩張る荷物袋は当然馬車の中に置いて行く。


「ま、待ってくれ。アレン君、作戦はそれだけかい?」


 アーベルが珍しく慌てたように声を上げる。

 突然声を上げたアーベルを不思議そうに見つめる俺たちと、驚いた様子で俺たちを見つめる『陽炎』の面々。


「なにか、足りなかったか?」

「正面から戦うのはキミたちなのだから、キミの作戦にケチをつける気はない。だが、大まかな流れをクリス君とティア君に伝えておかなくていいのかな?」


 なるほど、そういうことか。

 俺がロクに作戦を伝えずに出発しようとしたから驚いていると。


「盾役と攻撃役だけ決めておいて、あとは状況次第だからな。正直説明できることがあんまりないんだ」

「…………それではクリス君とティア君が不安にならないか?」


 なおも食い下がるアーベル。

 俺たちを心配してくれているのだろう。

 あるいは彼の目には、俺がリーダーとしての仕事を怠っているように見えるのかもしれない。


「私は不安なんてありません。アレンさんに任せておけば大丈夫ですから」

「僕も大丈夫かな。ティアちゃんがトドメを撃てるように魔獣の注意を引き付けていればいいんだろう?それくらいなら、その場その場でやってみせるさ」


 一方の2人は暢気なものだ。

 ティアに至っては、俺のことを咎めるような空気に少し不満げですらある。


 俺はティアの肩に手を置き、2人の反応を信じられないというように見つめるアーベルに笑いかける。


「心配をかけてしまったようだが、安心してほしい。俺たちは、たかだか3メートル程度の熊だか猿だかに負けたりはしない」

「カルラの報告を信用してくれるのはありがたい。しかし、討伐対象の脅威度は、自分の目で見てから決めたほうが賢明だ」

「それもそうか。今後は気を付けよう」


 悪びれない俺の返事に大きく息を吐き出すアーベルだったが、その表情には、もう俺を咎めようという意思は見られない。


「キミは、本当に良いリーダーだよ。C級パーティを全滅させたかもしれない相手と戦うというのに、そんな雑な説明でパーティメンバーの不安を取り除くことができるのだから」

「物事が予め想定したとおりに進んだ経験に乏しくてね。情報は大事にするが、対処法はその場その場で考える性分なんだ。支援する『陽炎』としてはやりにくいかもしれないが……」

「いや、構わないさ。キミたちがそれでいいのなら、そのやり方に従おう。ただ、こちらも戦闘を支援するにあたって、何点か伝えておきたいことがある」


 支援というのは偵察だけではなく戦闘の支援も含まれるということか。

 てっきり、討伐対象との戦闘は俺たちだけで担当するのかと思っていた。


(そういえば、『陽炎』がどこまで手伝ってくれるか確認してなかったな……)


 俺の経験不足が如実にあらわれてしまっている。

 次から気を付けなければならない。


「まず、馬車の護衛にグスタフを残す。カルラは<隠密>を活かして密かに接近し、情報を記録しながらクリス君が危ないときに飛び道具で支援させる。私はアレン君とティア君の近くで<索敵>により周囲の警戒を行い、予想外の敵からの奇襲に備えることとしよう」

「わかった」

「それと、もうひとつ」


 俺の返事に頷き返すと、続けてアーベルは荷物から依頼票を取り出した。


「私たちはキミたちの支援のほかに、情報収集の依頼も受けている。強大な妖魔……実際は魔獣だったが、これの情報を集めてギルドに報告するという依頼だ。だから万が一、キミたちが危機的状況に陥り、我々ではフォローが不可能と判断した場合は――――ギルドへの報告を優先しなければならない場合がある」


 場が、しんと静まり返った。


 ギルドへの報告を優先する。

 その言葉が意味することは、ひとつだった。


「了解した。その場合は、俺たちを見捨てても構わない」

「そうならないよう、全力を尽くすことを約束する」


 彼の表情を見れば、その思いが本心であるということが伝わってくる。

 彼らからすれば危険になったら逃げだすと宣言することに気まずさを感じているのだろうが、俺は元々俺たちだけで戦うつもりでいたのだから不満などない。


 俺たちには俺たちの仕事があるのと同様に、彼らには彼らの仕事がある。

 それだけの話なのだ。


「話は以上だ。引き留めてすまなかったね」

「いや、悪いのは俺の方だ。不手際を許してほしい」


 リーダー同士で頭を下げ合って、『陽炎』の準備が整えるまで少しだけ待ったら、今度こそ準備は万端。


「では、出発だ」


 俺たちはアーベルとカルラを伴い、目標地点まで歩き出した。






「見えた。あれがそうよ」


 カルラが先導し、歩くことしばし。

 黒鬼との会敵地点よりも少し麓の街に近いが、黒鬼や盗賊のアジトがあった林の中に、それは居た。


「確かに大きいな」

「僕にも見せてくれ」

「私も見てみたいです」


 カルラから小型の望遠鏡を借りて林の中に視線を彷徨わせると、大きな黒い毛むくじゃらがうずくまっているところを確認できる。


(頭はむこうを向いてるか……?うまくいけば一撃で仕留められるかもしれないな)


