第75話 冒険者の先輩




 クリスにひとしきりからかわれた頃、ティアがこちらに戻ってきた。

 少し困ったような表情だが一体何があったのだろうか。


「おかえり。どうしたんだ?」

「すみません。全員そろったことは報告したんですが、3人で別室に来てほしいと言われました。依頼票を受け取るのは私だけじゃダメみたいで……」


 そういえば依頼票を受け取りに行くことになっていたのだったか。

 自分で言いだしたことなのにすっかり忘れていた。

 冒険者ギルドでパーティ登録をしていればリーダーかサブリーダーが代表して手続を進めることができるのだが、俺たちは臨時パーティだ。

 ティア一人で全員の手続をすることができないのは当然だった。


「何か説明があるんだろ?なら、3人で行こうか」

「はい!」


 二人を伴って、昨日フィーネに案内された別室へ向かう。

 ドアを開けると灯りがついておらず、中を覗いても誰もいない。


「ここじゃないのか?」

「僕は別室とやらを使ったことがないからね」

「私もです」


 中で待っていろということなのだろうか。


 判断に迷って周囲を見渡していると、ちょうど隣の部屋のドアが開いた。

 ドアから出てきたのは昨日の会議にも出席していた事務官の男だ。


「お待ちしておりました。こちらです」

「ああ、そっちだったか……」

「そちらの部屋は5人までしか座れませんので」


 それは俺たちを含めて6人以上が集まるということだろうか。

 依頼の説明にしては、少しばかりおおげさなことだ。


 とはいえ、ここで迷っていても仕方ない。

 呼ばれるままに別室に入ると、その部屋にはソファーではなく正方形のテーブルと12個の椅子が並べられていた。

 2階の会議室よりもこぢんまりとしているが、よくよく考えれば、あの部屋はただ会議をする部屋としては広すぎる。

 ちょっとした打ち合わせなら、これくらいの部屋で十分なのだろう。


「わざわざすまないね。適当に掛けてくれ」


 一番奥の上座に腰掛けるメガネのサブマスターに勧められ、右手の椅子に3人並んで腰かける。

 俺たちの正面には昨日の冒険者3人組もそろっていた。

 リーダーの男が軽く片手を挙げて挨拶してきたので同じように返す。


 しかし、リーダーの隣に座る若い男はどうやら昨日のことをまだ根に持っているらしい。

 俺に向ける視線は、お世辞にも好意的とは言いがたい。


(昨日の流れなら当然か……。参ったなあ)


 ここに居るということは彼らも依頼に参加するということだろう。

 早々に先行きが不安になる展開だ。


 事務官の男が全員に依頼票を配り終え、入口に近い席に腰を下ろしたところを見計らい、サブマスターが依頼の説明を始めた。


「早速始めよう。手元の依頼票を確認してほしい。まず――――」


 サブマスターの説明に合わせて依頼票を読み込んでいく。

 内容は昨日配られたものとほとんど変わらず、変更点は2点だけだ。

 1つは報酬が金貨6枚、討伐報酬が金貨15枚に増額されたこと。

 

 そしてもうひとつが――――


「支援は、前回同様『陽炎』に頼むことになった」


 サブマスターが視線を向けると、それを受けてリーダーの男が話し始めた。


「キミとは何度か会っていたが、こうして挨拶するのは初めてだったね。私は『陽炎』のリーダーをしているアーベルという。こちらがカルラで、こっちはグスタフ。私たちは直接戦闘よりも戦闘支援を得意としているので、こうして別パーティの支援を引き受ける機会も多い。前回は不甲斐ない結果になってしまったが、今度こそ全力を尽くて依頼を達成するつもりだ。よろしくお願いする」


 リーダーのアーベルは口ひげを蓄えた細身の紳士。

 残念ながら外れてしまったとはいえ、見知らぬ俺たちに助言をくれたことなどを考えると面倒見が良い人なのだろう。

 その振る舞いと優しげな語り口は、熟練の冒険者に相応しい雰囲気を纏っている。


 向かってアーベルの右側に腰掛けるのは紅一点のカルラ。

 娼館に居てもおかしくない妖艶な雰囲気と色気を全面に押し出した服装で、こちらに笑顔を振りまいている。

 彼女を見ていた時、俺の右隣からむっとしたような気配が漂ってきたので、視線を向けるときは注意しなければならない。


 そして最後の一人。

 アーベルの左側には、唯一俺たちと歳が近いと言える青年グスタフ。

 アーベルを真似てか髪型はオールバックにしているが、彼を紳士と言うには不足しているものが多いようにみえる。

 それは年齢によるものだけでなく、なんというか全体的に余裕がないのだ。


 紹介された『陽炎』の面々について考えていると、サブマスターとアーベルがこちらを見ていることに気づいた。


(ああ、そうか)


 向こうが挨拶をしてくれたのだから、こちらも返さなければ失礼だ。


「丁寧な挨拶、感謝する。俺はこの臨時パーティのリーダーで、アレンという。こっちがクリス、そしてこっちがティアナだ。正面戦闘に秀でている……といえば聞こえはいいが、見てのとおり冒険者としての経験も不足していて絡め手には弱いパーティだから、『陽炎』の支援には期待している。こちらこそよろしく頼む」


 そう言ってから軽く頭を下げる。

 我ながらアドリブにしては悪くない挨拶だったと思うのだが、顔を上げたとき、そこには驚いたような表情のアーベルの顔があった。


(あれ……なにか足りなかったか?)


 パーティのリーダーとして、他パーティのリーダーと挨拶を交わした経験などない。

 何か言葉が不足していたか、あるいは失礼があったのかもしれない。


「すまない、なにか驚かせてしまったようだ。あまりこういうのは慣れていないから、何か失礼があったなら許してほしい」

「ああ、いや、失礼した。キミに失礼なんてなかったとも。実に丁寧な挨拶だったよ。ただ…………臨時パーティと言ったね?キミたちは正式なパーティではないということなのか?」

「そうだ」

「「ええっ!?」」


 なぜか両脇から驚きの声が上がった。

 左には不満そうなクリス。

 右には悲しそうなティア。


「……なんだ?」

「なんだじゃないよ!昨日は『リーダーは俺だ』って言ってたじゃないか。僕の感動をどうしてくれるのさ!?」

「そうです!すごくカッコ良かったのに、どうして今更否定するんですか!?」

「この臨時パーティの『リーダーは俺だ』からな。それに、ティアはもう別パーティに入ってるだろ」

「「………………」」


 左右から不穏な空気が押し寄せて、この場の空気がだんだんと濁っていく。

 一体、俺にどうしろというのか。


 アーベルは雰囲気を悪くしたことに責任を感じたのか、素早くフォローをいれてくれる。


「変なことを聞いてすまなかった。だが、多くのパーティを見てきた私の目でも、アレン君が立派なリーダーに見えたものだから、ついね。昨日のギルドマスターへの啖呵もそうだ。あれだけの無茶をしたというのに、そちらの二人は怯みもしない。キミを信頼し、決定権を委ねている証拠だ。ただの急造パーティでは、そうはいかないはずだよ」

「む……」


 そう言われてみればそうか。

 すでに俺以外は嵌められていた状況だったとはいえ、俺の挑発によってギルドマスターの勘気を被った場合、さらにひどい状況になった可能性もあった。

 つまり、俺は無意識に二人を巻き込んだことになる。


 それは二人が俺を信頼しているというだけでなく、俺も二人ならついて来てくれると無意識に考えてのことだったのかもしれない。


「アレン、先輩冒険者にここまで言わせたんだ。そろそろ決心したらどうだい?」

「クリスさんの言うとおりです!私たちと合流しましょう!ネルは私が責任をもって説得しますから!」

「…………」


 視線を手元の依頼票に落とし、俺はパーティについて思案する。


 冒険者パーティ。

 力を合わせて依頼に取り組み、報酬を山分けする冒険者の活動単位だ。

 人数が集まればできることは多くなり、依頼を効率的に達成すれば一人当たりの報酬も多くなるから、多くの冒険者がパーティに所属する。


 だが、それだけではない。

 パーティは報酬を山分けするだけでなく危険も共有する。

 パーティが危機的な状況に陥ったとき、生半可な信頼関係ではそれを乗り切ることなどできやしない。

 一人が裏切れば容易に戦線は崩壊するし、誰かが裏切るかも知れないという疑念があるだけで人は全力を出せなくなる。


「………………」


 それを踏まえた上で俺たちの3人のことを考える。


 クリスもティアも、死の危険をともに乗り越えた仲だ。

 信頼関係は十分だろう。


 足りないのは、きっと――――


「少し、パーティというものを難しく考えすぎてはいないかい?」


 ふと、アーベルの渋い声が耳に届いた。

 俺が顔を上げると、冒険者の先輩はまるで昔を懐かしむように優しく語りかける。


「キミはきっと、自分の判断が仲間の命を左右するという重圧に尻込みしているんだろう?」

「ッ!」


 完全に見透かされている。


(いや、違うか……)


 アーベルの表情をみればわかる。

 きっと、彼もそうだったのだろう。

 彼もこの重圧を経験したから、俺の気持ちが手に取るように理解できるのだ。


 そしてそれは、彼がその重圧に耐え、覚悟を持ってそれを乗り越えたということでもある。

 細身の紳士が、俺の目には大きく映った。


「その重圧を一人で背負うことはない。例えば、状況を想定してこんなときはこうする、なんてあらかじめ相談して決めておくだけで、キミにかかる重圧は軽減することができる。なにも、全てをキミが背負う必要はないんだ。そちらの二人は、きっとキミの重圧を分かち合ってくれると、私は思うよ」

「………………」


 アーベルの言葉をゆっくりと噛みしめる。

 左右の表情を窺ったりはしない。

 二人が彼に同意しているということは雰囲気から伝わってくる。


(はあ、カッコ悪いなあ……)


 自分の判断が仲間の命を左右するという状況は、とても恐ろしい。

 けれど、二人の信頼に応えたい。


 俺はいつの間にか、そう思ってしまっている。


「アーベルさん、ご指導感謝します」


 そう言って、俺は深く頭を下げた。


 彼は言葉を返さない。

 ただ、言葉の代わりにその視線が「キミはどうする?」と尋ねている。


 そんな先輩に対して、俺は自信をもって、俺が出した答えを告げた。


「ゆっくり考えてみたいと思います」

「「ええええっ!?」」


 両脇から上がる大声に、俺は思わず耳を塞いだ。


「それでも男か!」とか「あんまりです!」とか、抗議の声が波のように押し寄せる。


 そんな俺たちを見て、アーベルは楽しそうにくつくつと笑いながら何度も頷き、俺に対して最後の助言をくれた。


「それがいい。。仲間と相談して、ゆっくりと考えるといい」


 今度は俺が驚かされる番だった。

 アーベルはしてやったりと悪戯っぽく微笑むと、種明かしをしてくれる。


「驚いたかい?気持ちはわかるとも。私も20年以上も前に、先輩にそうやって驚かされたものさ」

「…………参りました」


 本当に敵わない。


 俺はもう一度、偉大な先輩に向かって頭を下げた。



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