 俺はクリスに望遠鏡を手渡し、カルラとアーベルに声をかける。


「一応、静かに接近を試みて、ティアの射程圏内まで近づいても反応がないようなら即座に攻撃に移る。反応があれば、予定どおりクリスをあてる」

「わかった。では我々も配置につく」

「私がどこにいるかわからなくても、射線に入るようなヘマはしないから気にしないでね」


 そう言うと、カルラは一足先に林の中へと消えて行く。

 まだ近いところにいるはずなのだが、一瞬だけ木の幹に視線を遮られたと思ったら、もう彼女を見つけることはできなかった。


「驚いたかい?なかなか不思議なスキルだろう」

「ああ、これで不意打ちされたら堪らないな」


 クリスとティアが対象を観察した後、カルラに返しそびれた望遠鏡をアーベルに返しておく。

 アーベルとカルラに伝えたことをクリスとティアにも伝えると、俺たちも戦闘体勢を整える。


「悪いなティア。しばらく我慢してくれよ」

「我慢なんて……こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺はティアに断りを入れてから、

 彼女は少し恥ずかしそうにしながらも、右手には愛用のワンドを持って胸に抱き、空いた左手を俺の首にまわして俺の負担を軽くしようと努めてくれる。


 その様子をクリスはにやにやしながら、アーベルはぽかんと口を開けて眺めていた。


 クリスは先日の迎撃作戦の顛末を俺から聞いているから、俺が何をしようとしているのか察したのだろう。

 一方のアーベルは、これから戦闘を始めようというのに武器も持たず、女を抱きかかえている俺の行動に理解が及ばない様子だ。


 なぜ俺は戦闘を前にティアをお姫様抱っこしているのか。

 それはもちろん、ティアが黒鬼を迎撃したときの状況を再現しようと思ってのことだ。

 状況が状況だからと、仕方なくティアを抱えて逃走することになった前回の体勢。

 しかし、ティアの能力を把握した上でじっくり検討してみれば、これが俺とティアが組むときの最適解ではないかと思えるほどに隙がない。


 迫る敵は、俺が<強化魔法>で引き上げた脚力で回避し、距離をとる。

 回避できない敵は、<結界魔法>で迎撃する。

 ティアが相手を狙いやすい位置まで素早く移動し、ティア自身は魔法の行使に専念する。

 魔法を使ったら<アブソープション>で俺から吸収して魔力を回復する。

 俺の弱点である遠距離火力と範囲攻撃の欠如をティアが補い、ティアの弱点である魔力と耐久力、そして機動力の欠如を俺が補う。

 俺がティアを抱きかかえるだけで、弾薬満載のシールド付き移動砲台の完成というわけだ。


 唯一にして最大の問題は、俺の役割が前世でいう古のアッシー(移動手段)とメッシー(魔力タンク)を兼ねるような非常に情けないものになるということだが――――“依頼達成のため”、“今回だけ”と 割り切り、涙を呑んで耐え忍ぶことにした。

 例えどれほど効率が良くても、これは俺が目指す英雄像では断じてないのだ。


 そして、このことを俺からティアに申し出るのも大変に勇気がいることだった。

 昨夜の帰り道、散々に恥をかいたついでに提案したのだが、快く引き受けてくれた彼女には本当に頭が下がる思いだ。


 それどころか彼女は、あの後練習にも付き合ってくれた。

 結果として、彼女が<アブソープション>で俺の魔力を吸収するにあたって俺の胸当てが邪魔だということがわかり、今日の俺は両手足に装着する防具と剣だけを身に着けている。

 かなり身軽な状態でティアとの密着度も高くなり、戦闘に集中しないと思考が邪な方向に行ってしまいそうだが、これ以上ティアの信頼を失うわけにはいかないので固い決意でなんとか耐えている。


 何か言いたそうにしながらも口をつぐむアーベルから、少しだけ申し訳なく思いつつ目を逸らす。

 俺の行動の理由を面と向かって説明するには、羞恥心と情けなさが少しばかり邪魔だった。


「作戦開始」


 俺はアーベルの視線を振り切るように、静かに林の中に足を踏み入れた。



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